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2025年4月28日月曜日

クールジャパン:鉄板焼

■クールジャパン:鉄板焼


NHKクールジャパン「鉄板焼」の巻。

 

鉄板焼きって、鉄板という器具で焼くというだけの料理法だから、肉や野菜だったり、お好み焼きや焼きそばなど粉もんだったり、とても多様。

高級ステーキハウスから街角のもんじゃ焼き屋さんとか祭りの屋台とか、幅も広い。

寿司や天ぷらのように客の目の前で調理されたり、客が自分で焼いたりする。そういうスタイルのレストランって日本独特なんじゃないかな。

 

「鉄板愛」

肉にしろ焼きそばにしろ、屋台にしろキャンプにしろ、鉄板焼きに共通するのは、目の前で焼いて、そのまま食べるということ。目で食べて、そのままアツアツでフーフー食べる。このダイナミックな、作ると食べるの一体化。

お好み焼きももんじゃ焼きも、こだわる人は、自分でヘラで焼いて、そのヘラでそのまま食べる。鉄板焼きへの愛情を感じる。

しかも、鉄板を育てる、という人もいる。鉄板愛ですね。

 

「広島お好み」

店によって鉄板の厚みやバーナーの位置などが細かく計算されているのだが、さらに、鉄板にわざと傷をつけるっていうこだわりは日本らしい。

一方、そこまでこだわる日本料理なのに、G7のいろんな鉄板焼きを作るっていう遊びごころもおもしろい。世界各国の料理を鉄板焼きで、目の前でどうぞ、ってできそう。

 

「パフォーマンス」

寿司、天ぷら などの店は、作り手と客がちょうどいい距離でカウンターをはさんで、作って、見せて、お話する、というコミュニケーションを軸にした設計になっている。

鉄板焼きが最初、海外でパフォーマンスのエンタメで人気を博したのは、コミュニケーションのとんがった部分が受けたのでは。そこから鉄板焼きのおいしさが認知されて広がってきたのだと思う。

作る、見せる、食べる、話す、というコミュニケーションが鉄板焼きの基本。

2025年4月21日月曜日

学長くんガチョーン. 湊三次郎さん

■学長くんガチョーン. 湊三次郎さん


京都の街を散歩して、梅湯のたたずまいに惹かれまして。調べてみたら面白い。んで凸撃。

静岡生まれの湊さんは大学で京都に来て銭湯サークルを立ち上げたひと。廃業寸前の梅湯を24歳で継いだという事業承継モデル。京都名物のサウナ銭湯、盛り上げてください。

 

◆京都の銭湯の魅力

京都の街には銭湯がたくさん残っていて、住んでいる方たちにとって生活の一部にしっかりなっている。京都は学生が多い。自分もその一人。田舎から来て京都の街に入る入口が銭湯だった。ローカルと人を繋ぐ場所。

 

◆サウナもある銭湯

京都市内はサウナ無料という銭湯が多い。梅湯は490円。物価統制令のため上げられない。

 

◆グッズ販売

企画するのが得意なスタッフがおり、つくってもらっている。商売として入浴料以外の収入の軸が欲しいので、オリジナルのグッズ販売をしている。

梅湯は良くも悪くも観光地化しているのでおみやげとして買っていく方も多い。

 

◆様々な地から

沖縄から北海道。海外からも来る。

 

◆銭湯の立て直し

一客として銭湯が好きだった。このまま放っておいたら、だれもなにもしないまま消えていく。だれもやらないなら自分がやろう、というのが銭湯を立て直すきっかけ。

コンサルしているところも入れると、東京・愛知・近畿など10件。

 

◆日本人に来てほしい

日本人に来てもらいたい。観光地していたら、あまり意味がない。地域の人が利用する場所であって欲しい。日本人でも銭湯に行ったことがない人が多い。まずは身近に住んでいる日本人に来てもらうことが最優先。

 

◆キミたちへのメッセージ

日本全国にたくさん銭湯はある。近所に見かけたことあるよって方は、少し勇気がいるかも知れないが、暖簾をくぐってみてほしい。

2025年4月14日月曜日

学長くんガチョーン. 中村元さん

■学長くんガチョーン. 中村元さん


世界でただ一人、水族館プロデューサー。実は日本が水族館大国であることはNHKクールジャパンで学びました。これを創作しつづけるゲンさん。道を拓いたかたです。

 

◆水族館プロデューサー

水族館の展示を良くして、お客さんを増やし、満足してもらう水族館をプロデュースする。

 

東京だとサンシャイン水族館。子ども向けの水族館だったのを大人向けにして、魅せ方を変え、お客さんが3倍になった。

 

もともとは三重県の鳥羽水族館。

魚にも海にも興味はない。嫌々ながらはいった、水族館の職業。周りはみんな魚オタク。その人達は魚と話していればいい。お客さんのことをなにも考えていない。

ここでお客さんのことを考えられるのは自分だけ、というのをうまくつかった。それまでは飼育だったが、展示をメインにした。

鳥羽水族館の中で自分の生きる道として見つけたが、日本中どこを探しても自分しかいなかった。

 

水族館に入り3年間は飼育係。絶対周りには敵わない。そんなときに燃える。その中で一番になるには、魚のことじゃない。違うことを見つけなければ。お客さんに目を向けた。

入社して4年めに、水族館・動物園のなかで初めて広報部門をつくった。ひとりでやった。パブリシティに出すことでお客さんがガンガンくる。

 

水族館も動物園と同じように子どもを呼べばいいと思われていたが、大人を呼ばないとだめなんだということに気がついた。

鳥羽水族館をリニューアルするときのプロデュースで、デートに使える水族館というのを売りにした。

デートスポットにしたことには意味がある。それまでは暗く、ベチャベチャしておりきれいな服で行けないので女性が少なかった。女性が行きたいとおもう水族館にしようとおもった。女性が行きたくないところにはカップルも家族も来ない。

女性のための水族館というと、いやらしいので、デートに使えるというと、なんとなくおしゃれな人達も来てくれるとおもってそういうキャッチにした。

 

きっと日本人はもともと水族館が好き。川や海の幸に育まれて生きている島国の人。川や海の生き物に興味がある。日本人は未だにアニミズムの世界観を持っているので、川・海・天候に人間も生かされているとおもっている。海に対し感謝の気持ちと恐れの気持ちがある。魚に対してもある。生き物に対する考え方が他の国と少し違う。

 

水族館には魚を見に来る人はほとんどいない。水中の光景を見に来る。

水中の光景を「水塊(すいかい)」と呼んでいる。水中の神秘さや恐ろしさを感じに来るのが水族館。日本人は魚を観察するより先に、海の中を実感しに来る。世界を見に来る。

 

年に4回「超水族館ナイト」というトークライブを開いている。もう50回くらい(2023年時点)やっている。最初の時から各地の水族館から若い人が学びたいと来ており、毎回20人くらい来る。皆貧乏なので、朝までご飯を食べさせている。その人達が門下生と名乗り始めた。そこにゲストも入れて、ゲストの深い話も。寺子屋みたいなもの。

 

◆学生時代

学校では結構つらいを多くした。賢いわけでもなく、足も遅く、自分の弱点に悩まされた。それがよかった。

幼稚園の時からめちゃくちゃモテたかった。その頃は足が速くないとモテない。

小学校1年生頃、運動会の時に親戚のおじちゃんが生卵を飲めば足が早くなると教えてくれた。それだ!と思って毎日飲んでいた。運動会の日に3つ飲んでお腹がだめになった。

逃げようとおもったが、みつかった。半分以上ゴールについているときに出たらとてもウケてモテた。足遅いのも面白いことにしてしまえばモテる。

サルでもなんでも目立てるやつがボスになる。

 

自分で自分の道を歩むということを幼稚園から大学までで教えてもらった。ゴールはモテること。

 

◆キミたちへのメッセージ

弱点は使える。長所で戦うのはライバルばかりだからだめ。長所で戦いたいときは、それが使えないところへ行ったらとても長所になる。靴を売りたければ、靴を履いていない地域に行ったらよく売れる。そういうところを探して、そこで長所を伸ばす。

長所と弱点はうまいこと使って。

2025年4月7日月曜日

学長くんガチョーン. 中山淳雄さん

■学長くんガチョーン. 中山淳雄さん


わが師匠。中山さんの本、「ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか」 「オタク経済圏創世記」「推しエコノミー」「エンタメビジネス全史」「クリエイターワンダーランド」、すべて勝手書評を書いてきました。コンテンツ産業のこと、ぜんぶ知ってる戦略家。しばらくこのかたの時代が続きます。

 

◆いま一番力を入れていること

3,4社ほど一つのキャラクターをどうやって中国へ持っていくか、アーティストをASEANに持って行ってどう育てるにはどうすればいいか、実企業と手づかみで色んな国に法人を作るなどのお手伝いに一番力を入れている。それが自分の本流。

事業自体を進めながら、2,3割俯瞰して形にしてみんなに伝えていくのはサイドジョブ。

 

◆推しエコノミー

2017頃から推しが強くなってきた。経済圏やビジネスにモチベートしていろんな企業がどう投資をしているのか、という観点からみてきた。

ブシロードでバンドリ!(BanG Dream!)を海外に持っていったり、新日本プロレスをアメリカに持っていく、カードゲームの世界大会をやっていたりしており、ユーザーとの接点が多かった。日本、アメリカ、アジアで起こっていることをうまく形にしたい中で「推しエコノミー」というのが今の現象を一番切り取りやすかった。


◆推しエコノミーは日本の特徴?

日本は均質性が高く、同質性の中で差別化をしているので共有材はとても大事。

みんなでまとまりを作るために、異色のなにかを持ち上げたり、共有したりする。日本は特別強い。

欧米ではみんなが動くというのはなく、それぞれが動く。あまり群にならない。

 

◆産業界における日本の政策の問題

日本の官僚動き方や政治家との距離のとり方は、戦後、敗戦国であるためアメリカからの産業と癒着するなという攻めもあり、そういう分岐点で分化して、そのままになってしまった。アメリカや中国の方が癒着してるよね、ということも多い。

ここ5,60年の話だとおもうが、かっちり分けてきたが故にソフト系のコンテンツの中では

産官学の連携が取りづらい。

ゴシップで官僚や政治家はだめだ!と退けた結果がこれ。脱戦後なので再構築し、抜けられるといい。

 

◆学生時代

東大の学部・院では上野千鶴子研究室がメモリアル。学問の楽しさを教えてもらった。それまではバックパッカー系の人間だったが、価値観はみんなでなんとなく決めてきたが、

転換をしてみたら、マイノリティはすごく弾かれていた。自身はマジョリティだったので、マイノリティから見るとこんなに違うんだなと気がついた。

 

大学の前半は25カ国くらい自転車で旅し、後半は社会学をがっつり勉強し、すごい論文を書いて、すごい読書をして、一端の研究者になろうとおもっていた思い出が強い。

 

◆勉強したことが活きている

大学で勉強したことが15年くらい働いてから活きている。ビジネスをしていく中で社会学的な考え方で分析してみよう、まとめてみよう、本を出してみよう、教えてみようというのがもともと自分の中で5-10%位だったが、いま主業みたいになっている。

勉強したことが長期的に役立っている。大学の恩恵をフルに受けている。

 

発言するためのパッケージを得られた。

世になにか出すのはものすごく怖かった。

大学の学部では歴史研究をしていた。ナチスドイツの記憶について、戦後の西ドイツではどうおもわれていたか。もぐりではいっていた上野千鶴子研究室で、それを論文にしたら面白いと言われて書いた。上野千鶴子さんは世に問うことをわりと持ち上げてくれる。

戦争責任研究という雑誌に載った。書いて出して物申していいんだという経験をした。

その後にものすごくインパクトを及ぼした。

 

◆キミたちへのメッセージ

なにか意見を出して世の中に問う。

本が名刺。本のおかげで色んな人に興味を持ってもらいコンタクトが来る。なにか自分なりの意見を持って、ちゃんと発言する、誰かの見える形にすることが思わぬ収穫になる。

出した後の波及効果は、大学時代は1-2、社会人になって10-20、ここ2,3年では1000くらいのイメージ。

それは大学時代にやったことがかなり効いてくる。バカにせず、勉強は大事であることを認識する。