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2014年9月29日月曜日

超人のオリンピック・パラリンピック。それは、やってみたい。

■超人のオリンピック・パラリンピック。それは、やってみたい。

 ロンドンパラリンピック走り幅跳び金メダリスト、マルクス・レーム選手が7月の陸上ドイツ選手権で8m24cmの世界記録をたたき出し優勝を飾りました。しかし、チューリヒで開催される欧州選手権代表から漏れました。義足が跳躍力を上げたのではということで、ドイツ陸連が派遣を認めなかったというのです。
 健常者に身障者が勝つ。そんな日がとうとう来ました。ワクワクしつつもハラハラします。

 2020年の東京では、パラリンピックがオリンピックを上回る成績が連発される。義手義足補助具つきのほうが超人的な競技大会となる。それは認められるのでしょうか。健常者の水着でさえ、厳しい規制が導入されていますが、補助具は水着規制をはるかに超える重大な議論を巻き起こすでしょう。

 ハイテクが投入されるほど超人度が増す。超高性能のゴーグルをつけ、遠目の的を見据えて、距離、風速、風向きと軌道が正確に計算された結果が、背中と腕に装着した補助具に送られ、きりきりと腕を引っ張り上げ、ここだという位置とタイミングにGo!が出るので、こんなぼくでもアーチェリーの世界チャンピオンに勝てるのです。
 それは、やってみたい。
 となれば、F1的な資本力の戦いともなりますね。そのビジネス性はいかに。それはそれで楽しみです。

 でも、そんなことは、規制されてしまうんでしょうか。
 身障者が補助具で超人になるのなら、健常者は妬みますかね。超人になるために、健常者が腕を、脚を、肉体を切り落とす日は来るでしょうかね。それは禁止されるのでしょうか。あるいは、いずれ奨励されるのでしょうか。宗教上の理由で国によりばらつきが出るのでしょうか。規範の緩い日本はサイボーグ大国となるのでしょうか。

 などと言いつつ、健常者・身障者問わず器具をフルに使って競う超人オリンピックを成功させたいのです。
 超人オリンピックの設計は、テクノロジーと、デザインと、マネジメントと、ポリシーの融合となります。大学の出番かな~、と考えています。
 とりあえずSuper Human Olympics. これ進めていきます。よろしく。
 http://superhuman-olympic.org/

 ところで、TeamLab猪子寿之さんが竹芝CiPの勉強会「SALON CiP」で五輪のリアル競技映像を都市に展開する構想を見せてくれました。棒高跳び映像がビルにプロジェクションマッピングされ、選手が2Fのスタバに飛び込んでスゲーとか。100m走金メダリストと一緒に走るサイネージ・アトラクションなんかもできそう。全競技のデータ・映像を使って、五輪後もあちこちで再現・活用できるといいですね。
 それは、やってみたい。

 猪子さん、五輪開会式を分散・参加型にしたらいいとも発言していました。賛成です。
 新国立競技場の式典はリアルだと数万人しか入れません。それを世界60億人が映像で見る。それよりもっと多くの人びとがあちこちの町で参加しながら作る開会式。
 場を東京に閉じるとしても、渋谷浅草秋葉原あちこちでアート・イベントを催して、次々と中継していく。実物大ガンダムや数万体の自動走行ロボットにも繰り出してもらいたいです。さらに、東京湾をドカンと使いたい。海面を巨大スクリーンにして。
 それは、やってみたい。
 放っとくと、また劇団四季的な開会式になりそうですからね。
 今からアイディアぶつけときましょうよ。

2014年9月25日木曜日

もしもしにっぽん:マンガ

■もしもしにっぽん:マンガ

 きゃりーぱみゅぱみゅさん主演の「もしもしにっぽん」。
 http://www.jibtv.com/programs/moshimoshinippon/
 クールジャパンを発信する番組です。NHK worldで海外に英語で発信するとともに、国内にはBSフジで日本語放送し、ネットでも配信するという画期的メディアミックス。
 ぼくもポップカルチャー発信とメディア融合の掛け算プロジェクトとして協力することとし、ICHIYA’s POP EYEというミニコーナーを担当しています。学生たちとネタを企画しながら、できるだけベタなネタを、できるだけベタに、話します。

 つたない英語で悪戦苦闘の収録をするのですが、もちろん全部オンエアされるわけではありません。プロの手で大幅カットはあたりまえ。でも、もったいないので、ネタ帳として作ったものを、並べていきます。世界の人たちへの情報として、適切かどうか。そんなんじゃダメだ!とされれば、改善していきますんで。

 まずは、「マンガ」の巻。

 
 日本のマンガを読んだことありますか?
 日本のマンガは海外でも人気があります。
 日本では、出版物の数の64%がマンガです。出版物の売上の20%がマンガ。海外ではせいぜい売上の1%です。日本はマンガの国です。
 マンガには全てのジャンルがあります。
 スポーツ、ヒーロー、ギャグ。恋愛、学園もの、経済、歴史、政治、食べ物、サイエンス。
 マンガで勉強する人も多い。ぼくも理科はほとんどマンガで学びました。
 雑誌にもたくさんのジャンルがあります。子供向け、女性向け、大人向け。

 日本では電車の中で大人がまんがを熱心に読んでいます。海外ではそのような光景をみかけませんよね。子どもも大人もマンガを楽しむというのが日本の特徴です。
 日本の文化は、大人と子どもの線引きがあいまいです。
 大人が子どもっぽいのかもしれません。

 多くの人がマンガを描きます。多くの高校に漫画部があります。
 年2回開催されるマンガのフェスティバル「コミックマーケット」には、とても多くのアマチュア漫画家が自分の作品を展示します。毎回、50万人の人が参加します。
 そして、わずか数日のイベントだけで、売上が500億円に達します。これは日本の映画産業の収入の1/3の規模に匹敵します。
 おおぜいのクリエイターとファンの存在がマンガ文化を支えているのです。

 日本人は本を右から左に読みます。日本人は右手で開きます。多くの国では左手で開くでしょ。最近まで海外に輸出されるマンガは左手で開かれていました。出版社は逆向きに印刷していました。だからオリジナルのヒーローは右手で銃を撃ちますが、海外版はサウスポーでした。
 しかし最近、海外のマンガファンは日本スタイルで読みたいと思うようになり、右手で読むように印刷されています。これは西洋文明ではじめて、逆向きの書物が本屋に並ぶという事態となっています。
 日本のマンガを、手にとってみてください。

2014年9月22日月曜日

決闘は、かたちを変えて現れる

■決闘は、かたちを変えて現れる
 

 決闘は、儀式です。エンタメです。昔は合法的な紛争解決法として扱われていました。公より個が優先されていた時代の遺物。日本では1890年、刑法の制定よりも早く「決闘罪」が定められて禁止されています。その後、この罪が適用される事例はほとんどなかったそうです。
 ところが、先ごろ福岡県で、中学3年生の男子13人が「決闘」容疑で送検されるという事件がありました。LINEで呼びかけて決闘に至り、見物も100人に及んだといいます。LINEという技術が果たし状を投げつけ、身近な観客も簡単に動員する。決闘を増殖させる道具なのですな。
 LINEはクローズドなタコつぼ型のコミュニティを形成します。その中は濃密なコミュニケーションで沸騰する一方、外界とは遮断され、世間からは見えにくくなります。これはヤバい。当局もやむなく124年前の法律を倉庫から引っ張り出してきたようです。
 
 決闘という120年前の社会がデジタルで再現されます。教育情報化にも似た話があります。デジタルによって、進み具合に応じて違う教材が与えられ、ネットでつながった生徒同士が教え合ったり学び合ったりする。生徒が同一教材を持って一方を向いて先生の話を聞くスタイルに変化が生じます。
 そのデジタルの授業方式は、江戸の寺子屋のものなのです。年齢の異なる子どもたちが、進み具合に応じて異なる教材を使い、車座になって教え合ったり学び合ったりする。明治時代、工業社会に入ろうとし、均一の人材を大量生産する一斉学習スタイルへ移行しましたが、情報社会には改めて別のスタイルが求められているのでしょう。

 コミュニティがタコつぼ化する一方、すさまじくオープンなグローバル化が襲います。クローズドとオープン、どちらに身を委ねましょう。先日、「IP2.0」と称する研究会の第一回シンポが開催され、カドカワドワンゴの角川歴彦さんと川上量生さん、知財本部初代事務局長の荒井寿光さんによるパネルの司会をぼくが務めました。その際も同じような議論になったんです。
 海外のサーバに国内ルールは適用されず、著作権や税制などで日本企業が不公平な扱いを受ける。コンプガチャ問題を契機に日本のゲーム会社は自主規制を敷いたけど、グーグルやアップなど国際プラットフォームは従わないので、国内ゲームメーカーが海外に抜け出す。タコつぼニッポンはどうすればいいか。
 フランスやイタリアはグーグルに罰金や税金を課したりするし、中国は外国企業の活動に制限を加えたりします。域内ブロック戦術を堂々と講じてきます。タコつぼ強靭化です。ブロック経済は過去に戦争を誘ったかどで政治経済的に分が悪かったのですが、デジタルでは肯定論も現れています。さほどにグローバル化がすさまじい。
 EUや中国がタコつぼブロックを作るなら、日本はどうする。タコつぼろうにも日本だけでは食えなくなっています。だからといってアメリカを頼ろうにも、攻めているグーグルやアップルやアマゾンはアメリカです。

 これに対し、各国ルールを抑えて、よりオープンでマルチな国際ルールにシフトする手もあります。通商ではWTO、知財ではWIPO、最近ではTPP。TPPでの知財は「難航分野」に位置づけられ、つまり、どないもならんゆうことですが、仮にうまいこと行くとすればですね、ワン・ルールで世界市場がフラットになるんですから、メリットは大きい。
 近代国家ごとの規制やルールか、マルチな国際社会がいいのか。ウィルソンが国際連盟の結成に向けて平和原則のええかっこしいをしたのは1918年ですから、これまた100年の課題であります。それがここにきて問い直されているのは、これまたデジタルの力ですね。
 揺るぎないと思われていた国家というパワーがグラグラしています。国際的な企業プラットフォームが時には国家の権力を超える国際パワーを発揮します。同様にTPPでは、国のメタレベルのグローバルな意思決定が求められています。

 IP2.0では議論が深められませんでしたが、もう1つの、より重要なパワーシフトは「ユーザ」でしょう。ネットによって連結した民衆が国家を上回るパワーを発揮する。アラブの春などで、ぼくらは政変さえも目の当たりにしてきました。
 国vs民衆vs国際プラットフォームvs国際社会のせめぎ合いはしばらく続くのでしょう。民衆の中の、個人どうしの決闘はダメだといいます。タコつぼ内の諍いがタコつぼに収まらず、つぼの外の観客を集めたり、他のつぼに伝染したりすることを当局は恐れます。でも、国と民衆と国際パワーとの間の決闘は、大小かたちを変えて現れる。どう進むのか。それが次世代の知財=IP2.0の最重要テーマだと考えます。

2014年9月18日木曜日

ローヌ・アルプ、サイネージ記

■ローヌ・アルプ、サイネージ記
 これ、リヨン、場末の食堂にあったサイネージ。サイネージとしては、なんてことはありません。けど、結構ショックを受けました。

デジタルサイネージコンソーシアムを設立して7年、国内・海外のさまざまな土地を訪れ、上を向いたり床を見つめたりしてきました。大画面も手のひらサイズの画面も見落とさず、屋外でも屋内でも、サイネージがあれば記録して、歓びをつづってまいりました。肉屋チーズ屋魚屋、そこに画面があれば必ず撮ってきました。
 
モスクワのデパートで写真を撮って叱られたり、北京の紫禁城でパシャパシャやって注意されたり、フランクフルトのルフトハ ンザ本社やヘルシンキのスクリーン屋にアポなして突入して撮影をせがんだりしてきました。このリヨン大聖堂の堂々たるサイネージも、ええんかいなと思いつ つ撮ってきました。
でも、それもそろそろおしまいかなあ。


そう思わせたんです。こちらは4年前、フランス西部、ラ・ロシェル、場末の市場にて。これを見てぼくは、当分デジタルはこの黒板機能を超えないだろう、特にフランスは、頑としてこの柔らかさと手触り感を捨てるまい、と考えたんです。

ところが今、デジタルは容赦なく場末に侵食し、デジタルがアナログを従えているかのようなサイネージがフランス場末でも当たり前にたたずんでいます。
これは120年前に映画を発明したリュミエールさんのお宅にあるサイネージ。見せようとすると、デジタルは当たり前になりましたよ。リュミエールさん。


  街角にデジタルがようように広がっていき、技術とコンテンツが同時並行に開発されていき、陳列されていく、その成長が楽しくて、観察とメモを続けてきたのです。リュミエールさんの発明から1世紀たって、新しいメディアの発展に胸踊らせてきたのです。

 

リュミエールさんのお宅には、大昔の幻灯機もありました。美しい。美しい。デジタルを観察していくと、ここからは、アナログが悲鳴を上げて席を譲っていく、それを見なければならないのでしょうか。そろそろ、サイネージ観察メモの役割はおしまいに近づいているようです。
 


でもまだやめられないんだなコレが!
リヨン、ガダーニュ美術館。
ロボットと投影型サイネージでお出迎え。
どうもありがとうね。


ガダーニュの中は映像だらけですが、INAの記録映像が流れていると、立ち止まってしまいます。
この国営映像アーカイブがこうして使われている。
日本もこのコンテンツ・インフラが必要です。
 

ガロ・ローマ美術館。紀元前1世紀、フランスがガリア地方だった時代の都がリヨンです。
フルヴィエールの丘、円形劇場に設置されたサイネージは、銅板に映像と文字を投影し、ナレーションが入るマルチメディア。
 



そこにあるキッズコーナーも映像空間でした。
 



リヨンといえばコンパクトシティ。
コンパクトシティといえばトラム。
トラムの中のサイネージ。
 






もう一つ、コンパクトシティといえば、トロリーバス。
トロリーバスの中のサイネージ。
メトロには見当たりませんでした。

 





リヨンを代表するギニョール人形を奉るギニョール美術館には、木箱のフタに投影する素朴なサイネージがありました。





ミニチュア博物館なのにどでかい展示、のヨコにミニなサイネージ。

 

シャンベリー。
サヴォワ県庁近くのカフェにて。
 


ヘプバーンが「シャレード」冒頭でマンシーニ「雪のメジェーブ」をBGMにメシ喰っていたあたりのサイネージと、そしらぬひとびと。
 



アヌシー。
オート・サヴォワ県庁近くのカルフールにて。
くだものを映像で選んでデジタルで測ってリアルな価格シールが出されるインタラクティブサイネージ。
 





登山家の聖地、シャモニー。
登山ウェアラブルマシンのCMサイネージが目立っていました。



この手の大型サイネージはこのシックな村には派手すぎますかね。




 
シャモニーからモンブランに登っていく電車の駅は、真ん中に据えられたサイネージが迎えてくれます。

2014年9月15日月曜日

著作権シンポジウムにて。

■著作権シンポジウムにて。

 著作権情報センターCRIC主催のシンポジウムに参加してきました。福井健策さんが基調講演+司会、池村聡さん、杉本誠司さん、増田雅史さんとぼく。ぼくがお話したことをメモしておきます。

◯海賊版対策について
 知財本部でも、クールジャパン戦略でも、海外展開をどうするかは、デジタル化と並ぶ柱です。
 守りとしての海賊版対策は、政治テーマでもあり、CODAなどの対策も厚くなっています。だが、攻めているのか?のほうが重要。コンテンツ産業の輸出は縮小傾向にあります。2006年から2011年にかけて、映画は10%、ゲームは20%、放送は30%の減少です。
 海賊版対策はエンフォースが重要。ハリウッドは中国企業と正規版を開発・販売しているので、中国当局はそれを守ろうとしています。攻めることによって守る姿勢です。この点、日本企業はどれだけ攻めているでしょう?
 ファンサブ問題も、自分たちがどれだけ攻めるかによって、位置づけも対応策も変わるでしょう。海賊版対策や制度対応以上に、ビジネスとしてどれだけ攻める気があるのかが気になるところです。

◯UGCと非親告罪化
非親告罪化は深刻です。洒落になりません。
 ロンドン五輪の開会式で歌って欲しいアーチストの国際投票にて、初音ミクが1位を獲得しました。それはニコニコ動画でみんなが育てたから。それが日本の強みです。UGC、二次創作を育てるのが日本の戦略でしょう。
 昨年、政府は重大決定をしました。「知財ビジョン」のトップ項目にUGCを据えました。コンテンツ産業の育成から、ユーザ創作へと重点を置き換えたのです。もう一つ、「ポップカルチャー分科会」の提言の冒頭で、クールジャパンのコアとして「みんなで」を掲げました。クリエイター、事業者だけでなくファンやユーザの力が重要だという認識です。
 非親告罪化はこれに真っ向から対立します。TPPでこれを飲まされたら、どうすればいいのか。非常に大事な論点です。

(これに関して、中山信弘先生が同じ問いに対し、数秒思案して、「累犯に限るとすればどうか」とおっしゃったとシンポで福井さんから聞きました。う〜ん。う〜ん。なるほど。さすがだ。最初は親告罪にしたままにして、でも二回目からは故意・悪質がハッキリするから即時アウト。このほうが現行法よりいいんじゃないかと思います。TPPのせいにしてこれを導入してしまえばどうだろう、と思いました。)

◯電子書籍
 出版社は必要か?という問い。はい、必要です。出版社も新聞社もレコード会社もそうですが、輪転機を回して印刷するだけならいらなくなるかもしれません。でも、出版社の機能は、編集、プロモ、営業、人材マネジメント=プロダクション、人材育成、そして金融。作って売れるまでカネをつないでくれるという大事な機能。これは引き続き重要です。
 デジタル教科書は?という問い。教科書に認められている著作権法上の特例がデジタルには認められず進まない、という大問題があります。日本は教育情報化の後進国。この制度を整えないといけません。しかし、この整理は時間がかかるのではないかと懸念しています。

◯アーカイブ
 政府でも議論が進みました。元は福井健策さんの「全メディアアーカイブ構想」です。東京五輪に向けて、ソフトパワーを発揮するインフラが必要です。デジタル教育の知識インフラが必要です。いずれも2020年がターゲット年となります。
 さまざまなジャンルのものをアーカイブ化したいですね。ただし、課題はジャンルによって濃淡があります。文化財、出版、放送は利用促進が課題で、そのために連結した検索システムが必要。映画、マンガ、アニメ、ゲームはまずもって作ることが必要。
 制度面では孤児著作物が重要テーマです。もう1つはビジネスモデルを作ること。人とカネをどうやってあてがい、サステナブルに運営できるようにするかです。でも、より大きな問題は、それを国として本気でやるのか、10-20年続く気合いを入れられるのか、決意が問われている状況です。

◯メッセージ
 シンポのラストに問われた一言メッセージ。ぼくは「創る 張る」と書きました。
 創る:著作権は大事、制度は大事、だが、ビジネスやサービスを創ることがもっと大事。守るより攻める。サービス、ビジネス、海外市場を作ろう。これに役立つ制度、仕組みを創りたいと思います。
 声を張る:TPPでは知財は農業に埋没しています。優先度を上げなければいけません。そのためには、われわれ関係者が声を上げること。賛成も反対もあるが、問題が大事だということを強調しなければ。こういう場を作り、主張を高めたいと考えます。

2014年9月11日木曜日

プロヴァンスとコートダジュール、サイネージ記

■プロヴァンスとコートダジュール、サイネージ記

 5年前に書いた本で、パリのサイネージをなぞりました。その際、ポスター文化が定着したパリ・フランスはサイネージの普及がかなり遅れるだろうとの見通しを記しました。ところがこのところ、フランスの街角はデジタルの浸透が急激。かなりの勢いでアナデジ転換が進んでいます。


マルセイユ。5月にオープンしたばかりの商業施設「レ・テラス・デュ・ポール」。サイネージもてんこ盛りの空間。    

タッチパネル案内板はあちこちに。
 



 インタラクティブなサイネージコーナーも設けられていて、
 

 
パズルで遊んだり、





きせかえで遊んだり。







 空間配置もシックでなかなか。
 


 
コンテンツもシックでなかなかなものです。



駅の案内もほぼデジタル化を達成。


 
大画面はサムソンが引き受けてるんですよね。
 







ごった返すマクドはタッチDSで客をさばいています。
アメリカ文化の象徴として嫌われていたマクドもフランスに定着。
そこでのDSの評判はいかに。
 




沖に繰り出す船の中にもデジタルの案内板。

 

 
アビニョンの橋で、踊り方を案内。








ローマ時代の上水道、ポンデュガールには子どもの学習施設がしつらえてありました。

光と装飾のモナコ海洋博物館。
シックなサイネージでお迎え。 

 Liquid Galaxy byグーグル。
7面の大型液晶を操作して、海の模様を学びます。

水族館は全てデジタル画面とタッチパネルつき。
アナログとデジタルのバランスがいいですよ。
 

マルチディスプレイ、アナログ・リアルとの連動は、パリ20区にあるラ・ヴィレットに通じるたたずまい。
やはりこういうことをさせると、フランス人はお上手です。

2014年9月8日月曜日

V-Lowマルチメディア放送

■V-Lowマルチメディア放送

 さきごろ、TFMの子会社「VIP」が「V-Lowマルチメディア放送の特定基地局開設計画認定」を受けました。
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/14/071500062/

 V-Lowマルチメディア放送とは、地デジが整備されてテレビ局が引っ越したアナログ周波数の跡地のうち、1-3チャンネルで使っていたVHFの低い(Low)ほうを使って新しい放送サービスを展開するものです。これについてはかつてブログにも書きました。
「本当に始まるのね?V-Lowマルチメディア放送」
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/12/v-low.html

 地方ブロックを7つに分け、マルチスクリーンを主軸にしたサービス。広告つき無料サービスも、課金型の有料サービスもOK。電波を発射するハード事業と、コンテンツを編成するソフト事業とを分離するハード・ソフト分離型です。
 そしてぼくがコンソーシアムの代表を務める「IPDC」を採用します。放送の電波にIP(インターネットプロトコル)という通信技術を重畳し、通信も放送も横断してマルチスクリーンに情報を流す手法です。テレビやラジオというより、ネットです。放送チャネルというより、アプリです。
 同じアナログ跡地でも、高いほうのV-Highはフジテレビなどテレビ局各社とNTTドコモとのジョイント「NOTTV」がスマホ向け有料テレビ放送を提供しています。これは通信資本で放送を行うものであるのに対し、V-Lowは放送局が通信的なサービスを行うものなのです。

 通信・放送融合が政府で議論されるようになったのが1992年。いわゆる「融合法制」の議論が始まったのが15年ほど経った2006年で、それを体現した法制度が整備されたのは4年後の2010年。それから4年経ってようやく実態が現れてきました。これが普及するのはオリンピックの頃でしょうか。
 ただし、通信・放送融合を放送側から見ると、コンテンツの議論が大半でした。コンテンツのネット配信や、せいぜいスマートテレビ。それはとても重要なテーマなのですが、ぼくがV-Lowに注目するのは、放送局の経営資源にはコンテンツと並ぶ経営資源、そう、「電波」があって、その有効活用がようやく具体化するという点です。
 地デジによって放送の電波はデジタル化され、太束のダウンロード回線としていろんなことに使えそうなのに、結局その上にはテレビ・ラジオの番組がそのまま乗って配信されるに過ぎず、整備コストがかかった割に回収法が見えません。
 
 対してV-LowはIPDCで電波の活用を手がけます。まずはB2Cとして、ハイレゾ音響を届け、音の高精細化を進めるほか、番組の全テキスト化を行い、SNSとの連動を高めるといったプランが考えられています。IPによる回線利用の拡大ですね。
 それ以上に期待するのは、B2Bの使い道。例えば自動車メーカーがカーナビその他の情報提供に使うとか、地方自治体が防災行政情報を提供するために使うといったアイディアが進められています。以前、ぼくのグループがIPDCで新聞や雑誌の紙面をそのままマルチデバイスに届ける「AMIO」というプロジェクトを進めていましたが、そのような使い方も可能です。つまり、放送の電波をバルク貸しするわけです。
 これは具体的な使い方によっては制度上、放送ではなく通信に当たるもので、それこそ2010年の新法制が予期した利用法なのですが、さらなる規制緩和も必要になりそうです。それは4兆円の放送産業が16兆円の通信産業に参入することでもあります。果たして、通信・ITから放送への侵入を嫌っていた放送側が、態度を改めて反転攻勢できるのかどうか。
 この使い方はデジタル教材の一斉配信にも使えます。教育産業20兆円にデジタルとして入り込んでいく、という意気込みが現れることをさらに期待する次第です。

2014年9月4日木曜日

フランスぬりえ〜ローヌ・アルプ、そんなものなのかな。

■フランスぬりえ〜ローヌ・アルプ、そんなものなのかな。
 アルベールビルで冬季五輪が開かれたのは22年前。そのころぼくは毎年のことながら役所に泊まりこみで、法令協議をしていました。通信・放送機構法のチーフとして、メディア分野への研究開発予算とその組織を整備するタコ部屋プロジェクトに当たっていました。例年よりも状況が苛烈で、チームを元旦だけ休ませた年です。それも、上司の課長が「元旦だけは休ませないと、あとあと恨まれる」というので仕方なく。 なので、伊藤みどりさんが銀を取り、橋本聖子さんが1500mで胴を取ったことは記憶にありません。黒岩・井上の500m銀・胴もです。でも、萩原・三ヶ田・河野トリオによるノルディック複合のぶっちぎり金は鮮明に覚えています。どうにかして見たんでしょう。
 しかし、その会場跡地はがらんとしていて、店も見当たらず、みやげもの屋もありません。五輪まんじゅうも五輪もなかもです。淡白だなぁ。
 そんなものなのかな。



 第一回の冬季五輪はシャモニー。モンブランのふもとです。1924年。いくよにいさん関東大震災、1923年の翌年のことだったので、日本からの参加はありません。で、シャモニーの観光案内やらみやげもの屋やら博物館やらを訪ねてみたものの、当時を偲ぶ文物も観光プロモーションもなく。五輪まんじゅうも五輪もなかもです。てゆーか「へえ、そうなの。」という対応。わずかに当時のポスターの絵はがきを1枚みつけただけでした。淡白だなぁ。
 そんなものなのかな。
 ぼくは夏の五輪会場は8割以上行ったことがあり、メルボルン、シドニーなどを残す程度ですが、冬は22か所中これで7カ所目。コルティナ・ダンペッツォ、インスブルック、サラエボ、訪れていない魅力的な場所がまだまだありますが・・・



 ところで、こちらで日本人に森伊蔵をいただきまして。モンブランにて、ハムとチーズとともに、ひとりちびちびやっとります。何か、まちがっている気もします。

 







 こちらもモンブランを眼前に控える高級リゾート地、メジェーブ。ヘンリー・マンシーニの名曲に乗せてスタイリッシュなタイトルバックが終わり、いよいよ「シャレード」が始まる、その冒頭シーン、雪をバックにオードリー・ヘプバーンが飯を食う。BGMは同じくマンシーニ楽団「雪のメジェーブ」。そう、そのメジェーブです。
 というぐらいの常識を持ち合わせているので、ロケ地を訪ねてみたものの、町のひとは「へえ、そうなの。」「そんな映画が」。ここに違いないと目星をつけたホテルで尋ねても、「そうかもしれませんが、知りませんねぇ。」いやぼくもなにもヘプバーン追いかけてるわけでもないんで、恥ずかしい。
 そんなものなのかな。




 気を取り直して、サヴォワ県の県庁所在地、シャンベリー。フランス南東部、サヴォワ地方。アルプスを境にイタリアとスイスに文化がまたがります。元の領主サヴォワ家は、イタリア統一でトリノが本拠になったといいます。どうりで町がそっくりだ。
 そんなものなのかな。
 サヴォワを行く。はい、ぼくの数多き宿題の1つです。フランスは、イル・ド・フランス、ノルマンディー、ブルターニュ、アキテーヌ、ロワール、ピレネー、アルザス、プロヴァンス、コートダジュール、コルシカ、どこも回って全部スキ。でもローヌ・アルプ圏、中でもサヴォワ県は通過したことしかなかったので、今回じわりと回ってみた次第。これでフランスぬりえはほぼ完成であります。



 中田英寿がいた「ペルージャ」の人びとがローマ時代に拓いた「ペルージュ」。ネーミングのセンスはニュー・ヨークとか東・京みたいなもんかな。13世紀に全盛を迎えたものの、近代に衰退、滅亡寸前となったが、前世紀、建築家やアーティストが参加して、中世の街をそのまま遺すプロモーションに成功。天才クリントンさんも訪れる観光名所になりました。町おこしの成功例です。



 こちらボジョレーの町、オワン。こちらは、古くからのオレンジ壁を活かし、ワインと手風琴で町おこし。「持ってる」もんね、強いよね。

 





 つまんでみたけど、まだすっぱすぎたボジョレー。早く日本においでよ。

 



  最後に、湖の町、アヌシー。マルセイユやニースの海、リヨンの川、フランスの水辺を訪ねて、東京再開発のヒントを得ようと思ってきました。ほぼ全てが水に立脚した街づくり。東京も、かくありたい。
 シャンベリーがトリノなら、ここはジュネーブとの親和性が高い。町のたたずまいは、こちらのほうが素敵です。でも、アヌシーは2018年の冬季五輪に立候補したものの、韓国・平昌に敗れました。東京五輪の参考にはならないのかな。


  さて、今回使ったクルマ。こういう計器のほうがデジタル表示より安心できてるぼくはアナログ世代です。

 




  さてさて、仔牛のあたま@場末。大いなるぐにゅぐにゅ。大和魂でこれを平らげて、東京に帰ります。

2014年9月1日月曜日

スマート放送は進む?-- 民放連イベントから

■スマート放送は進む?-- 民放連イベントから

 民放連ネット・デジタル研究会のイベントが今年もまた開催されました。ぼくが座長となって、8社の民放局のメンバーらと、通信放送融合策を検討しています。その3年目の報告会です。
 思えば7年ほど前までは、通信放送「融合」などと言うと、民放界からはレッドカードが飛んできて、面罵されたり仕事を切られたり、エラい目にあっておりました。この3年は、逆に放送がいかに通信を使いこなすか、おまえ知恵を出せと尻を叩かれている始末。
 3年前の研究会は、GoogleやAppleのスマートテレビという黒船来航にどう立ち向かうかという議論でした。ITがTVを取り込む話だったのです。
 2年前は、TVとスマホを連動させるダブルスクリーンが議論の中心。IT+TVの日本型サービスをどう組み立てるかという課題でした。
 この1年は、議論が日本の攻勢に転じました。TV局がITをいかに使いこなすか、自らどうITサービスを提供するかの議論でした。

 今回、民放の取組をみても、各局それぞれ多彩な取組があり、横並びでない、自らの戦略で動いていることがわかります。
 一方、在阪局を中心とする「マル研」のように、放送業界としての動きもありますし、通信業界によるスマートテレビへの攻勢も目立ちます。めまぐるしい。
 日本は通信・放送のネットワーク環境が豊かで、法制度の規制緩和も進み、産業構造的に放送局が優位にあり、ソーシャルメディアを使いこなすリテラシーも高いという、スマートテレビに適した国だと思うのです。
 五輪が来ます。世界の人たちが自分のスマホで全中継を見られるようにする。そんな状況を実現するには、TV界がどう対応するかがポイントになります。
 とはいえ民放連研究所木村所長の報告によれば、ネット・モバイル連携はローカル局の3割がやっていない。その理由はコストとノウハウ等の体制だといいます。
 ローカル局のうちネット・モバイル対応のコストを回収できているのは16%だといいます。まだまだです。

 民放連シンポでは、テレビ朝日吉川さん、ニッポン放送伊藤さん、熊本放送田尻さん、情通総研志村さん、慶應菊池さんに登壇いただき討論。これまで以上に刺激的でした。
 志村さんが30年前の視聴者アンケートを見せてくれました。ボタンを押せば知りたいニュースや最新映画や国際試合を見られるという希望。今のニーズと何も変わってないんですね。志村さんのキーワードはスマート、クラウド、オープン。ぼくのマルチスクリーン、クラウド、ソーシャルに相応します。非TV、非放送、非身内だから、放送局は苦手?
 ニッポン放送伊藤さん。ラブソング専門ラジオSuono Dolceを紹介してくれました。30~40代女性をターゲットにしたこのアプリが170万人ユーザを獲得してるんですと。
 テレビ朝日吉川さん。「ツイートが増えると視聴率が上がるという関係は確認できるが、マス発信力のあるテレビコンテンツがSNSの拡散力を支配する面もある。」あるテレ朝の番組☓tweetでは1000万リーチを達成したとか。テレビは力があります。
 吉川さんは放送とSNSのCM相乗で、印象度95%up、購買意欲58%upとの米調査も紹介してくれました。放送局のSNSへの期待値も上がっている模様。
 熊本放送田尻さんはソーシャル連動でイベントを展開したりくまモンを活用したり。ローカル局ならではの力を使っておられます。

 質問をいくつか投げました。「課題は?」制作コスト・収支、人材不足。答えは以前と変わりません。でも、かつては「もうかってるからやらない」だった姿勢が「もうかってるから今やっとく」に変わってきている模様です。
 「放送局の競争力は?」元WOWOW志村さんが「ない」と見るのに対し、元総務省菊池さんが「ある」と見る。前者は「守れ」、後者は「攻めろ」ですね。
 「ビジネスモデルは?」伊藤さんはライブと通販、田尻さんはイベント、吉川さんはB2B協業を強調。志村さんはネット民のクリエイティブを取り入れて本業の放送力のアップを強調。
 これには驚きました。
 これまではネット配信でどう稼ぐか、広告か課金か、という議論が中心でした。今回はライブ、物販、B2Bという、放送会社の業容を広げるビジネスと、ネットの力を番組向上に取り込むという本業回帰の2点なのです。
 つまり日本のスマートテレビは、コンテンツのネット配信ではなく、テレビのリアル化であったり、テレビ自身のバージョンアップだったりするという、その新しい風景に驚いた次第です。
 とはいえ、だからこっちの市場、こっちのビジネス、という具合に業界が横並びで振れる、ということでもなさそう。それぞれの企業の戦略で違う方向に動く。民放も普通の産業になるということでしょうか。