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2014年5月29日木曜日

ニコニコ超会議3、スケッチ。

■ニコニコ超会議3、スケッチ。
ニコニコ超会議3。ドワンゴ川上さんの言う「ネット民とリアル民の戦いの場」。日本で最も重要なイベントだと思います。今年もちょろっと覗いてきました。
 ただし、昨年ブログに書いたことに追加するコメントはほとんどありません。新たに感じた点だけ写真メモします。
 昨年のブログ「政府はニコ超会議を支援できるだろうか」
 http://bit.ly/1lWhL0O



企業参加が増加しましたね。
ブースがプロっぽくなっています。
これはNTT。














ぼくの古巣かんぽ生命まで登場。
こうした企業文化とオタク/ソーシャル文化はどう化学反応をみせるでしょうか。





まぁそれでも話題のキャラクターは欠かせませんよね。





自衛隊やJAXAに加え、今年は競輪も。
公的な組織がたくさんすり寄っているのも超会議の特徴。
おつかれさまです。




 




各党が出展していましたが、自民党がいちばん気合が入っているように見えました。
安倍さんも来たんですね。
車の上に乗れと誘われましたが逃げました。











先日、自民党本部でニコ生をご一緒した福田峰之議員が小池さんとオンエア中。
見つかったので逃げました。






今年の目玉は大相撲。
白鵬ら250名による巡業。
あちらの世界とこちらの世界の神聖な接点。
すばらしい。






ものづくり、コンテンツ、お祭り、何でもあります。
中でも、参加して、作って、見せる、この文化を何よりも大切にしてほしい。





キノコとタケノコを仕分ける装置。
よくできました。
(製作者はタケノコ派だそうです。)






昨年の参加は10万人。
そう考えるとぼくらのワークショップコレクション10万人もスゴいよね。
今年も堀江さんが大活躍でした。





 それから一月もたたず、KADOKAWA・DWANGOの経営統合が発表され、腰を抜かしました。
「AOL/TWの頃と異なり、メディア環境はスマホ・クラウド・ソーシャルに一変。コンテンツ企業もネット企業もそこが主戦場になり、対応が急がれています。
 Google、Apple、Amazomもかつての任天堂・ソニーと同様、統合モデルを取っており、専業モデルからの転換は今の流れ。しかもKADOKAWA・DWANGOともに海外に目が向いていて、戦略面で親和性が高いんでしょう。
 いまコンテンツ企業もネット企業も内部で同様の議論をしています。本件が業界再編の号砲となる可能性がありますね。」
 急遽、新聞社から電話でコメントを求められ、泡喰いつつ、そんなことを話しました。陳腐です。でも、このニコ超という場、空気の中で考えたら、全く異なるコメントが出てきたはずです。どんなコメントか? それはまた、別途。

2014年5月26日月曜日

情報覇権と帝国日本

■情報覇権と帝国日本
有山輝雄東京経済大学教授「情報覇権と帝国日本」。開国から欧州の電信への依存、不平等条件の打開、通信覇権主義への参加、壮絶な挫折までを膨大な資料をもとに描く1・2巻計1113ページ。本書は、通信設備と通信社の整備の両面を同格に追います。インフラとコンテンツ、ハードとソフトの両面にわたる輸入、整備、自立、進出の夢。電気通信の普及と帝国主義・覇権主義との深い関わりを描く大著です。。
 情報通信インフラは主に国家の仕事として、通信社は主に民間の仕事として描かれますが、いずれも政治のトップと官僚による戦略、オモテの交渉、ウラの暗闘が国力を左右していく姿が生々しい。淡々とした事実に鬼気迫るものがあります。通信の外国への依存、国営、公営、民営という流れは、単純なものではありませんでした。今年は通信を公営から民営に切り替える決定から30年。もう一度、通信と国との関係を考えるにはいい時期でしょう。

 江戸末期の開国後、海外との電信は長い間、通信ハードはデンマークの大北電信会社に、情報ソフトはイギリスのロイターに握られていました。帝国主義に遅れて窓を開けた日本として左右できる部分は少なく、それを是正することに対する先人の涙ぐましい努力に頭が下がります。日本政府がデンマークの大北電信会社と折衝しては破れる、その繰り返しを見ていると、今も日本だけでなく政府がGoogleのような企業に押さえ込まれ、その背後に列強がいる構図とさほど変わっていないと感じます。
 明治維新、日清・日露、一次大戦を経て、軍事・安保機構としての通信システムの重要性が高まっていったことが資料から浮き彫りにされます。それは技術進歩と国際利害の交錯が高まる時期でもあり、政策判断の難しさは現在の比ではありません。一次大戦後、欧州の国家主義に対してアメリカが国際主義を標榜し、通信でも旧秩序に対抗したのは当然のヘゲモニー争いです。その狭間で、中国ナショナリズムの台頭もあって、日本が右往左往したのはやむを得ません。

 また、本書の整理によって、1920年代の通信ヘゲモニーを巡る調整と意思決定は、逓信大臣・外務大臣・首相による高次な政治判断の連続であったことがわかります。今のIT・知財政策にそれだけの覚悟とプライオリティーがあるでしょうか。
 北京に巨大な無線設備を建設すべく投資・整備しながら、その途上で技術が立ち腐れした件も描かれます。急激な技術進歩、激動する国際情勢、その中での投資と外交。うらやましいほどスリリングな国家政策だったと思います。
 1935年に始まった短波による海外放送は、国際電話株式会社の設備を使って、日本放送協会が行ったといいます。逓信省・外務省が計画したというのです。へえっ、官製ハードソフト分離だったんだ。ちょっとしびれました。
 国際電話会社設立は1929年小泉又次郎逓信大臣への出願から始まります。63年後の郵政大臣、小泉純一郎さんのおじいさんですね。お孫さんに(郵政事業でなく)通信政策の担当補佐として仕えたぼくは、イケイケ大臣という印象が強いです。

  海外への情報発信面では、明治期はゼロに等しく、満州事変で情報戦・宣伝戦の重要性に目覚めながら、備えなく敗北。そこから力を入れたとありますが、現在に至るまで成功しているとは言えません。クールジャパンとして海外から勝手に評価されている点を除き。
 一次大戦後、世界新聞専門家会議が開かれたのは、拡充し強大化するインフラ(ハード)に対する国際的なコンテンツ(ソフト)及び大ユーザのカウンター。料金引き下げやニュース所有権を求めたのは、現在のネットのコスト条件や知財の問題と符合します。
 そうした100年近く前のハードとソフトの調整は、現在も参考になります。映像、音楽、書籍などに分断されたコンテンツは、大ユーザとしてネットに対し要請を整理すべきでしょう。そしてそのハード相手は、欧米列強ではなく、Google、Apple、Amazon、Facebook。

 そして情報ソフト面では、1920年代、営利目的の英ロイター、仏アヴァス、独ヴォルフの先行組に対し、組合式の米APと国家事業の露タスとの3モデルを前に、日本はAP型を選びました。現在の電通や共同通信は、帝国主義時代の産物でもあります。
 ロイターの東アジア独占から1933年に契約が自由化されるまで、日本は開国から80年間、海外への情報発信権が縛られていました。国力を増強する過程でいかに対外発信に苦労したかは知っておいてよいでしょう。

 そもそも通信政策はなぜ存在するのか。淵源はこうした国際戦略にあると考えます。auやソフトバンクを規制しながらGoogleを非規制にしている現在の通信政策は、必要かつ正当なのか。根本的に整理すべきと思うのです。

 通信政策が国際戦略とともにあったのは30年前、ぼくが入省した年の通信自由化での対米交渉。国の管理と自由化=米国化のせめぎ合い。当時、ふうん大人のケンカって西洋人も東洋人もエゴむき出しなんだ、と思って見ていました。ただし、ついでに告りますと、当時、米国とともに財界・マスコミ工作した通産省は国賊で、郵政省は頑に過ぎ、外務省はアテにならず、その点、米国はなかなかいい線の要求をしている、と担当として内心思っておりました。
 次の通信国際問題はその5年後、89年の携帯・自動車電話市場開放。というかモトローラごり押しvs小沢一郎特使のバトルです。その一連の摩擦以降20年ほど、通信戦争はありませんからねぇ。政府に海外とやり合うリアリティーは失せているかもしれません。
 2002年、光ファイバー通信のワールドコムが5兆円の負債で倒産した際、日本のある通信の重鎮が「外資を集めてインフラを整備して、潰して安価なアメリカの資産にする。国家戦略だよ。」と言ったのが忘れられません。世界の戦略ってものは、そんな具合に姿かたちを変え、せめぎあっているわけです。

 読後感。ぼくは100年前に生まれても、逓信官僚を目指したと思います。

2014年5月22日木曜日

音楽タスクフォースとJAPAN NIGHT

■音楽タスクフォースとJAPAN NIGHT

 音楽産業の国際展開に関するタスクフォース。知財本部のもとで3月から4回にわたり開催されました。音楽に焦点を当てて政策を検討した(おそらく)初めての取組です。コンテンツの海外展開を進めることが重要課題とされる中で、音楽業界をモデルケースとして集中討議したものです。
 議長は日本レコード協会の副会長でもあるキングレコードの重村社長。委員として、日本音楽制作者連盟 大石理事長、音楽産業・文化振興財団 後藤理事長、日本音楽事業者協会 堀会長、日本音楽出版社協会 谷口社長、コンサートプロモーターズ協会 中西会長、テイチクエンタテインメント 石橋社長、龍村弁護士、そしてぼく。
 オブザーバーに総務省、外務省、文科省、経産省、観光庁、クールジャパン機構、国際交流基金、CODA、JASRAC、JETRO、BEAJ、電通、博報堂。
 このかたがたが内閣官房の同じテーブルに着く。それだけで、ただごとではない。迫力ありすぎで。

 でも、なぜいま音楽?
 海外展開の潜在性が高くて、業界の取組も熟しつつあることから、音楽をモデルにするというのが政府の説明です。特定業種を支援する「ターゲティングポリシー」にはぼくも批判的です。だから電子書籍の面倒を見る総務・経産・文科のいわゆる三省懇は、ぼくは参加をしていたものの、政策の位置づけが難しいと感じながら推移しました。
 その点、音楽はモデルになると考えます。文字や映像よりも早期にデジタル化への対応を余儀なくされ、グローバル化も早かった。このため、産業構造も大きく変化してきている。だが市場規模はアメリカに並ぶ世界ツートップの大きさを維持し、いよいよ海外展開が業界の自主テーマとなってきた。政府を頼らずとも、自らデジタルとグローバルに取り組もうとしています。
 これをモデルとして海外展開の成果を上げ、他のコンテンツ分野への波及を図る。特定分野のトライアルが一般化できる可能性があるのです。それを政府がバックアップするのは妥当でしょう。
 それでも気をつけるべきなのは、知財本部の会議の席上、松竹の迫本社長が指摘したように、ビジネス支援ではなく基盤整備であるべき、という点です。おかみを頼る産業への支援は、競争力のない産業の温存と資源配分の非効率をもたらします。成長戦略と、衰退産業や伝統文化の保護とをごっちゃにしてはいけません。国が打つべき手を厳選することが大切です。

 その上でとりまとめられた施策には、海外拠点の構築、データベースの整備、海外市場の調査、権利保護の強化、人材育成など数多くの項目があります。これらタスクフォースの検討結果に優先順位をつけ、政策の実行計画を作るのが知財本部の役割なのですが、これを受ける政府側の意図は最終ページ「おわりに」にぼんやり浮かび上がっているとぼくは読み取りました。
 そこには2点の項目が取り上げられています。
「現地での販売・情報発信・流通の拠点整備は、コンテンツ産業というファンとの継続的なコミュニケーションが支持獲得の基盤となる特殊な産業構造の上では不可欠な取組であり、同様の取組は映画やテレビ放送についても言える」
 まずは拠点整備に力を入れる。現地の放送局やプロモーターとの関係を密にして、現地のネットワークを構築するということです。

 もう1点はデータベース。「Google、Amazon、Apple等のグローバル・プラットフォームへの対抗に関しては、単に日本独自のプラットフォームを構築するのではなく、日本のコンテンツ業界が有する情報データベースを業界統一的に整備し、これらプラットフォームとの関係では、データベース保有・提供の権利を以て対抗する方策が有効」
 過激なことが書いてあります。が、要するに施策としては音楽業界横断のデータベースを作る、ということです。これについてはさらに具体的な記述があります。
「既に我が国においても、Sync Music等の海外向けデータ提供の取組は行われているものの、現地ファン層に「旬」の情報を提供するためには、コンサート開催やテレビ放映、新譜発売等の情報を付加して提供していく必要がある。今般のタスクフォースにおいて、日本音楽制作者連盟より提案されたデータベースの構想を基礎として、業界間での情報提供のシステム構築につき議論を深め、早期に実現を図ることが望まれる。」
 この「Sync Music」は音楽業界の依頼により、ぼくの研究室が運営・管理しており、2000の音楽アーティスト情報を扱っています。これをベースとしつつ、新たなデータベース構想が動き出そうとしており、そうした次世代のインフラを政府も後押ししようというものです。
 http://www.syncmusic.jp/wordpress/

 アウトバウンドとしての海外拠点整備と、国内インフラとしてのデータベース整備。こうした柱を推し進める施策が2020年の五輪に向けて成果を上げることを期待します。
 前回の五輪のシンボル、国立競技場がフィナーレを迎えます。その最終週に日本の音楽の力を集結させよう。そして、これを皮切りに、世界に向かって発信策を展開していこう。
 そのためのイベント「JAPAN NIGHT」が2014年5月28-29日に開催されます。集合しましょう!
 http://www.japannight.jp/

2014年5月19日月曜日

グーグル、アップルに負けない著作権法?

■グーグル、アップルに負けない著作権法?
角川歴彦さん「グーグル、アップルに負けない著作権法」。
 いや会長、コレそんな本じゃないでしょ。がっぷり四つのメディア論ですよ。

 2009年・2012年の著作権法改正を周回遅れと斬り、過度なまでにコンプライアンスが重視される日本企業はグローバル市場でアメリカ勢とどう戦えばよいのかと提起します。デジタル時代の法整備を政府に求め続けて来られた、その思いがストレートに伝わります。
 それにしても、本論3章のうち1章をスマートテレビに割かれたのが驚きでした。スマホ、クラウド、ソーシャルは決着し、次の主戦場はテレビだということ。それはGoogle、Apple、Amazon、Facebookの「ギャング4」もそう見てるんでしょうかね。
 そこでは通信・放送の区別にこだわる異質な法制度への批判も加えられます。ただ日本は、角川さんも参加する知財本部も後押しし、他国に比べ先駆的な「融合法制度」を2010年に導入しました。制度論は段落し、どちらかというと企業側のやる気の問題に移っているとぼくは思います。

 一方、通信・放送融合がクローズアップしたのは「政府の力技」で地デジを完全実施したからで、日本はイノベーションに政府の力が必要だったと指摘されます。同時にそれが限界であり、21世紀の行政を変革することが不可欠と説きます。この点、同意。
 そして、総務省は放送のネット化にとどまらない次のステージとして放送のオンデマンド化を検討せよと説きます。言い換えれば、番組配信からマルチスクリーン・クラウド化ですね。必然だと思います。
 20年前ぼくは政府初の通信放送融合の担当になりました。というか担当がいなかったから勝手に名刺に刷ったんです。以後、長い間テレビ局からにらまれてました。この数年で業界の対応はすっかり変わりましたが、既に世界の場面は転換しています。先を急ぎましょう。

 角川さんは、「テレビがなくなる日」のシナリオとして、ハードとしてのテレビは残るが日本市場を外国勢が独占するか、本当にハードとしてのテレビがなくなるか、その両方を提示します。案外、後者の可能性があるのではないでしょうか?
 テレビ局の制作力は強く、簡単には崩れなません。だけどテレビ端末がファーストスクリーンであり続けるという消費者行動は確かなものではありません。ユーザ行動のほうが先に変わっていく可能性がもう見えているのではないでしょうか。
 そう、ユーザから変わる。著作権法の対象がプロの制作者から一般の人に広がることに関し、ぼくらの「デジタルえほんアワード」の審査員を角川さんに務めていただいたときの模様を記していただいています。今後ともよろしくお願いします。

 著作権とテレビに関していえば、まねきTVとロクラクⅡの最高裁判決でテレビ局は二次流通の資格を勝ち取りました。でも、それを利活用できないジレンマがあると指摘します。そのとおりです。"放送事業者は何を守りたかったのだろうか”との指摘に放送側は答える必要があると思います。
 厳格な著作権法の適用により、テレビ局の権利を守った。ように見えて実は、国内はクラウド事業が萎縮し、結局プラットフォームを米IT企業に取られ、根こそぎやられている。局地戦で勝って戦争に負ける。その事態を認識しないと、戦略が描けないとぼくも思うんです。
 アップルiTunes Storeの審査を "一個人の判断で一冊一冊の取り扱いが決まる。モノポリー者の行動原理の極致、これこそ漫画” とぶった切ります。ジョブスへの敬意が深いからこそ、その過ちへの反発も強いですね。

 後段の対談もスリリングです。
 中山信弘先生との対談。まねきTV判決も、骨抜きフェアユース規定も強烈に批判し、ニコ動とコミケを評価する中山先生。著作権法の権威がパンクなのが希望を抱かせます。
  MITメディアラボ伊藤穣一さんとの対談も。著作権保護を強くするんじゃなくて、プラットフォーマーを独禁法的にコントロールすべきと説きます。踏み込みますね。同意します。逆に向かうことによって、権利者は首を絞められています。
 さらに伊藤穣一さんは、土管屋と著作権分配屋の差配を国単位でやるべきか、グローバルでやるべきか、と問います。そこです、問題は。国とグローバル企業の関係が今後の最大課題。
 角川さんがMITメディアラボの入口に「CSK創業者大川功氏の大きな寄付で始まったことを感謝する」とのボードがあると記しています。それを書かせる契約を結ぶのに15年前ぼくは奔走しました。手強かった~、MIT。

 そして、ドワンゴ川上量生会長との対談。ネット時代はコンテンツの寿命が短くなるが、コンテンツの消費を是認しソーシャル性をもつことでコンテンツは生き返るとのやりとり。本質的だと思います。
 川上会長 "ソーシャル化された社会での権力というのは、著作権という法律じゃなくて、ユーザの声”。そう思います。法律や制度より、みんなの力を活かすほうが戦略的。
 ”日本は組織化されたコンテンツが弱い" "ソーシャルの力でコンテンツを作る方が、日本には向いている”。同意。ぼくが12年、子供の創作活動をやっているのも、その考えからです。
 にしても、対談を読むに至り、この本はKADOKAWA・DOWANGO統合の布石だったのかな、という気がしました。この対談の続きを期待します。

2014年5月15日木曜日

ナレッジキャピタルを見てきたよ

■ナレッジキャピタルを見てきたよ
遅まきながら開業1年のグランフロント大阪「ナレッジキャピタル」を見てきました。大阪駅に隣接する大商業施設に、「さまざまな知が工作して新たな価値を創造する」産学連携の知的創造拠点として誕生したカルチェ。これからぼくが始める東京港区竹芝の再開発へのヒントがあるのではないかと思いまして。



そのとおりでした。
刺激を受けました。
あわてて見学したので荒っぽいけど、
忘れないウチにメモまで。






竹芝は商業施設ではなく、研究開発とビジネスマッチング、だからB2Bを想定していて、B2Cのナレッジキャピタルとは土台が異なりますが、デザインとテクノロジーとマネジメントを組み合わせてポリシーを作る、KMDの「DTMP」という点で強く共鳴します。






体験ラボには多くの企業がブース展示。
これは電気自動車をメディア体験するもの。










VRと3Dプリンター。
凸版印刷。











ぼくらが2001年にけいはんなで立ち上げたCAMP。
出張子どもワークショップを開いていました。
おつかれさま。
竹芝も子ども創作活動は必須だと考えています。











大人が子どもと一緒に遊べる空間
「ボーネルンドあそびのせかい」。
ほしいなあ、これ。
(すみません今日までぼくこれボール粘土だと思ってました)







大学が技術を展示しているのも好ましい。
大阪電気通信大学、東京大学、梅花女子大学など。
さすがに企業展示に交じると厳しいと思わせるものもありますが、
でも展示することに意味があります。





マグロの完全養殖に成功した
近畿大学「水産研究所」。
国内初の大学直営レストラン。
長蛇の列。








ライブラリーも豊富なこのカフェ、
タブレットも一人ずつ備わっていて、
長居しちゃうんですよね。









イベント会場では篠山紀信展。
シアター、会員制サロンも具備。














大阪イノベーションハブ。
知の交差点。
こういう機能は竹芝に必須。









たまたまハッカソンが開かれていました。
すみません、東京からドタ参です。








関西電力グループ「エナレッジ」。
エネルギーの体験空間。
ダイキン、積水ハウスなどの大手企業もこうした施設を併設。
 





おっと、NICT(情報通信研究機構)が世界初、世界最大めがねなし3D映像を展示。
ぼく一人で見ていたので、おねえさんが詳しく説明してくださいます。
おかまいねぐ。元関係者ですんで。

2014年5月12日月曜日

テレビジョンは状況である

■テレビジョンは状況である
  重延浩テレビマンユニオン会長著「テレビジョンは状況である」。
 テレビ史であり、文化史であり、それに挑戦した経営論であり、デジタル論であり、メディアに関わるみんなの必読書です。
 テレビ60年で挙げた歴史事象のうち、皇太子殿下ご成婚を除き、東京五輪、金嬉老、月面着陸、三島割腹からベルリンの壁、麻原逮捕、9.11、3.11まで、ほぼ全て同時体験できたぼくは幸運でした。自分史として捉え直す視点をもらいました。

 重延さんは、テレビが自由な「放送の時代」から、80年代に産業化され視聴率主義の「構造の時代」に移ったとし、テレビマンユニオンがその構造自体に挑戦したことを描きます。それは実に挑戦的に映ります。構造の時代は個の表現が複数の表現に変わったといいます。日本テレビ土屋敏男さんのいう「個の狂気」が失われていった時期と符合します。
 テレビマンユニオン創設者の一人、故・村木良彦さんの若い日が描かれています。ぼくは20年前、官僚だったころ、表参道の住宅地で密かに開かれていた村木さんの私塾のような「個」の集まりに足を運び、放送人たちの議論に聞き入ってました。放送人って熱い、という強い印象を受けました。今、放送人はどうでしょうか。


 重延さんが若いころ夜毎見ていたという映画。去年マリエンバードで、8 1/2、気狂いピエロ、絞死刑・・・いいなあいいなあぼくの好きな映画ベスト10に入るものばかり、それをリアルタイムで見る幸せを当時感じておられたでしょうか。
 そういう映像体験を経ながら作られる作品は重い。本書に紹介される番組には驚くものがあります。知らないものが多いのですが、もう観ることはできないのでしょうか。
 例えば重延さんがレニ・リーフェンシュタールを東京に招いた番組。羽田に孫基禎さん(ベルリン五輪マラソン金)が来て挨拶して去ったという話にも驚きました。そのネタだけで1時間シンポが開けそうです。
 ジャンヌ・モローを口説いて三時間の「印象派」なる番組を作った話もすごい。見たい。81年、重延さん 40歳といいます。大きい仕事を若いうちにしないといけませんね。
 85年に重延さんがMITメディアラボに行き、ネグロポンテやミンスキーに取材した話。できたばかりのラボですよね。その映像、みたいなあ。

 85年に重延さんが書いた企画書、20世紀の魂を伝える人のメッセージ。人選がすごい。ボーボワール、カストロ、カラヤン、ダリ、エリザベス女王、キッシンジャー、ダライラマ、ワレサ、ドラッカー、テレシコワ、金芝河、タルコフスキー、アリ、美空ひばり・・実現してほしかった。
 アマゾン密林に棲むビワハゴロモの標本を重延さんが送った話。松岡正剛、ジャンヌ・モロー、浅田彰、坂本龍一、ローリー・アンダーソン、ジャック・マイヨール、アーサー・C・クラーク。統一感のある人選ですね。
 ところで「ウルルン」は「出会う」「泊まる」「見る」「体験」の最後の一言を集めて作った合成のタイトルなんですって。知ってた?


 重延さんのメディア論と政策論には耳が傾きます。
 デジタルの4文字は、中世の次の時代をルネサンスとした5文字の大改革に匹敵する、と指摘します。ぼくもデジタルは産業革命になぞらえるより、文明変革と並べる方が本質が見えると思います。
 さらに、ジョブスが「テレビをオンにするときは自分の脳をオフにしたい、コンピュータで仕事をするときは脳をオンにしたい」とした正論への悔しさ、それを乗り越える方法論を模索しています。それが本書の狙いでしょう。
 米フィンシンルール、英の外部制作ルール、仏のTVから制作者への資金還元制度など、放送・制作分離策に対し、日本の放送二次利用の低さを指摘しつつ、それを超える新環境の到来も予知しています。ぼくもそこに期待します。
 ただ、新時代のツールから発想するのは本当のメディア論ではないとし、人間の所産であるメディアを「個」に帰して捉えています。テレビが再生するには人とソフト、なのでしょう。
 重延さんは、デジタルエイジには技術と産業はあれど、革命も戦争もなく、放置されて社会が変貌しているとみています。だがそこに新未来論をみるとも言います。その新未来論、もっとつきつめてみたいと思いました。

2014年5月8日木曜日

第6回 沖縄国際映画祭

■第6回 沖縄国際映画祭

https://pic.twitter.com/1Z8uWiw0dZ
 沖縄国際映画祭。第6回になります。沖縄全島に広がりをみせています。「20年、30年かかっても沖縄にコンテンツ産業を根づかせる」(大崎社長)という吉本興業の熱意と行動に頭が下がります。
 昨年までの様子はここに書いてありますので詳細は省きます。今回は簡単に写真レポートで。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/07/2013.html

レッドカーペット。
映画祭であり、マーケットであり、沖縄が世界に発信する場。
こういう常設の場を東京にも作りたい!







コンテンツバザール。
9カ国の代表がプレゼンとパネル。
ぼくは佐藤麻衣さんとMCでした。











続くレセプション。
佐藤麻衣さんと、
TokyoCrazyKawaiiParisでお世話になった木村祐一さん。






ヒロ・ナカムラとイチ・ナカムラ。
なべけんさんと。








沖縄なので彼らが仕切る。 
いぃよ!








吉本のひと:今日はアイドル路線です。よく見といてください。 
ぼく:何というグループですか? 
吉本のひと:しりません。
(NKB48というんだそうです。)






まつもと、はまだ、アウトー! 
(いつもおつかれさまです。)







一昨年ご一緒した品川祐さん(左)のステージ。
タキシード姿の宇治茶監督「燃える仏像人間」、注目です。
https://www.youtube.com/watch?v=tG32FNc1Fdk






沖縄国際映画祭、ラフピータウン。
来場者が体験できるブース出展・PRステージ。
親子連れで賑わっています。
これはソフトバンクのiPadおみくじ。






ラフピータウン。
コンテンツ+ITをみんなで試す場。
これはdocomoのなぞときタブレット。
(でも子どもたちはパズドラやってた。)







auはベタなおみくじでした。
なぜか新鮮。
こういう場を東京・竹芝に常設したいとぼくは思っておりまして、
ぼちぼち相談を始めております。







ラフピーゲーセン。
PS4が並ぶ。








ここでしくみデザインに出会った!
変身サイネージ。








ニコニコ町会議、カラオケ中継。
何気なく見ていたら、
子どもの歌がすさまじくウマくて、
しばし立ち尽くす。
さすがオキナワ。






悪だくみの3人でした。










ごあいさつ。
映画祭、100年続けてください。











レッドカーペット、レセプション、パネルをMCで仕切った佐藤麻衣さんは、ふだん台湾を拠点としてマレーシア、シンガポール、中国などアジアを股にかける才女。応援します。







 ところで。彼女とMCを務めたコンテンツバザール。
 吉本興業がアジア及びアメリカのメディア企業と連携してコンテンツ展開する戦略を披露して論じました。これは刺激になりました。
 香港はMedia Asia、Content Land、TVBと提携して、映画やテレビ番組のアジア市場を開拓。台湾では視聴率No1番組「流行新勢力」を制作し、オンエア。そこから中国本土への展開を狙います。中国は映画興収で日本を抜き、米に次ぐ2位の市場であり、急成長しているものの、日中合作は少ない。日中友好映画祭とも連携するのだそうです。
 マレーシアは171チャンネルをマレー、インド、中国、英語の4ヶ国語で提供するAstroと提携し、まもなく地デジ24チャンネルが始まるタイとは共同制作で進出。いずれも韓国企業が力を入れている国。こちらもがんばりましょう。
 その韓国とは釜山映画祭で連携。韓国とはライバルという面もありますが、その発信力を活用して、手をとって世界に出るという戦略もありましょう。釜山が終了する翌日の9月2日からはスリランカでコロンボ国際映画祭も開催されるそうです。興味津々。
 これら諸国は国際化の面では日本よりはるかに進んでいる面があります。そして吉本興業は、無尽蔵のタレントという資産と、舞台、テレビ・ラジオ、DVD、映画、ネットの多メディアとを組み合わせた国際展開を図ります。成果や、いかに。

2014年5月5日月曜日

イノベーションと戦略とマッキンゼーの本

■イノベーションと戦略とマッキンゼーの本


MBAや経営学っぽい本はあまり読まないのですが、ツンドクだったものを3冊手にしてみました。感想文です。
 まずヘンリー・チェスブロウ著「オープンサービスイノベーション」。製品中心からサービスを中心にするイノベーションへ考え方を転換すること。顧客と共創すること。そこから生まれるビジネスモデルが価値を創造する、とときます。
 "イノベーションで成功を収める企業は顧客と共創せよ"。そんなの当たり前だろーと思ったんですが、なるほどそうなのかと考える経営者もいるんでしょうね。
 レゴ・マインドストームがソフトウェアをオープンにしてユーザを引き込んだ偶然の事例が登場します。MITメディアラボでそれを見ていたぼくは、十分に戦略的だ、というか、ラボ的には当然のアプローチだと思っていたんです。MBA的には画期的だったんですかね。

 こんな感じで、MBAの本を読むと「?」となることが多いのですが、三木谷さん南場智子さん夏野さんなどコンサルじゃなく成功した MBAたちが増えてきてよかったですよね。
 ただ、ケーススタディを学んで得られるのは、「そのモデルはもうみんな知っているから使えない」ということ。では何を学ぶか。学ぶ側の戦略や選球眼が大事です。
 実はぼくは、MITのビジネススクール・スローンで 「eビジネスコース」の立ち上げに携わったんです。ところが2000年のネットバブル崩壊とともに参加者が激減、金融やコンサルコースに学生が移りました。コイツら全員使えねー、と思いました。だって、ここが大事と見極めて大枚はたいて来たんでしょ?これから何がコアになるか、その見極め力をつけず、軸が動くのは、MBAで知識を得ても大成しないよね。
 "過去の分析では未来の市場の事業機会を見つけ出すことはできない" by奥出直人「デザイン思考と経営戦略」。そういうことです。だからデザイン思考なるものがあるわけですが。


続いて石倉洋子KMD教授の「戦略シフト」。オープンシステムによるORからANDへの転換がこれからの企業戦略と説きます。5年前の書ですが、今もそのテーマは褪せてはいません。
 利益追求と社会責任、グローバルとローカル、メガヒットとロングテール、マスと個など、二律背反でORの関係にあったものは、共存可能でANDとなる。そしてICTが共存可能性を広げる。と説きます。ICTの力を重視しているのがポイントです。そして日本の経営者に欠けるのは、この視点であります。
 日本は80年代、品質とコストという二律背反をANDにしたことで世界をリードしました。歴史的にも日本は多様な文化を受け入れる二面性がある。と説きます。力を活かせる、と。日本の強みとして、ものづくり力が健在であることと、ホスピタリティやきめ細かい対応などのソフト資産とを挙げます。そして多様性を受容する力に優れており、ANDによる共存を尊ぶ点を指摘します。いずれも同意します。

 オープンシステムの例としてここでもMITが開発に携わったレゴ・マインドストームの例が登場します。そのチームと仕事している時ぼくは不覚ながら強く認識はしていませんでした。一方、それに加えて、堀場製作所や日本電産の買収活動を恊働手段として紹介されているのが新鮮でした。
 オープンとクローズをバランスさせる知財戦略が企業にとって重要で、そのカギは「ロジック」と説きます。日本の金融や百貨店は横並びでロジック不明と斬っています。また、ロジックを活かせなかった例として、iモードを作りながら世界市場を逃がしたNTTドコモと、デジタル配信が見えていながら自社ソフト防衛にこだわったソニーを挙げています。うむ、くやしいです。

 オープンなシリコンバレーに対し、ボストン近郊ルート128が自前主義でクローズドという比較。さらにエンジニアがVCとして投資する前者に対し後者は投資銀行主体。後者は地域活動への関心も低い、と分析しています。ぼくはボストン(MIT)とスタンフォード(シリコンバレー)の双方に関わったので、そのあたりの空気感を肌で感じていました。
 すると石倉さんはクラスターとしての京都に注目します。技術と文化の存在、市場の小ささ、反骨精神、大学との連携、自由・・そうそう、そうでんねん。スタンフォード日本センターが京都に本拠を置いたのも、クラスターとしての可能性を読み解いたから。
 ふむ、石倉先生と京都論を仕掛けたくなってきた。というか、ぼくの授業はこの本を教科書にして輪読すればええんちゃうか。あかんのかな、同僚の本でそういうことしたら。--- ANDとオープンということでどやろ。



最後にダフ・マクドナルド著「マッキンゼー」。マッキンゼーの歴史に興味がある人は読むと面白いかもしれません。ぼくはさほど興味がない、ということに気がつきました。
 それは"マッキンゼーの代表的な勝者は、アメリカン・エキスプレスやAT&T、シティバンク、GM、メリルリンチなど、古くからある産業分野の企業"で、アップルやグーグルなど"現在の勝者でマッキンゼーに助けられてその地位を獲得した企業はほとんどない"からかもしれません。
 ただし、"若手をより刺激的なキャリアのために訓練するための場所"としてのマッキンゼーには興味があります。DeNA南場智子さんやmixi朝倉祐介さんなど出身起業家の活躍が身近にありますから。あるいはKMDに石倉洋子教授というマッキンゼー出身の身近な巨人がいるせい(おかげ)もありましょう。
 本書は「マッキンゼー」に登場する方々で唯一知ってる大前研一さんのことを、80年代後半で最も有名で頭脳明晰なエンペラーと高く評価しています。そうかぁそんなに競争力があったのか。そこは励みになりました。
 

 さて、次のツンドクに向かいます。