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2021年7月26日月曜日

コンテンツ+メディアを横断する総合政策を

コンテンツ+メディアを横断する総合政策を

今シーズン最後の知財本部・コンテンツ小委員会が開催されました。

前回の会議でぼくは、著作権法という枠の中で部分解を求めても最適解には届かない、と発言しまして、そりゃ一体なんのことじゃ的な匂いをまいてしまいました。

5分与えるから述べよ、と宿題があり、座長ながら一委員として以下のようにコメントしました。


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まずコンテンツ政策。

90年代に始まり、文化庁、経産省、総務省がバラバラに対応していたが、2003年に知財本部が設置されて横串が刺された。

海外展開とネット対応に力が入れられてきた。

海外展開では成果が現れ、この5年間をみてもアニメ、映画、放送など各ジャンルで海外売上が増大している。







一方、ネット展開は分野により差が大きい。

ようやく効果が現れ始めた状況。

マンガは海賊版、アニメはネットフリックスなど海外の配信、ゲームはグーグルなどによるクラウド化、音楽はスポティファイなどプラットフォームへの対応という具合に、海外のプレイヤーが脅威となっている。






マンガは海賊版対策、テレビは通信との融合、ゲームはeスポーツなど新領域の開拓、音楽は著作権処理ルールなど、対策はジャンルで違いがある。

ジャンル横断で他分野と連携する対策がより重要。

クールジャパン戦略で議論されているように、食、ファッション、観光など他産業との連携策が重要となる。







次にメディア政策。

コンテンツの流通ハードとしてのメディアやITとの連携はより重要で、その政策も合わせて見ておく必要がある。

日本のコンテンツはテレビが大きな役割を果たしてきたが、通信/ネットの発展で構造が変わった。通信・放送政策は総務省が中心に担ってきた。





知財本部が設置された2003年に地デジが始まり、2006年には小泉政権下での竹中懇談会で通信・放送法体系の見直しが答申され、大幅な規制緩和がなされた。

それから15年かかり、ようやくNHKがネット同時配信を実施、著作権法の改正案も国会に提出され、通信・放送融合の大きな宿題がこなされた。


しかし気がつけば、メディアの新機軸はネットが担い、NTTの年間利益だけでキー局全部を買収できるほどの体力差がついた。米事業者がデータとAIによるビジネスで攻勢をかけている。

コロナでテレビ局の広告がしぼむ一方、ネット広告がテレビを抜き、映像配信は巣ごもり特需に沸くという対比を見せる。


かつてコンテンツとメディア、ソフトとハードは一体だった。機器メーカが音楽レコードを作ったりしていたが、最近は録音録画補償金や海賊版対策でもハードとソフトの業界が対立する場面が多く、両者の融合が課題になっている。


コンテンツとメディアには、コロナとテクノロジーの2つの大波が押し寄せている。

コロナはライブ・エンタメをストップさせ、業界が大打撃を受けている一方、映像配信やeスポーツなどが巣ごもり特需で急成長している。

コロナ後には業界構造が変わるが、それを総合的にとらえた戦略は見受けない。


テクノロジーはAIやデータによるコンテンツとメディアの刷新が進む。5Gによる変化も大きい。

しかしこれを総合的にとらえた戦略も乏しい。

広告の大半がデータとAIによるターゲティング広告となり、ゲームはクラウドでゲーム機が不要となり、放送も5Gで送れる、という変化をどうとらえるのか。


そしてこれら変革を進める主役がアメリカのIT企業やプラットフォーマーで、中国も有力なプレイヤーとなる。

放送の外資規制を強化する議論が起きているが、外資を排除して戦略を描くのか、外資を導入する戦略を描くのか、そのあたりも論点。






ということで、私の問題提起。

ジャンル別の検討、著作権など個別政策だけでは、もはや最適解が得られないのではないか。

コンテンツ+メディアを横断する展望がいま必要ではないか。

知財政策とIT政策の融合、文化産業政策の立案が必要ではないか。

ということ。

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以上、5分。

いつも申し上げていることで新味はないけれど、放送法と著作権法の大きな融合宿題をこなしたいま改めて、総合政策を強調したものです。

省庁再編や技術導入推進策など、いくつか具体的な腹案もありつつ、そこまでは触れず、総論を申し上げました。

2021年7月22日木曜日

新版 超ヒマ社会をつくる9 おわりに

 ■新版 超ヒマ社会をつくる9 おわりに


 近著「新版 超ヒマ社会をつくる アフターコロナはネコの時代」。その一部を、しみ出します。

 「おわりに」。

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 ネコ2匹と暮らしています。

 金さんと銀さん。金色は男。銀色は女です。アンバーくんとシルバーちゃんといいます。

 ボストンに住んでいたころ、子供たちの間で大人気だったぬいぐるみ・ビニーベイビーズのアンバーとシルバーを幼い息子たちに買い与えたところたいへん可愛がっておりまして、彼らが独立後こんどは実のネコを自分が可愛がることになりました。

 コロナの在宅勤務は巣ごもりを強いるものではありません。いつどこにいてもいい自由を与えるものです。どこにでも住める時代となりました。高度移動社会。アクティブなノマド社会です。

 そうなったらなったで、おうちの陽だまりを見つめ直して、ネコと差し向かっている。あまのじゃくが活躍しています。でも、コロナ前からおうちで悠然と根を張っていた彼らが、おうちでは主です。ぼくは従。彼らの時代の始まりです。


 おはよう。ぼくが起床すると、のっそりついてくる。じゃれるでもなく、鳴きもしない。興味ありげに5cmまで近づいてくることもあれば、5mほど遠巻きに見ていることもある。

 パソコンを打っていると、わざとキーボードの上をゆっくり横切っていく。

 「「:。お、7っっctxrぜwq 

 といった文字が打ち込まれる。コラコラと言ってもどかない。だからといってあっちにいる彼らをおーいと親しげに呼んでもプイと、もっとあっちを向いている。

 ぼくを尊敬するでもなく、軽蔑するでもなく。酔っ払ってアンバーをいじると必ずガブリと噛む。吾輩は猫であると主張する。晩いつも酔ってるぼくの腕は傷だらけである。

 シルバーは抱っこしようとすると飛んで逃げる。だけどこちらがぼうっとしていると、棒やら玉やらで遊べと求めてくる。腹が減るとやおら眼前に顔を寄せてニャと一声うなる。

 ベッドの下なのか浴室なのか、姿が見えず、呼んでも来ないが、家族とアンバー&シルバーの話をヒソヒソしていると、聞いとるで~とばかり必ず悠然と現れる。

 かわいい。だけどベランダに小鳥が訪れれば、脱兎と化して近づき、目を見開いてカカカカカと口を鳴らす。バッタやアリを見かけると襲いかかる。野生なのです。二面性がいい。


 きみたちは家族であると同時に、目を水平に見つめられる友人でもある。そこで、友人と話すようなことを語りかける。どう思う?ことし阪神は大丈夫か。TOKIOは解散か。日本人横綱はもうムリか。レバニラ炒めとニラレバ炒めはどっちが正当か。どう思う?
 わかっている。じっと目を見開いて聞いていることもあれば、不機嫌そうに寝ていることもある。お前の話はつまらんとばかり途中でプイと立ち去る。わかっている。

 コミュニケーションの妙手です。気を持たせて、寄ると引く。こちらが引けば、存在を示す。喜ばせたり、怒らせたり。その絶妙の間合いは、ためになります。そのコミュニケーション力、ぼくもコロナ後に活かしたい。教えてください。


 おうちでゴロゴロとノドを鳴らしていたら、呆然とする事態が発生しました。

かつて過ごした役所、そしてぼくが担当として作った総務省の大揺れです。業者との会食が国会やメディアを騒がせました。辞職したトップ2名は同期の盟友で、連なる後輩も全員懇意にしています。

 ぼくの役人生活は、メディア政策の対象を広げた時期に当たります。電電公社とKDDという独占企業、そしてNHKと民放というごく狭いムラの、小さな行政でした。自由化、規制緩和は、ITやコンテンツの新規参入を増やす運動でした。

 役所の客を増やす営業がぼくの仕事でした。走り回りました。官と民がつながる文化をつくる、という点で、今回の案件に対し、ぼくも無縁ではなく、責任の一端があります。


 どう思う?先輩はがんばった。がんばりすぎたのかな?NTTや通産省や大蔵省とドンパチやって、橋本行革で解体された。ぼくは責任をとって辞め、総務省ができました。

 どう思う?同期・後輩もがんばった。ぼくが辞めたあと評判はよくなり、いいデジタルインフラができました。がんばりすぎたのかな?解体され再編された役所は、デジタル敗戦と同時に、再び叱られている。

 どうしよう?アンバー、シルバー、一緒に考えてくれ。

 

 ネコのようなひとになれれば、ストレスは減るでしょう。おまんまと寝床さえあれば、スキな時に寝て起きて、周りの顔色を伺わず、気ままに近づいたり遠ざかったり。いいね。AIとロボットの超ヒマ社会では、ネコのように生きる、がモデルになる。

 アンバー、シルバー、どう思う?

2021年7月20日火曜日

五輪のレガシー

■五輪のレガシー


無観客なれど開催が決まった東京オリパラについて、その意義とレガシーを問うと某新聞社からインタビューを受けました。

ぼくは内閣官房のオリパラ参与を務めたこともあり、オリパラ肯定はブレませんが、コロナで状況が変わってもいるので、改めて答えました。


前回の五輪が戦後復興からの「開発・成長」を示すものだったのに対し、今回は震災復興からの高齢化や環境との共生という「成熟」を示すものとして誘致されました。

全世界にテレビ中継された前回の五輪から、ネット時代を経て、AISociety5.0を示す五輪でもありました。


それがコロナをかぶり、復興の位置づけも、成熟の意味合いも、デジタルの重要性も一変し、五輪を開催する重要性が以前よりも格段に高まったと考えます。

開催しないという判断は、それを負う気概をなくし、日本の終焉を世界に宣言することだという怖れさえ抱きました。


開催、何よりです。




もちろん、日本のコロナ状況が開催を妨げないという前提で考えています。

死者数は少なく、超過死亡率はG7で日本だけマイナス。医療も崩壊していません。

ロックアウトもせず、自粛を「要請」するだけで、暴動も起きない。

興行もスポーツも管理されて開かれ、クラスター問題は聞きません。

できます。


成熟を示す五輪、SDGs五輪たることが期待されていながら、結局80年代からの商業イベント色を引き継ぐ設計が進められてきました。

しかしコロナで商売の目論見は外れました。

これにより、アスリート中心の、スポーツに純化した大会となります。


それは今大会が過去の路線に区切りをつけ、元の近代五輪に立ち返る機会となり得る。

IOCの求めとは異なるかもしれませんが、五輪を五輪に戻す、それこそが第一のレガシーではないでしょうか。



コロナからの復興が第二のレガシーでしょう。

前回は大戦という文明、今回は疫病という自然。

いずれも人類が数千年間もがく問題であり、2回とも世界規模で苦しんだ問題。

前回は敗者として復興を示した。今回もまだ勝ちを収めたわけではないが、光は差している。

いま世界共通で分かち合える光の体験は貴重です。


日本はメッセージを発し得る、史上初の好位置につけています。

米欧中露どの大国も、コロナがなくとも政治は揺れています。大国間の対立も高まっています。

そんな中、日本はほぼ唯一、政治が安定し、騒乱なく平穏で、どの国ともけんか腰にならず対話ができます。

地球のへそとなる、歴史的チャンスです。


「コロナを乗り越えた象徴」などと政府首脳が言うような威勢のよい状況ではありません。

けれど、対策を取りつつ開催できれば、日常を取り戻す喜びを世界と共有することができましょう。

その機会を放棄するダメージを負わず、安堵します。 



第3のレガシーがデータです。

テレビ幕開けの前回東京大会から半世紀、全競技ネット配信は2012ロンドンが実現、そして2020東京はAIIoTVRAR4K8K5G、ロボット・ドローンの総合ショウケース。豊かな観戦となる。

メディア史的にはそう位置づけられるはずでした。


しかし無観客大会となり、伝える映像も想定と異なるものになります。

整備されたスマートスタジアムなど、現場で使われる技術の出番も少なくなるかも。

他方、コロナで世界中が巣ごもりし、デジタルが一気に前進しました。

みんながつながって参加・応援することに、技術はより使われるかもしれません。


いっそ観客席ぜんぶにディスプレイやロボットを敷き詰めて、世界中の人々がアクセスして顔出しして大声援を送る。

そんなこともできますよね、スポンサーが元気なら!

新しい観戦法を生むチャンスたり得ます。


現場でリアルに観る。

超巨大パブリックビューイングで没入して楽しむ。

その機会が奪われるなら、レガシーとして、データを重視したい。

選手の競技データを、オープンに使えるようにしてほしい。

これは要望です。


映像・データがあれば、五輪を再現できます。

100m走金メダリストの走りを3D8KARで映し、自校の運動場で競争できます。

棒高跳び金メダリストのジャンプ姿をビル壁に投影し、目の前を跳んでもらえます。

世界のどこでも、ずっと再現できます。



批判も強い中、しかも無観客という苦渋を伴い、開催を決めたのは英断です。

後世に讃えられるレガシーを期待します。

逆に、データや権限が不明確なまま地方開催さえ無観客とされた「空気圧」をレガシーとせぬよう願う次第です。




追記:

五輪開催の賛否でこの国の分断を感じました。

おおごとにならず、これも安堵です。

ただこの分断は深い。

積極と慎重、この機に分かれた姿勢や気分は繰り返されそう。

思想や信条や組織を超え、この差が人の立ち位置を定める気がします。

そしてぼくは残りの人生、積極のひとと仕事をしていくんだろうなぁ。

2021年7月19日月曜日

コンテンツ政策の新展開、しばし目が離せません

コンテンツ政策の新展開、しばし目が離せません



コンテンツ・著作権に関する政府の会合が立て続けです。

知財本部デジタル著作権タスクフォースが中間とりまとめを行い、それを受け文化庁でDX時代の著作権勉強会、知財本部でコンテンツ小委員会が開かれました。

通信・放送融合の著作権法改正が国会で審議されるタイミングで、その次なるデジタル戦略論です。


ぼくは知財タスクフォースの報告をしました。--

政府内の調整が決着せず中間報告ということでひとまず幕引きとなった。

権利処理に関し、拡大集中許諾や補償金付き権利制限などの選択肢、具体論を巡り調整が難航したため。

ただそれは、委員が自由な議論を許してもらった結果でもあり、議論には意義があった。


ここ数年の著作権行政は大きな成果を上げている。

2018年の柔軟な権利制限、オンライン教育。2020年の海賊版対策。現在上程中の放送ネット配信。

デジタル化への大きな宿題をだいたい果たしたのではないか。その仕事を評価すべき。

今回のタスクフォースは、ではその次の課題は何か、を放談するもの。





タスクフォース報告の前半は環境変化について。

デジタル化でコンテンツの流通・消費・創作環境が激変し、プラットフォームが市場を支配する。

さらに、コンテンツがデータ発生源で中間財になる、コンテンツが経済バリューの中心になる。

コンテンツだけをとらえた政策は誤る、という認識を示した。





後半の対策は、拡大集中許諾など一元的権利処理が最も議論となり、政府内調整も大変だった。

それ以上にその他の項目が大切。

UGCのガイドライン、権利データベース、制作の取引適正化、そしてソフトロー重視といった法律以外の手法による問題解決が著作権政策として、より重要になっている。







さらに今回、議論を通じて感じたのは、もはや大きな環境変化の中では、著作権法という枠の中で部分解を求めても最適解には届かない、という点。

IT政策や通信・放送政策を含む、ソフトもハードも含む、より大きなメディア政策、情報政策の枠組みで考える時期に改めて来ているということ。

(以上、報告。)






コンテンツ小委の議論を紹介しておきます。

ホリプロ堀さんが、日本は韓国にも敗れた状況なのにコロナの中エンタメが不要不急扱いされている、という危機意識を表明。

テレビ東京太田さんも、配信などメディアが多様化する中、権利処理が複雑で利益も得られない危機感をあらわにしました。



そして海賊版に関し、大きな危機感が共有されました。

著作権法改正とキャンペーンでダウンロード型は減少したものの、コロナの1年で被害が増大。

タダ読みされた金額はかつての漫画村に並び、史上最悪を更新する。

今はみなベトナム系で、対応しても閉鎖に至らない。

という報告がありました。



政府は、著作権法改正に加え、国際連携・執行の強化、アクセス警告方式の検討、発信者情報開示制度の法制度整備など厚い手を打っています。

民間も出版業界が社団法人ABJを設立し対策に力を入れています。

それでも状況が悪化するのは由々しき事態です。






そこで改めてブロッキングの議論が起こりました。

林委員は、ブロッキングは海外でほぼ採用されており、欧州も英、西、伊に加え独が制度を開始する点が重要と指摘。

川上委員も、政府は現状を重大と認識しているのか、ブロッキング以外の手段で抑止できると考えているのか、その認識を正しました。






ブロッキングの政府決定がちょうど2年前。それから激論を経て総合対策ができ、着実に手を打ってきた。けれどコロナ巣ごもり需要もあり、新たな事態です。

ブロッキングは「他の取組の効果や被害状況等を見ながら検討」とされ、再検討の可能性も残ります。


これらを踏まえ、先般、知財計画2021が正式決定。次の政策実行に向かいます。

コンテンツ政策の新展開、しばし目が離せません。

2021年7月15日木曜日

新版 超ヒマ社会をつくる8 超ヒマつぶし戦略

 ■新版 超ヒマ社会をつくる8 超ヒマつぶし戦略


 近著「新版 超ヒマ社会をつくる アフターコロナはネコの時代」。その一部を、しみ出します。

 第4章「超ヒマつぶし戦略」から。

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もう学校はいらない


 ここで試験問題を出します。

 え、聞いてない?いやだってコレぼくの授業だから。ボーっと生きてるとチコちゃんが叱るぞ。

 問題:超ヒマつぶし戦略を考えよ。


 ヒントだけ出しておこう。


 コロナは去る。あるいは同居を許される。ハイブリッドでニューノーマルな日々に落ち着く。コロナ前とは違う景色の世間となる。生き残る人類は進化しているはずだ。ぼくたちは、予期せぬことが地上を覆うことのあることを知った。どんなに強い権力も、どんなに高い知識も、どんなに広い心でも、たちどころに解決したり救ったりできないことがあることを知った。そして、こんなことはまた起こり得るということを悟った。そのうえで、生きる。

 これから生き抜けるのは、変化を楽しめる人。何が起きるかわからない。同時に進むAIとロボットのテック革命で、変化し続けることが社会経済にビルトインされてもいる。せっかく蓄積し、用意したことが、一気に崩れてしまうような前からくる波に、そういうことあるよね!とライドオンする人だけがサバイブする。

 これから生き抜けるのは、学び続ける人。思ってもいなかった事態に直面する。全く解けない問題が発生する。これまで学んだ、知った、わかったことが、根こそぎ否定される。そういうことあるよね!と探求する人だけがサバイブする。

 能力じゃない。覚悟の問題だ。


 自由になるよね。通勤・通学はだいぶしなくてよくなる。いやいや集まっていたのも、だいぶしなくてよくなる。きゅうくつな都会に住んでいたのも、だいぶしなくてよくなる。人生設計もラクになる。一つの会社にしばられなくてよくなる。いくつものわらじをはいていい。

 ぼくは役所を出てから20年、だいぶノマドだった。初代VAIOと名機PowerBook2400cを持って渡米して以来、ノートパソコン+ネットで生きている。カナダの山奥、アルゼンチンの場末、モロッコの雑踏、地中海の船上、ネパールの山頂。どこにいても、ネットと電源を必死のパッチで確保して、東京にいるたたずまいでしのいできた。

 コロナで変わったのは、周りもみんなそうなったということだけだ。今もMacBookでこれを京都・相国寺の境内で書きつつ、iPhoneiPadでそれぞれ別の東京の会議につないでいる。会議にいるみんなもおんなじかんじ。

 

 ぼくはデジタルのテックと関わってきた。通信自由化、CATVと衛星の立ち上げを担当した。政府AIプロジェクトを推進して、研究所を作った。インターネット政策を日本で最初に担当した。MITIoTやロボットの開発に携わった。帰国してサイネージや4K8Kやオープンデータの旗を振った。

 ポップとも関わってきた。もともと音楽志望だったのでずっとJ-POP業界にいる。マンガやアニメの人材育成と海外展開を進める。ゲーム機やスマホゲームの開発、eスポーツの産業化を手伝う。お笑いを教材にする。

 超ヒマ社会が来る。次はテックとポップを融合して、みんなが自由になる場を作ることがミッションだ。みんなが暴れられる場を作ろう。スポーツを作ることが一つの柱だ。eスポーツに超人スポーツ。それを楽しむ場、鍛える場、作る場を作ることも柱になる。街と学校だ。

 街と学校。CiPiU2020年、その2つをオープンした。こぎつけた。始まったばかり。まだ骨しかない。肉をつけて血を通わせるのはこれから。ごはんを食べて、走り込んで、鍛えなければ。

 体を「作る」次は、「つなげる」。CiPiUもつなげます。CiPという街の機能をヨコ展開することは述べた。都内、国内、海外に増殖していく。ハブになりたい。iUも同じくカニのように横ばいする。


 超教育協会という団体を作った。教育とテクノロジーの融合を進める組織で、理事長は石戸奈々子さん、会長に小宮山宏 元東大総長、ぼくが専務理事を務める。IT、ソフトウェア、コンテンツなど30を超えるデジタル系の業界団体オールスターで、傘下の加盟企業は8000社にのぼる。デジタル教科書制度化、学校PC1人1台といった10年来の目標を達成したので、AIIoT・データなど次のテック次元に向かおうという新しい運動論だ。

 iUもここにガッツリ参加して、プレイヤーになる。iUのスピリットを広げたい。小さなベンチャー大学は点でしかない。つながって、線にして、つながって、面にする。日本にもイケてる学校がたくさんある。高い国際性で知られる大分・別府の立命館アジア太平洋大学APU。出口治明学長と連携策を相談している。夏野剛さん率いるドワンゴのN高、堀江貴文さんらが始めるゼロ高などとがった高校とも連携する。とがった学校のコミュニティを作って、超教育のプラットフォームにしたい。

プロジェクトも始まっている。起業支援。「超起業学校」というアクション。全員起業のiU以外にも無論、起業に熱心な学校は多い。立命館APUN高も起業部を置く。東大、早慶、高専など教育に組み込む学校も。その学校コミュニティを作る。100校集める。そして起業家やコンサル、VCをマッチングする。教育カリキュラムづくり、出口戦略などを進める。

 eスポーツ。「超eスポーツ学校」も発足した。日本eスポーツ連合JeSUと連携している。大学から小学校までの学校コミュニティを作る。100校集める。大会主催者、プロ選手、研究者などをマッチングする。教育カリキュラムづくり、出口戦略などを進める。

 平井卓也 初代デジタル大臣から要請があった。「デジタル庁とiUDX人材育成やってくれ。」かしこまりました。社会人向けカリキュラムをデジタル庁と共同開発して、みんなが使えるようにする。墨田区や京丹後市など自治体の依頼もあり、協定を結んで地域の人材育成にも取り組む。


iUは進撃する。いま「未来の学校」と「i研究所」を構想している。

5G/6G、IoT、ロボット/ドローン、AI/データ、8K/VR/ARなど次世代のデジタル技術を総動員してキャンパスに実装した「未来の学校」を開発する。このテストベッドのモデルを他の学校等とも接続、連携する。多地点を5Gで結び、8KやVRで映像を共有しつつAI・ロボットを活用して学ぶ。学校間でブロックチェーンを用いた単位相互認証を行う。

 そして「i研究所」を創設する。主にデジタル分野に着目しつつ「おもしろい未来をみんなでつくる」ラボとし、世界中の大学・研究所、地域、人材をつなぐ参加型のプラットフォームと位置づける。デジタル分野に着目し、テクノロジー、デザイン、ビジネス、ポリシーを融合させつつ創出する。

これまでの大学が目指したクローズドでハイエンドの学術研究よりも、「オープン、分散、参加」というデジタル・ネットワークの特質に立脚する、例のない研究機関とする。世界100の研究所と連携し、バーチャル・リアル問わず世界各地にラボを設置する。研究員は100万人が目標。おばちゃんも子どももみんな研究員。


 大学の枠を超え、他の学校と融合して人材を育成する。幼稚園から大学院までごっちゃになって、遊びながら育つ。スクラッチを開発したMITメディアラボのレズニック教授は「ライフロング・キンダーガーデン」、生涯幼稚園を標榜する。その考え方を実装したい。

 大学の卒業を待たず就職し、10年の間に学位を修得して卒業する仕組みを東大・柳川範之教授が提案している。そうそう。高校から大学に進んでも勉強する内容にリアリティーはなく、社会人になって必要な学問に気づく。なら早く就職してゆっくり学び直せばいい。人生100年なら、定年後も30年以上生きる。5年ほど学んで25年活躍できる。大学はそんなみんなも来ればいい。

 勉強するだけならもう学校はいらない。ネットにぜんぶ転がっている。世界中の高度な授業も、子供の習い事も。ゲームだってスポーツだって料理だって教えてくれる。授業するだけならもう大学はいらない。学校は学校じゃなきゃできない価値を提供できなきゃ、つぶれる。

 ネット教材とブロックチェーン認定で、学んだ履歴を証明する。スタンフォードのコンピュータ、ハーバードの起業論、オックスフォードの哲学、清華大のAI、予備校カリスマ先生の英語、フェンダーのギター教室。それら修了リストは、慶應義塾大学の卒業証書より値打ちがある。そんな時期が迫っている。

ぼくの遠い目標は、学校をなくすこと。いらない学校をこっぱみじんにしていって、だけど学びたいように学べるようにすること。これに向かってiUは、パンクに仕かけていく。そして、それでも残る、大切な学校になりたい。こわして、つくろう。[学園天国](フィンガー5)