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2013年2月28日木曜日

少女時代と日本の音楽生態系

■少女時代と日本の音楽生態系


 三浦文夫さん著「少女時代と日本の音楽生態系」。
 電通から大学に転じたradiko生みの親が綴る音楽文化産業論。
 コイツは、スゴい本だよ。コンテンツ論の必読教科書にランクインさせます。
 韓国のコンテンツビジネスの構造と、日本のポップミュージックの産業文化を並行して語る。特に後段、日本のポップミュージックの歴史、性格、産業構造を掘り下げる。ずっと音楽産業に携わり、自らミュージシャンとして活動してきた三浦教授だから、多様性に富む生態系をひもとくことができるわけです。それをデジタル論でヨコ串にする。2~3冊に分けてほしかったな。とりあえず書き込みで本が真っ黒になっちゃったのでもう一冊買うことにしました。

 グルーブを出すため二拍目と四拍目のスネアドラムを数ミリセカンド遅らす「後ノリ感覚」を少女時代が持ち、この体得は武道の奥義の習得に似るという指摘。うはは。これは、長いバンド経験がないと書けませんなぁ。「タメ」を巡り、躍起になり、修練し、いがみ合うのです。バンドは。
 ローランドやAKAIの生み出したシーケンサーやリズムマシンやサンプラーも紹介されています。全くもって微笑みを禁じ得ません。リアルタイムに使った人だけが今も抱く音楽職人への愛情。てゆーか、三浦さん以外に書かないでしょ。この本の流れでこんな機械の紹介なんて。
 宮沢和史、ZELDA、喜納晶吉、小野リサなどに次いで由紀さおり「一九六九」をプロデュースした佐藤剛さん、ラルクアンシエルをプロデュースする音楽制作者連盟大石征裕理事長、アミューズの大里洋吉会長と三浦さんのやりとりも興味深い。リアリティーと熱がありますよね、音楽業界人は。ラルクアンシエルが日本人アーティストとして初めてマディソンスクエアガーデンで単独公演を行った話も登場します。そのfacebookとライブビューイングの戦略は有望なビジネスアプローチです。
 ザ・ピーナッツ、松武秀樹、ラモーンズ、スペースシャワー、ヴィジュアル系、スポティファイ、初音ミク、LINE・・それだけで数時間話せそうなネタが他にもゴロゴロ。本をテキストに、話を広げたいです。

 さて、ビジネス論。
 2011年の日本のレコードCD市場は世界一で、韓国の14倍。だが音楽ソフト総生産額は1998年の半分以下に、との指摘。パッケージの落ち込みに対し、ネットがそれを埋めきれないでいます。
 その中に、一人あたりの年間音楽ソフト支出は日本は世界一の32.3ドルで、韓国の約8倍というデータがありました。これは知りませんでした。逆に日本はなぜそんなに音楽にお金を払う文化が根付いたんでしょう?
 かつ、日本の音楽ネット配信は流通経費の率が韓国の半分ぐらいだといいます。通信会社の手数料が低いうえ、レコチョクが株主であるレコード会社=原盤供給者への配分を高くしているからという分析です。なるほど。このあたりに打開のヒントが隠れていそうです。
 一方、韓国政府は2011年にコンテンツ産業のGDP比率を2.7%から6年で5%まで引き上げるとし、コンテンツ振興院はKPOP海外展開事業の50%を補助するといいます。日本政府もコンテンツの海外展開に力を入れている最中ですが、小手先ではダメ。本気の対応が求められます。
 
 これに対し、違法ダウンロード罰則化への言及もあります。「新しい音楽に触れる機会も減り、結果としてマーケットがさらに縮小する」との危惧、共有します。少女時代らがYouTubeに高画質ビデオをアップしているように、合法のよりよいサービスを提供するほうが効果的でしょう。
 そのサービスの事例。レコードとラジオが作った音楽生態系を再生する試み、radiko。三浦さんが作ったプロジェクトです。ぼくも理事として参加しました。今やそれが全国展開しているだけでなく、スマートテレビの動きや海外展開に波及し始めているのはお見事です。こうしたビジネス創出プロジェクトを推進するほうが著作権制度をいじるより生産的。政策論としても健康です。
 三浦さんは日本のポップカルチャーの競争力を 1)デフォルメの感覚、2)傾(かぶ)く美意識、3)厳しい選別システムの3点に集約しています。だが、ビジネスプラットフォームの欠如も同時に指摘。どちらも同意します。日本は、創造力があるのに産業力がないんです。
 そこで、グローバル展開のモデルとして、音制連、音事協、音楽出版社協会による「SYNC MUSIC JAPAN」を紹介してくれています。ぼくも携わってきたんですが、今年からは より主体的にこれに取り組みます。これは別途報告しますね。


 ん、油断して読み進めていたら、少年ナイフの解説が現れました。ニルバーナのカート・コバーンがナイフのファンだったこと、マイクロソフトの世界CMに使用されたこと、デフォルメのポップであること。そのとおりでございます。
 少年ナイフのくだりで ぼくも登場させられてしまいました。
 しかも2008年にぼくが京都・磔磔でヴァンパイヤのベースを弾いたライブのことも書いてありました。そうだ思い出した、ライブ後、ホールで三浦さんと飲んだわ。
 さて、ガッツリ読んだ。後ノリ感覚のベースの練習でもしようかな。

2013年2月25日月曜日

追悼、飯野賢治

■悼む、飯野賢治。

飯野賢治が死んだ という。
そんなはずはない。
10年若いあいつがぼくより先に死んではいけない。


信じていなかったが、通夜に参列した。
信じていなさそうな顔が、闇に並んでいた。
知る顔にも、ほとんど声をかけず、拝み、帰った。 
風が強すぎて、凍てついた。
黒く澄んだ宙に、満月にほんの少し欠ける、だが明るすぎるお月さまが、にこにこと見下ろしていた。 
あれは、飯野、おまえか?
飲んだ。
胸が塞がるばかりで、まだ涙も出ぬ。

飯野。
おまえに初めて会ったのは20年近く前、おまえが20台半ばだった。
東大の月尾嘉男教授の紹介だった。
コンテンツ政策を立ち上げようと郵政省で暴れていたぼくに、勢いのある天才がいるから会えと言って連れてきた。
「Dの食卓」を出したころで、ギラついていた。

野中広務さんと並ぶ中卒の星だと思った。

だが、会ったときは「音」の話ばかりした。

絵を捨てて、音だけでプレイするゲームを出したいなんてことを言っていた。
安住できないヤツだと思った。
少年ナイフを愛していると言った。

「ロケットに乗って」を愛していると言った。
ぼくもその曲が最高傑作だと思っていると答えた。
今度ライブやるか、と言った。
まだ実現していない。
いつやるんだ。

ぼくがMITでセガ・ドリームキャストの戦略に関わっていたときも、スイッチを入れたときのシュー・コロンコロンというサウンドロゴを坂本龍一さんに作ってもらおうとかなんとか、音の話ばかりしていた。
いつもおまえは速射砲のようにしゃべり、いつもぼくはウンウンと聞いていた。

たまにぼくがしゃべると、だよね、だよね、でさあ、と畳みかけてきた。
 

しばらくして、もうゲームじゃないんだ、と言った。
全国の自動販売機をネットワーク化すると言った。
ケータイを使って自販機でコーラを買えるようにすると言った。
今では当たり前だが、当時は、それぞ日本型のユビキタス、また飯野節と思って楽しく酔った。
今やぼくが自販機サイネージの応援をしているが、全国ネットワーク化はまだ実現していない。

10年前、仲間が集まって、CANVASというNPOを作ることになった。

キャンバくんというキャラクターを作ってくれた。
ぼくらは今もキャンバくんを使っている。
おい、おまえキャンバくんどう面倒みるんだ。
ここにおまえがCANVASに送ってくれたメッセージがある。

参加を呼びかけて、いなくなるとはどういうことだ。
 http://www.canvas.ws/jp/player/profile/eno_k.html

思い出すと互いにふらっと連絡を取る。

すると、すぐに会う。
エッグベネディクトが喰いたい。

朝顔が見たい。
朝早くからムチャを言うからつきあった。
めんどくせえ。
でも、そんなムチャを言うやつは他におらんから、つきあってみると、他にはない発見があり、いつも結局ありがとうといって別れた。
ありがとう。

で、次、どうするんだよ。

このところ会っていなかった。

この前真剣に話し込んだのは何年か前、twitterがようやく広がり始めたころ、赤坂の飲み屋で、twitterを使って企もうぜという話だった。
しょうがねえ、ぼくはそれから毎日twitterでぶつぶつ言わされている。
おまえの言いつけを守り、まだしばらくつぶやこうと思うが、おまえはどうするんだよ。

どうせまたふらっと連絡を取ってくるんだろ。

まあ、死んでも元気でいてくれ。

2013年2月21日木曜日

昆明、フォトスケッチ

■昆明、フォトスケッチ
 海抜1900m。冬でも日差しが強い。
 雲南省昆明市。
 3万年前から人がいたといいます。



いまも要衝。
バンコク、
ソウル、
シンガポール、
マニラ、
デリー、
関西・・東南アジアのハブです。
 






ぼくは上海からここに入り、
雲南大学を訪れ、
それから、
カルカッタ(コルカタ)に向かいました

 


人口400万人。大都会です。
 





雲南は中国最貧の省ですが、
ここには高層ビルがそびえ、
高級車も走っています。
中国全体が成長している証でしょう。
 











満席のスタバはほぼ全員がスマホ、タブレット、PCを使っています。

(写真は株価情報を表示する公衆電話。)
 









夜の公園、大勢を前にiPadのようなものを売ろうとする男の端末には赤いリンゴの絵が。
 











そして向かいの屋台には見たことのある面々が。

 


 
雲南省の都です。
少数民族の若者たちが上京してきます。
市を開きます。
アジア人ばかりなのに雑多で多様。
 









木の実、
キノコ、
種、
干物、
湯葉、
米菓子、
干し肉、
豆、
漬物・・狭く専門化した屋台が連なります。


いろんな顔つき、
いろんな体格のひとがいます。
見たこともない野菜を売っています。
 



 

キジ、
スズメ、
そして日本サンマを焼く屋台。
なぜその3つなのか。
なぜわざわざ日本とうたっているのか。
 










メニューが虫だけ、なんて店も、その民族には当然のようです。
 











こいつらを買って帰って、
どうするんだろう。
 




これは
こういうカエルなんだろうか、
こうなったカエルなんだろうか、
こうされたカエルなんだろうか。
 








君たちも連れて帰りたいなぁ。


またね。

2013年2月18日月曜日

ITの利用拡大が求められる日本・・先週のニュースから

■ITの利用拡大が求められる日本・・先週のニュースから

 先週(2013年2月10日の週)はスゴい週でした。
 結構考えさせられるITやデジタルのニュースが相次ぎました。特に、政策屋としては、事業政策・提供政策よりも、ユーザ環境を整えるための利用政策が大事になっていることを強く認識させられました。少々ピックアップしてみましょう。(URL、リンク切れを恐れず貼り付けます。)

2/12 「授業用タブレット全小中学生に配布 東京・荒川区 」日本経済新聞
 http://t.co/qXMrcC5p
 荒川区西川区長が2014年度に一人一台を達成する考えを表明しました。デジタル教科書・教材協議会(DiTT)の目標とする2015年を上回るペースです。このため、2013年度には3校でモデル事業を始めるとのこと。DiTTとしても協力します。
 これに先立ち、大阪市の橋下市長が2015年に全市で展開することを宣言していました。これで東阪が揃いました。DiTTの目標は無謀とされてきましたが、佐賀県武雄市など熱心な首長も宣言してくれれば、全国2015年目標も夢ではない。
 自治体主導、現場主導で進めていきたいと思います。

2/13 「日本は韓国のIT化に追いつけるか」IT Pro
 http://nkbp.jp/XhpYuU
 東阪ががんばっても、韓国の教育情報化スピードには及びません。この記事では、韓国が行政、医療、教育、地域活性化など、従来のサービスを大きく変革するためにITを駆使していること、国民には13桁の国民IDが設定されていて、インターネット経由で簡単に各種の手続きができることが記されています。一方、日本はマイナンバーも実現しません。問題は技術やビジネスより、IT「利用」の遅れです。
  
2/14 「TV番組の海外転送サービス、著作権侵害と確定 最高裁」朝日新聞
 http://t.co/vVL8zdC3
 最高裁がNHKと民放9社の著作権を侵害したと認め、2業者に賠償とサービス差し止めを命じた昨年1月の知財高裁判決が確定しました。日本ではクラウドサービスがやりにくいことは明白になったのですが、それで訴えた側にメリットはあるのでしょうか。国内クラウドを潰して利するのはYouTube、Apple、hulu・・。結局、コンテンツビジネスを守ることになるのか、プラットフォームを奪われることになるのか。日本のテレビは得失をどう計算しているんでしょう。・・これも利用政策ですね。
 なお、8日には、「英BBCがTV放映前にネット配信へ」というニュースもありました。もうテレビ番組のネット配信じゃなく、コンテンツのマルチチャンネル化です。日本放送協会も日本メディア協会に改名する時期でしょうか。

2/14 「災害時のデジタルサイネージ運用ガイドライン策定へ」IT Pro
 http://t.co/MSsAftQ1
 デジタルサイネージコンソーシアムは、鉄道や不動産、小売など会員企業と災害時ガイドラインを策定します。「デジタルサイネージ・ユーザーズ部会」(イオンアイビス、NHKエンタープライズ、シブヤテレビジョン、JR東日本ウォータービジネス、ジェイアール東日本企画、タリーズコーヒージャパン、三井不動産、三菱総合研究所、森ビル)が担当。これも利用政策なんですよね。

2/15 「ネット選挙解禁 懸念克服して育てたい」東京新聞
 http://bit.ly/12VhD75
 東京新聞の社説。トットとやってくれ、と唱え続けてきたネット選挙は形が見えました。2009年の総選挙にて、民主党がIT政策として唯一マニフェストに掲げていたのですが、実現しなかった代物です。典型的な利用政策です。トットと願います。

2/16 「薬ネット販売 過剰な規制はやめよう」朝日新聞
 http://t.co/r40vXlQg
 朝日の社説。最近、朝日がネットに前向きです。
 処方箋のいらない医薬品を、インターネットや電話を使って通信販売することの当否や、そのあり方を検討する会議が厚生労働省につくられたことを受けての記事です。
 これもネット利用政策。司法に仕切られたわけです。いかに行政が利用者のほうを向いていなかったか。

2/16 「診断ソフトの販売解禁 政府、1兆円市場へ参入促す」日本経済新聞
 http://t.co/7rWPZ9UU
 薬事法を改正し、「いまはパソコンなどに組み込んだ場合のみ医療機器として認可しているが、ソフトだけでも認めるよう改め、パソコンとは別に販売できるようにする。診断ソフト市場を創設して多様な企業の参入を促し、医療の技術革新と効率化を進める。」んだそうです。
 先週はこれが一番ビックリしました。不勉強で、知らなかったんです。ハードに組み込んでないと認められない現状をソフトだけでも販売できるようにする、って・・・そんな規制、まだあったのか。アメリカに15年遅れって。一体だれが得をした規制だったんでしょう。
 ここまで放置されていたということは、民間サイドからも強い問題提起がなかったということでしょうか?デジタル教科書を正規教科書にするための法改正をぼくらはいま求めていますが、それは去年まで民間サイドからなかなか言い出せませんでした。行政を恐れて縮こまる空気の問題です。そういうドンヨリしたものがまだ漂っているのだとすると問題。空気を換えよう。

2/16 「小売り、ネット通販1兆円 アマゾンに対抗」日本経済新聞
 http://t.co/e7A1q5wC
 小売り40社のネット通販売上が13年度は1兆円との記事。総売上に占めるネット比率が4~5%になると。スマホとクラウドが後押しするんですね。
 ぼくは以前、2007年に1.5%だった小売りネット化率を、2015年に5%にしようという政府目標を提案したんですが、却下されました。実現性に乏しいと見られたんです。でもこのペースなら、行けるかもしれません。実に感慨深い。だって、政府は不要だったんです。


 教育情報化、著作権、災害ガイドライン、ネット選挙、医薬品販売、ネット通販。
 いま手を入れるべきIT・知財政策のトピックが一気に噴出しました。偶然ではないんでしょうね。金融緩和、財政出動に並ぶアベノミクスの柱「成長戦略」は、規制改革の旗を立てています。ただ、そこからITや知財の話は聞こえてきません。これに対し、民間サイドでは、医療にしろ教育にしろコンテンツにしろ、遅れた日本のIT利用を広げることをテコにして、経済を刺激すべしという声が立ち上っている、という表れではないでしょうか。

2013年2月14日木曜日

号外:Eインクを作ったジョーが10年前に話していたコト

■号外:Eインクを作ったジョーが10年前に話していたコト
 3Dプリンタが話題です。次なるイノベーションの主役だといいます。そうなるといいね。モノを印刷することで思い出すのは、ジョー・ジェイコブソンMIT Media Lab教授のこと。Kindleなどのディスプレイに使われているEインクを発明した科学者です。ぼくがMITに滞在していたころ、ネグロポンテ所長がこいつスゲーぞ、と真っ先に紹介してくれました。ぼくより年下、30代前半でしたが、世界級の天才というのはこういうヤツのことをいうのか、とおののきました。
 Eインク社を創業し、前途洋々でしたが、本人は「技術できちゃったからもうねー」という感じで興味を示さず、「それより全ての物体を印刷したいんだよね」と言い、「ラジオもモーターも卓上で印刷できちゃったんだよだよね」嬉々としていました。ぼくは技術のことはよくわからないが、その世界観を翻訳することはしたいと思い、2003年に出した本「デジタルのおもちゃ箱」でも紹介しました。手元に残っているので後で貼り付けておきます。
 で、3Dプリンタ騒ぎを聞くたび、クリクリした目で「もうハードだよ、ハードウェア革命だよ」と話すジョーの時代がそういう形でやって来たのかと感慨にふけるわけです。
 MIT近くの路上でクルマがパンクして立ち往生していたら、すっと寄ってきて無言でジャッキを上げるのを手伝ってくれたジョー。天才ってのはこういうもんなんだろうなぁ。と思いました。その時のタイヤがノキア製でしてね。その後、「いいなぁ、ノキアだ、ノキアだ」とつぶやいていた。だよねぇ、あのノキアのタイヤ、取っておけばよかったな。

 では。10年前に書いた文章です。
 Kindle登場の6年前。ずいぶん進んだような、まだ何も進んでいないような。
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 少し油断するとメールがたまる。せっせとゴミ箱に捨てる。新製品のお知らせやら、関心の薄いメーリングリストでの発言やら、読むこともなくゴミ箱に直行するものも多い。読んでいる時間より捨てる作業の方に時間を取られている日もある。それはそれでさっぱりする。
 少し油断すると本がたまる。いつか読もうと思って買った本は決して読まない。だからたまる。買わなければいいのに。しかも、捨てられない。積んである本だけでなく、読み終えた本も捨てられない。私は「本を捨てられない病」なのだ。小説も解説書も雑誌もマンガもたまってばかりだ。
 活字が印刷された紙を捨てるのはどうにも抵抗が大きい。ごはんつぶを残してはいけないのと同様に、本を捨てたらバチが当たるような気がする。アナログの呪縛。神聖なる紙は特別のオーラを発している。
 「本や新聞は安い。薄くて軽くて折り曲げられてポータブルだ。書き込みもできる。電源も不要だ。もしこれがコンピュータの後に開発されていたら、すごい ブレイクスルーだと思われたはずだ。一方、コンピュータのディスプレイは高画質だ。大量処理が可能だ。アクセスは速い。世界中に瞬時に伝送できる。この両者の長所をどう結合させるかなんだ。」(ジョー・ジェイコブソン教授)
 たしかに。コンピュータのディスプレイは動画も鮮やかだが、文字を読むにはまだ不向きだ。だいいち寝ころんで読めない。ウェブの情報をプリントアウトして読むなんて犯罪的なことをまだ続けてるなんて、恥ずかしくて人に言えやしない。
 若きスター、ジェイコブソン教授の技術を使えば、寝ころんでパソコンが読める。ペラペラのディスプレイができる。だが、彼が開発しているのは、液晶やプラズマのようなディスプレイ技術ではない。インクだ。電子のインクである。電気信号でオン・オフする機能を持っている粒子だ。そのインクで印刷すれば、プラスティックや紙がコンピュータのディスプレイになるのだ。
 プラスティックの名札やトマト缶のラベルがネオンサインのように文字を変える。本を開くと、印刷された写真が動きはじめる。カベや机に印刷すれば、そこがコンピュータのディスプレイとなる。服に印刷した模様が動く。腕に印刷すれば動画イレズミとなる。
 元のアイディアは70年代、ゼロックスのPARCにあった。オセロのコマのように白黒に反転するインク粒子を開発していたのだ。ジェイコブソンのアイディアは、これに似ているが、方式が違う。一粒ひとつぶのインクがカプセルになっていて、その中に、油と染料と白い色素が入っている。
 電気の刺激によって、カプセルの中の白い色素が天井や底に動くことで、上からみると、色がオン・オフになるという仕組みである。電源を切っても表示されている。どんな角度からでもハッキリみえる。
 技術はまだ開発段階ではあるが、急速に実用化に向かっている。この技術を製品化しているのがEインク社だ。97年にジェイコブソンらが設立したメディアラボのスピンアウトである。モトローラや凸版印刷などが出資している。
 プラスティックでコーティングした大型ディスプレイなら商店などで実利用されている。実験室では、実際に紙に印刷したモノクロの文字が動くバージョンを試作している。コットンにプリントしたウェアラブル・ディスプレイもプロトタイプが作られている。
 この技術は、ディスプレイ分野にとどまらず、膨大な可能性を秘めている。当のジェイコブソンは、どうやらディスプレイよりも、コンピュータや機械そのものを印刷して作りだすことに興味があるようだ。「ラジオを紙に印刷することもできる。名刺にデジカメを組み込むこともできる。」と彼は言う。
 たとえば彼は、10ドルの印刷コンピュータを作ろうとしている。既に、インクジェットプリンタで無線タグを印刷することに成功している。コンピュータ回路の基盤を卓上プリンタで印刷できれば、パソコンを家で量産することができる。紙のパソコンだ。布にも印刷できるから、ジャケットやシャツに基盤やキーボードやディスプレイを印刷してしまえばいい。
 彼は半導体インクの合成を進めている。シリコン、カドミウム-セレン、ガリウム砒素らの半導体素材は、融点が摂氏1000度程度なのに対し、彼が開発しているのは300度ぐらいでプラスチックなどに印刷できるインクだ。既に、ナノメータ大の半導体粒子からなるインクを使ってトランジスタを印刷することに成功している。「印刷チップがペンティアム並みの速度とパワーを持つことが可能だ。」
 チップの基本構造はずっと不変で、材質もシリコンのままだ。半導体メーカは小さく小さくすることに腐心してきた。トランジスタは数百ナノメータの大きさになり、1チップに何千万ものトランジスタが詰め込まれている。
 だがそんなチップを作るには、数十億ドルかけてクリーンルームのある工場を建てる必要がある。コンピュータのチップを作るには24時間ぶっとおしで作業しても2週間かかる。「ラップトップが新聞よりも高いのは、材料のコストというより、原子や分子を精密に操作できなかったからだ。コンピュータを新聞のように印刷できるようにすればいいんだ。」
 彼はそれをデスクトップでやってのけようと言うのだ。「プラスチック片をくれれば数秒でペンティアムにしてあげる、ということに関心がある。」何よりのインパクトは「安い」ということだ。論理回路であれば数十セントのオーダーで印刷できるようになってきているという。
 そして、全てのモノにID IPアドレスを付与していき、しかも無線で読み込んだり書き込んだりできるようにしていくようにするには、このような技術が決め手になる。「スマート カードでも数千万枚から十億枚のオーダーだが、印刷であれば年に兆のオーダーでこなせるわけで、それでやっとパッケージや商品の生産量に見合うようになる。」
 ユビキタス文明を実現するブレークスルーとなるだろうか。

 ハードの時代だ。ソフトの時代は終わりだ。
 映画も音楽もアニメも、誰でも作品を作れるようになった。以前これらの領域は、プロの手に独占されていた。コンテンツを作る道具や設備を買えるかどうかがプロとアマの線引きポイントだったが、デジタルが機材の低廉化をもたらし、プロとアマの垣根を崩した。
 そしてインターネットは、誰もが作品を発表できるようにした。書くことはできても発表の場がなければ単なる作文だが、場や市場が与えられれば、誰でも作家になれ、誰でも新聞社を作れる。ブロードバンドで、誰でもテレビ局が作れる。しかも卓上で。
 コンテンツはもちろん、アプリケーションも、OSも、安くなったハードウェアの舞台の上で、ハッカーたちが才能を開花させる。OSLinuxのように、みんなで参加しながら作るものとなった。ソフトは知的生産物であり、付加価値であり、産業としても長期的に成長していくことが期待されている。
 一方、ハードウェアはまだプロの世界だ。ハードウェアを作るのには設備を要する。ところが、ジェイコブソン教授はハードウェアの世界もソフトウェアのように変革していくという。彼の印刷技術を用いて、機械やデバイスをプリントアウトしたり、ダウンロードしたりできるようにするというのだ。
 コンピュータの回路や装置をカスタムデザインする。オープンソースのハードウェアをネットで協調して改良する。自分のハードウェアを書き換えて、自分だけのハードウェアを卓上で印刷して使う。ハードウェアの世界は、これから面白くなる。そんな気配がする。
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2013年2月11日月曜日

MITメディアラボは終わったのか?始まるのか?

■ MITメディアラボは終わったのか?始まるのか?
  伊藤穣一さんの前の所長、フランク・モス著「MITメディアラボ」。
 10年前の拙著「デジタルのおもちゃ箱」以来のメディアラボ論(たぶん)。
 デジタルと大学の関わりの映し鏡としてとらえるといいでしょう。
 
 ただし、従来のメディアラボ像と重ね合わせて読むと、随分その姿に変化があると感じます。強調されているのは、ロボット式義足、難病治療法発見、神経科学、シティーカー。この10年のラボはメディア開発というよりデジタル技術の公益的な社会応用に傾斜している。メディア開発は限界に来たということなのでしょうか。
 振り返ってみれば、メディアラボが産み実社会に浸透したのは、本書にも紹介があるeインク、レゴ・マインドストーム、100ドルパソコンぐらいでしょう。ぼくらのチームが100ドルパソコンを提案したのは2001年のこと。それ以降のラボの成果はあまり聞こえてきません。
 でも、デジタル分野はこの10年で爆発的に進化・発展しました。マルチディスプレイ、クラウドネットワーク、ソーシャルサービス。10年前のPC、モバイル、ネット環境から様変わりしました。そのメディア激動の中、Google(スタンフォード)、Facebook(ハーバード)がアウトプットを示す一方、ラボが産んだものは何か。実はとても苦しんでいるように見えます。

 ぼくがスケッチしていた10年前のほうが研究現場にワクワク感があったのではないでしょうか。これはその後所長に就いたモスさんのせいではなく、デジタルが大学→企業→ユーザへと主導権のステージを移してきたから。
 ちなみにここに拙著のまえがきがありますんで、当時の空気を参考まで。
 一方、大企業の研究部門が廃止されつつある状況です。初代ネグロポンテ所長のセールストークは「企業研究所を作るよりMITに投資するほうが効率的」でした。であれば、再び大学にチャンスが来ているのでしょうか? あるいは全く場面が変わってしまい、もはや企業のカネは大学には戻らず、別の方向に流れるのでしょうか?
 ここ数年のラボ発の話題といえば、ドクター中松と同年にイグノーベル賞を受賞した「押すとぴょんぴょん逃げる時計」と、「シックス・センス」。どちらも学生の発明なんですよね。本書に記されているシックス・センスの発明エピソードは面白かった。ちなみに伝説的なTEDプレゼン。
 ただ、スピリットが生きていると感じる記述もあります。教授が子どもの言語取得法をデモしたところ、スポンサーから銀行の店舗設計への応用の相談が持ちかけられたエピソードが登場します。ラボによる直接のアウトプットは見えづらいが、企業がラボに期待するのは互いの創造力がこのように響き合うところ。
 スポンサーは、ラボが開発する技術や知財そのものよりも、ラボとのコミュニケーションやコミュニティそのものの効用を重視して投資するんですね。つまり、大学院の教育機能や研究機関の開発機能よりも、プラットフォームの機能に価値を見出す。日本にはまだこれを実現できている大学は乏しい。

 ぼくが関わったものの記述もあります。
 脳性麻痺患者が作曲・指揮する感動エピソードに使われた、お絵かきすると作曲できるソフト「ハイパースコア」。記述はありませんが、これはぼくが調整役となり、CSK・セガ・アスキーが3億円をラボに投じたプロジェクト「トイシンフォニー」の成果です。日本プロジェクトと言ってよい。
 トイシンフォニーはデジタル楽器の開発に注力しましたが、スポンサー3社はハイパースコアのような誰でも創造力を発揮できる成果を要求していました。実はハイパースコアは学生が作ったオマケのような成果なのです。しかしデジタル楽器はおろかオマケさえスポンサーはビジネスに活用できませんでした。産学連携は実に難しい。
 一方、これも本に登場するラボ発子ども向けプログラミングソフト「スクラッチ」。これもぼくらは支援してきて、こちらは今もワークショップで利用しています。世界に広がっていくことを期待するアウトプットの一つです。

 本書に「日本」が登場するのは、新ビルを設計した槇文彦さんとNEC・ヤマハとのお話。どれも90年代のことです。ラボ設立時は相当割合を日本企業から出資したことからすれば、この10年の関係は親密とは言えません。
 90年代終盤、故・大川功さんが35億円を寄付して新ビルが建ち、MIT大川センターが設立されることになったのですが、それには一言も触れられていません。それがラボ側の認識だとしたら、ぼくがスポンサー代表だったら引きますねぇ。ネグロポンテが所長だったころは、日本への謝辞オンパレードでしたもん。

 読後の感想は2点。1. 伊藤新所長は大変だ。2. 日本の大学はどうなのよ。前者は「がんばって」、後者は「がんばります」。特に後者が問題ですね。
 ゲーム機やたまごっちやニコ動や初音ミク。日本も数々のイノベーションを起こしています。しかし、その登場に大学は役立ったのか。何らかの機能を果たしたのか。そうは思えません。どうにかしなければ。
 自分のプロジェクトで言えば、デジタルキッズについてはメディアラボを凌駕したと自負しています。ただしそれは日本の子どもたちの創造力・表現力が高いから。つまり大学の技術力ではなく、ユーザの利用力が生んだ成果と思っています。日本のユーザ力を活用することに大学は力を入れたい。そのためのプラットフォームになりたい。改めてそう思っています。

2013年2月7日木曜日

コルカタという異界

■コルカタという異界
 まもなく2013年を迎えるという夜中。天空にはぽっこりと黄色い満月。窓の下が騒がしい。黄色とピンクのサリーをまとった女性がとっくみあいをしている。全く気にとめず、人力車引きがヘトヘトに座り込んでいる。タクシーに仕事を奪われ、やるせない。明日の露天を開く商売道具か、骨と皮だけの男が、体よりも大きな袋を頭のてっぺんに担いで歩いている。脇を通り抜ける犬、犬、犬。それよりもけたたましく人をかき分けるバイクと自転車。日中、レバーをぐるぐる回してトウキビを潰し、ジュースをふるまっていたおやじが店じまいだ。この夜更けに何が始まるんだろう、激しいリズムで太鼓をかき鳴らす隊列がやってきた。いつまでも騒然としていて、眠れない。
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 コルカタ。かつてのカルカッタ。人口にしてインド第4の都市。1911年にデリーに遷都されるまで、長く都でした。経済力で第7位といいますから、インドの京都ですね。しかし、均整の取れた優雅さとは対極にあります。インドで最も雑然とし、得体の知れないエネルギーを発散する街。覚悟なく訪れた日本人観光客が、空港からの光景におののいて、宿から一歩も出られなかったという話も聞きます。多様な顔を持ち、十人に聞けば十人が違う印象を語るともいいます。
 ぼくも着いて早々にあきらめました。この街を表現する力は、ぼくにはありません。初めての街ではいつも、目線を落として観察し、その地を刈り取り、共有しようと努めるのですが、ここはいけません。人種、宗教、階層、民俗、経済。熱量が、輝度が高すぎます。石のような連続パンチです。ガツンと来る想像はしていました。でも、瞬時に負けを認めました。

 ここに来るまで、人生で最もガツンと来たのは、大学一年生、18の時に踏み入れた大阪・新世界。浮浪者がうつろに徘徊し、寝そべり、異臭が立ちこめる中、ジャンジャン横丁では酔っ払った老女が暴れている、その猥雑なパワーに打ちのめされました。以来、強烈な異界に、蛾が灯火に引き寄せられるように迷い込んでしまうのです。
 これまで、ああ負けた、と思ったセビリア、フェズ、イスタンブールは、事前の想像が足りなかったのが敗因。ガツンと来るぞと身構えつつ耐えたのは、ブエノスアイレス、ナポリ、西安。でも今回は、十分に想像し、存分にクラウチングスタイルを取っていたのに、あっさりと白旗を掲げます。出くわしたものを素直に受け止めていくにとどめます。
 実は、ここだけは、この歳になるまで、避けていました。若いうちに踏み込めば、必ずハマる、ぼくのような貧弱な日和見には毒が強い。でも、自分に残る時間もそう多くなくなったと覚悟し、宿題を果たすことにしたわけです。そうしたら、案の定。

 まぁ想像していたといいましても、ぼくのインド知識など浅いもんでして。60年代はインド人もびっくり芦屋雁之助が飛び上がる特製ヱスビーカレー、明治キンケイインドカレー、メタルインドカレーなどカレー臭ばかりでしたし、70年代は死ね死ね団と戦うレインボーマンの師匠ダイバ・ダッタ、上田馬之助と暴れたタイガー・ジェット・シン、ジョージ・ハリスンの師匠サイババであり、そのまま「ムトゥ踊るマハラジャ」に至るわけですうさんくさいわけです。だから、京都の産んだ偉人:チュートリアルがM1王者に輝いたネタで、自転車のチリンチリンを盗まれ、「何かを求めてインドへ行ったよ」というのも共感を呼ぶのです。
 東京人が「だるまさんがころんだ」という場面、京都人は「ぼんさんが屁をこいた」と数えますが、飯塚出身の藤井君が「インディアンのかばやき」と数えたので驚いたことがありますが、これはインド人ではなく北米先住民のことでしょうか。

 むかし、少年ナイフの練習の帰り、だから30年前ですね、道頓堀で初めて本格的なインド料理屋に入りました。これまで喰うてたインドカレーと全然ちゃうやん。インド観を改めんといかんか。すると、狭いホールをかいがいしくサーブしていた若いインド人っぽいウェイターが、ガシャンと転んで、カレーやらナンやら全てを床にぶちまけてしまいました。どないすんにゃろ。数秒、ぢっと転んでいた彼、エイトカウントあたりでムクッと起きたかと思いきや、脱兎のごとく走り出し、バーン!扉を開けて道頓堀の夜に消えていった。カーネルサンダースさんが阪神優勝で沈む前の道頓堀、まだかなりくさかった。走れ、走れ、走り抜け猟奇王。くっさい街を。きっとそのまま走り抜いて、今ごろ故郷の木陰でヒザを抱えて日向ぼっこをしています。
 奥が深い。「2つの病気にかかった偉いひとは誰でしょう。」小学一年生のころ、チョコレートのパッケージについてたなぞなぞの答えの欄に、「ガンジー」とあり、偉い人がいたことを学びました。その後、学校では、東京裁判で日本の無罪を主張したパール判事のことや、日本軍とともにインド国民軍を作ったチャンドラ・ボースのことも学びました。チャンドラ・ボースはコルカタの空港名になっています。さすがにインドは多様で、簡単に像を結ばせません。だからいいんです。練り歩くだけです。
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 そんなに磨く人がいるのかい、というほどしゃがんでぼんやり客待ちをしている靴磨きたち。体重計とお金入れの皿だけを置いている人もいる。街で体重を量る需要というものがあるのか?と思ったら、案外あちこちで体重計に乗っている親子連れの姿が。おいっ、チャイ飲んだ余りを歩道で無造作に捨てたらひっかかるじゃないか。脇を通り抜ける犬、犬、犬。あの吠えているヤツに噛まれると命に関わりそうだ。嵐の濁流のように道路を埋めるクルマの群れは、全ての車両がクラクションを鳴らし続ける。それが生存証明であるかのように。みなが鳴らしているのは、一台も鳴らしていないのと変わらないぞ。一等地でも、工事現場のような騒音。それは建設ではなく、消費でもなく、脇を通る犬と同じことをしているのだ。だからといって、鳴らさなければ、この街ではなくなる。
 黒いといっても、顔にはグラデーションがある。真っ黒、かなり黒、やや黒、けっこう白。それによってどうやら衣服も違う。職業も違うのだろう。ただ、いずれも目が白く輝き、十人いれば十人の黒から二十の白が、まっすぐにぼくの目を射貫く。街行く全員に、かみ砕くように見つめられる経験は、そうでくわすものではない。白人旅行者のことはさほどガン見しないところをみると、見られるぼくに原因があるのだろう。マーケットに向かうと、目だけではない。呼び声がかかり、おさそいがあり、手が伸びて、どんどん触られる。

 気がつけば、薄暗い市場に迷い込んだ。肉の臭い。内蔵の臭い。獣の皮の臭い。足下は鮮血が川のように流れている。白や黒のヤギが何頭もつながれている。たくさんのニワトリが網の中で声をたてている。男たちが、無言で、それらを裁いている。この場で殺し、この場で処理し、それを商品にして、この場で売っている。屠殺、解体、精肉、そして小売りの兼業。「フレッシュ、フレッシュ。」肉塊を押しつけてくる。確かに、新鮮であろう。
 駅前の群がりは、これもどうやら市のようなのだが、路上の暮らしと一体化していて、商売なのか、消費なのか、生活なのかが余所者には判然とせぬ。うずくまるように横になっているが目だけギラギラとこちらに向けている男。下半身ハダカの子。裸足だ。脇を通り抜ける犬、犬、犬。カレーのようなものを火にくべている女。もうもうと湯気が立ちこめる。そこに手を突っ込んで喰っている子。姉妹だろうか、しゃがんで互いのシラミとりをしている。ぼくに手を伸ばし物乞いをする老女。初めて大阪・新世界に踏み込んだとき、つげ忠男の「屑の市」を読んだとき、受けた衝撃を上回るリアリズムが、ここにあった。

 「ハッ。」かけ声とともに、頭が落ちる。毎朝20頭のヤギがいけにえとして捧げられる。押すな押すなのヒンズー信者がありがたく見守る。脇には、それまでに斬られた黒い子ヤギの頭が5つ転がっている。体はきちんといただくらしい。このカーリー寺院には、沐浴のための池があり、その縁にシヴァ神の像がたたずむ。寺院の担当者が手招きする。なんでしょう。「お前は何人家族か」4人ですが。「では4000ルピー出しなさい ナマステー」なんでやねん。
 コルカタにも地下鉄がある。出入り口には屈強な男たちが数名立っている。ねぐらにさせないためだろう。1区間4ルピー。シヴァ神への祈りで1000回乗れるぞ。ナマステーおやじの言うことを聞いてたら2年ぐらい通勤タダやったやんけ。4ルピーは6円。前回ロンドンに行ったとき、地下鉄1区間4ポンドで1000円を超えていたのを思い出した。東インド会社のにおいを遺すコルカタは、おいそれと近代化を寄せつけているわけではない。

 巨大な拡声器を積んだクルマと、怖ろしい形相の女たち。それを取り巻く野次馬たち。道路を占領し、クラクションが一段と激しい。デリーで集団レイプがあったとかで、抗議行動が市街地を占拠している。マザーテレサはこの街のスラムから活動を始めた。情熱が似合う街だ。だが、一歩、喧噪を離れると、泥沼があり、その縁では男どもがうずくまっている。休んでいるのではなく、動くことの消耗を避けているのだろう。静、が日々の大半と思われる。じっとしている、が人生の大半と思われる。いや、動く人影も数名。粗末な道具で釣りをしている。周りの静たちが、じっと、見ている。
 濁った川に出た。フーグリー川というガンジスの支流だ。この聖なる川は、沐浴に供されるだけではない。川上から人が流れてくることがあるという。寿命を全うできなかった子どもなどは、火葬にせず川に流されるという。とすればそれは、死体ではなく、遺体と呼ぶべきだな。などと、ゆったり、とうとうと行く川を、コルカタの時間に寄り添って眺めていたら、灰色の空にぽっこりとピンクの夕陽。ああ、街の喧噪を包み込むように、太古から変わらないこの営み。
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 ぼくの知る日本の街は、どこも清潔で平穏になりました。物乞いも疫病も失せ、怒声や乱闘は減り、悪臭は去り、クラクションだってそう聞きません。川崎ゆきお「猟奇王」はかつて「くっさい町やな」「そら大阪やもん」と語りました。実に臭かった大阪は記憶にのみ刻まれています。コルカタも、そうなるんでしょうか。そうかもしれません。でも、この街を上回るカオスはもう地上にないんじゃないかと感じます。500万人もの人がいて、古くからの文明があって、すさまじい貧困と、成長への希望がどくどくと渦巻いています。このぎらつきが、清潔で平穏で、笑顔に変わっていくことは、コルカタにとって、インドにとって、いや、インドにエネルギー源になってもらいたい日本にとっても、うるわしいことでありましょう。でも、ぼくにはこのぎらつきが、この異界が、声には出せないけど、かけがえのない、いとおしい光に映ります。二度と来たくなくなるか、何度も来たいと思うか、どちらかになる、と言われる都市。ぼくが何度も来るとすれば、それは闇を抱える蛾の見出した光という憧れが、まもなく消えゆくはかなさを訴えているからでしょう。

2013年2月4日月曜日

ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか


■ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか
 中山淳雄さん「ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか」。
 勉強になりました。
 世界のソーシャルゲーム市場は6500億円、うち半分が日本市場だという。
 ソーシャルゲームは今年3400億円市場に。これは国民全員が年3000円使うシャンプー市場と同規模だという。

→そう考えれば、気がつけばとてつもない大市場です。

 日本のソーシャルゲームのARPUは月間2000円。Facebook50倍、Line500倍だという。

→つまり、日本は世界の中でも特殊な大規模・高収益の市場を築いているわけです。
 本書はこの構造を描こうとするものです。

 成功要因は、ソーシャル(集客)、ゲーム(熱狂)、アイテムマネタイズ(換金)を揃えたこと。特に、マネタイズを行う仕組みに優れていたことが指摘されています。
 5年間増収増益を続けてきたファストフード、ファストファッション、低価格家具などデフレ商品にさえ陰りが見える一方、ネット広告、EC、ソーシャルゲームなどネットサービスは成長基調にある。

→単に、不況に強いというだけではないのですね。
 しかも、家庭用ゲーム市場の落ち込みよりソーシャルゲーム市場の成長は大きく、前者の市場を食っただけとは言い難い。新しい市場を作っている、という見方です。

 世界的に見ると、世界コンテンツ市場25兆円のうち過去5年でゲームのみが成長していて、3兆円から4.5兆円に伸びたのだという。日本で見ても、過去10年の消費支出は教育、自動車等が減少する中、美容は横ばい、通信費が上昇している。

→これは、コンテンツ=消費から、コミュニケーション(美容は表現、つまりコミュニケーションです)へ人々の欲求がシフトしている、ないしようやくそうした欲求を満たすメディアやサービスが現れてきた、ということでしょう。

 でも、よく類似性が指摘されるパチンコとは事情が違うようです。パチンコユーザの「平均」月額3~5万円だとか。これはソーシャルゲームでは相当なヘビーユーザーのレベル。もっとライトな、月2000円ユーザが支えてるんですね。ソーシャルゲームに没入し、大枚をはたいちゃう人が後を絶たず、それが問題視されたりしてるんですけど、まぁヘビーな人というのは、「AKB48総選挙で283万円を投じるユーザ」、「ディズニーランドへの生涯訪問回数5000回というユーザ」、いろいろいるわけでしてね。

 中山さんはゲームの評価軸 をA(感覚・操作)、B(オンリーワン:収集・顕示)、C(ナンバーワン:ソーシャル)、D(偶然性)の4つを取り、分析しています。
 従来のゲームはAC。ソーシャルはBCDの軸を狙ったといいます。
 Zynga のようにARPU100円に満たないゲームはBに特化。怪盗ロワイヤルはCで競争・協力性を追求。2011年に100万ユーザ×ARPU1000円を稼ぐカードゲームが流行したのはBCの両面追求。そしてガチャのようなD軸が新地平を開いてきた。消費者庁からはそこが問題とされたわけですね。

→この4軸の分析は、グラフィック(セガ)〜操作性(任天堂)〜グラフィック+流通刷新(ソニー)〜関係性(任天堂wii)〜ソーシャルといったゲームの変遷を重ね合わせ、自分でも掘り下げてみたいと思います。

 さて、3点、グッとくる指摘がありました。
1) 元祖ソーシャルゲーム、GREE「釣りスタ」はSNSのオプションにすぎず、DeNA「怪盗ロワイヤル」は社内で9割につまらないと評されていたとか。

→そうなんですね、コレ行ける!と思って踏み込んだわけじゃなくて、やってみたら当たったんですね。東大・京大卒のエンジニアをごっそり採って1000億円を超える売上を弾く両社だから、チョー緻密な計算の上で投資してきたと思いきや。

2) 最先端の携帯電話市場、課金システム、ユーザのケータイ課金習慣がソーシャルゲームのインフラとして機能した。

→そのとおり、ガラパゴスと賞賛されるほど高度に発達したデバイスとソフトウェア群、そこに集まったコンテンツビジネス。それを下支えする課金システム。これが盤石のインフラ。そして、より重要なのはユーザのリテラシーです。片手親指でポチっとクルマを買ったり、家をも買っちゃったりするユーザがいるお国柄。人とケータイとおカネのバリヤフリーさがソーシャルゲームを成立させたのですね。
 
3) この久々に日本企業が生み出した大ヒット、成功事例を「賭博罪やコンプガチャといった規制の波の中で葬り去ってしまうことには断固反対」。

→御意。その結論、いただきます。是非とも「ソーシャルゲーム協会」にご助力を賜りますよう、切にお願い申し上げます。