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2016年6月30日木曜日

NOTTVが遺したもの

■NOTTVが遺したもの

 本日2016年6月30日、NOTTVがサービスを終了します。アナログテレビ放送の跡地、V-high周波数帯を利用して、NTTドコモグループが2012年4月にスタートしたスマホ向け放送サービス。
 

 あるメディアに、コメントを求められたので、こう答えました。


 

 終了の発表は2015年11月。同年3月期に503億円の損失を計上し、採算ライン300万人とされるところ、10月時点で147万人加入に留まっていました。
 

 ドコモの体力からすれば続けることはできただろうに、好転のめどが立たなくなったと判断したこと、とはいえ放送というインフラ事業の中止には慎重を要したことからみて、妥当な時期での撤退だと考えます。

 NOTTVが苦戦したのは、ハード面・ソフト面の双方に理由があります。

 ハード面は、端末機種の不足の問題です。
 

 ワンセグと同様に放送波を使って配信するため、視聴するには端末側の対応が必要。しかしドコモ対応のAndroid機種しかチューナーが搭載されず、周波数割り当て時の政治的な問題も響いたせいか、ライバルKDDIの協力が得られませんでした。
 

 ソフトバンクも力を入れるiPhoneに対応しないうえ、MVNOの格安スマホも対応せず、ドコモの販売数に占めるNOTTV対応端末の割合は3割程度となっていたといいます。

 もう1つはソフト面。サービスの内容です。
 

 NOTTVはワンセグより高品質というふれこみでしたが、競争相手はそこではありませんでした。YouTube、ニコニコ動画、さらにはドコモ+AVEXによるdTVなど通信による動画サービスが普及していました。
 

 さらにhulu、Netflix、AbemaTVなど強力な映像サービスが登場しました。NOTTVは編成型リアルタイム放送モデルですが、VOD型が主流になっていたという面もあります。
 

 動画は放送波が適しているという目論見も、無線LANやLTEの普及で、通信回線でも十分に楽しめるようになったという点も大きい。映像サービスの環境があっという間に変化し、展望が狂ったということです。

 「通信」会社主体の「マルチメディア放送」と銘打ちながら、ワンセグのような「スマホ向け放送」だったので、新味性には欠けていました。
 

(その点、V-Low周波数帯で始まったTFM系の「i-dio」は、逆に「放送」会社が行う「通信」的なサービスで、ビジネス面は未知数ながら、マルチデバイス向けのメディア融合サービスや電波貸しサービスなど、新機軸が期待されます。)

 ただ、豊富な資金力とインフラを持つ通信会社と、コンテンツ制作力のある放送局とが連携して新事業に望んだという実績は大きい。今後も通信と放送の連携による取り組みは形を変えて現れるでしょう。

 撤退で穴の空いた電波をどう使うかが残された課題。同様の用途に使うことはありますまい。割り当てた行政にも責任はあります。切り替えるためにも、従来から議論になっている「周波数オークション」を試験的に導入してみてはどうでしょうか。

2016年6月27日月曜日

孫泰蔵さんの構想に乗った!

■孫泰蔵さんの構想に乗った!

 スタンフォード大学との共同事業「IT政策研究会」。慶應義塾大学 三田キャンパスにて。
 孫泰蔵さんにお越しいただきました。年間GDPの0.2%の投資=ベンチャー投資が10年後のGDPの21%を生んでいる。IPO数で日本は中国・米国に次いで3位。孫さんはそう指摘します。日本にもチャンスありますよね。

 10年後の未来を見据えて規制緩和する「フラッグシップタウン」を設計するという孫泰蔵さんの話が刺激的でした。さまざまな規制緩和を一挙に詰め込む町を作るというもの。

 小腹がすいたから枝豆を注文するとアマゾンがドローンで運んでくる。
 有機ELを壁や道路に印刷する。
 半永久的にドローンが飛び続ける。
 みな技術的には実現できます。しかし日本では規制が壁になります。

 それ、全部実現しましょうよ。デジタル特区CiPと一緒にやりましょう。
 本気で進めると、刺されます。でも、ぼくと孫さんの二人が刺されて死ぬ程度で実現するなら安いもんじゃないですか!
 
 日本にシリコンバレーを作るには。孫さんは、「小さい生態系から森を作っていく」と言います。そうですね、CiPもまずは小さくとも回るシステムを作りたい。研究→教育→起業支援→研究。

 ただそれは、起業して、IPOなどのエグジットを経て、その人が再起業したり投資家になったりして、それがグルグルと回っていくという時間軸も必要です。そこまで育て上げる、という覚悟が要ります。

 カリフォルニアでできることを東京でもできるようにするため、竹芝の一部を「カリフォルニア州」に借りてもらって治外法権にする、というアイディアはどうでしょう?CiP「出島」構想。

 スタンフォード大学 櫛田健児さんにも伺いました。
 オラクルに勤める友人が起業し、成功したその会社をオラクルが買って再入社し、また起業し、また買ってもらい、という繰り返しの話。それは社員に起業させ、成功したら処遇する、というオラクルの戦略ですよね。日本も新人起業家の発掘より、大企業のこうした挑戦を促すのが効率的かもしれません。

 櫛田さんは、シリコンバレーにも「作れない」という弱みがあると言います。ハードウェアエンジニアが不足していて、外注に頼らざるを得ない。ITがIoTにシフトし、モノの重要性が高まると、日本にもチャンスが広がるということですよね。

 櫛田さんは最近シリコンバレーで「Japan is coming back」と話しているそうです。そう思いたい。元気を出しましょう。

2016年6月23日木曜日

ここはどこでもない、キプロス。

■ここはどこでもない、キプロス。
キプロス島は、まるで左側に泳ぐ「鯛の鯛」。地中海が右側に横たわる人の姿と見れば、その「目」に当たる。すぐ上にはトルコ。すぐ右にはシリア。でもEU加盟国。難民から一番近い欧州。 (北レフコシアの市場)



ボストン郊外に住んでいた時の大家さんクリストウ家がギリシャ系のキプロス人だった。
いつか行く、と約束していた、その宿題。
東西南北をクルマで回ってみた。
(山越え街道、カコペトリア)










 


キプロスのクリストウ家はハーバードやらMITやらブラウンやら、やたら高学歴だった。
小国は頭でシノぐ、てな感じだった。
ご主人は顔より鼻のほうがデカかった。
風邪をひいたらにんにく丸ごと1個焼いてコレ食えば治る、と教えてくれた。
よく白い菓子を作ってくれた。




ヒッタイト、アッシリア、ペルシャ、ローマ、ビザンチン、フランク、ヴェネチア、オスマントルコ、イギリス。
マルタとは顔ぶれは違えど、征服された歴史。
そしてここも近代はイギリスの影響下に。60年独立。
(北キプロスに残るオスマントルコ隊商の宿)


 


1974年、南北分断。
南部ギリシャ側は2004年にEUに加盟、2008年ユーロに転換。
北部トルコ側は取り残された。
だが南側も2010年のギリシャの金融危機の巻き添えを食らう。
(北レフコシア)


 

ラルナカもニコシア(レフコシア)も、見たことのない風情を漂わせる。
ギリシャのような、トルコのような。
メキシコのような、ロシアのような。
でも、どれでもない。
ここは、どこでもない。
キプロス。
(ラルナカ、聖ラザロ教会)


 

中立国の、ジュネーブやウィーンの場末のような雑然とした雰囲気。
あるいはアンドラ公国やサンマリノ共和国のような、無国籍感。

いや、違う。
どれでもない。
ここは、どこでもない。
キプロス。
(ニコシア)

 



東西の征服史、宗教の交流史、それはモザイクとして点描となっているのかもしれないが、東洋の旅行者には、混ざり合った一つのキプロス文化、に見える。
(北キプロス、1208年建築の聖ソフィア教会/セリミエモスク。ゴシック建築の中はモスク。)

 










暖かい南のはずれで歴史のある開発途上の島。
ここは欧州の沖縄みたいなもんか。
(パフォスの遺跡にある3世紀のモザイク)

 


レゼウスの父クロノスがその父ウラノスのアソコを切って海に投げ捨てたら泡がわいてココPetra Tou Romiouについたという話を信じてやってくる人たちをぼくは見に来た。



街にはマクドもケンタもスタバもある。
ラジオはトルコとロシアの情勢ばかり話している。
銀髪、深いシワでしかめっ面したギリシャ人ぽいジジイどもが大勢カフェで何もしていない。


 

トルコ側の北キプロスに入ったところに偶然、Akıncı大統領がいて、なぜか握手された。
生まれて始めて国家元首と握手した。
後ろに大声でコーランが流れていた。
悪魔くんオープニングのエロイムエッサイムとメロディーが同じだ、と思った。

(悪魔くん オープニング。50年前の晩の7時、子ども番組。怖くて、楽しみだった。当時の子ども向け作品に対する本気度たるや。)
https://www.youtube.com/watch?v=l9WN--Z6hmc

 





ところで、イギリス連邦なんだが、ポストが黄色い。

 











北キプロスのポストも黄色くて、似ている。
南北、仲良くしてね。

 
















レース編みで知られる山中の美しい村レフカラの感動的なまでに反応の悪いタッチパネル案内サイネージ。

 


大晦日、オヤジたちが皿を大いに割って厄落としをしておりました。
よいお年を。

キプロス報告おしまい

2016年6月20日月曜日

学生よ、官僚はそんなこと考えてはいないのだ。

■学生よ、官僚はそんなこと考えてはいないのだ。
 総務省の中堅官僚を迎えての授業にて。
「臨場感・共感を進化させるため4K8Kを推進」という国の政策を説明いただいたところ、学生が「なぜその目的のために高精細という手段が出てくるのか?」。本質を突いた質問です。

 メディア技術を開発する学生からみれば、臨場感・共感のためには、高精細以外にも、立体表現、触覚通信、ソーシャルでのシェアなどさまざまなアプローチがあります。学校でも、臨場感・共感を目指す学生が高精細技術という答案を書いてきたら、教員の質問が集中するでしょう。なぜ4K8Kかと聞きたくなるのは当然です。

 これに対し役所は、4K8Kが最も臨場感を高める技術として期待できるという立論をし、見事に答弁します。さもなければ財務省も通らず、国会の予算質疑も乗りきれません。プロとして説明の訓練をしている立場としては、当然これを想定どおり乗り切ろうとします。

 じゃが学生よ。政府は臨場感の進化なんて願ってはおらぬ。ゼッタイにそんなことは言わないが。
 そうではなくて、まずは4K8Kの推進という題目があって、それを進める理由として臨場感があるのですぞ。

 ではなぜ4K8Kか。政策授業では、それを考えるのがテーマになります。
 それは、それを望む「業界」があり、政策スポンサーとして「国会」筋もそれを支援し、かつ官僚としてそれが国際競争力などの国益にも資すると考えるからです。つまり利用政策というより産業政策なのです。

 「利用政策、技術政策、文化政策、国際政策などいろいろある中で、産業政策が優先されるということですか?」
 いや学生よ、そんなこともないのだ。利用政策として要望が強ければ、官僚はそのとおり動くのです。
 青少年のネット安全利用に対する要望が強ければ、それがケータイ産業を不利にすることがあっても、官僚は国会筋の意向も汲み取って、それを制度化するのです。

 では利用政策として臨場感が重視されると思う?
 国民に何を望むかを聞いてみるといい。臨場感なんかいいからケータイ代やNHK受信料を下げろと言われるだけでしょう。
 じゃあ臨場感を捨てていいか?
 いやそこでようやくプロ官僚としての先見性が問われることになるのです。

 利用者、事業者、技術動向、国際情勢のバランスをどうとって、どこに優先順位を置いて政策化するか、それが官僚の腕というやつです。
 どこのスペースにどうパスを出すか、これは一種の創造力。他のどの仕事もそうですが、官僚にだって創造力は大切なのです。


 この授業は、官僚を目指す学生向けのものではありません。メディア・イノベーター向けのものです。企業であれ、NPOであれ、起業家であれ、どの道に進む人であれ、公益を考えることは不可欠。その公益というものが、政策という形を取るとき、どんなメカニズムでできあがるのか、相手の立場で考えてみよう。

 もちろん政策を巡る官僚シミュレーションだけでなく、企業人や起業家やさまざまな主体の立場で商品やサービスやビジネスをシミュレートすることは有益です。その際、ホンモノの企業人や起業家を交えて学ぶ。学校の役割はその場を設計することでしょう。

2016年6月16日木曜日

マルタの漁村でJoanに会った。

■マルタの漁村でJoanに会った。

 マルタ。シシリアやチュニスより南の島。04年にEU加盟した国家。ここから来た留学生Joanに「いつか行くから」と約束していた宿題です。

 

マルタといえば、ネコ。
人の倍いるという。
品がある。
岩合光昭さんの世界ネコ歩きでも、マルタはよく登場するもんな。

 





エジプトより千年古い歴史を持ち、フェニキア、カルタゴ、ローマ、アラブ、ノルマン、スペイン、マルタ騎士団、フランス、イギリスの支配という歴史。


 
64年独立。
89年、ゴルビー&ブッシュ冷戦終結宣言「ヤルタからマルタへ」の舞台。

 


16世紀にマルタ騎士団がトルコの包囲網を破ってから268年間の平和で堕落し、ナポレオンとは戦わずして降伏したという。



平和268年。
江戸は265年。
島国の平和が続くのは、せいぜいそんなものなのかな。

 






しかし2年でネルソン提督に代わられて以来、イギリスが160年統治、今もイギリスの影響が強い。
イギリスという国は、治めるという点でつくづくスゴい。



 

漁村マルサシュロックは、フェニキア人の魔除けの目がついた極彩色のルッツと呼ばれるボートで有名。

 


この漁村からかつてぼくのゼミに留学してきたJoan。
ごぶさた。
彼女の研究は「ビジュアル系ファンの男女比とその理由」だった。
よくあのテーマに文科省は資金を出した。

 

Joanは3年前に日本から戻り、マルタの通信会社で活躍中。
タコ焼きが恋しいという。
まぁ、ひとまずマルタのタコでも食え。

 

首都ヴァレッタは城塞都市。
城塞がスキ。
1年前にもクロアチアのドブロブニクを訪れました。
仏カルカッソンヌ、独ニュルンベルク、ルクセンブルク、サンマリノ・・



古都イムディーナの城壁。
ぼくここで今から進撃の巨人、新刊読むもんね!

 



ウサギの肉を喰っております。

マルタ報告おしまい

2016年6月13日月曜日

ニューメディアの立役者、小林樹さん

■ニューメディアの立役者、小林樹さん

 昨年7月に亡くなった元JCTV社長・小林樹さんの追悼記事を読む。CNNを配信する会社をテレ朝から立ち上げ、そこから制度の壁に大穴を開けて衛星放送の産業を作った先人。母親と同い年です。尊敬しています。

 小林樹さんには80年代後半、ぼくが役所でCATVを担当した時、まだ米国から受信したCNNをビデオテープで全国のCATVにトラックで運送!して放送していたころに会いました。ぼくは20代、係長でした。通信衛星CSが打ち上がり、これで全国配信するぞと。ああ、ニューメディア。

 CNNをCSでCATVに送る事業は、通信。これを家庭のパラボラで直接受けると、放送。当時はこの放送は違法でした。政府・郵政省はこれを禁止していました。でも技術的には簡単。ぼくは当然、規制緩和派。小林さんらとともに、制度改正の運動を起こしました。

 これが通信じゃなくて放送になれれば、全国の映像プロダクションが放送局になれます。これは1957年田中角栄郵政大臣の民放大量免許以来の大コンテンツ政策になります。そう思っておりました。

 とはいえ、放送の制度です。岩盤です。怖ろしいです。与党、野党、NHK、民放、電通、メーカー、アメリカ、いろんなセクターが絡んできて、エラい目にあいます。実際、エラい目にあいました。独身だったので、無茶もできたんだと思います。

 同じころ、ハイビジョンとか地デジとかを巡り、ヘタなことを言った郵政省幹部の自宅にひし形のバッジが置かれていたとか、笑えない話はたくさんありました。ぼくはぺーぺーなので気楽でしたが、規制緩和をする官僚は、そういう身の危険と一体なのです。今は知らないけど。

 小林樹さんとは、赤坂でさんざん飲みました。おごってもらいました。今ならつかまります。住商や伊藤忠や電通の、自分の親と同じくらいのオッサン連中と毎晩のように飲んでました。その多くは早死にしています。寿命を縮めました。みなさんすみませんでした。

 あのころ、小林樹さんも電通の松平さんもプラットイーズ隅田さんもぼくもみんな、互いに何言ってるかわからなくなるまでマズいコニャックの水割りかなんか飲んで、柿ピーしかなくて、ヨコに座るネエちゃんを無視して規制緩和の話ばかりしてました。泣くほど楽しかった。

 あれやこれや仕掛けました。大小の失敗があり、小林さんは苦労されました。だけど結局、その突破力で、政府・郵政省は大きな制度改正に動きました。与党、野党、NHK、民放、電通、メーカ、アメリカ、いろんなセクターを動かしました。小林樹さんは。

 途中ぼくは登別郵便局長に転出しました。やり過ぎて飛ばされたと業界では話題になりました。ぼくはよく働いたごほうびだったと思っています。スペースシャワー開局式に郵便局長として出席したり、小林さんの仕事に間違った記事を掲載した噂の真相に抗議したりしてました。若かった。

 CSでCNNやスペシャや釣りや競馬やエロいの、チャンネルばっかり多くてつまんねえなとか、ネットのほうがいいじゃんとか、そんな感想を抱けるのも、小林樹さんらパンクな先人のおかげです。この30年がなかったら、ネットやスマホ時代になってもこんな映像文化はなかったよ。

 てことで、小林樹さん、ありがとう。

2016年6月9日木曜日

ドバイにはチキンカツカレーオムライスがあった。

■ドバイにはチキンカツカレーオムライスがあった。
ガラスと鉄骨の人工物がにょきにょきと天空に生える。
ドバイに寄りました。 
人類最高の人工物バージカリファ、828m。
あと20mで比叡山や!


世界一がお好き。
世界最大のドバイ・モール脇にある、高さ150m長さ275m世界最大ドバイファウンテンと、世界最高バージカリファと、どデカいサイネージ2面。
 

 
03年~08年に奇跡の発展を見せながら、08年リーマンショックに続く09年ドバイ・ショックに苦しむ。
でも2020年には万博が開かれる。
このトラムは1年前に開通。成長中です。 


竹芝CiPの参考になるかと、海辺を探索。
デカいお台場のようでいて、万博前の上海のような、再開発のシンガポールのような、沸き立つ海辺特有の空気を感じます。
 


日本ぽいものも目につきます。
日本代表、チキンカツ カレー オムライス。
てか、こんなメニュー見たことないな。
 


日本代表、オロナミンCとリポビタンD。
酒は飲まなくても栄養ドリンクは飲むのね。
 


ドバイモールの紀伊國屋書店には巨大で充実したマンガコーナー。
アラブでこんなの読ませていいの?的なものもたくさん。
大丈夫なんでしょうね。



フィギュアも模型もいっぱい。
 



「OTAKU」というコーナーは、日本語のマンガ、画集、雑誌。
ホントの日本モノをオタクって呼ぶのね。
てか、こんなの買う人がたくさんいるってことですね。
 


さて、いくつか目についたデジタルものメモ。
Smart Mall。
巨大タッチパネルで商品を指定・購入できる自販機+宅配サイネージ。
 


屋内スキー場ヨコのカフェにあったエセ暖炉サイネージ。
暖まりますか?
 



ドバイのゲーセン、デジタル率高し。
 






ベールに包まれたタッチパネル案内版。
 













ドバイモール、大型円形サイネージ☓8面サイネージによる空間プロデュース。
おカネがあるなぁ。
 

 

市場を歩く。
「オ・モ・テ・ナ・シ。」
「ダメよ~ダメダメ。」
「ちょっと~まってちょっと~まってオニイサン。」
と誘われる。
どれも古いよ。
日本の流行り廃れが速すぎるんだけどね。
 


でもぼくは結局このガチャガチャした風情のほうがスキなんだ。
と確認します。
 



ラクダの肉を喰っております。
 

 ドバイ報告おしまい

2016年6月6日月曜日

AIを手なづけてくださいね

■AIを手なづけてくださいね

「人工知能で技術的失業をした人びとの第二の人生は? 経済学者からのヒント」
 http://ja.catalyst.red/articles/ai-tomohiro-inoue
 
 井上智洋さんのインタビュー。AIでの失業を恐れる声が高まっているが、もしそうなったとしても、富を求める人と余暇にひたる人に二極化するとともに、「ベーシックインカム」が有効な選択肢となる。ぼくもこれに近い感覚です。

 仮に半数以上の人たちが技術的失業することになった場合、就業するほうが特殊な人になりますが、その社会の労働観はきっとさまがわりしますよね。そして仕事しない人は何かポジティブな位置づけを獲得しますよね。
--その受け皿の一つとして「超人スポーツ」をぼくらは作っているんですが。

 仕事にしろ何にしろ、これまで以上に、自分が何をしたいかが強く問われるようになるでしょう。
 問題は、それでみんなが食っていく仕組み。多くの「仕事」はAIとロボットがやってくれて富も生んでくれるんだから、それじゃマズくなるとすれば、社会全体の分配政策が重要性を持ちます。ベーシックインカムが注目されるのも、この流れと連動しているんでしょう。日本はアメリカよりうまく対応できる気がします。

 ところで、AIとビッグデータとウェアラブルで自動翻訳がぼくの英語よりうまくなるなら、ぼくは1年分の小遣いを投じて買い、機械の精度を上げることに専念します。今の子どもの世代以降はもう英語を学ばなくてよくなるんじゃないですか。
 そして、自動翻訳の精度をうんと上げて、汚名を返上し、日本はどの国より上手で上品な英語が話せるようになりましょう。
 すると英会話学校や語学教師が大量失業します。大丈夫です。そんな難しい仕事をしてきた人には次の仕事がすぐ見つかります。機械向けに正しい日本語をしゃべる仕事も生まれます。AIをてなづけてください。

 AIに至らずとも、デジタルはぼくを変えてきました。
 ここんとこ、読む書籍の数が年1割ほどのペースで減っています。電子書籍を含めても。しかし、読む総量は格段に増加しています。読む時間も。デジタルで。みなさんはどうですか。
 ネットでの細切れ情報を大量に消費するようになる一方、数百ページにわたる一人の著述への欲求は押し出されてしまっています。たくさん情報を吸収して反射的に処理していく能力は高まっていますが、系統だった論理で考える力は落ちた気がします。

 書く分量も増えました。そのスタイルも一変しました。このところぼくは、twitterを起点に文章を組み立てています。日々のメモをtweetし、facebookに転載。その後まとめてブログ化し、それがネットメディアや紙メディアに転載されていく。
 書き物へのエネルギー消費量はかつてと変わらないものの、twitter起点で多面展開しているせいか、こもって書くことがほぼなくなる一方で、日々散発のメモまとめが必須となっています。
 100字ぐらいに区切って書くクセも定着しました。それは文体のみならず、自分の思考のパターンにも影響を与えているはず。発信の速度も分量も増しましたが、深度はどうでしょう。

 ただ、ハッキリと申し上げられるのは、デジタル/ネット生活への移行で、ぼくの情報消費、創造、発信は、量・速度ともに格段に高まり、仮に質的な変容・低下を伴ったとしても、トータルでの効用は超プラスだということです。なんとかITを手なづけてきた、と思います。
 大人になって読み書きのスタイルが移行するのは自己責任ですが、子どもからデジタルスタイルに入る場合、つまりぼくらより大量に、短文を読み・書く諸君の場合、創造性も豊かになるのでしょうか。そう願うのですが。

 AIはそこに登場します。ぼくらがITをそうしてきたように、諸君はITに加え、AIも手なづけて、うんと賢くなって、うんと楽しく過ごしてくださることを併せて願う次第です。

2016年6月2日木曜日

再訪:ナレッジキャピタルとキッズプラザ大阪

■再訪:ナレッジキャピタルとキッズプラザ大阪
 グランフロント大阪。竹芝デジタル特区「CiP」のデザインを描くため、CiP事務局が押しかけて、産学複合「ナレッジキャピタル」の話をうかがいました。
 ちなみにコレは去年ぼくが訪れてメモしたもの。これを深掘りしに来ています。
「ナレッジキャピタルを見てきたよ」
 http://bit.ly/1qrrvAV

1日250万人が訪れるグランフロント大阪。2013年春にオープン。206店舗が入居。
そこに置かれた知的創造拠点がナレッジキャピタル。
オフィス、サロン、ラボ、ショールーム、シアターを整備。
竹芝デジタル特区「CiP」の参考になります。

 

CAFE LAB。
DNPとプロントが連携して、本を媒介に人が活動する場をデザイン。
タブレット端末と100冊の電子書籍を配備。
これも実験なのだそうです。
ぼくもここで「超学校シリーズ」の授業をやりました。

 

ACTIVE LAB。東大、NTT、凸版印刷、NiCTなどによる技術展示、ワークショップ開催など。
CiPは竹芝にどういうショウケースを設けましょうかね。
ぼくらはこれから設計です。



大阪中心地の商業地にある産学連携施設です。
竹芝は商業地ではないので、これとは別の設計が必要。
逆にぼくらは特段の制約がないことを活かして、特区として暴れられる街を造ってみたい。

 

430㎡381席のホールや会員制のライブラリー、カフェ、ワークスペースも備えています。
CiPも研究、ビジネス、アーティスト、おたく、学生、いろんな人が暴れられる場にしたいと考えます。

 

デベロッパー12社が整備、ショウルームにはdocomo、au、ソフトバンク、メルセデス、サントリー、コカコーラ、近大水産研究所などが入り、行政との関わりは少ないとか。
産業界との距離、行政との距離、いろいろ参考になります。
CiPとぜひ連携していただきたく。




ついでに、キッズプラザ大阪。
1997年にオープンした日本初のこども博物館。久しぶりに来ました。
CiPは子どものデジタル学習環境も考えていますので。


 「こどもの街」はオーストリアの芸術家フリーデンスライヒ・フンダートヴァッサーがデザイン。空間デザインの勉強になります。

 

科学、社会、自然、文化など、楽しい体験がいっぱい。
ぼくは楽器コーナーにひかれてしまいます。

 






水や自然のコーナー。ナナフシがたくさん育っていることに感激。

 



関西テレビの建物にあって、けっこう本格的な番組づくりスタジオ体験もできます。

 



「体験」よりぼくは「創作」に関心があります。
3Fの「つくろう階」には、コンピューター工房と創作工房。創ろう!!


ここで「デジタルえほんフェア」を開催してくれていました。
どうもありがとうございます。

 

竹芝デジタル特区「CiP」も、子どものデジタル創作に力を入れたい。