Twitter

2023年12月30日土曜日

学長くんガチョーン. 小松純也さん

 ■学長くんガチョーン. 小松純也さん




「チコちゃんに叱られる!」を作っているひとです。「ごっつええ感じ」、「笑う犬の生活」、「SMAPSMAP」、「トリビアの泉」、「ホンマでっかTV」などなどを作ってきたひとです。つまり、レジェンド。

https://bit.ly/3WEJR43



◆テレビとスマホの違い

根本は見て楽しいものをつくる。変わらない。

スマホのコンテンツはタッチパネルを使う点が面白い。テレビだと一方的に流すものをインタラクティブにできる。見ている人の視聴体験をカスタマイズできるのが面白く、楽しい。テレビとゲームの境目がなくなっていく。


◆つくることのきっかけ

常に新しいものを生み出そうと世の中を見渡しているわけではない。

他の人からきっかけをいただくことが多い。例えばチコちゃんに叱られる。

ディレクターから突然「アイスクリームの賞味期限は?」と書かれた紙を渡された。考えたが、賞味期限はなかった。そんなことも知らないで50年間生きてきたことが面白いとおもった。雑学のクイズだけだと知っている・知らないだけで、終わってしまう。本来は知っているはずのことを知らないで漫然と生きていることに点が面白い。そういうことを聞かれて答えられないと、小さい女の子に怒られるのはどう?という10分くらいの会話から生まれた。

面白いことが目の前にあるときに、そこを入り口にして日常の中で感じていることがつながっていく。

トリビアの泉。伊勢丹の紙袋が一番大きいのはなんで?へー。から生まれた。不思議なもので同じタイミングで同じ事を考えている仲間がいる。そういう仲間と立ち上げた。


◆仲間とつむぐ

自発的に考えたことはないかもしれない。しゃべっていて面白いな、と思ったことをアレンジする。自分で面白いとおもったことを、みんなと共有する仕組みを考える。


◆学生時代の過ごし方

大学へはほぼ行っていない。喫茶店で芝居やコントの台本を書いていた。そんなときに無理矢理なお題でコントを考えるときに、いろんなことをかき集めて掛け合わせて作っていくという訓練はかなり徹底的にやっていた気がする。

コントをつくることが多かった。うけるのはみんなの生活感覚の中にあることを引っ張り出してくること。日々自分の暮らしの中でおもうことなにかな、と感じることを大事にしている。なにか面白いことないかと、日々楽しく暮らしていたことが今につながるインプットの全て。


◆会社員時代と起業してからの違い

組織に入っている間は己を虚しゅうする。働くものの美学として。意見が違うものでも決まったことは責任を持って実行する。それが仕事。そういうのも素敵だとはおもう。ただストレスはかかっていた。やめた後は自由になった。

やめるきっかけとなったのは、テレビだけが映像エンタテイメントの唯一の出口をコントロールしている意識があったが、時代が変わってきて、配信やゲームなど色んなものがでてきて、人の時間の使い方が変わった。テレビ局の中で企画を実現するためには組織がそれにGoを出さないとできない。面白いだけでは出来ないことがある。

いまは面白いと思うことがあったら、いろんな放送局に持っていってもいいし、配信でもいいし、ゲームでもいいし、アプリでもいいしと考えられるようになり、アイディアが死なない。面白いと思ったことがなんかの形では実現できる。


◆キミたちへのメッセージ

父が「職人になるな」と言っていた。研究所にいたが、そこで専門の技術者になってしまうと人間としての可能性が閉じてしまう、と。言い換えると「プロフェッショナルになるな」ということ。もちろん、様々な技能を身に付けて自分の拠りどころや自信につなげることは大事。

技術が進んで、いろんなことへのアクセスが簡単になってきている。いろんなことが実現できる。自分が何者かということを決めてしまうと、そこからはみ出せなくなり、つまらない人生になる。アマチュアリズムをもってアウェーなところで、みなさんにかわいがっていただいて自分がやったことをないことをやる方が人生として楽しい。



★後記

物静かで淡々としている。ように見えて、現場ではやたら怖い。ということを吉本+NTTの映像プラットフォーム「ラフ&ピース マザー」のかたから聞きました。そりゃそうでしょう。大学の後輩ながら、かっこよくて、あこがれています。

2023年12月23日土曜日

クールジャパン:マッサージ

 ■クールジャパン:マッサージ



NHKクールジャパン「マッサージ」の巻。


マッサージという言葉はフランス語だが、中国生まれの按摩、日本生まれの指圧、広い意味でマッサージといっても和洋中いろいろある。

そんな中で日本はコリ大国。

「肩こりは国民病」と言われて、マッサージが独特の進化を遂げました。

かつて「欧米人は肩こらない」と言われていたが、スマホやゲームの普及でコリは世界的に広がっているとも聞きます。

日本のマッサージは世界をもみほぐせるのか。


「グッズ」

日本人がコリやすくて欧米人がこらないということはどうやら実際にはなさそう。

かつてはあぐらや和服といった生活習慣の違いが原因と言われたこともあるが、今はその差もありません。

だが欧米に比べて、日本人は こっているという自覚が強くて、だからマッサージの敷居が低くて、身構えず気軽に使っているようです。

なんでもたくさんのグッズを作るのは日本のお家芸だが、コリが身近という背景もあるのでしょう。


「学校」

国家資格は「あんまマッサージ指圧師」という3つ合わさったもの。

マッサージは明治以降にヨーロッパから入ってきた素肌に直接行うもの。

一方、服の上からもむ按摩は古代の中国生まれで奈良時代に入ってきた。

そして、指で押す指圧は大正時代に日本で生まれたもの。

患部につながるツボを指で押す。

いま指圧は世界でも注目され、アジアや欧米でも専門学校が次々とできています。

スマホやゲームで海外の人がもっとコリを気にしてくれるようになればシアツも広がるかも。


「チェア」

60年ほど前に発明された当初は、椅子から飛び出している大きな玉が開いたり閉じたりする程度のものだったが、進化してきました。

10年以上前のこと、自分の国に持って帰りたいものを聞いた時、マッサージチェアって答えた外国人がいました。

体を繊細にもみほぐすテクノロジーと、家の中に置いてもすてきなインテリアのデザイン、その2つの融合だ、と言う。

なるほど、日本のマッサージチェアは世界最先端なんだ、と気がつきました。

その後も進化が続いていて、最近のは、一人ひとりの体型を読み取ってもみ具合を変える、チェアが通信ネットワークでつながって、AIとデータで管理する、「もむコンピュータ」になっています。

どこまで行くのか、というかんじ。

2023年12月16日土曜日

学長くんガチョーン. 青山友紀さん

 ■学長くんガチョーン. 青山友紀さん




電電公社の研究者から東大教授、慶應教授。アカデミズムの大御所です。慶應時代にずいぶんお世話になりました。


◆いままで

1943年戦前に生まれた。母の実家京都・八木町に疎開。京都は爆撃もなく、農業をやっていたので食料も心配がなかった。4歳のとき、父の勤め先旭化成の工場のある宮崎県延岡市へ。中学のとき、東京杉並区へ。東京大学へ入った。電気電子工学の専門へ。その後修士へ。卒業の年(1969年)大学紛争が起こった。NTT(電電公社)へ入社。1969年はARPANETが初のパケット通信・最初の月面着陸・ビートルズ解散などが起こった。

1973年から1年間MITへ。その後NTTの研究所を転々と。1997年東京大学工学系研究科の教授へ。2006年に定年し、慶應義塾大学のDMC研究機構へ。SFCや理工学部へも。

その後、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの理事長。いまはブロードバンド・アソシエーション 特別顧問、東京大学 名誉教授。


◆研究

伝送・デジタル信号処理・光。4K。世界で初めてスクリーンに映すシステムを三菱・VICTORと共にNTT研究所でやった。映画で。2001年に動いた。井深賞・高柳健次郎賞などをいただいた。東京国際映画祭にてデジタルTIFFを実施した。


◆学生時代

2年間の教養時期は高校の続きのようで、やる気が起きずクラブ活動に熱中。自動車部。1964年東京オリンピック時、報道陣を載せて会場へ行く運転のアルバイトをした。NHKの大きなカラーテレビで東洋の魔女の決勝戦を見た。驚愕した。首都高がオープンした直後にぶっ飛ばした。勉強せずそういうことばかり。

3年生から専門課程へ。それまでは先生の講義を聞いて、試験を受けるだけ。卒業論文はいままでにないことをやる。自分で新しいこと・アイディアを試すということがよいとおもった。初めて大学を感じた。猪瀬博先生からIEEE(国際学会)に入るように言われた。とてもエキサイティングだった。特許を書けともいわれた。齊藤忠夫先生に指導を受けた。


◆キミたちへのメッセージ

卒論は極めて重要であり、全力で取り組め

出だしの3年間が勝負

5年で一つの専門を獲得

外に出る場合はその後が望ましい

学会には加入しろ

30歳前半までに海外を経験しろ

英語は必須、相手は日本人でないから

常に周囲に外にアンテナを張れ


★後記

大先生が勉強せず自動車部だった、とは知らなんだ。そこからアカデミズムに移ったスイッチは実のところ何だったのだろう。今度また掘り下げて聞いてみよう。

2023年12月9日土曜日

クールジャパン:道

 ■クールジャパン:道


NHKクールジャパン「道」の巻。


日本は周りが海だし、国土は狭くて山あいだし、欧米や中国のように広い陸地で陸路が発達した国と違って、あまり「道」には恵まれていなかった。

だけど日本の道が面白いという声が多いんですよ。


「高速道路」

首都高は1964年の東京五輪に向けて作られた20世紀・昭和のインフラ。

NYやボストンの高速道路をモデルにして作りました。

欧米の高速道路は都心の周囲を走るが、東京も大阪も街の真ん中を突っ切る。

摩天楼の中を飛ぶように走る。

20世紀・昭和の未来像を実現したもの。

日本橋はお江戸の水路の上に、昭和の道路を通した。

今度は景観を取り戻そう、地下に埋めよう、という動きになっています。

21世紀・令和にどんなインフラ、どんな道を作るのか、楽しみ。


「クラクション」

ぼくが若かった60年代からバブルのころまで、日本はアジア的に渋滞がひどくて、クラクションもうるさかった。

今かなり渋滞は改善されて、クラクションもさほど聞かない。

ドライバーがクールになってきたことと、渋滞を解消するテクノロジーが広がってきたこと、ソフトとハードの進化。

これからは、道にセンサーやカメラなどを埋め込んで、人工知能とデータでもっとハードをハイテク化していく。

インフラを技術で高度化していくのは日本のお家芸。

安全で、早く走れて、楽しい道を作っていってほしい。


「熊野古道」

欧州の聖地巡礼は石畳のイメージだけど、熊野は奥深い何もない田舎道の山道。

なのに、欧米で知名度の高い旅行誌「ロンリープラネット」で特集されるなど、常に高い評価を受けています。

熊野古道のある和歌山県田辺市では、外国人宿泊者が2011年の1200人から2018年には4万4千人まで35倍も増えました。

その要因はストーリーとヒストリー。

神様が住んでいるという物語と、1000年以上も、天皇も武士も庶民もずっと歩いてきたという歴史。

日本の始まりという神秘性と、でもみんな気軽に歩けるという庶民性、のミックスでもある。

この環境を維持することに地元のかたがたも大変な努力を払っています。大切にしてもらいたい。

2023年12月2日土曜日

学長くんガチョーン. カン・ハンナさん

学長くんガチョーン. カン・ハンナさん




数学オリンピック韓国代表歌人。現代短歌新人賞などを受賞。コスメブランドの創業者。ホリプロ所属タレント。と、いろいろ天才なのだが、ぼくにとっては国際文化経済学者。著書「コンテンツ・ボーダレス」では巻末にぼくとの対談が掲載されています。横浜国立大学で博士論文を執筆中。いろいろ天才なのです。



◆力の入れ方

いろいろなことをやっている。会社を設立し、社員も雇っている。曜日ごとに自分自身で切り替える。番組をやる場合はタレント、研究のときは学者の顔。そうでないと自分自身の人生を全部まともにやれないかなとおもっている。曜日ごとに顔を変えたり、時間ごとに役割を決めたりする人生。


◆将来

いままで、やっていることがそれぞれ点に見えた人生だったが、一つの線になってきている。十年後の自分が明確に線として見える人間になれるのではないかと、自分も楽しみ。


◆学校

学校はプレッシャーの場。韓国にいたとき、競争社会の中で成績を出さないといけない・まともな人間として形をつくらないといけなかった。自分と戦っていた場所。いまも大学院へ通っていて、よいプレッシャーをもらっている。やらなきゃ、読まなきゃ、学ばなきゃという気持ちはとても大事。このプレッシャーと向き合うことによって、自分の人生がますます成長しているとおもう。

最初、学校は重く、プレッシャーで学校へ行きたくない日もあったが、いまは学校が好き。自分に良いプレッシャー・よい刺激をくれる場所。一生学校と付き合っていきたい。


◆キミたちへのメッセージ

わたしは一言で定義できない人間という生き方をしている。「コンテンツ・ボーダレス」という本でも述べているが、今の時代は一つの言葉では表現できない人間になっていくものなのかな、とおもっている。昔では公務員や学者など一つのことを極める生き方が大事だったが、いまは多様性や立体化していく自分の生き方が大事。あまりプレッシャーを感じずに、いろんな自分を吸収して、立体的な素敵な人になれたら、とおもう。

2023年11月25日土曜日

クールジャパン:笑顔

 ■クールジャパン:笑顔




NHKクールジャパン「笑顔」の巻。


「へんな笑顔」

よっぱらいの笑顔がクールという指摘は驚きました。

自然な笑顔が少ない、ということなのかもしれない。

日本には「笑い」に対する表現が、実に沢山ある。

「愛想笑い」ニコッ「照れ笑い」ウフッ

「空笑い」に「作り笑い」ニヤッ

「含み笑い」に「忍び笑い」ムフフ

「せせら笑い」イヒヒ、 などなど。

これだけの言葉があるということは、それだけの笑いを意識して使い分けているということ。

でも、そのニュアンスが伝わるのは日本人同士であって、外国人からは「不自然な笑顔」と見られてしまい、誤解も生む。

外国人の方には「今の笑いの意味は伝わってないかもな」と思いながらコミュニケーションを取ることも必要かもしれません。


「笑顔教室」

笑顔を学ぶ。真面目な日本人ぽい。

口の形を練習しましたが、メールの顔文字も、日本のは目の形で笑いを表す。

欧米のは口の形で表す。

日本人は口の形で笑うのが苦手なのかな。

笑いって、感情表現で、嬉しさ、快感、気持ちよさといった感情を表情に出したモノ。

とすると、派手な感情表現を好まない日本人は本来、苦手なものかもしれない。

こうして笑い方を練習し、使い慣れない筋肉をトレーニングする。自然な笑顔を手にしてゆく。

外国人にとっては、先に感情があって、そこに笑顔が付いてくるけど、日本人にとっての笑顔は、普段抑えている感情を表に出す水先案内ってことなんですかね。


「笑顔カレンダー」

笑顔は強い。そして笑顔は伝播する。

これはまさに、そんな効果が最大限に引き出されたもの。

カレンダーに載っている笑顔は、多かれ少なかれ震災によって被害や影響を受けている人で、辛い思いもしながら、それでも笑顔を浮かべる強い人たち。

そんな笑顔を毎日見ながら、また今日も笑顔で頑張ろうと力をいただく。

このカレンダーは、そんな笑顔の製造装置です。



明治時代、小泉八雲ラフカディオ・ハーンに「日本の微笑」という文章があります。

日本人は西洋人に理解できない微笑みをする。それは作法、しきたり、礼節だ、という。

日本人がつらい時も微笑むのは他者への思いやり、というようなことを書いています。

100年以上たっても変わらないのでしょう。

微笑んでストレスを減らして、人に力を与えるのは、コロナでつらい今よけいに大事と感じました。

2023年11月21日火曜日

2030年のiUは?

■2030年のiUは?


2030年のiUは? という質問をいただきました。あと6年後のことです。

iU設立に向け書いたブログ「デジタル超学校」から6年たちました。

構想3年、開学3年です。


「「デジタル超学校」を妄想してみた。」2017.4

https://ichiyanakamura.blogspot.com/2017/04/blog-post_6.html

-------

デジタル分野の技術を軸とする文理融合の国際的な教育・研究機関であり、既存の大学や研究機関の枠を取り払い、最先端の人材が集いつつ、教員も研究者も学生も、産業界からの参加者も一体となって、具体的なサービスや商品の実装からビジネスや産業の創成までを手がけていく環境を造ります。

1 技術主導の教育と研究と実装。

2 デジタルに特化した教育・研究。

3 重点領域の実装。

4 文理融合。

5 バーチャルリアル。

6 リアルプロジェクト主体。

7 世界最高級の教育レベル。

8 学生はハイレベル研究員。

9 多様性。

10 国家戦略特区の活用。

-------

これにどこまで近づけたでしょう。

その6年を振り返りつつ、これからの6年を展望します。

 


2024年春、iUは初の卒業生を出します。

いわゆる「完成年度」を迎えます。

でも全く未完成。まだまだ作っている最中です。

何を作っているのか。

 

「情報」(ICT)と「経営」(ビジネス)で「イノベーション」を起こすプロ(専門職)を生む大学。

「ソーシャル、クリエイティブ、フロンティア」の3領域開拓をミッションとする。

「変化を楽しみ、自ら学び、革新を創造する」を理念とする。

「全員起業」。「目標就職率ゼロ」。

いや、たいてい失敗する。失敗から学ぶ、「失敗大学」。

産学連携プロジェクト1st。連携企業1000社のコミュニティ。

客員教授1000人、学生より教授のほうが多い大学。

 

研究プラットフォームとして、おもしろい未来をみんなでつくるラボ「B Lab」を開設。

産学連携の研究プロジェクトが走り始めた。

情報発信基盤として、映像スタジオ「すみだMedia Lab」を開設。

BSよしもとが入居し、大学にテレビ局ができた。

教育、研究、メディアの3本柱を整える。

 

ここまでは、できました。iU1.0です。

 

できなかったこともあります。1.0の積み残し。

教育と研究、2点です。短期課題です。

教育は「多様性」。社会人や留学生などの確保が目標に達していません。

半分以上の学生が高校新卒以外でよい。

研究は「産学連携」。まだ本格化していません。

半分以上の収入が学費以外でよい。

 

課題をこなし、早くiU2.0に向かおう。

でも、1.0の間にガラリと風景が変わってしまいました。

予期せぬ環境変化が2点ありました。

DXAIです。

コロナで日本はデジタル敗戦を認識し、DXの針が10年ほど前倒しになりました。

DX推進はiUの使命なので、よいことなのですが、世間が気づいたため、他の大学も一気にデジタルに力を入れ、がぜん大学間競争が激しくなりました。

 

そしてAIの爆発です。

もはや従来の教師はAIが担えます。

デジタルとの掛け合わせで、従来型の教育は不要になります。

10年後に世界の大学の半分が淘汰されるという説がありますが、もっと早いかも。

特に少子化が進む日本はヤバい。

それでもこれから必要となる大学でなければ。

iU自身が「変化を楽しみ、自ら学び、革新を創造」せねば、淘汰されます。

 

iU2.0は、DXAIの時代に、世界で唯一の価値あるリアル+バーチャルの場を作ることです。

iU1.0で整えた、情報と経営でイノベーションを起こす教育と研究の基盤を維持しつつ、世界にない場を作り上げることが2.0の目標。

その目標年が2030年になります。

 

 

まず教育。

起業数/学生=起業率で世界一を目指します。失敗率も世界一。

学力ではなくコンピテンシーを重視します。コンピテンシートップ校。

年齢も国籍も、イケイケも陰キャも、多様なひとたちによる集まりで。

全授業AI利用はじめ、ロボット、メタバース、web3など技術は最速でまるごと実装。

 

参加型コミュニティにします。

クライアントたる学生が教育を設計する。「学生運動」部を作って大学当局とドンパチやる。

サークルや課外活動に単位を与えるなど、意義あることに打ち込めば卒業できるようにする。

例えばeスポーツコースは、eスポーツを学び、活動し、関連企業にインターンに行き、eスポーツで起業すれば卒業。

 

日本は飛び級が難しいけど、教授にはなれる。(iUには小学生の客員教授がいる!)

人生100年時代は、シニアが学び続ける時代。

日本はポップでおいしくて安全だから、世界からうんと来る。

みんな来て。

 

同時に、より高度な教育として、大学連携による国際的な博士号授与機構を作ります。

ただその前にiUとしては自ら大学院を作らず、海外の大学院をいくつも誘致し、大学院デパートを作る。いま米英仏の大学院と協議しています。

世界でもユニークなコミュニティを目指します。

 

そして研究。

iU2.0は研究を肉付けして太い柱にすることを主眼とします。

ソーシャル、クリエイティブ、フロンティアの3領域で、プロジェクトのデパートを作る。

プロジェクト専門の教授を多数アサインして、産学連携のフォーメーションを強化する。

2030年には、100本のプロジェクトが走り、その顔ぶれで世界に知られる存在になることが目標です。

 

いまiU/B Labでは、テクノロジーで身体を拡張する「超人スポーツ」、AIを用いた理研との共同研究「超校歌」などが走っています。

eスポーツ、web3、ニューロダイバーシティなどのプロジェクトも芽吹いています。

メディア、オタク、アート、地方創生などの領域にも力を入れます。

フード、ファッション、ヘルスなどにもウィングを広げたい。

 

一つのベンチマークは、MITメディアラボです。大学院+研究所だが、何より産学連携のプロジェクト群が世界に知られるゆえんです。

iUも産学連携プロジェクトでの教育+研究場となる。

だがアプローチは真逆。メディアラボのようなハイエンドでクローズドの機関ではなく、ユルくてオープンなコミュニティになりたい。

 

「おもしろい未来をみんなでつくるラボ」B Labのスピリッツを大切に育てます。

みんなが参加してつくるおもしろい場。

通常、大学が目指す「かしこい」「やくだつ」よりも、「おもしろい」を旨とします。

 

世界一おもしろい大学に、iUはなる。