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2013年9月30日月曜日

半沢直樹vsあまちゃん

■半沢直樹vsあまちゃん

  拝啓

 「半沢直樹」と「あまちゃん」。人気の共通点は何か。
 新聞社からそんな無茶振りをされまして、ううむ。巡らせております。
 あまちゃんには、がっつりハマりました。半沢直樹は驚異的な視聴率というのを聞いてから後半やおら注目してながら見しました。という重大な差がありつつ、振られたら倍返しだ!なので、お題に答えるため、半沢のコトを少しだけ考えてみました。

 半沢直樹、人気のヒミツは2つあると思います。

1 ヒーロー願望
 スポーツや政治などの頭抜けたヒーローではなく、身近な等身大の、サラリーマンのヒーローへの喝采。銀行の実態という面では全くリアリティーがありませんが、リアリティーではなく、あってほしいギリギリの程度のリアル。それにバブル前の世代の島耕作は成功して年を取って会長になり、身近ではない。

 ビジネスのヒーローといえば、企業を脱して、ベンチャーを成功させるといった、ジョブスやザッカバーグら天才はいるけど、そうじゃなくて、がまんしてがまんして、組織で務めあげて勝つという、NHKプロジェクトX的な、大多数のサラリーマンの願望を半沢は体現しているんだと思います。

 上司にタテついてひっくり返す、フツーありえない、だけどやってみたいことをやってのけてくれる快感。

 そこにはバブル世代の長い間の鬱屈があります。バブルを起こした世代(大和田常務)の退場を促して、もう40代の時代なんじゃね、という自己主張もあるんだと思います。そうなると、いいよね。

2 わかりやすさ
 銀行や金融庁などという、本来はウラ側のわかりにくいテーマなので、ことさらにわかりやすく、単純な型で押し切りました。
 これは時代劇です。ワンテーマ「勧善懲悪」の型をハッキリと押し出しています。
 殿(中野頭取)はいいけど、老中(大和田)が悪で、代官(黒崎)もイヤらしく、それをひっくり返す。この設定は、自らが殿で正義である水戸黄門や暴れん坊将軍とは違う。おカミを奉り、ダメな幕府を倒す坂本龍馬に近い。


(ただし半沢直樹では実は頭取がいちばんのワルって思いましたがね。いちばんうまく保身を遂げましたから。)

 半沢は、親の仇を胸に近い、献身的な同僚や手下とともに、巨悪に対してどんでん返しを挑む。判官びいきの日本人をくすぐります。
 時代劇なので、大きい芝居のできる役者が並びます。片岡愛之助、香川照之、北大路欣也という歌舞伎界の出が脇を固めているのも当然であります。
 半沢が紋切り型のミエ(倍返しだ!)を切り、三白眼でニラミを効かせるのも、歌舞伎ですよね。


 あえて主題歌をなくしました。妻や娘との確執といった、よくある副旋律を削り、ストレートな仕事人の話に押さえた。このチャレンジも「わかりやすさ」に荷担して、成功材料になったんだと思います。

 
 これに対し、「あまちゃん」です。
 こちらは女の物語。主人公アキと、母春子、祖母夏、その友人たち(ユイ、海女たち、GMT)の人間模様。
 周囲の男たちはみな征服されており、頼りなく女たちをもり立てる。まるで、フェリーニの映画。

 主役たちの生き方はさまざまです。
・アキは、東京からいなかに逃げ、東京に再チャレンジし、成功し、自らの意志でいなかに戻る。
・春子は、上昇志向が強く、東京で挫折し、長く雌伏していたが、再び東京で上昇しようとする。
・夏は、ずっといなかで強く生き続ける。
 これら全てを肯定します。どの女性の生きざまも圧倒的に美しいとする女性賛歌です。

 半沢直樹とあまちゃんは、だから、全く逆です。
 1. 半沢は、一人のヒーロー。あまちゃんは、みんなが素敵なお話。
 2. 半沢は、男。あまちゃんは、女。
 3. 半沢は、勧善懲悪という単一テーマ。あまちゃんは、それぞれの人物の持つ複合テーマ。
 4. 半沢は、シリアス。あまちゃんは、ギャグ。
 5. 半沢は、紋切り型の大芝居。あまちゃんは、アドリブありありの自然体。
 6. 半沢は、週イチ、晩に見る。あまちゃんは、毎日、朝に見る。
 時代も、バブルを背負った半沢と、バブル前の春子+バブル後のアキ。

 あえて共通性を探すとすると、
・キムタクや綾瀬はるからタレント人気じゃなくて、ドラマそのものの力。
・脇役をガッチリ芝居のできる人たちで固める。
・毎週、きちんと成功と挫折、浮き沈みを織り込む。
・流行語を狙えるキャッチフレーズ(倍返しだ!、じぇじぇじぇ!)を持つ。
ぐらいでしょうか。

 ああ、せっかくの新聞社の求めではありますが、がんばってもそんなとこだろうと思います。思いついたらまた追記します。 
取り急ぎコメントまで。   
 敬具

2013年9月26日木曜日

池田信夫 「空気」の構造(下)-- 日本軍と原発の空気

■池田信夫 「空気」の構造(下)-- 日本軍と原発の空気

 日本社会の特徴をこう書きます。
「役所や企業のタコツボ的な自律性が強く、人々がまわりの「空気」を読んで行動するため、責任の所在が曖昧で中枢機能が弱い。部下が上司の足を引っ張る「下克上」の風潮が強いため、長期的な戦略が立てられない。」
 日本軍の失敗で、これは如実に表れました。ノモンハン、ガダルカナル、インパール、沖縄。「本来の指揮系統とは逆に現場の意向で作戦が変更されるため、一貫性のない作戦がとられて失敗することが多かった。」
 曖昧な戦略、補給の軽視、縦割りで属人的な組織。これら論点について、永田鉄山、石原完爾、東条英機、武藤章、田中新一ら帝国陸軍の指揮官を引き合いに説いていきます。永田暗殺後、撤退不可の「空気」が重くなっていくさまを。

 ぼくも以前、この5人+北一輝を扱った川田稔 著「昭和陸軍の軌跡」についてブログでコメントしました。ターニングポイントは4つと考えました。 1)永田暗殺から2.26、 2) 石原vs武藤・田中、3) 武藤vs田中、4) 東条が勝ち残って制御不能・場当たり対応に。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/01/blog-post_14.html
 あれだけの大失敗がどういう意思決定の連続でなされ得たのか。興味があります。何をなした人物かよくわからない坂本龍馬や白洲次郎にスポットを当てるより、リスクを取って決断し、指揮し、遂行し、大失敗をもたらした方々がどのような権限と決定と命令の系統の下に動いたのか。この5人を扱ったドラマってないですかね。

 ぼくは昭和陸軍のブログの最後に、「政策発動・変更を巡っては厳格な手続があった。会議での決定・命令であったり、殺人であったり人事であったり。原発停止・再稼働のような「依頼・要請」はあり得ない。」と記しました。
 池田さんの書でも、法律よりも空気が重い例として、2011年5月、菅直人首相が浜岡原発の運転停止を中部電力に要請したことを挙げています。首相のお願いに沿って中電が自発的に停止するという構図です。
 さらに菅首相は、法的根拠もなく「ストレステスト」が終わらないと再稼働は認めないと言いだし、経産省の意向にも反して玄海原発も動けなくしてしまいました。結局、当事者の聴聞など行政手続法の定める手続きもなく、法的根拠のない行政指導っぽい要請によって事態は止まっているわけです。

 原発の是非がテーマとなっているのではありません。再稼働すべきか否かにはぼくも意見がありますが、それは置いといて、ぼくもこの一連の動きに対し、当時強い違和感、いや、反発を覚えました。
 許認可行政には恣意性がつきまといます。ぼくが通信政策を担当していたころ、通産省や産業界は行政の透明性を強く要求していました。そこで規制緩和が繰り返されました。通信政策だけでなく、行政全般の恣意性を奪うため、行政手続法も整備されました。「空気」を薄める努力を重ねてきたわけです。
 ところが首相が一人でブチ壊した。なんてことだ、と思いました。まだ経産相が設置法に基づいて「指導」するならわかります。責任は政府にあるし、イヤなら行政訴訟起こせばいいので。でも、根拠なく逆らいにくい形で頼み込んで、相手に決めさせる曖昧な形は最悪。

「では役所は動かすなと言っていないのに、電力会社はなぜ原発を止めているのだろうか。その理由を中部電力の幹部に聞いてみると、「当局の機嫌をそこねたら何をされるかわからない」という。しかし中部電力が原発の停止でこうむった損害は、2012年3月期決算で3700億円。」
 んなこたあ孫さんだったらゼッタイに飲まないですよね。規制業種である通信業であっても。結局は経営者の胆に帰するのでしょう。だからマズいわけです。そこに依存する行政ってのは、「政」を「行」ってない。
 当局の機嫌をそこねたら、という話はぼくの周りでもよく聞きます。例えばデジタル教科書。
 デジタルの教科書を正規の教科書にするには3法を改正する必要があるのですが、業界は長い間この議論を腫れ物扱いしてきました。政府は門前払いを繰り返し、民間は当局の機嫌をうかがい続けていたのです。ぼくらの団体が昨年、ダメもとの破れかぶれで政策提言をした結果、政府でも検討されることになりましたが、そうした「空気」の打開にはやみくもなパワーが要ります。

 本書は最後に政策論に移ります。
「日本では古代以来の「古層」が破壊されないまま、その上に武士のエートスが上書きされ、近代化によって西洋文化が重なってきた。多くの人が一致して指摘するその特徴は、タコツボ的な中間集団の自律性が強く、全体を統括するリーダーが弱い日本型デモクラシーである。それが世界にもまれな日本の長い平和を実現し、また平和によって補強されてきたことが日本人の特異な国民性の原因だろう。」
 と再整理した上で、「日本人の意思決定システムを変えることは可能なのか」と問いかけます。
 その処方としていくつかヒントが並びます。それらはお読みいただきたい。ただ、巻末のメッセージは引用させてください。
「今の日本にそれ(中村注:企業中心の閉じた社会)を破壊するエネルギーがあるかどうかは疑問だが、幸か不幸か老朽化したタコツボを維持してきた政府の力は弱まり、財源は枯渇してきた。TPPなど対外開放を進めるだけではなく、政府が裁量的な介入から撤退して国内的な開放を進めることが日本を再建する道だろう。」

2013年9月23日月曜日

池田信夫 「空気」の構造(上)--日本人論の再構築

■池田信夫 「空気」の構造(上)--日本人論の再構築


「社員は優秀なのに経営者が無能!?日本の政治と企業の「失敗の本質」をさぐる。丸山眞男、山本七平の営為を踏まえ、「日本」を語るための新たな地平を模索する渾身の書き下ろし。」
 本書の帯に、そうあります。営業用に編集者が書いたと思われます。本書には「!?」てなマークはつかないからです。それより、「いま日本の政治や経済の直面している混迷は、日銀がお金を配れば解決するような簡単なものではなく、もしかすると数百年に及ぶ歴史の中で形成されてきた日本人の伝統的な意思決定や行動様式に原因があるのではないか、というのが本書のテーマである。」という著者本人の素直な紹介のほうがストンと来ます。

「空気」。原始共同体、農村社会から武士道、帝国陸軍、日本的経営、そして原発事故に至るまで、日本のタコツボ型ボトムアップ構造が空気となってわれわれ自身を縛ります。現在のような変化の時代には具合がよくありません。丸山眞男と山本七平、そして梅棹忠夫、網野善彦、中根千枝ら多彩な言説を縦糸にしつつ、経済学、政治学、人類学、民俗学などを横糸に、日本論を再構築します。
 でも、本書について、ぼくが深く論評を入れることはできません。扱われる時代も分野も広大で、縦糸も横糸も強いので、消化するのが大変すぎて。語調が軽やかなので、ふんふんと読み進めることができるのですが、それでもウッと立ち止まって考えさせられる点があり、そのいくつかのでっぱりについてコメントします。

 なお、ぼくのプロジェクトに関与する学生たちには読んでおいてほしい。政策を作る際に必要な意志決定の要諦、そしてクールジャパンを考える上での日本論の系譜。ぼくがうまく説明できないことがここにありますから。
 例えば、219ページからのわずか3枚で、天皇、内閣、元老、政党、戦後体制から現在に至る政治行政システムが濃密にまとまっています。政策屋としては、その構造と系譜は基礎の基礎。そこだけでも押さえておいてほしい。

 本書は各章の合間に「日本人の肖像」として、7人を取り上げています。福澤諭吉、北一輝、南方熊楠、岸信介、石原完爾、中内功、昭和天皇。そのリストを眺めるだけで、本編を期待させるじゃないですか。
 誤解を恐れずに言えば、北一輝ファンとしては「近代日本のもっとも重要な思想家の一人」として「福沢諭吉に匹敵する」と紹介する時点で、池田さんらしいなぁ、であります。政治家として岸信介を取り上げ、軍人として石原完爾を指名するのも池田さん的です。何より、経済人としての貴重な一枠に中内さんを抜擢するところなど、ニヤリとさせます。

 本書は、日本人論の再構築です。
「日本人は、日本人論が好きである。・・アメリカ人がアメリカ政府を論じることは多いが、「アメリカ人論」というのは聞いたことがないし、そういう議論は成立しないだろう。」そして、さまざまな日本人論が紹介されます。
 例えば、木村敏を引き合いに出し、「日本人の思考の基礎にあるのは個人主義ではなく、かといって集団の目的にメンバーが従属するという意味の集団主義でもない。人々の行動を制約するのは、それ自体は実体のない「あいだ」である」と整理されます。
 「日本人の場合、そういう大きな社会を統括する国家の生まれるのが非常に遅かった(明治以降)ため、社会を抽象的な対象としてとらえる習慣がなく、目に見える人と人の関係の集合としか見ない」、とも。
 ベネディクトが人間関係を基準とする「恥の文化」を日本人の特徴とし、中根千枝の「タテ社会」や丸山眞男の「タコツボ型」という共同体を日本的な社会構造とみるのも議論が連なります。

 ぼくが興味をそそられたのは、国民性の起源を土地や気候に求めるバリエーションとして紹介される「水社会論」。日本の農村社会の水利秩序はボトムアップだというのです。
「皇帝を中心とする水利社会では上流が集中的に水利権をもっているのに対して、日本の水社会では下流の村が決定権をもち、それを調整する組合の合意が上流の組合の意思決定を決める。いわば枝が集まって幹をつくるようなボトムアップの構造になっているのだ。」
 その構造が現代の官庁や企業にも受け継がれます。
「個々の現場がタコツボ化して、全体を統括する中枢機能が弱い。目的を設定して必要のない部分を切る全体戦略がないので、現場がいくらがんばっても収益が上がらない。意思決定が人間関係に依存しているため、指揮官は調整型になり、子飼いの部下ばかり集まる。「平時」に淡々と業務を運営するときは強いが、「有事」の危機管理に弱い。」
 この部分はおおかたが同意するのではないでしょうか。
 たくさんのタコツボ的なコミュニティーが連結していて、全体の指揮系統がハッキリしないというのは、ソーシャルメディア的ですね。バルス祭りで盛り上がる炎上大国ニッポンの社会構造は、ソーシャルメディアとの相性がよいということかもしれません。(つづく)

2013年9月22日日曜日

デジタル教科書にサンセイのハンタイなのだ

■デジタル教科書にサンセイのハンタイなのだ

 というわけで、デジタル教科書への改めての批判と回答、反対論と賛成論からなる一連のやりとりをご紹介してまいりました。
 でもかなり錯綜しているので、最後にちょっと整理してみます。


 まず、当初、ツイッターで議論を進めるに当たり、現状を6点整理しました。

1)  教育情報化の第一目的は「やる気の向上」。政府調査によれば、一人一台導入後、小学生の9割5分が「授業が面白い」と回答。

2)  第二目的は「学力の向上」。政府調査によれば、一人一台導入後、9割以上が「授業がわかりやすい」と回答。第三目的は「表現力の向上」。同じく7割以上が「わかりやすく伝える・発表したい」と回答。

3)  授業にICTを活用して指導する能力は、一人一台導入前は教員の51%、導入後1年で80%に向上。

4) ただし紙・鉛筆をデジタルに置き換えよというものではなく、紙・鉛筆+デジタル。紙がよい効果のある学習はそれを続ければよく、デジタルが威力を発揮する学習はデジタルで。しかし反デジタルの方々は対立項に持ち込もうとする。

5) 従来、実証の成果を待って進めるというのが国(というか財務省)のスタンスだったが、実証を「進めつつ」推進という政策転換が昨年行われた。実証と推進の同時並行。これはアナログの教育が今も実証と推進を同時並行しているのと同じ。

6) 実証は必要だが、実証の成果を「待って」いたら100年たっても導入はできない。社会全般も、子どもの暮らしも、海外の教育もみなITを利用する中で、導入に反対するかたには「導入しないメリット」を実証する責任が生じていると思う。


 そのうえで、ぼくの現状認識も6点加えておきました。

1) 韓国シンガポール始め各国が今年から来年に一人一台環境を整えるのに対し日本は7人に1台が現状。政府目標は2020年。ぼくらが急げと言ってるのはここで、「教材」もそれにつれて拡充していく。

2) 「教科書」はまだ開発・実証段階だが、本格導入するにはデジタルを正規版扱いするよう3法の改正が必要で、もう少し時間がかかる。

3) 情報化の実証は各国で進んでおり、日本では文科省・総務省、海外事例はApple、マイクロソフトらの報告をチェックすればよい。

4) ただし紙・鉛筆をデジタルに置き換えよというものではなく、紙・鉛筆+デジタル。紙がよい効果のある学習はそれを続ければよく、デジタルが威力を発揮する学習はデジタルで。しかし反デジタルの方々は対立項に持ち込もうとする。

5) 従来、実証の成果を待って進めるというのが国(というか財務省)のスタンスだったが、実証を「進めつつ」推進という政策転換が昨年行われた。実証と推進の同時並行。これはアナログの教育が今も実証と推進を同時並行しているのと同じ。

6) 実証は必要だが、実証の成果を「待って」いたら100年たっても導入はできない。社会全般も、子どもの暮らしも、海外の教育もみなITを利用する中で、導入に反対するかたには「導入しないメリット」を実証する責任が生じていると思う。


 
 これに対し、反対意見が寄せられるようになったため、ツイッター上での議論とあいなった次第です。


 
 前回までの議論を3点整理しますと、

1) 賛成派はAのメリットがあるから導入せよといい、反対派はBのデメリットがあるから導入不可、という対立です。

2) 賛成派はBはデメリットではなく、存在も不明なので実証されたしといい、反対派はBのデメリットを解消しろ、というすれ違い。

3) 賛成派はAのメリットを活用すべきといい、それに対し反対派は無回答で、賛成派が検証不足だと批判しています。

 そこには根本的な情勢認識の違いがあります。
 反対派は、デジタル教育の進展に社会的なコンセンサスがなく、だから社会の了解を得るために賛成派は実証や検証をする義務があると考えているのですが、(賛成派全体ではなく)ぼくは、国際社会や日本政府・自治体はもうコンセンサスに基づいて決定を下しており、逆に反対派が実証や検証で不当性を示さないといけなくなっていると考えているのです。
 デジタル教育推進はぼくらの横暴という声がありますが、政府決定にまで至っているのは、世界の先生、研究者、保護者、企業、官僚、政治家らの努力が積み上がったものだと考えます。ぼくはハネ上がりのスピーカに過ぎません。
 各国が推進し日本も政府決定した中で、このままでは実証+実現に向かいます。だから反対派は、その理由をデータで科学的に実証して止めるべき状況なのです。が、その努力はみられません。私は本件は賛成派ですが政府の企てに反対したり阻止したりする経験も多く、それが元で役所も辞めました。そこからみて、主張も方法もそれじゃダメだろうと思います。

 例えば、4年前の子どもケータイ禁止条例が進められたのは、懸念があったからだけでなく、出会い系など警察の実害データ=実証があったからです。これに対しぼくらは団体を作り、懸念とデータの両方に対応してきました。フィルタリング(技術)や啓発(教育)などの対策です。その後4年で、データはひとまず改善。世間の懸念も下がってきて、むしろ安心や学習のためにケータイを持たせる親が多くなっています。今それがスマホ化。学校でタブレットを、という要請はその線上にある話でもありましょう。
 デジタル教育反対派も、タブレット導入するな論にはもう警察が示したような実害データ=実証が要るんじゃないかと思うんですよ。デジタル教育反対論でも、田原総一朗さんの「画一的になる」という意見、田中真紀子さんの「読まなくなる」という意見には明確に反論しました。誤認ですので。でも多くの反対派による「懸念」には反論してきませんでした。それはただの「不安」だから。不安は反証しても解消しません。

 デメリットの実証と申し上げているのは単なる老婆心です。賛成派は放置しておいても事態は進むからです。なのに賛成派に実証せよと迫り続けているのは、運動に対し不真面目だなぁと思います。私が反対派なら、そういう行動はしません。つまり、反対派は、ぼくからみれば反対する「ポーズを示す」派に過ぎない。「反対するポーズ派」は、55年体制がいつまでも続くのを望んで体制を維持した昔の社会党のようなもので、ぼくからみれば「形を変えた賛成派」であります。    おしまい。

2013年9月21日土曜日

デジタル教科書反対!への質問

■デジタル教科書反対!への質問


★一次質問

 デジタル教育反対派に「デジタル教育反対派への10の質問」を掲げてみました。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/03/10.html

★二次質問

 が、「質問が乱暴」といった意見が多く、論理的な答えがほとんどありません。
 こいつは質問が悪かったと思うので、もっと簡単な質問を4つばかり。お答えください。

1)世界の情報を瞬時に調べる。海外の子どもとつながって対話する。デジタルなら簡単だが、「使わないほうがいい」理由は何でしょう?

2)生徒みんなの考えを電子黒板で一斉に共有して比較できる。デジタルなら簡単だが、「使わないほうがいい」理由は何でしょう?

3)デジタル教育反対:大規模な理科の実験や天体の観測など映像や音声による学習ができる。デジタルなら簡単だが、「使わないほうがいい」理由は何でしょう?

4)映像や音声を使ったプレゼンをして、それを対外的にも発表できる。デジタルなら簡単だが、「使わないほうがいい」理由は何でしょう?


★三次質問

 これにも回答はございません。
 デジタル教育反対の方からは検証しろとの質問をよく受けるのですが、こちらから質問しても返ってこない。
 改めてわかりやすい質問を18問並べるので、「なぜ導入してはいけないか」の観点から反論してみてほしい。

1)OECDが「知識基盤社会」の時代を担う子どもたちに必要な主要能力として「知識や情報を活用する能力・テクノロジーを活用する能力」を提示しているが、これに対する反論いかん。

2)EUは今後の主要能力について母語におけるコミュニケーション力、数学的能力と基礎的能力に並べ「デジタル能力」を掲げているが、これに対する反論いかん。

3)多くの国の研究者が参画して進めている「ATC21S」プロジェクトでは、「21世紀型のスキル」として情報リテラシーやICTリテラシーなどのスキルを提案しているが、これに対する反論いかん。

4)日本視聴覚教育協会が電子機材を用いると生徒の興味・関心が高まり、集中して復習に取り組むようになったなどなど多数の効果・事例を挙げているが、これに対する反論を乞う。

5)乞う反論(以下同じ):文部科学省の調査は「教科書の内容に即したデジタル教材コンテンツを増やしてもらいたい」とする小中学校が92%としている。

6)文科省の調査では「ICTを活用した授業では、95%以上の教員が「授業の質が向上した」「授業改善ができた」と評価している。

7)文科省がICTを活用したものと活用していないものについて理解度テストしたところ、小学校の算数では活用あり82%、活用なし76%との結果だった。

8)同じく社会では活用あり73%、活用なし67%。理科では活用あり87%、活用なし82%との結果だった。

9)総務省一人一台実験校への調査によれば、小学校4-6年生がICTで「楽しく学習できる」とする評価が95%程度。

10)同調査によれば、小学校4-6年生が「コンピュータを使った学習はわかりやすい」とする評価が9割を超えている。

11)同調査によれば、小学校4-6年生が「授業に集中する」「友だちと教え合う」「学習した内容を覚える」とする評価が9割近い。

12)同調査によれば、小学校4-6年生が「じっくりと考えて、自分の考えを深める」と評価するものが8割近い。

13)総務省一人一台実験校への調査によれば、授業中にICTを活用して指導する能力が、ICT導入前は51%だったものが1年後には80%に達している。

14)アップル社によれば、米メイン州の9校で1人1台の学習環境を整えたところ、州の平均レベルであった学力が、2年後には理科、数学、社会のテストの得点が他の中学校よりも有意に高くなった。

15)同じくメイン州の第4学校区では、生徒対コンピュータの比率を3:1から1:1に転換した結果、中学生の出席率が7.7%上昇。同じ時期に問題行動を起こした保護者宛の手紙が54%減少した。

16)ペンシルバニア州アーヴィング小学校では、異なる学年の生徒にノートパソコンを貸与した結果、学年をまたいで連携が生まれ、年長の生徒が年少の生徒を指導するようになった。

17)フロリダ州マナティー群学校区では約6000人の生徒と教員にパソコンが渡された結果、生徒の責任感が向上し、欠席率が減少した。

18)上記を踏まえ、まだ何をどこまで検証しなければ日本だけデジタルを導入できないのか、明確なガイドラインを求める。


(上記の事実やデータは政府等から公開されていて、ぼくも本やブログ等に書いてきたもので、この分野に関心ある方々には旧知のものですし、他にもそんな情報はうんとあります。だから、知らなかったとしたら、それで批判しているとしたら、滑稽というか、ぼくの相手ではありません。

 しばらく待ちました。回答は要らないとは思っておりました。意外なる案の定、何の回答もありません。なるほどなあ、やるなあ。
 ・検証しろと言い続ける
 ・検証データが示されても答えない
 ・懸念は解消されないと言う
 ・だから全面禁止だと言い張る
 このやりかたはぼくが何かに反対するときに使えるかもしれない、と思いました。)

2013年9月20日金曜日

デジタル教科書の課題

■デジタル教科書の課題

 もちろん、課題もあります。
 それに対する指摘も書いておきます。

 つまるところ、情報が与えられすぎて、自ら探索し、感じ、考えるという自主的な能力が忘れられるということではないでしょうか
>はい、そういう「懸念」はあるかと思います。だからといって「使わせない」のがよいということが「検証」できるかです。
  
 僕は賛成派ですが、「情報量が多いと考えることができない」理由がわかりません。考えるためには必ず情報が必要だと思うんですけど。
>ぼくもわかりません。検証してもらえるといいんですが。

 凄い直感ですが、「デジタル~(なんちゃら)」って表現が敵を多くしてる気が(^-^; そもそも書籍も電子化してるなかで媒体の電子化は避けられない
>そう思います。3年前、コトが動かないのに業を煮やしわざと刺激的な「デジタル教科書」という言葉を使いました。
 
 早めの導入は必要ですし、そのための旗振り役も必要なのだろうとは思いますが、「旗の振り方はそれでよいのだろうか?」と不安になることがあります。
>この指摘は当を得ています。
>実はぼくらの協議会でも反対派のかたがたとのシンポを計画したんですが、国会議員含めみなさんに断られました。反対するかたって、反対に対してもう熱心じゃないのかと感じていたので、そんなことはないという議論ができれば建設的かと思います。
>賛成vs反対で激突したのは3年前、田原総一朗さんとのニコ生でした。一つ一つ説明し、意見の違いは残れどちゃんとやろう、ということで田原さんにはわれわれの協議会に入っていただきアドバイスをいただいています。
>その時もその後も、「懸念」に対し「データ」で答えるようにしていました。でも懸念は「主観」なので消えません。 その議論をやめることにしました。逆に反対するかたに懸念をデータでお示しいただくようお願いしています。(これだけの人が懸念を持っているというデータ は承知しています)
>でもなかなかお答えいただけないのが現状。使わないほうがいい、という主張に対してもぼくは平易な質問をしていますが、それに対する回答もありません。
>デジタル教育の旗振りの主役は文科省であり、総務省、IT本部、知財本部であり、与野党の推進派国会議員であり、導入を主導する自治体の首長です。ぼくは一団体の事務局長にすぎず旗は小さい、けれども、リスクを取って先頭に立とうとするので、被弾するのは仕方ありません。
>デジタル教育には「創造」「共有」「効率」の3メリットがあり、弊害は「ない」というのがぼくの主張です。結局のところ、これに対する反対派の主張、導入を阻止する論拠っていうのは何なんでしょう。それがぼんやりしていて、反論しにくい状況です。
>ぼくはデジタル教育の弊害は「ない」と考えており、「ない」ことを検証できません。「ある」と考える人はあることを証明してくれると議論が始まります。
>デジタル反対派のいう弊害は、使う場面が間違っているか、アナログでも同じ問題があるか、が大半で、ぼくも反論のネタが尽きている面があります。

 何処かの学校が生徒一人一人にデジタル教育のタブレット代5万円を請求するとニュースになってましたが、日本では100ドルPCみたいなものは難しいんでしょうかね、、、
>それでいま1人1年1万円サービスを募集してます。

 軸?完全自主財源で賄えますくらいハードル上げていきましょう!わっしょいわっしょい
>デジタル機器はランドセルやそろばんのように家で買え、という選択肢もあると思います。

 教材費を削減する学校が多い中、「家で買え」はハードルが高いような気がします。
>そうなんですよね。コスト負担が最難問。

 アナログかデジタルかはどうでもよくて、100円のロバストな文房具か50000円の不安定なデバイスかの違いだけだと思います。携帯キャリアと組んで安く仕入れ、新機種に気軽に変えれるとかできないもんすかね。
>このサービスを募集しています。

 単純に紙の本に触れる時間が減ることにより、紙の本の利用技術が減ることじゃないですか。教科書がすべてデジタルになってしまったら、家庭教育の乏しいところでは、紙の本など見たこともないという子供が出てきそう。
>うむ、それはあるかもです。

 各学校にサポートスタッフ大量導入は必須かと、はっきり言って学校自体がアナログ気質なので、その辺で、スタッフと教師の間で教育方針にギクシャクするのが一番の弊害だったりして。
>はい、サポートは重要な対策。政府も自治体も重視しています。

 興味あるが不安が拭えない三児の母。なぜ小学校?高校の選択制ではなぜダメ?
>親が反対するならその子はアナログで、というデジアナ混在制を台湾の小学校が導入してます。その手はあるかと思います。

 こういう親の声は非常に貴重です。拙速な導入ではなく、不安点について徹底的な調査研究をしなければ導入してはいけないと思います。
>親の不安を解消していくことは必要ですが、今は導入してくれという10年来の声に応えられていない状況です。

 デジタル教科書2015年全学校に配布等、デジタル教科書の標準団体結成とか報道されていますが、導入後の授業の進め方など、まとまった資料が出来ていて、保護者が知ることが出来るようになっているのでしょうか?
>ちょっと聞いてみます。

 さらにデジタル教科書はタブレット?パソコン?義務教育で保護者の費用負担は?デジタル化教科書?サブ教材?全教科一斉?転校時の互換性は?ノートはどうなるの?小中9年間同じものを使えるの?
>まさにそういうことを議論しています。

 新しいことの導入おいては、なにかと不安になるものです。的確で素早い情報の公開と私達、保護者まで情報が伝わるよう御願い致します。
>はい、心がけます。
 
 デジタル教育には大賛成で、活用もしたいのですが、現在学校に普及しているICT機器の数量ではなかなか普段から使おうと思えません。各学級1台ずつあればと思います。パソコン教室も定数の40人分は欲しいです。最低でも…
>そうですね・・ 

 業務電子化やICT教育の推進により、困っている教員も多いので、現場はサポートしてくれる人を求めているのでギクシャクはあまりないと思います。もっと早くきて欲しいくらいだと思います。
 >そう思います。

 教師が電子黒板で使う電子教科書は既に教科書会社から発売されていますが、生徒用のものは、まだ開発中と聞いています。生徒用の試作品は存在しているのでしょうか? そしてそれで実証実験されているのでしょうか?
 >はい、実証実験が進められています。

 親として中立に見たい。語学教育のようにカリキュラムに数時間加えられるなら抵抗ない。時間割まで情報端末利用を強要させると抵抗ある。
>ぼくら協議会も一人一台になっても授業の3割程度で使われるイメージかなぁと見ています。
>デジタルを授業でどう使うか、どう使わないかは、国やましてぼくらが決めるんじゃなくて、現場の先生と子どもが考えながら編み出していけばいい。このため、ぼくらは全国の学校の実践を数多く共有する場づくりを進めます。
>それは先生方の力を信頼するところから出発しています。おそらくデジタル反対のかたがたは先生に使いこなす力量がないという前提だと思います。韓国は全ての教員がデジタルを駆使できるのは当然だし義務という前提で進めています。

 有識者会議は初等教育や脳科学の専門家など幅広い分野から成るのでしょうか?
>ぼくら協議会も、反対意見含め幅広い分野のかたがたと意見交換をしています。その点、会員企業にとって耳の痛い話も多く入りますが、教育に携わる企業人は真面目で、きちんと受け止めようとしています。

>ただし、デジタル教科書教材協議会で、賛成派vs反対派のイベントを仕掛けたんですが、政治家含め反対派っぽいかたがたから軒並み登壇を拒絶されました。次回、やりましょう。反対派のみなさん、ぜひご登壇ください。
>反対派の名誉のため付言しますが、3年前に協議会を立ち上げた時は、賛成派と目される研究者の方々も登壇を拒否しました。日本は、こういう重要問題について旗幟鮮明とならず、その間、海外が進んでいったという構図です。

 中村伊知哉さんはしばらく小中学校で働いてみたほうがいいんじゃないだろうかという気はしてる。
>小中学校で働くかたがたを尊敬し、憧れてもいますが、自分には務まらないでしょうね。大学の教員も務まってるとは言えませんし。


 いろんなことに答えたので、次回は逆質問です。

2013年9月19日木曜日

デジタル教科書賛成!

■デジタル教科書賛成!

 前回まで反対意見とその回答を紹介しましたが、もちろん賛成意見も多数あります。下記に連ねます。

 いずれにしても技術的に問題があるなら技術的に解決すればいいだけでは。ただ、五感を鍛えるような授業も必要だとは思いますよ。
>そう思います。
  
 授業の運営法を先生達が効率よく学んでいくためにもオンライン教材は有効だと思います。先生の事務的負担を減らして、より生徒と深く向きあい、学べる環境を作っていくかを、教材や環境提供メーカーと作りあげていって欲しいです!
>ですね。 

 ワンテンポ遅れるっていつの技術の話?まあ紙の方がいいことは紙でいいと思いますが。
>そうですね。

 デジタル教科書を推進する中村伊知哉氏は反論や疑問に対して常に丁寧に答えておられる。高圧的な物言いが微塵もない。相手を捩じ伏せず、一緒にやりましょうよという穏やかなスタンスに、氏の強い信念を感じる。
>丁寧すぎるかもです。

 うちの高校一年生の行く公立チャータースクールでは今年からクロームブックを一人一台導入、放課後は学校に置いて帰り、紙の媒体も使います。自宅に端末のない子も今からデジタルリテラシーを磨き大学や仕事と同様の環境に慣れておけるのが大きな利点です。
>いいですね。

 何で皆さん教育という一番大事な子供への投資をケチろうとするのでしょう、ワケがわかりません。
>実に。
  
 世界から周回遅れと言われる日本のICT。佐賀県と武雄市のすべての児童、生徒へのタブレットPC配布は、素晴らしいチャレンジ。文科省&総務省は 、6月14日に閣議決定された 世界最先端IT 国家創造宣言に基づき、アクションを!
>アクションの段階だと思います。

 すぐにためして良くなければ戻せばいいのに。そういう時代ですよ。しかも電子化の方が紙よりずっと安い
>そう、鉛筆やノートと同じ道具に過ぎないですから。

 当然 1人1台タブレットだと思いますが。無駄に重いランドセルから解放してあげて欲しいし、もっと貪欲に知識にアクセスする態度を身につけて欲しい。
>普通そう考えるので、反対者に反証してもらわないと。
  
 学習効果は教材次第であって、端末導入の是非という問題ではないと思う。コンピュータやWebのない世界はありえないし、むしろ使わない手はない。あとは教師の力量が問題かも。
>そう思います。
  
 確かにネットで調べるだけでは、思考力や創造力は鍛えられませんね
>そしてそれはデジタルのせいではなくて授業のせいですよね。

 賛成側の意見ですが、私はこう考えます。 http://nobusblog.doorblog.jp/archives/3055504.html…
>なるほど。コレじゃいかん、ということを反対派のかたに検証していただきたい。

 淘汰される作業はあって、伝統や文化で必要とされるものは残ると思うので、まずはデジタル教科書やってみてから議論するべきではと個人的に思います。
>はい。今の問題は「だけど使わせるな」という主張があるということです。

 支持。デジタルの方が効率よいのになあ。。。
>おお、心強い。

 教育がほったらかしにしている間に、恐ろしいほどのITリテラシーの差が生まれていますね。親のITリテラシーに比例する形で子供のITに対する期待度や抵抗感に差が生まれているとつくづく感じます。
>問題ですよね。

 教育に於いては、デジタルとアナログは欠点を補い合う関係であって、「置き換え」ようとするから面倒なことになっているような気がしますが・・・
>そう思います。ぼくらは補完で話してますが反対する方は置き換えイメージのことが多い。

 数式のパラメータを変えたらグラフが変わる、太陽系の動きが一目瞭然、蝶の変態がハイスピードで見れる、等等、デジタルならではのメリットと思います。
>ご指摘どおり。使わない手はない。

 一方、長文をタブレットで読ませる(紙じゃいけないの?)、漢字を覚える(かな漢字変換を使わせない?)、という部分が、相容れないように思います。デジタルもアナログも、単なる「道具」と思います。
>そう思います。

 「教」え「育」てるのが、教育。デジタルは万能ではありません。使う(使える)シチュエーションをきちんと示す事も必要ではないでしょうか。
>そのとおりと考えます。

 現状認識が甘過ぎる。学校で導入するか否かに関わらず、家庭で使う人はこれからも増えてデメリットは現実に起こる。おそらく間に合わない。どちらにしてもデメリットが起きて変わらないなら、メリットを活かすかどうか。
>そうなんです。

 あ、あと家には、もうすぐ六歳の娘と二歳になる娘の二人いますが、上の子はタブレットやテレビでネットを使いこなすデジタルネイティブ世代です(^-^;そのうち「なんで教科書が本なの?」なんて言われる時代が来るんでしょうね(^-^;
>すぐ来ます

 先生に意見をぶつけている「反対派」の方々はどうして「新しいものを取り入れながら一緒により良くしていこう派」にならないのだろう。普通に疑問だ・・
>ううむ、わかりません。

 反対派には、「デジタルでやってみな。どうせだめだから」くらいの余裕が欲しいですね。効果がある方が残るから。どちらの良いところも良いように残るはず。
>はい、どう使われるべきかはぼくらの役割でなく、現場の先生と子どもたちが決めていけばいいと思います。

 歴史を見ても便利なものは普及する。自動車のように。依存症に危機感を感じているなら、講習会で十分だとは思えない。日常的に共存の仕方を学ぶ段階にきている。これがいちデジタルネイティブの意見。
>ぼくはアナログネイティブですが同意見です。

 中村伊知哉さんが深夜のツイートで飛ばしてる。教育関係者はモチロン、それ以外のレディース&ジェントルマン&おとっつぁん&おかっつぁんも傾聴すべき。巨大なものとのバトル感ヒシヒシ感じる。
>いたみいります。

2013年9月18日水曜日

デジタル教科書反対! その2 

■デジタル教科書反対! その2  

 反対意見はまだあります。依存性への不安、プログラミング学習への批判など。
 これらも面白いので、やりとりを貼っておきます。

★依存するだろ!

>3年前、田原総一朗さんや田中真紀子さんの書には反論し本も書きましたが、その後の反対論には反論に値すると思えるものがなく、だから逆にこちらから質問することにしました。あ、例外は自民党WGで議員から出た2つの意見。「子どもがのめりこみすぎる」「目が悪くなる」。前者には「のめりこませたいのです」後者には「ぼくは紙の本で目が悪くなりました」と答えました。

 紙の本と、デジタル教科書との目に対する影響を科学的に比較しないと
>いや、デジタルだと目が悪くなるという指摘なので、アナログでも悪くなる、デジタルかアナログの問題じゃなく授業や家庭対応の問題と申し上げてるのであり、デジタルのほうがどうとか言ってません。

 答えになっていません。国会議員の方々の懸念は、デジタルの方が、より目が悪くなるのでは、ということなのですから
>国会議員たち納得してましたがね。

 国会議員の方々の懸念は、デジタル教科書のある種のゲーム性にのめり込む、ということではないでしょうか
>これも議員からの反論はありませんでしたが。
>のめりこませたい:日本の子どもが授業が面白いと思う比率が世界平均より20ポイントも下回る状況が教育の最大課題と考えます。ICT導入により95%が授業が面白いと答えるデータからみて、使わないほうが不思議。

 全国で51万8000人と推計されるネット依存の中高生が存在する
>ネット依存は学校教育より家庭問題で、対応が別。リテラシー教育やフィルタリング等の対策にも私たちは力を注いでいます。「使わせない」という無責任さとは一線を画します。
>4年前の「ケータイを学校で使わせるな」運動と同じで、親は安全のために与えているのであって結局家では使うんだから、使わせて学ばせるほかないと思うのだが、デジタルを持たせない派はどういう解決法を展望しているんでしょう。

 日経の記事には「ネット依存は親の力では止められない」と書いてありますね
>だから学校「でも」使わせ学ぼうというのがぼくらの考えで、学校「では」禁止しようというのが反対派の考え。家庭「でも」禁止する方策をお持ちなら主張は一貫しますが。

>そして教育インセンティブの向上についてデジタル反対派はどういう対案があるのでしょうか。そちらのほうがよければ、そちらに予算を回してよいと思いますが。批判はよく聞きますが、じゃあどうするという解決案が欲しい。

>デジタルでもアナログでも欠点はあって、だけどデジタルだけなぜ使わせないのか、ということを問うているわけです。 


★プログラミング学習反対!

 日本の小学生にプログラミングをタブレットで教えるとでも? そんなことより、大事なのは国語力ですね。論理的な文章をきちんと書けないとプログラミングもできませんから。
>プログラミング教育も、国語力も大事です。なぜ対立?
>日本の、いや、世界の小学生、いや幼児を含め、プログラミングを教えています。ぼくらや、MITの教授陣や、アランケイたちは。

 プログラムを書くにはローマ字入力が必要で、小中学生には無理です。
>ぼくたちはMIT数学のパパート教授らと組んで幼児・小学生向けプログラミング教室を10年以上やっているのですが。

 小中学校のうちはプログラミングを教えることはないでしょう。英数国をしっかりやって基礎を固めるのが小中学校の間の教育ですね。
>これからもなぜそうなのかが不明。

 私は懐疑的ですね。プログラミングは人工的な言葉なので、小中学生が慣れるのは難しい。プログラムもただ動けば良いというものではなく効率的な美しいものでなくてはならない・・
>懐疑的なのは結構です。問題は「使わせない」根拠は何かということです。

 プログラム教室の例は、新興国に負けない優秀なSystem Engineerを育てたいというだけで
>なんでそんな議論になるんだろう。不思議です。アラン・ケイに向かって言ってみたらどうだろう。

(この議論は途中から賛成論に傾いていきます。)

 両方大切だから対立するのですよね。これなども対立の普遍的な構造だと思います。いつも主張だけで解決を図ろうとしない姿勢はとても学者的でゴールは遠そうです。。
>はい、解決を図ります。

 きちんと論理立ててものを考え、論理的にものを語るにはプログラミングとか英語学習とかは有効だと思います
>そう思います。

 人口的な言語であるからこそある種の子供たちには理解しやすい場合もあります。何よりこれほど子供たちを惹きつける「何か」をデジタルが持っているのは間違いない事実です。また、すべての人がプログラマーや数学者になる必要もないわけです。
>はい。
  
 EtoysとScratchのタブレット対応は現在まだ研究中です。
>なるほど承知しました。勉強します。ぜひ研究を推進していただきたい。協力申し上げます。

 私も、プログラミングは高校から選択でいいと思いますね…。私は中学でBasicやりましたが 「義務教育で教えるべき内容」ではない
>ぼくらのプログラミング学習をご覧になってから判断されるほうがいいですよ。昔の知識じゃなくて。

 デジタル教科書など道具/技術としての導入ならば賛成ですが、プログラムまで拡げると『専門職」の領域で違うような。だってブログラムを知らなくても誰でも動かせるのがアプリケーションでしょ?それなのにプログラム教えるなんて全然デジタル教育らしくないよ。
>プログラミング「を」教えるならそのとおり。ぼくらは簡易なプログラミング「で」アニメやゲームを作ったり自作ロボットを動かしたりさせています。英語も英語「を」教えるより英語「で」教えるほうがよいと考えます。ぼくの息子が通っていたボストンの小学校は理科はスペイン語「で」教えていました。
>ぼくらのプログラミング学習の例はここをご参照ください。一番下にビデオもあります。
 http://www.canvas.ws/programming/

 このビデオはScratch紹介用に千葉工大の皆さんに作ってもらったものなので、CANVASの活動としては、以下がよりふさわしいと思います。
 http://t.co/V5fGRx32sL http://t.co/no9IEnnLtL
>ありがとうございます。

 拝見しました。これならば理解できます^^「造る/創る」学習ですね。誰もが参加できることはネットの大事な理念だと思うので、創ることを学ぶ機会があるのは宜しいかと


★デジタルは長文がダメ!

 デジタル機器を使用する時間が増加すると長文を書かせる時間が減るでしょう。そこが問題なのです
>こうなるとぼくの理解を超えているのですが。

 デジタル機器で長文を書いても学習にはならないですね。手書きでないと頭に入らない。だからデジタル機器を使う時間が増えると長文を書く時間が減るでしょう。
>その検証があれば伺います。

 デジタル機器で長文を書くことが教育効果を挙げた事例をご提示いただけますか?
>なぜですかねw 私はそんな主張はしていないんですけどね。

(ぼくは長文書けなんて言ったことはないし、ご主張に対し検証してみてくれと返したら、こちらに対し検証を求める。これが典型例でして、当方がデータ等でメリットを提示しても、先方は「懸念」をデータなしで示し、その検証を迫る。それでは100年たっても導入は不可でしょうから、反対の手法としてウマいとは思います。)


★創造力とは?

 「創造」とは何のことなのか、分かりませんね。「創造」なるものが、単に獲得した情報を繋ぎ合わせたもので、深い論理能力を要するものであれば、それは創造とは言わない。
>さいでございますか。初めて知りました。

 中村さんのいう「創造」なるものは何なのか、ご提示ください。
>初音ミクやバルス!記録や鉄拳アニメやケータイ小説やゴスロリやキャラ弁や新作新喜劇や自作スタンプや痛車やカラコン+つけまの整形メイクや、もっとちゃんとしたものも含めその全てです。

 これが中村さんのいう「創造」なのか! パルス記録が創造とは!   何か感覚違い過ぎ! 話が通じない訳だ
>はい、これも創造の一つです。宮崎アニメを皆でみる審美眼とそれに合わせネットで遊ぶイベントを構築する集団の構想力は海外には見られない特徴ですが、それがアドビの国際調査で日本が世界一創造的と評された源の一つだろうと考えます。
>同じく初音ミクのようにボーカロイド技術とアニメ表現とを組み合わせ、ソーシャルメディア上でみんなが参加して育て上げる力も新種の創造力と考えます。
>小説を書く、作曲する、映画を撮る、新たな方程式を編み出す、いずれもアナログ時代からの創造力ですが、デジタル時代の創造力もあろうと考えます。それを受け容れるかどうかは想像力の問題かもしれません。
>多発する炎上もまた創造力の表れであることが多い。創造力は良いことばかりではなく、奇想天外な殺人法を産むこともまた創造。多様な情報を組み合わせつつ新しいものを紡ぎ出すこと。ゼロから1を産むことも、1から10を産むことも創造と考えます。



(このほか、「新井紀子さんの「そんなにいいの?、デジタル教科書」に関する論理的な反論を伺っていない」というコメントも何度かいただいたので、ツイッターで13の論点について反論しておきました。ただ、ぼくは良著を讃えるのがブログの方針であり、批判は主義ではないので、その掲載は割愛します。)


 さて、もちろん賛成意見もいただいています。次回それを紹介致します。

2013年9月17日火曜日

デジタル教科書反対! その1

■デジタル教科書反対! その1  

「1人1年1万円でデジタル教科書を」
 デジタル教科書運動が次のステージに入りました。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/08/blog-post_29.html

 というブログをアップしたところ、改めて異論・反論が来ました。
 3年前、デジタル教科書・教材協議会(DiTT)を立ち上げたころ、ずいぶん批判も浴び、議論し、対応したものですが、しばらく止んでいたと思ったところ、具体的なコストイメージが登場したからでありましょう、また同様の議論がぶり返してきました。
 もう場面が変わっていて、特に海外に後れをとっている日本は政府決定もなされ、議論の段階でなく実行の段階であり、逆にデジタル教育反対者にはこちらから質問することにした(下記の2記事)のですが、これらに対する回答はなく、またも質問を浴びる格好であります。

 デジタル教科書は第2ステージに
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/01/2.html

 デジタル教育反対派への10の質問
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/03/10.html

 だが仕方ありません。しばしツイッターで対応していたのですが、分量が多くなってしまい、「まとめろ」の声も浴びたので、このとおりまとめます。
(今週は毎日、この件をアップしていきますね。)
 ぼくの回答が正しいかどうか、それはみなさんがご判断ください。
 前段がツイッターでいただいたコメント、>から後がぼくの回答。


 デジタル教科書の使い方を現在研究中なのに、デジタル教科書を小・中学生に一人一台まず導入というデジタル教科書推進派の意見は理解不能
>紙の教科書の使い方はまだ研究途上ですがみんな使ってますよ。

 効果的な学習法も確立していないのに、デジタル教科書を本格導入するのは現場が混乱するだけ。
>未だITの効果が確定していないPCやネットを会社に導入した経営者は現場を混乱させただけなんですかね。  

 検証のためのデジタル教科書学会は昨年設立されたばかりですよね。
>参加している先生方はまともだと思います。ほぼ全ての社会人がデジタル仕事に移行した現在も紙に固執する先生方はどう考えてるんでしょう。
>日本の学校は生徒7人にPC1台。教育情報化反対派は導入が拙速というが、であれば来年にも一人一台を達成する韓国やシンガポール、今年一年生全員に配ったタイは大変なことになるのでは。課題は日本と同じはず。警告されるとよい。

 「導入反対」ではなく、「適切な導入」が求められているだけでは?
>私も適切な導入を求めています。海外に比べ日本の導入が遅れているのが「適切」かどうかの判断かと思います。
  
 デジタルで集中できるというのは見せかけでしょう。ゲームやドリルでは
>あ、ドリル的に捉える点でデジタル化のイメージが全く異なります。ドリルさせるなら紙で結構。置き換えではありません。
  
 学校に端末を置いておくのなら、端末室で、デジタル授業をすればよい。それなら10人に一台でも十分。
>それこそ紙とデジタルが共存して「はい、じゃこれはネットで見てみて」って機動的な授業をイメージされてます?なぜ十分なんでしょう。

 少ない予算だからこそ厳選が必要です。きちんとした実証実験で効果を確かめらるべきでしょう。
>だから日本含め各国で実証が行われ、推進されているわけで、いつまでどこまで検証すべきかの判断の問題でしょう。

 マルチスクリーンは子どもたちの注意力を散漫にします。与える情報は少なくした方が学習効果は高いのです
>それをこそ実証していただけると、生産的な議論になると思います。デジタルを活用した授業の方法も改善されましょう。
  
 使わないメリットは、授業に集中できること、無駄な財政支出をしなくてすむこと 紙の教科書との併用は避けられないので、重い端末を持って歩く必要がないこと、教員の研修がいらないこと。等々多数
>授業に集中できること:日本の教育の最大課題は海外に比べ子どもが「授業を面白いとも役立つとも思っていない」比率が圧倒的に高いこと。デジタルで集中できるよう授業を改善するのが重要な目的。
>無駄な財政支出をしなくてすむこと:日本は教育への公的支出がOECD最下位。子どもたちへの投資をこそ拡充すべき。それが無駄かどうかは政策判断。道路予算に比べれば安い。
>重い端末を持って歩く必要がないこと:であれば本か端末を学校に置いておけばよい。カリフォルニアや台湾の教育情報化の第一目的はカバンを軽くすることでした。
>教員の研修がいらないこと:この時代に教員の情報化研修がいらないことがなぜメリットなのかわかりません。

 デジタル教科書が論理性を失わせる危険がないか、きちんと検証する必要がある
>危険があることをまず立証してもらいたい。さすれば必要が生じます。

 ここのところの大学における、数学の学力低下は、ひどいものがあるわけです。そこに影響があると非常に困るわけです
>それはたぶんデジタルのせいじゃないから別の検証をしてほしい。

 単純な疑問なんですが、小学生だとタブレット落として壊したりする仔が続出とかならないんですか?大人でもよくiPhone割っちゃいますし。
>学校に導入した事例では、みんな大事にしてほとんど壊さないそうです。

 タブレット導入で威勢だけ良い武雄市の樋渡市長も国の補助金頼みですよね?
>熱心な自治体は自主財源を軸にしています。既に自治体に付与されている交付金をきちんと使えば遂行できます。要は首長のやる気の問題。
>幼児向けタブレット玩具が出回り、親がお古のタブレットを幼児に渡すようになり、そうすれば今の子が小学校に上がるころにはデジタルの達人になってます。小学生に情報端末を渡すかどうか、議論している暇はもうないと思います。

 自己矛盾、みんなタブレット持っているのだったら、小学生にタブレット配ることはない。 アプリを入れるだけ。 
>そうですよ? 韓国はもうそういう方針に転換してます。

 そんなに小学生が入学前からデジタルの達人になっているのだったら、学校で教えることはない。
>そのとおり。学校で使い方を教えることはなくなります。使うだけの話です。

 紙の教科書にはデジタルにないメリットがあることは確実である以上、それを使う時間が減るというのは、紙の教科書のメリットが十分に生かせないということで、これは明らかな弊害ですね
>面白い。紙によってデジタルのメリットを活かす時間が使えない弊害はないのか。

 日本政府も実証実験をと言っている訳ですよね。
>はい、政府は20の学校で実証実験を行い、われわれDiTTも13の実験を進めています。政府は次年度大幅拡充の予算要求をしていますが、ぼくはそれでも不足と考えます。実証実験を行い「つつ」導入を急ぐというのが政府方針で、いくつかの自治体が一人一台に踏み出そうとしているのが現状。公的資金による実証はあと10年ぐらい必要ではないかと思いますが、本格導入もまた急ぐべきでしょう。どんな授業や学習が子どもたちにとってよいものか、その研究はアナログでも100年以上続けられ、未だ理想型ができていないように、デジタルでも100年以上続くことでしょう。ではどこで本格導入に踏み込むか。その政策判断です。

 デジタル教科書推進派が、こういった懸念に応えるべきであり、「使わせないのがよいことを検証」する義務が反対派にあるというのは誤りですね。現状の変更を申し立てているのは推進派なのですから。
>これはもう場面が変わったんです。OECD及び各国とも推進を決定し、日本政府も閣議決定していることに「反対」とおっしゃっているので、もうそちら側が論証する段階になりましたよと申し上げているのです。ぼくも場面が変わったんで反対側に検証をと申し上げている次第。
>理数系学会などがデジタル教育に懸念を示しているのは知っていますが、日本のようなIT利用後進国じゃなくて、米、EU、韓国、シンガポールなど先に進んでいる国々の同僚学者たちに、なぜ君らは教育情報化を止めなかったのかを聞いたほうが早いんじゃないですか?

>デジタル教育で先行する韓国の先生方に、日本で見られる懸念や心配はなかったのかと聞くと「そりゃあ以前あったが断行した、決断だ」という。必要性を政治や現場が認めるかどうか。1人が反対して9人の賛成を止めるかどうか。ということかと受け止めました。

>タブレット+電子黒板のマルチスクリーン、クラウドサービス、ソーシャルメディア利用の3点が教育情報化の新ステージ。日本はようやくマルチスクリーンに入る段階で、ソーシャルをガンガン利用する韓国に相当後れています。あ、学校でのソーシャル利用とか言うとまた「効果検証は」とか「プライバシー保護は」とか言う人たちがあふれますが、対応しません。使わないメリットを先に立証していただければお相手します。

 理数系学会の懸念にどう応えるのかを訊いているのに、説明責任を放棄する中村伊知哉さん
  ※理数系学会の懸念とは、このことと思われます。
  → http://www.ipsj.or.jp/03somu/teigen/digital_demand.html
>「9つのチェックリスト」のことですか? それにはお答えいたしますが、9つのリスト、私は同意します。繰り返します。私は同意します。
>9つのリストでおっしゃってること、それでいいと思うし、デジタル導入後も可能ではないでしょうか。(ですから、これが3年前に出されたとき、賛成側にもあまり反応がありませんでした。)
>ただ、技術や情報リテラシーは進化していきますから、このリストの妥当性も見直していくことが必要になってくるでしょう。例えば(3)について「紙を使って考えながら作図や計算」というのは、十分なインタフェースであればデジタルのほうがよくなる場合もあろうかと私は思います。
>要はこれらみな「懸念」であって、導入を阻止するほどのものではないし、懸念が現実になるということならそれを実証されればよいと考えます。

 反対派に実証を求めているのはわかるのですが、それでは反対派はどのように実証するのでしょうか?十分な検証や実験等が行われているなら反対派にも科学的に批判できると思うのですが、そのようなことが行われていないなら、反対派は当然批判できないと思うのですが?
>うむ

 実証実験をしっかりやっていない
>実証はやり続けますが、10年やってもしっかりやってないと言われ続けるでしょう。「しっかり」の基準がないので。

 そもそも反対している人は何を根拠としてるのか、まとめた記事などあればご紹介頂きたく
>以前、田原さんの反対論にはこう書きました。「デジタル教育は日本を滅ぼす」のか?   
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2010/08/blog-post_30.html 

2013年9月16日月曜日

Japan Expo から Tokyo Crazy Kawaii Parisへ


Japan Expo から Tokyo Crazy Kawaii Paris


Japan Expo@パリ。今回で13回を迎える日本総合展。今年も来ました。
ひとまず過去3年の記録をここに。
で、以下、写真メモです。




この人、定番。
でも今年はそんなにコスプレは目立たなかったな。
全体にコスプレ率が高まっている気はしますが。







今年のゲストは原哲夫さん、
明和電機さんら。
去年は浦沢直樹さん、
きゃりぱみゅ、
ももクロなどがいましたっけ。









講談社の本社にいた巨人がパリに進撃!










ドコモが7/1からアニメ60本を配信、
なのだそうです。
要注目。










もちろんNHKも発信力を強めています。
発信強化がクールジャパン政策の第一課題。   





 

トヨタ×STUDIO 4のコラボ。
Peace Eco Smileというアニメシリーズを制作。
気になるモデルです。  








今年も女子美が学生の作品をブース展示。
われらが季里さん、エラい。  










すっかり定番となったニコニコ動画fromパリ。
超歌ってみたのど自慢ステージ。






これに登壇するために
コスプレして来る連中もいるとか。
がんばれ日本発のプラットフォーム。








各地の観光情報の発信、
インバウンドの強化は
クールジャパンの本丸の一つ。






ひこにゃん一人で
彦根市をプロデュース。
強いなぁ。










もちろん熊本はくまモンが大活躍。
というか、
ローカルキャラが立った自治体が
強気で展示しているんですね。




クールジャパンもう一つの本丸、
フード。
たこ焼きに、長蛇の列。
パリはやはりソース派ですか。
たこ焼き、ポップでしょ。
ラーメン、
カレー、
ギョーザ丼、
牛丼、
焼き鳥丼、
うどん、
おにぎり。
うん、
高級和食よりこっち路線が広がってもらえれば。  



去年もおられましたね、
金印わさび。
世界を、つーんとしてください。









キラーコンテンツ。
山口代表、ダッサイ。









ただし、出展者のみなさん、
ビジネスはなかなか簡単ではないとのこと。
そもそも主催者はフランス陣で、
プラットフォームが握られているんですものね。  

だから、自分たちでやりましょう。
そこで920日〜22日、Tokyo Crazy Kawaii Parisなる日本発イベントをパリで開催することにしました。
マンガアニメ、ファッション、音楽、食、雑貨などを日本企業が集結して持ち込みます。
ぼくが実行委員長を務めます。 
Cool Japanをもっと活性化するために、自分で動くことにしました。
まずは、パリにて。
ありがとう、パリ!
待っとれよ、パリ!
http://www.crazykawaii.com/

2013年9月12日木曜日

クールジャパンで日本を売り込め?


クールジャパンで日本を売り込め?


 618日。NHKラジオ、夕方。表記タイトルの番組がありました。

 皆さんは、「クール・ジャパン」という言葉を聞いて、どんなことを思い浮かべますか?
 政府が成長戦略に位置付ける「クール・ジャパン戦略」について、どう思いますか?
 マンガやアニメなど日本のポップカルチャーを海外に輸出していくには、どんな課題があると思いますか?また、政府の支援はどうあるべきだと思いますか?
 という問いかけ。ぼくが回答役です。以下、オンエアの模様。

Q:政府も「クール・ジャパン」の推進に力を入れ始めた。実際のビジネスの現状は?
 コンテンツ産業は13兆円。世界160兆円の1/10で、2位を占めます。マンガ・アニメ・ゲームなどのコンテンツ産業がもともとの中心ですが、実は日本の市場は縮小傾向にあります。
 日本のコンテンツの輸出比率は約5%で、アメリカの17%に比べずいぶん小さい。輸出力あるのはアニメ、ゲームですが、海外に出る潜在力はもっとあると思います。
 ただ、コンテンツ産業はもともとGDPの3%程度で、国の経済の支柱になるほどではない。コンテンツ産業自体を大きくしていくのではなく、コンテンツ産業を通して、周辺産業を拡大しながら海外に展開していくことが大事です。アニメでPRして、ファッションやクルマや和食を売る、ということ。

Q:「クール・ジャパン戦略」に、政府が力を入れるのはなぜか?
 日本の経済停滞の中で、ポップカルチャーが台頭して、世界に進出したのですが、実はこの流れは海外から入ったものです。
 「クール・ジャパン」という言葉は、10年前にアメリカのジャーナリスト、ダグラス・マッグレイ氏が書いた論文「Japans Gross National Cool(国民総クール)」がきっかけでした。外交における「ソフトパワー」論を提唱したハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授も日本はポップカルチャーを活かすべきと提言しました。それで日本での議論が盛り上がった。つまり、日本自らプロデュースしたものではなくて、海外から発見されて入ってきたブームなのです。
 政府としては、日本経済や産業構造の変化、少子高齢化で自動車や家電などの基幹産業が苦しい中で、新しい産業として日本独自の文化を世界に展開していくことに力を入れています。
 コンテンツ政策は20年ほど前から始まったのですが、今回の安倍政権ではかつてない高まりを見せています。経済政策として、コンテンツ産業をブランド力やイメージを高める触媒として、家電や食品、観光など産業全体を成長させるのが狙いです。

Q:世界での日本文化の発信力の現状をどうみる?
 マンガ・アニメ・ゲームは、すっかり日本の顔です。ピカチュウ、ワンピース、ナルトを知らない子はいません。確実に世界に広がっています。日本文化を総合的に紹介するパリのジャパンエキスポは、特にマンガ、アニメが人気で、2000年に3000人の来場者で始まったものが、2012年は4日で20万人規模になりました。
 欧米の本は横書きで左とじですが、右手で開く右とじの日本のマンガが浸透しています。西洋文化始まって以来、逆にとじられた本が書店に並んでいる。アジアでもアニメ、マンガ、音楽を通した日本イメージが定着しています。

QK-POPや韓流ドラマのヒットなど、韓国は成功例として挙げられるが?
 韓国では、1998年の金大中政権からコンテンツ予算を拡大しています。特徴は3点あります。
 まず「集中」。映画、音楽などポップカルチャーにジャンルを集中して海外展開しています。
 次に「連携」。家電、クルマなどの産業とタイアップして、ソフト+ハードのセットで売り込んでいます。
そして「政府」。本気で後押ししています。
 これに対し、日本の海外進出は、集中ではなく多ジャンル総花的。連携ではなく業種タテ割り。そして政府の後押し少なかった。韓国のコンテンツ予算はこの10年で倍増しているんですが、日本は減少しています。
 で、今回、政府は韓国を意識したスタンスで、ポップカルチャーに、食やファッションなどを総合的にプロデュースして海外展開を進める政策に本腰を入れるようになった、というわけです。


 さて、ここで番組に佐渡島庸平さんが加わりました。佐渡島さんは、講談社の編集者として『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの大ヒットマンガを生み出し、去年、作品の海外展開を進めるために、独立してエージェント会社を設立した鬼才。デジタル技術を駆使して海外展開を進めるプロデュースモデルにぼくも注目していたんです。

Q:佐渡島さんをどう見ます?
 新しいモデルにチャレンジしてますよね。大企業ではやりにくい挑戦に高速でぶつかる。大きな組織にいて、2つの大きな波をもどかしく見ていたんだと思います。
 これまで日本のコンテンツは、国内市場が大きいから、海外展開に本気ではありませんでした。でも、少子化で市場が縮小し、海外を考えざるを得なくなってきた。
 同時に、コンテンツはネットが主戦場となっていた。紙のマンガ、テレビのアニメ、テレビのゲーム、CDの音楽、それらがみなネットにシフトし、スマホで消費され、世界中が同時につながっている。
 ビジネスモデルが丸ごと変わる。これをピンチとみて殻に籠もる企業もあれば、チャンスと見て打って出る佐渡島さんのような方もいる、ということでしょう。

Q:「クール・ジャパン」の政府の役割をどう考える?
 異業種を連携させるコーディネート力、タテ割り省庁の壁を乗り越えて連携することに期待します。
 予算の使い方は難しい。ポップカルチャーに税金を投じることには、批判も多い。業界への補助金やハコモノへの税金のつぎ込みは私も反対です。規制緩和、著作権制度の改正や海賊版対策に力を入れたり、人材育成を強化したり、そういう国ならではの政策に力を入れてもらいたい。
 私が議長を務めた「ポップカルチャー分科会」の提言は、「みんなで」「つながって」「そだてる」。ポップカルチャーは、基本的に「アンチ権力」。政府の支援は難しい。政府が押しつけようとしても、逃げますから。政府主導でなく、民間の声をどう反映できるか?がポイントです。
 肝心なのは、どういうものを支援するか、その「目利き」。政治家や官僚の役割じゃないですね。佐渡島さんがプロデュースしてくれればいいんですけど。