Twitter

2012年2月27日月曜日

ITUワークショップonデジタルサイネージ

ITUワークショップonデジタルサイネージ
  2011年12月、「ITUワークショップonデジタルサイネージ」が2日間にわたり開催されました。
国連機関であるITU(国際電気通信連合)が主催、総務省とデジタルサイネージコンソーシアムが共催です。
世界初のサイネージ国際会議です。
まずはこれを日本で、それもポップのメッカ、アキハバラで開催できたのは慶賀に堪えません。
国内の通信事業者、システム開発事業者、サービス提供者、ユーザー等に加え、欧米の関連標準化団体、通信、システム開発事業者、そしてラオス、インド、ベトナム、モンゴル、インドネシア、タイ、中国、フィリピン、マレーシアの主管庁を含む16か国400名のかたがたに参加いただきました。
冒頭、ITUのトーレ事務総局長と松崎総務副大臣からのあいさつがありました。デジタルサイネージとその標準化の意義を熱く語られたのですが、通信政策を司るかたがたがサイネージを推進する姿に、やっとここまで来たかと感慨。コンソーシアムの目的の一つが「サイネージを認知させること」でしたから。

ぼくはその後、あいさつと基調講演に立ちました。いつもの話ですが概略をメモしますと、
・    DSCが設立されたのは2007年6月。以来、メディアとしての形は大きく変化した。屋外の大型ビジョンだけでなく、屋内を含むあらゆる場所に、小さなサイズのディスプレイも多数配備されるようになった。スタンドアロンのディスプレイが通信・放送網で接続されていき、街を覆うネットワークメディアに進化してきた。そして、広告での利用だけでなく、学校や病院、行政機関など、公共の役に立つ情報の共有手段として機能を発揮するようになった。
・    サイネージが各国で発展していくには、3つの課題がある。1)作る。新しいコンテンツやビジネスモデルを開発していく。2)つながる。普及を進めるには標準化が課題。まさにこの場がその推進を担っている。3)育てる。特に、新しいメディアを支える人材を育成する。そのためにも、こうした国際的な場を用意し、情報を共有し、人材の交流を進めることが重要。
・    今年日本のデジタル業界には2つのトピック。1)地デジの全国整備。放送の電波がデジタル回線として使える。それまで使っていたアナログ波なども有効に使える。2)通信放送制度の大改正。電波利用の規制緩和が行われ、融合サービスが柔軟にできる仕組みとなった。サイネージをネットワーク整備面で後押しする機運が高まっている。
・    しかし、3/11、津波が東北地方を襲った。当日、東京で家に帰れなくなった人々は、街角のサイネージでTVニュースを見て、状況を把握して、それぞれの行動を取った。その瞬間サイネージは人々の役に立った。しかし、悲壮な空気が全国を被った。自粛ムードが広がった。原発事故もあり、節電の要請もあった。東京のサイネージの多くはスイッチをオフにした。
・    その後、長引く復旧作業の中で、サイネージも変化した。広告・エンタメ中心だったものが、再びスイッチオンしていく際には、より役立つ情報を提供するサイネージが目立つようになった。これからサイネージは新しい道を辿っていく。
・    システムが世界に広がっていく中で期待するのは、その上でより多様で楽しいサイネージが開発されていくこと。それは、国により、地域により、文化により、さまざまなモデルがあるだろう。日本は日本らしいサイネージを拡げたい。

さて、各国ゲストのスピーチやシステム展示、東京サイネージツアーなど盛りだくさんの国際会議でしたが、パネルディスカッションが刺激的でした。佐々木俊尚さん、電通の奥律哉さん、ニワンゴの杉本誠司さん、司会はDSC江口さん。
まずは佐々木さんが、広告というサイネージの位置づけに疑問を投げかけます。そして、ソーシャル、ローカル(地理空間情報)、モバイルとサイネージがどう連携するかを問う。パーソナライズとサイネージは相性が悪く、ソーシャライズされたサイネージの方が合っている、という指摘です。これはまだ海外のかたにはピンと来ないかもしれない。日本のサイネージとソーシャルメディアの先進性を物語っています。
奥さんは屋外広告などアウトオブホームメディアの市場が伸びていることを報告したうえで、ソーシャルグラフからインタラクトグラフへ、空間と共感とをつなぐしかけへ、というサイネージの未来像を提示。杉本さんはサイネージの目的が不明確であり、雑多なメディアをDSとして一からげにした状況であることを指摘しました。良くも悪くもそういう混沌とした場面にあります。
さて、今回の会議のテーマは「標準化」。さまざまなシステムがつながるように技術の標準を考えるというものです。サイネージ産業は国際化するが、地域密着性も高いメディア。その性格が混じるサイネージは標準化をどう捉えればいいか。この問いに佐々木さんは、「看板」であれば地域メディアにとどまるが、将来はネットワークとして世界中につながるのだから、グローバルなプラットフォームをどうするかが重要と答えました。ですね。
しかもHTML5でサイネージ、スマホ、タブレット、スマートテレビ、全てのスクリーンが連結していく。「つなぐ」こと一つ考えるにしても、マルチスクリーンで、クラウドで、ボーダレスな環境を前提に考える必要があります。
最後に、「規格化や標準化より、起業化が重要だ。」という発言がありました。そのとおり!確かに標準化は重要なテーマなのですが、産業やシステムが成長途上の現状では、それ以上に民間から爆発的な開発・創造・提供が沸き起こってくることが大切。サイネージ、来るよ!というムードと環境が必要です。もう自粛ムードはおしまい。役立つ・つながる サイネージを拡げよう。国連も、政府も、どしどし電波を出して、規制を緩和して、サイネージの重要性を説いて、あれこれご支援くださいませ。

2012年2月23日木曜日

がんばれビルバオ

■がんばれビルバオ
 銀と灰が交差する山肌をさらして切り立つピレネー山脈。その向こうはフランス。越えると、豊かな山地と白壁に赤屋根が点在する集落が見えてくる。進むその先は大西洋。ここはスペインでもフランスでもない、バスク。
 ビルバオは案外大きくて、35万人が住んでいます。最近までは、ここから1時間も電車に乗れば着くゲルニカが有名でしたが、今やビルバオはスマートな都市として世界に名を轟かせています。しょぼくれた鉄鋼の町がアートと建築で再生したというのです。
そのシンボル、グッゲンハイム美術館。
私が訪れたグッゲンハイムはNY、ベネチアに次いで3つめですが、やはりフランク・ゲーリー設計のこのチタニウムが圧倒的。目の当たりにすると、その輝きに押し潰されます。
バルセロナがサグラダ・ファミリア一発で名を轟かせるのと同様、ここもこのネルビオン河畔の戦艦で世界にアピールしています。「建築」の力です。 建築で町おこしの例は他にもありますが、轟かせるにはこれくらい強烈で、巨大でなければなりません。実際、内部の作品は大したことはありません。
こういう巨艦ハードウェア一発による町おこしは西洋的ですね。田舎道を辿ると、突然、教会の尖塔が現れて町が出没する、その教会の存在じたいが町の定義であるヨーロッパでは、町のアイデンティティを建物で表すのも自然なのでしょう。
日本には不向きです。東京は東京タワーでは代表できず、京都は金閣寺では表せない。より小型のシンボルが分散していて、細工、調度品、おもてなし、数々のソフトウェアによってアイデンティティが示される、総合発信モデルですから。
日本の地方都市にも城はあるわけですが、城は征服の残滓であり、かしづく相手です。ここにしろ、ミラノのドゥオモにしろ、パリのノートルダムにしろ、自らあがめる対象ですよね。日本の場合、彦根城より「ひこにゃん」なのでしょう。
 
ただしビルバオはアートの街。
デザインの種が偏在しています。
遊具のデザインだって、ほらキュート。
公衆トイレもクール!
ここにセガのおしっこサイネージを取り付ける邪念にとらわれるのは、私だけ。  
ビルバオはトラムのあるグリーンな街でもあります。
無骨な鉄から見事にイメージを転換しました。
トラムの駅には運行案内サイネージ。スマートです。
---いつものように、ちょいとサイネージを探してみましょうか。
 
あるある、メトロの改札にもみな小型かわいいサイネージ。
イイね!
魚屋さんサイネージてものを初めて見ました。
いいアンコウが入ったよ。
ディスプレイの下ではオバちゃんが大魚をさばいています。
太陽サイネージ@文化施設。
超巨大なLEDでギラギラ。
趣旨不明です。
ま、いいか。
ARTで復興だから。
実にシンプルな、空港に置かれた6面案内サイネージ。
目前に立つと認識されて、番組がスタートします。
よくできてます。
平日の昼間だというのに、食堂にはバスクを象徴するベレー帽のおじさんたちがカウンターにたむろして、ビールやらアニス酒やらをちびちびやっています。
やはり鉄鋼の、男の町なのかな。
いや、そんなことはないですね。ぼくがワインを頼もうとしたら、おばちゃんが割り込んできて、ウォッカをコップになみなみと注がせ、ひとり酒。つええ。 聞けば実はビルバオは昔から女性の町で、一切を女が仕切ってきたので、男どもは秘密クラブを作って料理教室開いたりしていたんだと。
独立運動の続くバスク。スペインやフランスとは全く異なる言葉を持ち、人口の85%がRhマイナスというバスク。
ビルバオのサッカーチームはバスク人しか入れないそうですが、バスク人にしてみればごく当たり前のことなのかもしれません。
大阪都構想ぐらいであたふたする日本の為政とは矜持が違いそうです。
今日のところは、ぼくも混ぜてくださいよ。
ビルバオ・アスレチッククラブの白いピンバッジを胸に挿して、乾杯。

2012年2月20日月曜日

IT復興円卓会議「ボランティア」(6/6)


■IT復興円卓会議「ボランティア」(6/6)

 IT復興円卓会議ニコニコ生放送、【第5回:ボランティア】。最終回。http://live.nicovideo.jp/watch/lv59798260
富士通野口直昭さんボランティアインフォ藤代裕之さん情報支援プロボノ・プラットフォーム会津泉さん、菊池尚人さん・中村伊知哉。

<質疑応答>
QITで組織間の連携や情報共有を進めてスムーズに被災者に物資が届くような仕組みをつくることはできないのでしょうか。

(野口)出来るか出来ないかではなく、これをしなければまた同じことが起こってしまいます。一企業でもないですし一個人でもなく、すぐ取り組むべきです。

Q—寄付金の流れを「見える化」することはできないのでしょうか。成果が見えると寄付や募金が続けやすいと思います。

(藤代)既に色々と、プロジェクトや団体に対して直接寄付をするというサイトも立ちあがっています。私は行政を介さずダイレクトにやりたいという人にお金を渡すという仕組みはとても良いと思っています。皆でその活動を支えるということにならないといつまでも行政依存の体質から抜け出せません。

(会津)タグをつけてトレーサビリティかけて自分のお金はどこにいったということがわかるようにはできないでしょうかね。

(藤代)ソーシャルの世界では、きちんと説明すればお金は集まりますし、説明しないところにはお金は集まらないです。これは寄付する人を信じる、寄付されるところを信じるという行為のもとに寄付行為が成り立っているということです。そして、これこそがインターネットだしソーシャルだと私は思っています。ですからトレーサビリティをかけることはやらなくでも大丈夫でしょう。

(中村)今までは、民のお金を民にダイレクトに投入するというやり方はあまり見られなかったように思いますので、一種ITの活用方法として良い例かもしれませんね。

Q—今回のトライ&エラーをまとめることは出来ないでしょうか。広い範囲の人間を集めて反省会をするべきだと思います。

(賀沢)企業や団体の看板を背負わずに、正直に話してみると言うことはとても重要なので、やるべきだと思います。

提言

野口—「ケイゾク」
現状復興支援に継続性が足りていないと思います。喉元過ぎれば、ではないですが、東北新幹線も今はガラガラですし。そうではなく、色々な企業・個人ともにまだまだ繋がりを持って支援を続けていくことが重要だと思います。

賀沢—「人を助けるのに理由はない」
ボランティアも含めて復興ということで、大変かもしれませんが、まずはやってみることが重要なのではないでしょうか。理由づけは必要ありません。そういう人間が増えてくれば、おのずと色々なものが良い方向に変わるのではないかと私は希望を持っています。

藤代—「信じる」
ボランティアはそもそも自発的にする活動です。その活動を止めるということはその人間を信じていないということですし、良くないと思います。そうではなくて「信じてまかせる」という社会にするべきだと考えています。ボランティアをしたいという人間に活動の場所を提供できていたかと問われると、まだまだ不十分な点は多々あったと思いますが、企業も行政も皆「信じてまかせる」やり方をしていけばIT、特にソーシャルメディアと非常に親和性が高いものになり、社会全体が自律型に向かい、面白くなっていくのではないかと思います。

会津—「あくまで自分の問題として続けていくこと」
視聴者アンケートで「自己満足」として支援活動を行ったという回答がありましたが、それを悪いことだと思っていません。藤代さんがボランティアは自発的な行為だと仰っていましたが、まさにその通りでして、とにかく自分にとって意義があることとして捉えることが重要です。それからもう一つ、続けることは苦しいことでもあるのですが、震災の復興は非常に時間がかかりますので、腹を据えて皆さんと一緒に続けていきたいと思います。

2012年2月16日木曜日

前略メッシ様、サイネージはお好き?

前略メッシ様、サイネージはお好き?  

201112月のクラブW杯では、世界王者なるものかく戦うという圧倒的な姿をバルサが示しました。しかも、選手権たけなわの休養日に、メッシやイニエスタやピケがトーキョーやヨコハマの地下鉄や家電ショップに力の抜けたジャンパー姿で出没、スーパースターが気さくなコッチ側の人たちであることを日本のファンも知ることになりました。


地元バルセロナにはバルサTVという専門チャンネルがあり、「ARIGATO」と題して、選手権の模様を繰り返し放映しています。今回、柏レイソルも快進撃を見せましたが、日本のチームが世界を制する日が生きてる間に来る夢を見ることは許されるでしょうか。

 あやかりたいあやかりたい。


 バルサ本拠地「カンプノウ」スタジアムに詣でました。

 スタジアム、表示はSONY、時計はSEIKO。 ここで日本がプレゼンスを発揮。

  しかし、予想外のことが起こりました。カンプノウの建物内は、メッシもシャビも現れるサイネージだらけ。そのシステム群とコンテンツに圧倒されることになったのです。 レポートしてみます。




まず、多画面の動画・静止画・文字表示システム。 
見事です。




多言語・タッチパネル大画面マルチスクリーン表示。
至る壁に。




立体・多画面の映像投影システムです。
それぞれの凸面にどう表示されるかが綿密に計算されています。
コンテンツに大変なおカネがかかっていますよ。



いいですか、ここからが本番です。

ケータイサイズ超小型・静止画サイネージ。
数えてみました。 
1000枚はある!



その後ろに、3×24面のマルチ画面!!


その大小マルチマルチサイネージ、ファンみんなで応援歌を奏でる!圧巻!


さらに追い打ち、フル画面連結動画で選手の名シーン。 
バルサがここまでの資金を投入するのは、広告を超える価値をサイネージに見出しているからでしょう。それはファン還元と子ども育成がチームにとっての本来ミッションであり、それを支えるシステムに投資することが短期的な宣伝ではなく長期的なチームの存在と発展に不可欠だと見ているからではないか。すさまじいシステム群を前に、そう感じました。



ぼくはこの3年の間に内外50を超える都市のサイネージをうろうろと見て回りましたが、これが今のところ世界一だと思います。
2位はパリ郊外のラ・ビレット、産業科学館。3位は東京のJR品川駅と赤坂サカスです、ぼくの中では。
ラ・ビレットは去年レポートしたとおり。品川駅もサカスも、大小の多彩なネットワーク・サイネージが空間演出している点を評価しています。これらは、サイネージを設置する主体が明解で、並々ならぬ本気度を見せているという共通点があります。


ただし、これとて、ぼくがその他のサイネージを見損なっているだけなのかもしれません。1年前とガラッと様相が変わるのがサイネージの進化の現状であり、ちょいと目を離したスキに、日本や世界の他の街で素敵なサイネージが根を張って花を咲かせているかもしれません。
 いや、実に、そうであってほしい。

2012年2月13日月曜日

IT復興円卓会議「ボランティア」(5/6)


■IT復興円卓会議「ボランティア」(5/6)

 IT復興円卓会議ニコニコ生放送、【第5回:ボランティア】。5回目。http://live.nicovideo.jp/watch/lv59798260
富士通野口直昭さんボランティアインフォ藤代裕之さん情報支援プロボノ・プラットフォーム会津泉さん、菊池尚人さん・中村伊知哉。

(中村)会津さんが、現時点で行政に変わってほしい部分は、例えばどういったことがありますか。

(会津)制度上難しいこと以外のことで、禁止事項以外の裁量範囲で可能なことはしてほしいと思います。あとはこちらの提案をシャットアウトすることはしないで欲しいと思います。

(中村)私が会津さんとお会いしたのは20年程前ですが、あの頃の政府と比べてどう変わっていると思いますか。悪くなっていると思いますか。

(会津)悪くなったとは一概に言えないです。組織に黙って個人的に瓦礫を撤去してきたような人もいますしね。しかしそれはあくまで個人レベルの話であり、トータルで考えれば、この規模の災害に対して出来ていることは少ないと思います。まだまだ他に出来ることはありますよね。

(中村)さて、今日はユーザーを中心に議論しましたが、これまでの4回ではメディアの整備を議論しました。被災地ではアナログメディアの方が役に立ったという話から、あまりITに特化していくのは危険なのではないかという議論もありました。まずはバッテリーをどうにかしなければという議論もありました。ここに対して思うことはありますでしょうか。

(賀沢)私はインターネット系の企業で働いていますが、復興支援を考えた際、どうしてもインターネットベースで物事を考えた傾向にありました。一方で現地では郵便局員の方が大活躍をしていたという事実があります。これはよくよく考えてみればあたりまえの話なのですが、私はインターネットから考えを離すことが出来なかったが故に、他の支援方法を考えつけませんでした。技術的にメディアはあればあるだけよいのですが、発想を一つのメディアに特化して考えてしまうということは危険なのではないかと思います。

(会津)被災地でラジオは聞けたという調査がありますが、肝心の情報の中身はどうだったのでしょうか。果たして本当に被災地が求めていた情報だったのでしょうか。また、震災報道でもっと感情を込めて避難を勧告すれば、より被害を防げたのではないかという意見もあります。これは勿論結果論にたった話ですので、難しくはありますが。私は賀沢さんのご意見には全面的に賛成で、媒体手段の議論は必要だとは思いますが、私はあくまで情報の中身がどうだったかを論じるべきだと考えています。アナログかデジタルかは関係ないです。

(賀沢)現地からの情報発信力は非常に重要なのではないかと考えています。被災地で、地域によって上がってくる情報に差があったとよく耳にしました。取材している人がいるかどうかによって全く変わってしまっていたということです。現地の情報発信という役割を担って現地入りした人間も、現場が凄惨であればあるほど、どうしても情報を扱うことを二の次にしてしまうということも起こっていました。そうではなく、踏みとどまって情報を発信する行為があるからこそ、メディアは活きてくると思います。

(藤代)情報を扱う姿勢というのはジャーナリストにとっても非常に長い課題になっています。ピューリッツァー賞を受賞した「ハゲワシと少女」のケースですと、カメラマンはなぜ少女を助けなかったのかと批判され自殺をしています。しかし、特にITの時代は、その情報を発信することで救助や支援の可能性が拡散していくというところが良いところです。更に、紙であれば特定地域にしか情報を届けられませんが、インターネットですと他の地域にも情報を届けられます。しかしNPOもメディアも現場主義というか、現場で何かをすることに尊さを感じ、情報発信の重要性を軽んじている風潮があります。もちろん、では情報の担い手は誰になるのかという議論もありますが、私はそれ以前に、IT社会だからこそ情報発信の重要性を理解してもらうことからはじめないといけないのではと思います。

(菊池)部分最適ではなく、全体最適にしていかないといけませんね。

(会津)気仙沼の地域で、18ヶ月間で1000回災害避難訓練を行ったという事実がありますが、それでも子供は13人亡くなっています。ところが情報の扱いについての災害訓練はしているかと言われると、我々はやっていません。行政でも、阪神淡路大震災の経験を市の職員に継承しようと、役割を与えて訓練するロールプレイを行っていますが、やはり情報の扱いに関しては抜けています。こういった訓練を、情報の整理・収集・発信という行為を含めて内容をブラッシュアップし、ITを取り入れた体験型の訓練を全国でやるべきでしょう

(中村)それは示唆に富む、良いアプローチですね。さて、今の議論に対する質問も来ております。「情報発信者側のリテラシーを向上するにはどうすればよいでしょうか。マニュアル化でしょうか。」とのことですが、これはマニュアル化とは逆なのでしょう。

(賀沢)日頃から情報発信していくしかないと思いますね。

2012年2月9日木曜日

前略ガウディ様、サイネージはお好き?

■前略ガウディ様、サイネージはお好き?

  吊されたハムやベーコンの下で無表情に豚の生肉をそいでいる親父。
皮をはがれたウサギ、牛の脳みそと腎臓。
脇を大声上げて発泡スチロールが走り抜ける。
その中では立派なアンコウがこちらをにらむ。
でっぷりしたおばさんが山羊チーズのショウケースを磨いている。
キノコ屋、干し果物屋、唐辛子屋。
リアルリアルリアル。
アサリを丁寧にならべる若い女性。
サン・ジュセップ市場の朝が始まる。
目の前では十代とおぼしき兄ちゃんがパンにトマトをなすりつけ、パンコントマテを作っている。
朝食をふるまうカウンターバーでこれを書いています。
バルセロナには、リアルとデジタルが調和するかを問いに来ました。
ここは建築の街。
グラシア通には百年前のモデルニスモ建築と超モダン建築とが同居しています。
百年経って、デジタルはその中に所在を見つけているのか。
「めざせバルセロナ!」と猪熊滋悟郎氏がYAWARA!で叫んで以来20年を経た。
森下や有森が駆け抜け、男女で銀を頂いた頃にはぼくたちはネットもサイネージもなかった。
デジタルの20年でここは彩りを変えたのか。
ドメネク・モンタネールはサン・パウ病院で「芸術と建築で人を癒せるか」を問いました。
同じく世界遺産の「カタルーニャ音楽堂」で芸術と建築の一体化を問いました。
1人の天才が造りきったアート建築。ARTARCHITECTURETECHNOLOGYの一体性がまだ百年前は生きていた。

もちろんそれはガウディも同じ。
サグラダ・ファミリアは130年たってもまだ大工事中で、大工事中にもかかわらずたくさん人が来る不思議なシンボル。


 


英国風の田園都市を造ろうと企てた世界遺産、グエイ公園にも、欧州だけでなく日中韓、南米からおびただしい数の観光客が訪れます。
1人でこれだけの人を呼べる力が建築家にはある。
メッシやシャビというソフトウェアだけでなく、建築というハードウェアには断固たる吸引力があります。

デジタルが口を挟むことなど気後れしそうな断固たる建築群。
しかし、観察すると、驚くばかりにデジタルもドヤ顔をしています。 

しばし、点検してみましょう。





町じゅうに、大きなLEDが配備されています。




デパートの中、ビルの壁、屋台の背面、LED率が高い。




これはH&M、階段と壁と天井。やりますね。
 

 




その隣のベネトン。先駆的です。






地下鉄ホームの大型LED
ロンドンと違い、コンテンツがいい。




空港サイネージにはエルメスのCMが。






車両つきタッチパネル多言語サイネージ。
初めて見ました。
日本語で「イカ墨ごはん」と表示されてます。    




ガウディの世界遺産にもふんだんにサイネージが織り込まれています。

サグラダ・ファミリアの中のサイネージ。

 この建築物は異形な外面と、未完の時間感覚にばかり注目が集まりますが、画期的な特徴は内面の存在感だと思います。
扉を開けて入り、これほど高揚させてくれる建物はない。
しかも、内装も発展途上で、柱の装飾や空白の窓細工がみな完成していけば、さらにめくるめく空間になることが現実として空想され、未来に想いを馳せる愉しみを差しのべてくれるのです。
置かれたサイネージは、その夢の補助装置。

「山」をイメージしたカサ・ミラにある案内サイネージ。
液晶6枚です。






ここには異形の内装に溶け込んだ大型の投影パネルも多数設置されています。





こんなにしとやかで美しいサイネージならガウディさんも許してくれるでしょうか?




そこから歩いて数分、こちらは「海」をイメージした世界遺産、カサ・バトリョ。
屋根裏部屋では薄い布のスクリーンにレース模様を投影。
上品なこと。

カサ・バトリョの案内サイネージも美しくて優しい投影タイプです。



そして、初めて見た!
立体ホログラフィーのサイネージ@カサ・バトリョです。
最後にガウディさんが立体で登場するんですよ、
スティーブ・ベントン先生!

 
さて、サグラダ・ファミリアは、果てしなく工事をしているのに、大勢が訪れる点で、インターネットと同じですね。
開発途上なのに、公開され、使われ続ける。
だとすれば、それはいつしかモバイルされ、そしてソーシャルになっていくのかもしれません。
デジタルは、その手助けをすることになるかもしれません。



工事に携わる人々を眺めて去来するのは、百年経っても終わらない仕事を構想することと自分との距離です。
果たして自分が携わる仕事で、百年経っても終わらないもの、百年後に遺るものがあるのだろうか。
自分が関わった作品や制度や組織や運動のいくつかは、百年後に存在しているかもしれない。
しかし、百年後の人たちにとって役立つようなものがあるだろうか。

考えたことがありません。考えるようなことでもありますまい。
帰国したら、久しぶりに、フリクションの名曲「百年」を聴いてみようと思います。