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2019年10月28日月曜日

就活全敗、ありがとうございました。

■就活全敗、ありがとうございました。

日経新聞で柳川範之東大教授が、大学の卒業を待たずに就職し、10年の間に必要な学位を修得して卒業する仕組みを提案しています。
独学で大学を卒業して教授になったパンクな柳川さんらしい構想で、ぼくも膝をポンポンポンと打ちました。

柳川さんは言います。
大学生の時にもっと勉強しておけば良かったと後悔する声をよく聞くが、それは勉強する時期が適切ではなく、経済・法学などは社会経験のない若者にはリアリティーもない。実社会に出て初めてその学問の意義や重要性に気がつく。

だから、早く就職し、そこから必要に応じて学ぶ。

「単位修得は入学後10年間有効としておき、就職後も必要になったときに単位を履修できるようにしておく。企業も早く採用をする代わりにそのような学業の時間を認め、卒業を目指させることにする。」

実にいい。

ぼくはパンクロック三昧で授業というものに出席しませんでした。
それでも卒業できる(日本で唯一と言われていた)学部を選びました。

もちろん、罰は食らいます。
就活で受けた会社、全て落ちました。

日銀、都銀、証券、電電公社、KDD、広告などなど全部落ちました。
一次、というか、喫茶店で落ちたこと多数。
な~んも勉強してませんからね。
ただ一つ、日本開発銀行(現 政策投資銀行)は最終面接まで行き、落ちました。

この就活1か月ほどの間に、それまでの大学4年間で得たもの全てを上回ることを学びました。
濃密に。強烈に。
社会で活躍する大勢の大人たちに、優しく、厳しく接してもらい、自分の未熟さを突きつけられ、かく汗の量を求められ、頬を張られ、覚醒したかんじ。

こらあかんわ。

マジで進路を考えました。
表現、今でいうコンテンツ、そしてメディアに関わろう。
その大将は誰だ。
ルール作っているヤツだ。
どうやら郵政省というところだ。
そう思いたち、留年して公務員試験の勉強を始め、翌年なんとか補欠で郵政省に潜り込んだ次第です。

就活、全部落としてくださり、心から感謝しています。
ありがとうございました。

あの時、銀行なりどこなり通っていたら、素直に入社して、違う道に進んでいたでしょう。
その後、自分のやりたいことを見つけて、失敗したと落ち込んだことでしょう。

だけど、本当に勉強したのは、社会人になってから。
経済学部を出たものの、そんなの役に立ちません。
まず法律。
配属先の上司が、1週間後に公衆電気通信法の試験をするという。1週間で丸暗記。
次に、成立したばかりの電気通信事業法の試験をするという。1週間で丸暗記。

そして担わされたプロジェクトが自動翻訳電話の開発。
人工知能です。
学者集めて報告書を作る。
電子工学やら認知科学やら、最初何もわからんが、片っ端から読んで読んで聞いて聞いて勉強の連続です。

そして、そんなことがその後もずっと続く。

であれば、もっと早くから、社会の大人たちに触れ、自分に必要となることを知り、大学などの場で真剣に学んでいく。
その仕組のほうがライフ・ビジネススタイルにも合う。

この柳川プランはどうすれば実装できるでしょう。
4年の学費をもらいつつ、10年の猶予を渡し、その間に単位を取れば卒業証書を渡す。
それは日本の制度では難しいのかな?
ぼくが準備するiUで導入するなんて勝手なことはできないのかな?

だけどそろそろ、大学としてスキームを準備しなくてもよいのかもしれぬ。
MOOCs等で教授や研究室が単位を任意に認定してやり、ブロックチェーンで管理する。
この枠組みに賛同するトップ級のかたがたが委員会を組織し、卒業を認定してやる。
「超大学」です。
これならできるかも。
どうでしょう柳川さん?

2019年10月23日水曜日

追悼 東北新社 植村伴次郎さん

■追悼 東北新社 植村伴次郎さん


まもなく即位礼が始まる。
雨です。
なぜ、雨。
これを見越してパレードを延期されたのか。
赤坂御所の周辺は警備の部隊でものものしく張り詰めています。ずぶ濡れだ。
普段その界隈を居場所にするぼくは、ことさらに警戒の視線を浴びています。
おつとめご苦労さまです。

赤坂御所の向かいに東北新社の本社があります。
映画、テレビ、CMはじめ日本の映像産業を発展させた大企業。
創業者、偉人、植村伴次郎さん。
このところあまりお見かけしていませんでした。
その訃報が即位礼の少し前に飛び込んできました。
享年、90。この雨は、その雨だったか。

32年前、NHKBS放送を始めました。CS(通信衛星)でも映像が送れるようになりました。
全国のCATV局に映像をCSで送って家庭に届ける「スペースケーブルネット」。
当時ぼくは郵政省でこの担当でした。
それまでビデオを運送していた東北新社もCSにシステムを変えました。

ぼくは許認可権を持つ全国のCATV局より、それまで役所が付き合ってこなかった東京の映像コンテンツ会社の対応に力を入れました。
映像を送れるとはいえ、CSは通信なので送信先を特定しなければなりません。
CATV局宛てならいいけど、不特定の家庭がパラボラで直接受信するのは違法でした。

違法はダメよと監理するのがぼくの立場でした。
でもそれでは市場が限られます。
壁を壊そうぜ。
規制緩和を迫る業界代表の植村伴次郎さんとずいぶん話しました。飲んで、食いました。
とはいえぼくの父親世代の大立者、
「お前がダメだからダメなんだ。」
ぼくは叱られてばかりでした。

植村伴次郎さんはじめ映像企業、商社、銀行(当時まだ元気だった)、メーカーなど多くのかたがたが努力し、役所も政治も動かし、CSを使う放送の制度ができました。
映像会社が放送局になる。全国にコンテンツを発信できる。数十社が参入できる。
超特大の規制緩和でした。

戦後、NHKと日テレがテレビ局を開局、1957年に30歳台で郵政大臣となった田中角栄さんが全国の新聞社系列に民放免許を出しテレビ産業を確立しました。
ぼくはこれが日本の第一映像政策と位置づけます。
以来30年ぶりの、第二映像政策がCS放送の解禁。

誰もがテレビ局になれる。それがその10年後のブロードバンド時代につながった。
今のスカパー!に連なる映像チャンネル群は無論、YouTuberにしろAbemaTVにしろ、今の日本の映像文化はこの制度改正が礎になっていると考えます。
その土台づくりに突き進んだのが植村伴次郎さん。

当時、CNNの放送解禁の立場から同じく運動なさった小林樹さんも先に鬼籍に入っておられます。
昭和はすっかり遠く、令和の即位礼です。

「ニューメディアの立役者、小林樹さん」

ぼくがコンテンツ政策屋になり、規制緩和屋になったのは、この政策がきっかけです。
当時から植村さんのスピリットを手本にしてきました。
スペースシャワーや吉本興業の社外取締役を務めることになったのも、このころからのおつきあいがあってのこと。

90年代に入り役所からパリに派遣されてスパイをしていたころ、カンヌの映像祭にこっそり参加しました。
ぼくは生まれたばかりの次男を抱っこひもで抱え、ネグレスコホテルのトイレで用を足していたら、隣に連れションで立ったひとが「こっちはどうだい」と日本語で聞く。
ギョッとして見たら植村さんでした。

業界も政官も一目置くというか、畏怖する植村さんは、そういうお茶目も持ち合わせますが、ぼくがパリから大臣官房に戻ってから、部屋にやってきて、職員リストを片手に「○☓をつけろ」と詰め寄る。
話す値打ちのある局長・課長は誰で、ダメなのは誰か印せって言うんですよ。
恐ろしいなぁ。勘弁してください。

でも一回応じたところ、一年後「お前の評価は当たってた」。
それから毎年、人事異動後に来られましてね。同じことさせられてました。
今ならぼくは、機密の漏洩ということで、野党から責められることでありましょう。

今ぼくのオフィスは本社の真裏にあります。
東北新社のかたがたとは、役員から新人まで、遊んでもらっています。
ご子息の植村徹社長にはiUの超客員教授をお願いしています。
ご遺志を次の世代に渡していこうと存じます。
ここまで書き上げ、即位礼が始まるという時、陽がさし、虹。
合掌。

2019年10月21日月曜日

AIと憲法、差し迫った課題。

■AIと憲法、差し迫った課題。

山本龍彦さん編集「AIと憲法」。
10名余による多角的な論文集です。
AIの発達・普及、データ駆動社会の到来で、憲法学者やその近傍の論者が元気で忙しくしています。
AIが社会経済の根幹に深く作用することが明らかになったということでしょう。
かつ、かつての予測より急激にそうなるということでしょう。

企業の人事採用、金融の与信、犯罪の予測にAIプロファイリングが使われ、排除・差別される。
個人の尊重や平等に関わります。
プライバシーの保護、経済活動の自由、通信の秘密の保障に関わることがらです。
ユーザ情報が選挙に利用される。民主主義や国民主権に関わる事態です。

AIの提示する事態は、憲法という単体の法にとどまらず、その理念を体現するさまざまな法律に作用します。
メディア関連では、個人情報保護法、官民データ基本法、電気通信事業法、著作権法、独占禁止法など。
んで、これら法律は毎年のように見直し論が立ち上ります。

本書のカバー範囲はより広い。
プライバシー、行動ターゲティング広告、経済秩序・競争環境、人格、教育制度、民主主義、選挙制度、司法。
AIの進化に伴い、課題は拡散しているようです。

世間を騒がせた海賊版問題も憲法問題でした。
電気通信事業法=通信の秘密vs著作権法=財産権の保護という、憲法が保障する権利の対立。
そしてそれは、日本が米欧と異なり、通信の秘密にいろいろ重荷を乗せている特殊性も手伝った問題です。
そしてまだ揺れているテーマです。

憲法からみた場合、AIは軍事問題より大きく、差し迫った課題、危機に見えます。
AIの無防備な推進論への警鐘でもあります。
軍事的側面からの憲法改正は、実体的な必要性をぼくは感じていないのですが、AIに関しては実体があると考えます。

AI社会を空想する時期は過ぎたと考えます。
これまでの数十年、空想のモラトリアムを与えられてきました。
AI進化の停滞もあって、空想で許されてきた。
その技術が実装とあいなって、バタつくのはおかしい。
深呼吸して、制度も実装しましょう。

法学者と科学者とがタコ壺では解けません。
25年ほど前、ネット黎明期、法学、経済学、SF作家・アーティスト、政治家、若いユーザを混ぜた議論の場を(官僚だったぼくは)盛んに設定しました。表舞台に、ウラ街道に、構築する汗を流しました。
もう一回、それが必要です。国際的に。

本書の編集、山本龍彦慶應義塾大学教授にはお目にかかったことはありませんが、気鋭のみなさんの活躍は頼もしい。

東大の憲法、宍戸常寿教授。
京大の憲法、曽我部真裕教授。
理研AIPセンター長の杉山将東大教授。
UEIの清水亮社長。
みな40代中盤。
その世代に任せます。
ぼくはその世代を邪魔する連中をはねつける担当です。

2019年10月14日月曜日

2020に向けた全国応援村、スタート。

■2020に向けた全国応援村、スタート。

全国応援村実行委員会 第一回を開催しました。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて地域で応援できるプラットフォームを全国に整備するプロジェクトです。
実行委員長を仰せつかりました。
場所は鳥羽国際ホテル。
小学校の修学旅行以来の鳥羽入りです。

委員の顔ぶれは、
国定勇人 三条市長、首長連合会長
鈴木英敬 三重県知事
尾崎正直 高知県知事
長谷部健 渋谷区長
熊谷俊人 千葉市長
高島宗一郎 福岡市長
など。
特別顧問に 放送作家の小山薫堂、浅見泰司 東大教授がご就任。

いよいよオリパラですが、実際の競技場で観戦・応援するチャンスは身近なものではありません。
ぼくも五輪チケットは全部ハズレ。
ほとんどの人はテレビやネットで観戦するしかない。
(テレビ会議参加の高島 福岡市長はさすが元アナウンサー、画面の使い方がプロフェッショナルでした!)

ぼくは4K8Kの映像配信によるパブリックビューイングを全国整備する「映像配信高度化機構」の理事長も務めていて、100ヶ所の会場を用意する計画ですが、みんなで参加して応援する場をもっともっと増強したい。

そこで、全国各地に、家を飛び出してオモテでみんなが一体感をもって応援する場、地域コミュニティの活性化拠点を作る。
映像で盛り上がるだけでなく、飲食、物販、スポーツ体験、VR視聴などのエンタメ、アトラクションを住民や観光客に提供する仕組みを作る。
これが応援村のコンセプト。

賛同する地方自治体が主催して、こういうテントを全国2000箇所に設置、来年には2000万人の来場者を目指す方針です。
大規模な施設も想定しますが、福祉施設や寺社、廃校や体育館などの公共スペースも利用して、全国津々浦々で気軽に参加し応援できる環境を整えます。

オリパラ後は、レガシーとして、スポーツ大会にとどまらず、地域の賑わいや災害時のよりどころに活用することを考えています。
購入したテントが防災テントになるなど、応援村そのものを自治体のレガシーにしていく予定です。

次回は高知にて開催。
その次は別府の予定。
あちらこちらをお邪魔して、応援村の整備をお願い致します。
自治体のみなさま、どうぞよろしく。


「東京2020を地方から盛り上げる「応援村」 実行委員会の初会合が三重県で開催」

「東京オリンピック・パラリンピックの「応援村」で初会議 三重・鳥羽市」

「東京五輪、全国2千カ所に応援村 2千万人の参加めざす」


2019年10月7日月曜日

3回目のライオンキング

■3回目のライオンキング


「ライオン・キング」、3回目です。
94年のアニメ映画、2000年にニューヨークのブロードウェイで観た舞台、そして今回の超実写映画。
筋書きはアニメをなぞる血統主義の勧善懲悪で、ぼくの趣味ではありません。
音楽もThe Lion Sleeps Tonight(61年 The Tokens)を除き、ぼくの趣味ではありません。

なので、筋でも音でもなく、
ただただ、映像を眺めました。
ただただ、技術を観ました。
恐ろしい映像でした。
フルCGが、現実を超えるリアルさを伴う。
恐怖映画でした。
ぼくにとって3世代目の恐怖映画です。

第1世代は20年前、カメラを使わずコンピュータだけで映画が作られるようになったこと。
そう、「トイ・ストーリー」です。
1997年6月のマックパワーに記録しました。
「「トイ・ストーリー」は恐怖映画である」

「「トイ・ストーリー」は、映画誕生101年目の奇跡だった。カメラからコンピュータへのシステム変更だ。しかも表現はハリウッド的な感性でみれば完璧。わざと残したCGっぽさの具合もほどよい。
これは、産業のシステムや技術だけでなく、表現技法も、映像文法も、ストーリー展開も、アメリカが次世紀の審判となるぞというソフトな宣言なのだ。恐怖映画である。」

こう書きました。

テクノロジーがカメラや照明といった人の所作をひっくり返した、と思いました。
日本はデジタルで敗けた。
完敗。
直美「萌の朱雀」(1997年)、宮崎駿「千と千尋の神隠し」(2001年)、このアナログで生きるしかない、と思いました。

第2世代は10年前、「クリスマスキャロル」、「AVATAR」、「Toy Story 3」。
3本立て続けに感じた恐怖です。
CGがリアル3Dに進化し、映像表現の制約がなくなってしまった、負けっぱなし。

「クリスマスキャロルも恐怖映画だった」
実写以上にリアルな表現であること、表現の制約がなくなったこと。
恐ろしや。

「AVATARなる体験」
3D・CGによるVR体験。作品は批判しつつ、技術に戦慄です。

「Toy Story 3も恐怖映画だった」
ストーリーは定番だけど、3D臭さのない3Dの怖さ。

そして今回。
ジョン・ファヴロー監督は既に2016年、これもディズニーのリメイク「ジャングル・ブック」で3D・CGが現実、実写を超える技術を見せていました。

当時ぼくはツイートしています。
「子どものころに見たアニメ版には強い印象があったが、実写を超えるCG版を見ることになるとは、50年生きたかいがあった。にしても少し前まで、どうやって作ってる・撮ってるかが気になっていたが、もう何を見ても「作れるんだ」としか思わない。」

俳優も要らず、ロケも要らず、カーチェイスや爆破も自在、全バーチャルがリアルを超えるリアリティーで作り出される。
AIも組み込まれ自動に生成されていく。
バーチャルの3D・CGが映像を制圧する。
それがデフォルトになる。

ただ、それは第2世代の恐怖。
第3世代の恐怖は、それをもう一度、アナログ+リアルに引き戻したことです。
今回、舞台の風景や動物たちの動きをデータ化し、VR装置を着けたスタッフが実際にカメラを操作し、人の手によるアナログな手法で撮影したそうです。

アフリカで現地調査と写真撮影をしてCGで再現、それをVRに落とし込んだ。
フルCGではあるが、VR内で現実のセットにいるような感覚で映画製作を行った。
撮影クルーが実写映画と同じ感覚でVR空間内を動きカメラの構図などを決定する。
PC上の操作から、再び手足を動かす運動へと回帰したというのです。

ビットとアトムの結合。
バーチャル空間のビットがIoTでリアルなアトム(物理)に引き寄せられる。
コマースではもう馴染んだ光景ですが、映像制作でもその手触り感が求められるようになったんですね。

デジタル、バーチャル、3D・CGを制圧して、アナログ、リアルに新地平を拓く。
日本がアナログ、リアル、2Dでの勝負にこだわる間に、一周回ってそう来たのか。
なんともはや。

気を取り直して、楽しい面も見てみよう。
オッと思ったシーン。
シンバの毛が風に飛ばされ、鳥がくわえ、キリンが食べ、ふんころがしが転がし、アリが運び、マントヒヒがそれと気づく、絵だけで見せる連鎖。
さすがディズニーの描写力。

そして、吹替版、ティモンの声をミキの亜生にやらせたプロデューサーの耳。
あの役が亜生にハマる、と見抜けるプロが日本にもいるってことですな。
まあそれでよしとしましょう。