■学長くんガチョーン. 中島信也さん
世界のShinya Nakajima。カップヌードル「Hungry?」のCMでカンヌ国際広告祭グランプリ。その他かずかずのレジェンドCMを作りながら、ひょんな流れで東北新社の社長に就かれた!のに一番ビックリしたのはご当人かもしれない。iU生にとってイノベーターの大モデル。
◆クリエイター×プロデューサー×経営
自身の経営もディレクションであったり、プロデュースであったりする。会社を1つのスタジオに見立てたときに、メンバーが持っているポテンシャルをどう引き出すか、スーパー経営はできないが、メンバーを盛り上げることができる。1つの経営における拠りどころ。いろんな才能の花を開かせることが仕事。
広告なので、ミッション・ゴールを与えられたときに、そこに向かってチームでどう進んでいくかで作品ができあがる。美大に行っていたので、画面・映像に対しての感覚は多少あるが、いわゆる映像作家がつくる広告と自身のようなディレクターがつくる広告は違う。みんなの力を活かすやり方。今まで数々の賞をいただいてきたのはそうしたエネルギーを集積できている結果。それは社長業と遠くはない。みんなが力を発揮できたらまだまだ大きな事ができる会社。
◆コマーシャルをつくる仕事
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科。ビジュアルコミュニケーションの基本は学ぶが変な学校。答えを与えない。自分で考えないといけない。課題を多く与えられるが、答えは自分で進む道を考える。映像は一切やってなかった。
広告は当時ブームだった。チームで広告の課題を勝手に出したりしていた。広告をおもしろがっていた。しかし、広告を志望してなかった。なにか違うのではないかとおもっていた。大きな意味でデザインを考えていて、世の中をおもしろくするためにデザインはあるのではないかとおもっており、広告というのはどうしても一企業のための先棒を担ぐもの。少しへそ曲がりな発想を持っている学生だった。
学校をもう少しおもしろくできないか、と芸術祭の実行委員長をやったりした。みんな協力してくれず孤独。いつも、これでいいのか、こうしたらおもしろいのではないかと考える癖がついた。学生時代に抱いた、一番の幸せはなんだ・みんなの幸せはなんだという”あおい気持ち”は代表取締役になった今でもどこかにある。根っこは変わっていない感覚がある。
◆社長
ゆくゆくはフリーランスになって、お金を稼いで、ベンツに乗ったり、と考えていた。
先輩たちがすごすぎて絶対に勝てないとおもった。今との大きな違いは目標となる人がいた。そこに向かっていった。しかし勝てない。作品も溜まってきたので、バブルも始まった。トップは無理なので、フリーランスとなり、稼ぎに出るか!とおもった。その時、創業者の植村伴次郎さんに呼ばれた。そこにデジタルの映像システムがあった。1986年イギリスから仕入れたシステム。当時、アメリカの映像がたくさん入ってきていた。ベストヒットU.S.A.。マイケル・ジャクソンのスリラーに代表されるようなミュージックビデオ。撮り方もわからない。これができるようになったら、先輩たちを抜けるかもしれないとおもっていた矢先にデジタルの技術を見せてもらい、これだ!と。その瞬間、新しいデジタルテクノロジーでやってやろう!とおもった。その結果、画期的な映像をつくることができた。
気がついたら代表取締役社長になっていた。
◆チャンス
デジタルに出会ったとき、これは先輩には絶対ムリだ!俺が絶対やったる!とおもった。いまの若手は中島さんこれ無理だろうな。というのをいっぱい持っている。それが俺を打ち負かす。新しいエンジニアリングが来ているので、そのチャンスは昔より今のほうがある。新技術はおっさんたちを追い出すためにある。
画面の中のイノベーションだけでなく、それをどういう風に伝えていくかのコミュニーケーションルートがネットにより画期的に変わった。データが自由に使えるようになり二次元じゃなくなり、三次元化している。自分も没入していける。面白い表現ができる。
◆学校
小学校、楽しかった。学校へ行って変なこと言うのが仕事。中学校、勉強ができた。高校、中学で調子に乗って勉強をしていたので、落ちこぼれた。毎日暗い気持ちで通っていた。大学がすごく大きい。友達の刺激が先生より得たものより大きい。同じ命題を学生に与えても、リアクションが全部違う。そのリアクションにショックを受けたし、モヤモヤした。ものを考えるときの一つのベースになった。
美大への予備校では絵を上手い人~下手な人を順位で並べる。残酷だけど、それをずっとやっていると自分の位置がわかる。落ち込む。イラストが上手い人がいたら、イラストの道を諦める。サバイバルを考える。なんらかで自分を表現しないといけない。
同級生と学校の課題を関係ないところで遊んでもおもしろくない。ある命題を与えられ、そのリアクションを出し合いながら触れていく。命題を学生に振りかける場として、学校は意味がある。複数人いるところに共通のテーマを投げかけ、そのリアクションがうごめく部分に値打ちがある。そのお互いのリアクションがよく見えたほうがいい。
いまは互いに違うことがいい。被った!という言葉がある。被るということはオリジナリティがないということ。自分なりの観点を発掘する。人と違うことを考える。
◆キミたちへのメッセージ
表すということが一番大事。表現をしてみる。考えていることを表してみる。海外に行って、日本と違うとおもうことは、海外の人は「こんにちは」「ありがとう」とても言う。自身も「ありがとう」と絶対言うようにしている。「こんにちは」「ありがとう」はグローバルに行く時にとても大切。黙っていると何も始まらない。
ボケるということは自由になる。どんどん自由に発表してほしい。
発表したいものが出来たとき、ものすごくいいプレゼンテーションができる。
★後記
ずっと仰ぎ見るクリエイティブ巨人であったが、東北新社という大企業のトップというマネジメント巨人でもある。クリエイティブの雨を降らせてほしいとiU超客員教授をお願いしていたが、マネジメントの風も吹かせてください。