Twitter

2012年4月30日月曜日

IT 復興円卓会議「政治」 9/10

■IT 復興円卓会議「政治」 9/10

 IT復興円卓会議「政治」の第9回。
 藤末建三民主党参議院議員、高井崇民主党衆議院議員、世耕弘成自民党参議院議員、池田信夫さん、菊池尚人さん。

情報公開とネット選挙

これまでこの番組でも何度か出てきたのですが、政府や関係機関の情報公開を進めるためにはどうすればいいでしょうか。(中村)



まずは電子化じゃないでしょうか。電子化をすれば情報公開はより簡単になりますから。あとは出来るだけ会議を見せることでしょうか。民主党政権は見せるといって議事録すら公開しない会議も多数あります。ですので、出来るだけ会議を生で見せるのが良いと思います。(世耕)



あとは審議会の先生の人選は問題でしょう。先程も申しましたが、憲法と違って、実際は法律を審議会の形で官僚が作ってしまっています。実質的な立法機関が誰も見ていない審議会なのです。これは民主主義の建前と違っているところで法律が決まっている仕組みをオープンにし、審議会の先生方もパブリックコメントで決めるなど、わかりやすい形で審議会の委員を決めて御用学者を排除していくということが、実質的に意思決定の改善になると思います。(池田)



今回の震災ではソーシャルメディアを行政や自治体で活用したという動きが見られたわけですが、行政や政治の分野でソーシャルメディアはこれからどのように使われていくべきでしょうか。もうかなり使われているのでしょうか。(中村)



ここにいる人間は、日常的にソーシャルメディアを意見収集や自分の政策へのレスポンスを見るツールとして使っていると思います。行政で言うと佐賀県の武雄市は、市職員皆フェイスブックに参加し、行政サービスは全てフェイスブックで行っています。私はもう一つ、近畿大学の理事長という仕事もしていまして、その中で構想しているのが、学生向けの休講情報などを全てフェイスブックに上げるということがあります。ソーシャルメディアは色々使いようがあると思います。(世耕)



ネット選挙運動の解禁はどうでしょうか。(菊池)



自民党政権時代は、自民党の古手の反対にあいました。政権交代後、これでいけるだろうと私はフルスペックの議員立法を出したら今度は民主党の古手の反対にあってしまいました。一昨年の参議院選挙に間に合うように解禁しようということで、自民民主のITに強い議員で協力して法案を作ったのにも関わらず、鳩山総理退任のごたごたで通せなかったのです。(世耕)



韓国はネットを使った選挙運動が解禁しましたね。今後の見通しはあるのでしょうか。(中村)



いや、これはもう既に法案がありますので、すぐにでもやりましょう。党内のコンセンサスもとっています。(世耕)



対立しない法案をとにかくリストアップして、反対の出ないものは先に通すということをやりましょう。(高井)



投票用紙はどうなるのでしょうか。まだ手書きのやつなのでしょうか。あれを使っているのは世界中で日本だけですよ。(池田)



私もネット投票に関しては随分勉強したのですが、インフラが無いと難しいのです。アメリカは機械式投票をずっとやっています。投票マシンを置いておかなくてはならないということ、充電をしなくてはならないということ、技術員を置かなくてはならないということで、その手のインフラコストが大きくかかってしまうのです。(世耕)



しかし、自治体でも取り入れているわけですし、技術的には確立しているのですよね。(池田)



それが、自治体でも8つほどトライしているのですが、失敗したところもありました。そして実は紙の投票もかなり賢くなっています。まず紙は勝手に広がります。(世耕)



いえ、そういうことではなく、せめてマークシート式にしてください。一度公職選挙法を改正して、丸をつける方式にしたのに、翌年元に戻しました。それは手書きだと現役の先生方は自分の名前を覚えているだろうし、新人の名前は書けないから有利だろうという非常に下らない理由でした。(池田)



私はそういうことで反対しているのではなく、大きなコストがかかってしまうということと、機械式の投票機が利権化していたということが慎重になる理由です。(世耕)



とにかくネットで選挙活動が行えるということは重要ですよね。(藤末)



選挙期間だけネット使わせないというのはナンセンスです。選挙活動中の12日間だけネットを使えないということに合理的な説明は出来ないです。(世耕)



反対派を説得するには、どういった口説き文句があるでしょうか。(中村)



そういうことに反対していると選挙に落ちるぞ、ということでしょうかね。(世耕)



2010年は世論がネット選挙活動解禁ということで盛り上がったのです。それで動かざるを得なくなった人たちがいました。世論は重要です。(藤末)



ネット選挙に反対している先生に、ネット上でめちゃくちゃな悪口を言うのです。悪口に対して反論することは選挙違反になりますので、反論はできませんから。(池田)



今の池田さんのご意見を公職選挙法の観点で解説しますと、公職選挙法上は誰かを当選させる目的でやることを選挙運動として規定しているから、誰かを落選させるための運動は網に引っ掛からないのです。11の対決でやることはまずいです。3人以上出ている選挙区であれば、今の池田さん案は可能になります。(世耕)



非対称なのですよね。当事者は反論できないのに、当事者以外の人は何でも言えるので、ニコニコ生放送でネット選挙運動に反対している議員の悪口大会でもやればいいのです。そちらは合法ですし。(池田)



自民党で反対しているベテラン議員をひっくり返せたのはそこなのです。ネットで誹謗中傷が出ると言われた際、今だって既にポスティングなどで怪文書等が発生していますが、ネット選挙運動が解禁になれば公的に反論が可能になるのですということを申し上げました。(世耕)

2012年4月26日木曜日

The Change of Japanese Contents Policy 1/3


■The Change of Japanese Contents Policy 1/3

 これは2012年2月、UCバークレー大学にて講演した際のメモです。3回に分けて。

1 Yesterday

A) Outline
 Just before I joined the government in 1983, a company located near my house in Kyoto named Nintendo launched a “machine”. This enabled people everywhere on the earth to play with visual images.
 After this, a lot of media other than TVs and telephones were developed. In Japan, these were called new-media, and they were basically developments of analog hardware.
 Ten years later, the multi-media boom happened; a movement where various media were converged to digital devices represented by PCs, mobile phones and the digital information highway called the internet.
 Then, various kinds of information products were also unified into a unique notion termed “contents” and became highlighted to be a hot issue.
  Policy relating to this has been conceived and implemented since the latter half of the 1990s. In 2001, the government drew up e-Japan strategy. This mainly focused on construction and development of network infrastructure. Contents policy was categorized as a utilization policy of the network.
  Contents policy including support for contents industry, culture promotion, copyright protection, and so on were also developed. But they were not well sharpened up. They included both analog and digital, both package and network delivery and both traditional and pop. In network policy, competition and regulation were the main topics. The main topics of contents policy were promotion and protection. They were separate and not connected.
  IT strategy HQ and IP strategy HQ were set up in the Prime Ministers office in 2003, but the interface between them hasnt been working effectively enough, so far.

B) Japans Model
  We can find two characteristics in contents policy. One is that its method is broad and various. Support for industry, promotion of culture and art, regulation of expression, privacy and security. So the same product can be subsidized and regulated at the same time.




Another is that there are many players. IP strategy HQ, the Ministry of Communication, the Ministry of Industry, the Ministry of Education and Culture, the Ministry of Foreign Affairs, the National Police Agency; almost all the ministers participate in the meeting of Intellectual Property Policy. So sometimes we face difficulty to make a decision of national policy.
 There are various policy models in the world. It may be one characteristic. Allow me to talk very roughly about this. The US is private sector oriented and focuses on industry policy. France is government oriented, culture policy, mainly focuses on fine arts. Korea is a government and Pop culture industry.
  Japan has no clear position. In 1993, at the GATT Uruguay round, I was in Paris sent by the government. There, a battle occurred between the US Clinton administration that demanded openness of the visual contents market and the French administration of Mitterrand that demanded protection of each countrys culture. I asked Tokyo about the stance of the government of Japan between industry and culture. The answer was we cant determine who should be responsible about this issue.
  I personally think private-culture should be Japanese strategy, but it is not a consensus.
  Anyway, the priority of contents policy is low in Japan. When we compare the percentage of the budget of culture policy in the national total budget, it is also low. The US is also low, because this is the comparison of the central governmentsbudget not including local governments, and US culture policy approach is mainly to circulate the private sector’s money to the culture sector through tax system for donations.

2012年4月23日月曜日

IT 復興円卓会議「政治」 8/10

■IT 復興円卓会議「政治」 8/10

 IT復興円卓会議「政治」の第8回。
 藤末建三民主党参議院議員、高井崇民主党衆議院議員、世耕弘成自民党参議院議員、池田信夫さん、菊池尚人さん。


電力

さて、それでは、「ITで」どうするのかを議論していきましょう。先程藤末さんからスマートグリッドの話が出て参りましたが、電力とITというのは融合していくということなのでしょうか。(中村)



スマートグリッドよりも発送電、資本分離が大事なのではないかという意見もありますが、それは議論が別で、スマートグリッドはインフラに新しいテクノロジーを入れましょうということなのです。
発送電グリッドは会社経営の在り方をどうするかということです。スマートグリッドはアメリカでは第二のインターネットと言われていまして、それはどういうことかと言いますと、昔コンピューターもメインフレームという大きいものが1台あり、それに端末がぶら下がっていました。現在の電力も、大きい発電所があり、同じような形になっています。スマートグリッドはそれぞれが発電し、電力を融通し合うという仕組みです。
日本は蓄電池技術や小型風力発電、小型水力発電、地熱技術では非常に進んでいます。個別の小さい発電、皆が発電できますよという世界で、日本が新しいテクノロジーを売り出し海外に発信していく。これは新しいイノベーションの起爆剤になり得ると思っています。(藤末)



スマートグリッドも気をつけなければいけない点があります。電力会社によって仕組みが違ったり装置の互換性が無かったり、結果として社会的コストを増大しかねない動きもあるということです。(世耕)



何がメリットなのかが分かりにくいのです。明らかにメリットがあるのはメーターです。今のメーターは一ヶ月に一回の検診だけで終わっているので、何時にどれだけ電力を使っているのかがわからないのです。そうすると、深夜の電気料金値下げ、逆に夏のピークには電気料金を値上げし使用量を抑えるなどのことが難しいですよね。
これを可能にするのがスマートメーターで、これはもう完成している技術です。ところがそのスマートメーターを経産省が配備するよう各電力会社に要請しているのですが、全ての電力会社でそれぞれ異なるメーカーと組んでメーターを導入しようとしています。電力自由化の話が迫ってきているため、各電力会社は急いで既成事実を作り、参入障壁を作るということなのでしょう。
例えばエネットだとか新しい会社が市場に参入しようとすれば、彼らのメーターを全国に配備しなければならず、莫大なコストがかかってしまいます。通信で言うと中継系の部分はあまりコストがかからないですが、ラストワンマイルは基本的に東電以外の会社は出来ないと思った方がいいです。とにかく、東電とか関電にしか使えないメーターを配備しようとしているので、これはとめなくてはなりません。そして全ての電力会社で使えるような汎用のメーターにしなくてはならないでしょう。(池田)



電力使用量が分かれば時間帯で電気料金を細かく分類することが出来るようになります。そうすると国民の皆さんは電気料金の安い時間帯に電力を使い、高い時間帯では電力消費を抑えようとします。結果、電力使用量のピークとなる時間帯への集中を防ぐことにつながります。
そして付属的に、様々な家電とネットワークでつなぎ電力をコントロールする、これをHEMSと言いますが、この仕組みも可能になります。
ただ問題は、このスマートメーターは電力会社所有になるということと、各個人の電力使用のログは電力会社所有のものになります。ここは変えていくべきだと思っています。(藤末)



まずはとにかくスマートメーターの標準化を推進するべきです。スマートメーターは無線で計測するシステムで、そのための周波数帯域も確保しているので、デバイスも標準化するという単純な話です。(池田)



現場レベルでその取り組みは行われています。加えてインターフェースの標準化にも取り組んでいます。(藤末)

2012年4月21日土曜日

マーガレット・サッチャー  鉄の女


■マーガレット・サッチャー  鉄の女
 フィリダ・ロイド監督、アビ・モーガン脚本、メリル・ストリープ主演。女性トリオの快作。
 認知症の老女が回顧する狂おしいイギリス。現在と過去を行き来する時間編成の端々で、キレのいいセリフや政治的罵詈雑言が格調の高いイギリス英語で飛び出す。心地よいリズム感で全編が進んで行きます。
 亡き夫の幻想が寄り添い、その思い出の品を捨なければならない苦悩。幼い頃の子どもたちとの時間を犠牲にしなければならなかった後悔。これは夫婦愛、家族愛を基底に据えた私小説映画であり、政治「的」ではあっても政治映画ではありません。
 しかし、今これを観ると、どうしても日本の政治状況と重ね合わせてしまいます。英国史的には英国病を克服して再生に導き、世界史的にはレーガンと組んで冷戦を終わらせた、その繁栄と平和に貢献した業績がロイドジョージ、チャーチルと並び讃えられるのは納得。そんな政治家が今の日本にいてくれればと涙目であります。

 基本テーマは「妥協」との闘い。決断に次ぐ決断を通したサッチャー女史の揺るぎない姿勢が描かれます。ヒース保守党内の確執や労働党との論議。英国病を退治する経済政策の断行。IRAテロへの断固たる対抗。フォークランド紛争への派兵。決断と、実行。鉄の意志です。鉄でございます。民主党議員は全員ご覧になるとよろしい。
 まずは英国病の治療。73年オイルショック後のスタグフレーション、失業率増大とポンド下落。公共サービスのストに次ぐスト。対するサッチャー政権の処方箋は徹底した小さな政府。財政をカットし、国有企業を民営化。
 ぼくらは80年代、電話会社の民営化の手法をまずイギリスに学びました。外資規制を撤廃し、海外資本を有望分野に引き込んで国内産業を育成する手法も日本は後に通信・CATV分野で見習うことになります。そして86年には金融ビッグバン。無論、当初は経済がさらに落ち込み、国内では不評でしたが、ブレずに断行。英国経済が蘇生します。
 日本でも通信・金融分野だけでなく、いくつもの点で規範とし、試みたものもあるのですが、タイミングがあまりに遅く、導入したときには世界は決着している、という事例が多い。これは政治の決断と実行力の違いによるものでしょう。

 映画では、テロや争乱、暴動のシーンもたくさん描かれています。ぼくのイギリスのイメージもそうでした。階級による格差と英国病とがパンクロックを生み、その反抗の姿に魅せられてもいました。
 81年、大学3年生の夏。少年ナイフ結成の半年前。ぼくは初めて飛行機に乗り、ロンドンに渡りました。荒れるロンドンとパンクスを見たかった。サッチャー政権3年目で、まだ経済は立ち直らず、でもロイヤルウェディングに沸き返り、ひとまず表情はにこやかでした。
 しかし、うようよいたパンクスだけは、細いアゴを引き、眼がギラギラしていました。日本のファッションパンクと違い、実にささくれた生活臭があり、危ない連中でした。そういやぼくが持っていた花の子ルンルンのビニールバッグをよこせとシャレにならんくらいさんざん追い回されたなぁ。
 ところで素寒貧のぼくがロンドンで過ごせたのは、若者を海外に送るライオンズクラブの制度に乗っかれたから。京都府南部、山城町のライオンズクラブが、会員の子女でもないパンク野郎の申し込みを受け入れてくれたのです。今さらながら、度量あるなぁ。当時の会長は福寿園の福井社長。ぼくがいつも伊右衛門を飲んでいるのは、これが理由です。

 フォークランドに派兵するサッチャー首相の決断もしびれるシーンでした。思いとどまらせようとするアメリカ国務長官に対し、本土から離れた真珠湾を攻撃されたアメリカはどうしたのかと迫る首相。心血を注ぎ続ける経済・財政の建て直しを捨てても国家の威信を守る、その瞬時の判断と鉄の意志。
 われわれには、国民の食糧1年分のコストを犠牲にしてもミサイルを撃とうとする、鉛の意志を持つ隣国もありますが、発射ボタンを押されたかどうかもおぼつかぬまま消費税を上げようとしている我が国の姿をどうか重ね合わせて自虐の唄を歌いましょうよ。
 スクリーンにはフォークランドの映像も登場します。そうだ、あの戦争はリアルタイムで中継されたのでした。衛星の戦争でした。20世紀からの戦争はみなメディアの発展とリンクしています。ボーア戦争、第一次大戦はモノクロ映画で、第二次大戦はカラー映画で記録されました。ベトナムはテレビで共有され、フォークランドは衛星で中継。湾岸戦争はテレビゲームのシミュレーションのような画像で共有されました。
 イラクはインターネットの戦争でした。ネット上で反戦運動が盛り上がりながら、戦争はネット中継され、現場ではGPSやウェアラブルコンピュータなどを絡めたネット技術が人を殺していきました。次の戦争はスマホとソーシャルで共有されます。それは、いつ、どこで。

 この映画を通貫する裏テーマは「成り上がり」。中下層に属する主人公が、イギリスという強固な階級社会の中でのし上がる。しかも労働党ではなく、保守党という上流階級の男性コミュニティの内部から。
 雑貨店の娘がオックスフォードに合格するシーンが意味する重みは、日本の商店主の娘が東大法学部に通る比ではありますまい。コックニー訛りを直し発声練習を繰り返す、ワインを拒否してウィスキーを注がせる、人の紅茶にミルクを入れてあげる、オヤっと思わせる数々のシーンやセリフは、成り上がるための深刻な努力だったり、成り上がった主人公による周囲へのあざけりだったり、意味は多々ありそうです。
 細かいニュアンスはぼくにはわかりません。ただ、個々のウィットは、イギリス表現健在を確認させる風格をたたえています。
 ラスト近く、いやならフランスに住めと言い放つ、つまり国を選ぶ権利は誰にもあるという首相の態度は、今の日本の政治家が国民から言い放たれそうでニヤリを誘うとともに、この映画を制作したのが pathe productions というフランス系企業だという点に、そこまでウィットかい!とニヤリ。
 

2012年4月19日木曜日

知はいかにして再発明されたか


知はいかにして再発明されたか
 イアン・マクニーリー/ライザ・ウルヴァートン著「知はいかにして再発明されたか」を読みました。

 6点ばかり視点を得たのでピックアップし、これらに対するメモをつけておきます。



視点1:始皇帝のもと焚書を実施した李斯は中国語の書き言葉の標準化を推進。;中国が一つの国として今に至るのはそのおかげ。

→焚書は文化を殺すものだが、同時に、文字の標準化=多様性の否定は、大きな統合文化圏を形成した。中国は複数民族国家だが、それをとりまとめているのは文字だという。日本はどうだろう。日本語という文字で成立している部分もあろうか。




視点2:世界初の大学ボローニャでは教師は学生に雇われていて、学生が教師より優位だった。


日本は今そうすべきではないか。少子化で大学間競争が激化する中、資金の出し手=クライアントである学生とサービス提供者としての教師との関係を大学側は点検したほうがよい。


 東大の議論を契機に9月入学への移行が取りざたされている。大学の国際競争に打って出るか(秋入学)、国内競争で生きるか(春入学)の分かれ道。大学はどう生きるかを問う場面が来ている。



視点3:グーテンベルクの発明後も、知は書籍ではなく手紙を中心に組織された。

ソーシャル(手紙)後にコンテンツ(書物)が登場した。今、改めてデジタルはコンテンツからソーシャルへとコミュニケーションのベースが移行しつつある。




視点4:ラボワジェの夫人の愛人の息子がデュポンを創設した。


知らなかった。




視点5:マルクスはドイツの遅れを憂い、「政治においてドイツ人は他の国が"していることを"考えてきたにすぎない」と述べた。


今の日本だ。


「考える」から「する」に転化するにはエネルギーが必要。

 これは次の視点6と共通する。

 アンディ・アンドルーズ『希望をはこぶ人』の中に、こういうくだりがある。

「五羽のカモメが防波堤にとまっている。そのうちの一羽が飛び立つことを決意した。残っているのは何羽だい?四羽です。そうじゃない。五羽だよ。飛び立とうと決意することと、実際に飛び立つことはまったく別物だからね。いいかい?誤解されがちだが、決意そのものには何の力もないんだよ。」

 そうだね。



視点6:パスツールが開発したワクチンを農場に投入するには、大変なエネルギーをかけて農場関係者を説得せねばならなかった。


「何を」より「どう」が難しい事例。いま日本に横たわる問題の大半は、「何を」すべきか明白ながら、「どう」実現するかの調整と決断ができないという状況。しかし、多くの場合、「何を」ばかりが論じられ、前に進まない。


 政策論では、「何を」のアイディア、つまり法案や予算措置を企画するエネルギーを1とすれば、「どう」実現するか、説得と調整と決定と実行と検証にかかる裏側のエネルギーは10

 社会人になりたての頃、上司から「仕事の9割は調整だ」と叩き込まれた。これは組織人はわかっているが、当たり前すぎて言わないだけ。だが、文系の学者をはじめ、企画と論評で満足する人が発言力を持っていたりするので、遂行するエンジンが働かないと停滞する。

 霞ヶ関の功罪の「功」は、政策面でその裏側を黙々とこなしていたということで、今はそこが機能不全を起こしているから、どうにもバランスの悪い状況となっている。

 某市長が学者や評論家に「ならあんたがやってみろ」とタンカを切るのは、「どう」の重さを知事時代に負ってきたからリアリティーがあり、しかし切られた側の多くはその重さを無視する地点にいるからリアリティーが伝わらない。

2012年4月16日月曜日

IT 復興円卓会議「政治」 7/10

■IT 復興円卓会議「政治」 7/10

 IT復興円卓会議「政治」の第7回。
 藤末建三民主党参議院議員、高井崇民主党衆議院議員、世耕弘成自民党参議院議員、池田信夫さん、菊池尚人さん。

周波数オークション

総務省が政府の政策仕分けの提言を事実上無視する形で、直近の3.9世代ではなく、第4世代の携帯電話から入れるということで議論は進んでいるようですが、オークションで入って来たお金はどう使うのかがまだまとまっていないようです。(中村)



入ってくる免許料を一般会計に入れるか特別会計に入れるかに総務省の方はこだわっているようですが、それはどうでもいいことだと考えています。何割かは今の電波利用料の代わりに免許料を事実上の特別会計に入れてITの予算に使うということは何ら問題ないことでしょう。なぜなら目的は国庫収入を得ることではないですから。
目的はとにかく競争促進することと、たくさんの電波を速やかに利用可能にすることです。今電波を持って居座っている人たちをどかせるということも重要なのです。私は10年前逆オークションというのを提案したことがあります。それは電波を持っている人たちにお金を渡して、その場からどいてもらうということを意図していました。今回900MHZ帯で、不透明なやり方で2100億円という上限を決めてしまったものですから、あれでは明らかに2100億円に張り付いてしまいます。そのあとはデューティコンテストになってしまうのです。これではオークションでもなんでもありません。
従って、こういったやり方はやめ、マーケットで決めてやることが大事です。マーケットで最初にルールを決めてやれば、いちいちチューニングをしなくても、自動的に新しい帯域を開放する立ち退きの仕組みが出来上がる可能性があるのです。立ち退きの仕組みを考えることが必要なのです。(池田)



最初におっしゃった財源をどちらにするかというのは、霞が関で言うと総務省か財務省なのかということですね。ここの折り合いがつけば進むということなのでしょうか。(中村)



池田さんのように、国庫収入は二の次で、透明性と効率性の確保が目的だと言い切る人が少ないように思います。(菊池)



財源が乏しいので奪い合いになってしまうというのはしょうがないという面もありますからね。今電波を持っている人たちにお金を払うこと自体への反対論も当然あります。なぜなら彼らはタダで電波を使うことからスタートしているわけですから。
しかし、例えば数十億円を彼らに渡して電波を開放し、国民にとって大きい価値があるのであればそれでいいのではないでしょうか。同じ発想で言うと、全体としてみれば国民にとって何兆円もの価値があるので、総務省のポケットに数百億円を入れるのは安いものでしょう。(池田)


オークションをすると何兆円になるとして、しかしそれが国民の携帯の利用料などに跳ね返ってくるということはないのでしょうか。(中村)



それはありません。理論的にもありませんし、現実にオークションをやった国とやっていない国を比較した研究もありますが、オークションをした国の方が、国民が電波に使うお金は安くなっているのです。なぜなら免許料は最初に支払う固定費ですよね。この固定費を取り戻すために値上げをしてしまうと、他の業者との競争に勝てないことになってしまうのです。
そして、オークションをすると何が起こるかというと、既存業者と違う業者が市場に入ってくることになります。例えばアメリカではマッコウセルラーという全く関係の無い業者が市場に参入してきました。彼らは1ドル携帯などのビジネスを行い、業界水準が乱れ、結果利用料金が下がりました。ですから今回のオークションで既得権を持っていない、例えば外資系、チャイナモバイルなどが参入し、彼らが日本の業界水準を無視してビジネスを行えば、現在ある談合の輪も崩れていきます。ですから競争を促進するということが目的なのです。(池田)



とすると、今の話ですと、もしかして外資系企業が市場に参入した方が国民にとって良いのかも知れませんね。(中村)



私は外資系への一定の規制は必要だと思います。日本は何もないのです。アメリカにはエクソン・フロリオ条項という伝家の宝刀がありまして、国防上の懸念ということを振りかざして全て止められます。(世耕)



日本にはなぜそういった条項のある法律がないのでしょうか。(菊池)



日本にも外為法がありますが、これは竹光のようなものですから抜いたことがありません。(藤末)



皆さんそんなに心配することはないと思いますよ。むしろ日本がマーケットとしてジャパンバッシングの対象のような状態になってしまっているので、外資が入ってきてくれることは、私は1ユーザーとしては大賛成です。ただ、業界が一番恐れているのはチャイナモバイルの参入でしょうね。(池田)



かつてヨーロッパで何兆円という数字はありましたが、今の4Gからの帯域のみでその数字は期待できないですよね。ですからこの先どういう帯域を空けていくかが重要だと思っています。そして池田さんは、財源は二の次だとおっしゃっていましたが、私は財源にすることには思い入れがあります。と申しますのも、私は国会議員になる前総務省で働いておりましたが、私が総務省、当時は郵政省でしたが、入庁した際からIT分野の予算は増えていないのです。アメリカや韓国ではIT分野への予算がどんどん増えているという世界的な潮流の中にあっても、です。(高井)



実は予算は増えているのです。しかし農水省だとか、バラバラに予算がついてしまっていることが失敗でした。(世耕)



ええ。ですので、縦割り行政で各所バラバラにやるのではなく、世耕さんがおっしゃったようにIT戦略本部のようなところが力を持った上でコントロールをする。そしてそこに財源をつけてあげることが重要だと思っています。そうじゃないと予算の振り分けは難しいです。ですからオークションというのはIT分野の成長に役立てる財源を持たせるチャンスなのです。(高井)



私はなんで総務省が言わないのかと思っていることがあります。オークションに対する有力な反対論は、オークションというのは本来育成しなければならない通信産業に対する課税であるという論なのです。さっき高井さんがおっしゃったように、オークションで課税することが避けられないのであれば、IT分野に還元するという仕組みとワンセットにすればそういった反対も避けられます。(池田)



成長分野の資金をばら撒きに使ってはならないということですね。(菊池)



成長分野に還元し、成長分野で税収を上げることが重要です。(高井)



ポルトガルは周波数オークションのお金でデジタル教科書を配布したりしています。知恵の出し所はあると思います。(中村)



役所の人々にインセンティブを与えないといけないと思います。官僚を人参でもって動かす仕組みをつくるのがいいのではないでしょうか。(池田)

2012年4月12日木曜日

ニューメディアリスク協会の設立


ニューメディアリスク協会の設立

 2012213日、一般社団法人「ニューメディアリスク協会」が設立されました。インターネット上で特定の企業や従業員が一斉に批判を浴びる「炎上」が相次いでいることを受け、防止策を研究し、ソーシャルメディアを企業が活用する際のリスクを低減するための手法を考えるためのものです。
 ぼくが理事長を務めます。企業、自治体などのリスクマネジメントや広報の担当者の参加を募っています。 定期的な勉強会などを通じて、ソーシャルメディア活用に関するリスクや対策に関する情報を共有する予定です。

 ソーシャルメディアが急激に普及し、スマートフォンなどデバイスも進化した2011年は、ネットのリスクが飛躍的に高まった年でもあります。 “炎上”は、2011年には前年度の倍以上に増加したといいます。 ソーシャルにより一瞬でメッセージが拡散するようになることに加え、スマホは誰でも写真で簡単にソーシャル参加するようにします。この傾向はこれから拍車がかかります。
 有名人の来店を店員がツイートし、その店のサイトが炎上。内定学生がツイートで暴言を吐き、その企業のサイトが炎上。テレビ局への批判がそのスポンサー批判にまで引火。職員のやらせメールがソーシャルサービスで発覚し問題化。いろんな炎上、情報漏洩、さまざまなパタンがみられます。会社で行ったことが批判されるだけでなく、職員が個人で行ったことが会社に被害を与えたり、関係者は何にもしてないのにとばっちりで炎上してしまったり。
 根拠のないネット上のつぶやきが一瞬で拡散して、大問題に発展することもあります。企業にとってはその存在すら脅かされる死活問題となり得ます。技術的 に、あるいは制度的に対応することも考えられますが、それだけでは頼りになりません。企業や個人が自ら、こうした問題に対応できる体力を養う必要がありま す。

 女子高生が10年前にはもう親指一つでケータイメールを打っていたように、日本は老いも若きも情報を発信する「ネットユーザ力」の高い国。世界一と言ってもよい。世界のブログで使われている言語は日本語が最も多い、という調査結果もあります。
 だから、こうした問題も発生しがちです。日本は「炎上先進国」と言ってもいい。日本のネットユーザがマイナス面でも世界をリードしているのです。急激なメディアの変化と普及に社会が追いついていないわけです。スマホやソーシャルの普及により、これまで以上に多くの国民がネット社会に参加するようになり、それで新たなリスクが生じてきているのです。
 他国に対処法や事例を求めても答えはありません。日本は、われわれ自身が方法を探り答えを見つけて行かなければなりません。そのノウハウを海外に教えてあげる、くらいの対応が求められていると思います。

 ソーシャルサービスが社会経済に大きな恩恵をもたらすことは説明を要しません。震災後も瞬時にさまざまなソーシャルサービスが立ち上がり、被災地と全国の情報共有に活躍しました。人々の絆を強め、コミュニケーションを活性化させています。企業のビジネスにも組み込まれています。
 しかし、デジタル技術を不安視する見方にも根強いものがあります。4年前、青少年のケータイ所持を巡る問題では、ケータイを規制せよという政治的動きが高まりました。結局、法律まで策定されてしまいました。当時、ぼくは規制でフタをするのは逆効果であり、使わせるべきだという論陣を張り、さまざまな運動をたばねるコンソーシアムとして「安心ネットづくり促進協議会」を立ち上げました。これでようやく事態は収まってきましたが、民間が努力を怠ると、また政治が入ってくる可能性も残ります。
 本件も同様です。炎上などの新しいリスクに、民間が情報を共有して、対策を練っていくことが大切。民間がきちんと対策を講じておかないと、政治や規制が入ってくるという危機意識を持っておく必要があります。そして、そのためにも政治や関係省庁とも連絡をとりながら、努力していくことが求められます。このため、設立総会には、オブザーバとして、国会議員や総務省、経済産業省のかたがたにも参加いただきました。

 入会金5万円、年会費12万円で企業や自治体、大学などの会員を募って月次の勉強会を開催し、ネットメディアを利用するうえでの注意点の啓蒙や伝達、風 評被害の防止と事後対策についての意見交換などを行います。さらに小グループに分かれた分科会で、過去に炎上被害に遭った企業の担当者に、炎上終結までの具体的なプロセスを聞く機会なども設ける予定です。
 安全で活発な情報社会を共に築くことができればと祈念する次第です。

2012年4月9日月曜日

IT 復興円卓会議「政治」 6/10

IT 復興円卓会議「政治」 6/10

 IT復興円卓会議「政治」の第6回。
 藤末建三民主党参議院議員、高井崇民主党衆議院議員、世耕弘成自民党参議院議員、池田信夫さん、菊池尚人さん。


光の道

さて、この番組はIT復興をキーワードとしていまして、「ITで」どうするのかということと、「ITを」どうするのかという部分を議論する場です。今、電波の話が出たので、無線なのか有線なのか等も含めて、「ITを」どうするのか、議論を進めましょう。(中村)



高井さん、「光の道」構想の現状はどうなのでしょうか。(菊池)



今回も予算は組んでいます。自民党政権時代の補正予算でかなり予算がずっとついていまして、自治体からの要望は落ち着いてきている状況です。ただ超高速ブロードバンドの整備はまだ進んでいないというところと、利用に関しては全然進んでいません。インフラ整備は90%進んでいますが、利用は30%程度です。この利用の部分を2015年に100%にするというのが原口総務大臣の時の光の道構想です。(高井)



先日某大手通信キャリア役員の方と話した際、彼は「光の道」という名前をやめて欲しいと言っていました。震災復興の際も、光より無線を優先していますでしょう。ユーザーも光より携帯を使いたいと思っていますよね。従って「光の道」という名前が既に時代錯誤であり、「電波の道」、アメリカでは全米ブロードバンドプランが始まっていますが、ワイヤレスブロードバンドがこれからの主要インフラだという発想の切り替えを是非して頂きたいということを、その方に代わりこの場で申し上げます。(池田)



もちろん「光の道」には無線も入っています。ただネーミングがちょっとそぐわないという事実はありますが。(高井)



池田先生にお伺いしたいのですが、電波は周波数の限界がありますよね。ラインには物理的にそれがありません。ですので、将来的にラインは必要になるのではないでしょうか。現在でもバックボーンはラインですし。(藤末)



それは通信業界の言葉で言いますと中継系の話ですよね。それはもう100%光ですよ。しかしラストワンマイルのところでは、5年以内くらいに光は減っていくだろうと思います。(池田)



非常に気になっているのですが、我が国において、例えばNTTは会社として、電波とラインが会社として分かれています。これは大きい問題ではないでしょうか。(藤末)



ですからNTTはもう無線を中心とした会社になるとのことらしいですが。(池田)



私はそういったNTTの経営形態は、経営者が考えればいいことだと思っています。(世耕)



NTTの中でも水平分離だというのは全くナンセンスな話で、分離するのであれば固定系と無線系に分け、固定系は売ってしまえばよいのです。世界のキャリアの話を聞いても、固定系の話をするところはもうないですよ。(池田)



KDDIも無線と有線一体型のサービスを打ち出しています。(中村)


今アメリカのキャリアにおける収益源は圧倒的に無線で、いかに固定系は売却をするかという話をしている状況です。まずその切り替えをして頂きたい。しかし、世耕さんも仰っていましたが、基幹インフラとして利用するには圧倒的に周波数が足りません。ですので、防災無線の周波数割り当てなどはやめて周波数の整理をし、皆が使える汎用の周波数にしていくことが重要です。周波数オークションは一つの方法に過ぎず、一番大きな目的は大量の帯域を、早く、多くの人に、汎用の帯域として使えるようにすることだと思います。(池田)

2012年4月5日木曜日

スマートテレビ考 後編


■スマートテレビ考 後編

 では、日本はどんなスマートテレビのサービスを生んでいくのか。
 放送・通信融合では3年出遅れた日本ですが、それでも既に日本型の融合モデルが生まれてきています。
 NHK「デジタル教材」。教育番組クリップをウェブサイトで開放しつつ、教材や教授法を学校の先生方と共有するという「テレビ+ネット+学校」のコミュニティ。学校教育とテレビが強く結びついているのは日本の特徴で、これをネットでも活かしているんですね。
「ウェザーニュース」は、衛星、ネット、モバイルでテレビ、PC、ケータイに番組を届ける放送・通信融合局ですが、刻々とセンターに届く視聴者からの写メ情報を天候の実況や予報に役立てています。海外でもスマホが普及し始めたとはいえ、老若男女がユビキタスに映像情報発信できるのは未だ日本特有のポジション。このモデルを構築し、いずれ海外展開を、というのがウェザーニュースの戦略だそうです。
 他にもいろいろあるのですが、そこでやってきたのが次のステージとしてのスマートテレビ。マルチスクリーンにソーシャルメディアを組み合わせる。

 放送局、広告代理店、メーカ、ソフトウェアハウス、さまざまな関係者がサービスを企画しています。そしていま日本で検討されているサービスの多くは、GoogleAppleが提案するようなタイプ、つまりテレビ受像器をPCに変身させ、ネットのコンテンツもソーシャルサービスも大画面にぶち込むスタイル=「オーバーレイ」とは異なります。
 それは第一に放送局がいやがるからです。テレビの画面を汚すな、と彼らはいいます。テレビはテレビでそのままに。で、スマホやタブレットを組み合わせ、小画面側でソーシャルとヒモつけよう=「マルチスクリーン」というのが今の基本的な方向です。
 既にマルチなスクリーンを同時に使いこなす若者の情報行動スタイルを一歩進め、テレビ番組を放送局がソーシャルサービスに結びつけていく。日本型のアプローチとしては、こちらでしょうね。となると、放送局がどう出てくるのか、これが行方を左右します。

 NHK技研「ハイブリッドキャスト」でも、テレビとタブレットなどダブルスクリーンでテレビ番組とヒモつき情報を連動させる提案がなされています。放送とネットの情報を同期させる技術がキモで、それがもう実用段階にあるといいます。
 在阪テレビ局が中心となって結成した「マルチスクリーン型放送研究会」も、スマホなどセカンド端末での放送連動サービスを念頭に実験を計画しています。同じく大阪から実験協議会としてスタートしたラジオのネット配信サービス「radiko」は、4月から全国70局が参加するプラットフォームへと成長し、ツイッターなどマルチスクリーンによるソーシャル連動サービスに本腰を入れるとのことです。
 もちろん、全てがマルチスクリーンになったり、逆に全てがオーバーレイにされたりするわけではないでしょう。コンテンツによって向き不向きがあります。討論番組ならニコニコ動画のようにオーバーレイでみんなの声を投じればいいし、ドラマなら画面を汚さずセカンドスクリーンで遊べばいい。多様なコンテンツに応じ多彩なサービスが開発されていくことになるのでしょうが、日本の場合、ややそのバランスがマルチスクリーンに置かれるということではないでしょうか。

 こうしたサービスの開発には課題もあります。放送に通信をかませるので、両制度の違いが問題となります。例えばコンテンツの責任の所在。放送コンテンツは放送局が法的責任を負うのですが、通信コンテンツは表現の自由が大原則で、発信者に介入ができない。となると、放送局が送る番組に通信でオーバーレイした情報が問題を引き起こしたら、その画面の責任はどこに所在するのか。ま、放送局が「画面を汚すな」とオーバーレイに拒否反応を示すのも、コンテンツの管理ができないという点に集約されるわけですが。
 著作権も同様の問題を提起します。放送コンテンツと通信コンテンツでは著作権法上の取り扱いが違う。放送コンテンツとする場合には比較的ラクに処理できるのですが、同じコンテンツを通信で流そうとすると改めて権利者の許諾を要したりする。地デジネットワークやブロードバンドなどを混合して伝送する場合、その処理をどうするのか、なかなか厄介な問題です。
 著作権はそもそも「そんなサービスを国内で展開できるのか」という問題も提起しています。「まねきTV」判決が示すように、いわゆるクラウドサービスを日本で展開しようとしても、アメリカなどと異なり非常に制約がある。ま、これはテレビ局が提訴した結果ですから自業自得の面が強いのですが。

 そんな制度面のことよりもぼくが課題だと思うのは、そういう新しいサービスを「やる根性」。震災で縮こまるずっと以前、そう、失われた20年とされるその20年前あたりから、日本を覆い続ける縮み志向。これを吹っ飛ばして、チャンスを活かして海外に展開する意気込みを、スマテレ関係者のみなさんがたくわえているのかどうか、という点です。
 放送・通信融合は、いいポジションにつけながら、この20年、日本はチャンスを逃してきました。GoogleAppleHuluなどの攻勢に、改めてオタオタしておりますが、これを逆にチャンスととらえ、打って出る根性や気合いがあるか。
 ここはひとつ、やってみませんか。