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2010年6月26日土曜日

ひろみ -2

■Buenos ひろみ -2

 2年半前のこと。ヤマグチヒロミなる男から電話があったと同僚が言う。えっヒロミ? もう30年、音信不通やで。死んだ。と思ってた。どうせろくな人生は歩んどらへん。居所を調べて連絡してきたいうことは、借金の申し込みちゃうか?などと思いつつ、同僚の伝言メモにあったサイトにアクセスしてみました。


 驚きました。「JPホールディングス」という上場企業、保育園経営で最大手の代表、とあります。借金どころか、ぼくの全財産を一年で稼ぐ人物やないか。人望も厚いっぽいぞ。チョー成功者やんけ。どないなってんねん。
 早速、飲みました。「お前が役人になって、今や教授とは」「貴様が教育産業の社長とは」わはは。愉快やね。以来、しばしば会い、ぼくはヒロミの会社にも関わるようになりました。
 もう一名、同級生にミゾハタという名のヤンチャがいました。勉強はよくできたが暴れん坊で、ぼくもその暴れっぷりには一目置いていました。「ミゾハタどないしてるかな」「知らんのか。あいつJリーグの大分トリニータの社長やで」。えーっ、そうなんか。あのJリーグの風雲児トリニータをプロデュースしてるんか。なるほどなぁ、スケールのでかい暴れん坊になってるんやなぁ。(その溝畑宏くんはいま観光庁長官をしています。)

 ろくな思い出のない小学校を訪ねるつもりになったのは、そんなことがあったからです。
 もう大昔となったガキの記憶はとぎれとぎれで、日々薄くなっていきますが、ヒロミと飲むたび、それらがつながって鮮やかな像を形造ります。あったあったそんなこと。ここに来る前にGoogle Earthでチェックしたときも、35年前に埋もれた記憶がほんのり蘇りました。親友であれ、デジタルであれ、そんな具合に記憶を紡いでくれるのは、年をとるほどありがたいことです。
 実はぼくは小学校一年生の頃は静岡にいました。通っていた小学校の校歌が、半分ほどしか出てこない。記憶をたどろうとググってみたら、その田町小学校のトップページに、明治大学齋藤孝教授講演会とあります。声に出して日本語読む先生だ。本校卒業生とあります。あれっ。あの先生ぼくと同い年だから、同級生だ。知らなかったなー。つながってなかったリアルが、デジタルでつながりました。

 つながっていなかったり、とぎれていたりすることが、後になってデジタルでプチプチとくっついて、愉快なストーリーになることがあります。
 そんなことは、若いうちはわかりません。だから、あらかじめ、小さい頃から、組み込んでおけばよい。自分の映像や周りの音を片っ端からデータベースにしておく。タイムカプセルをリアルタイムに造っていく。小さな画面でビデオを作れば70年分で10テラバイト。じゃあ生まれて死ぬまで起きている間70年ずっとビデオを撮り続けてハードディスクに貯めておきましょう。10テラなら10万円ぐらいでハードディスクは買えます。国民全員が一生のストレージ空間を持って、記憶をつむぐ。記憶を交換する。
 想像もしない愉快なストーリーがたくさん生まれると思いません?

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