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2010年6月30日水曜日

ローマの思い出 -1

Buenos ローマの思い出 -1

 ローマ。
 ビビビッ、と軽いクラクション。
 うわっバイク危ねぇ。だって歩道だゼここ。
 自由だなぁ好き放題だなぁローマは。

2010年6月28日月曜日

学校教育の情報化に関する懇談会 メモ


Net 学校教育の情報化に関する懇談会 メモ

文科省主催の懇談会に、議論の方向性について意見を提出しました。
以下の方向で議論を進めるのがよい、というものです。
ちょうどデジタル教科書教材協議会の設立とぶつかるタイミングだったため、その活動と連動させようと思いまして。

1 目標
  コンセンサスを得て、政策の具体的な目標を定めるべきではないか。
 例)20XX年までに世界一のデジタル教育環境を整える。
   20XX年までに全小中学生にデジタル教科書・教材を行き渡らせる。
   20XX年までに小中学校のカリキュラムの○%でデジタル教科書・教材が使われる。

2 評価指標
 デジタル教科書・教材のもたらす効果について、学力、創造力・表現力、問題解決力等に分けて明らかにするとともに、その評価指標を形作るよう努めるべきではないか。

3 政策マスタープラン
 学校教育の情報化を進めるための政策マスタープランを形成すべきではないか。
 そのパッケージには、予算措置、民間支援措置、法制度手当て、推進機関、実験・トレーニングプログラム等を含むとともに、ロードマップを描くべきではないか。
 
4 連携方策
 本施策は、学校のみならず、家庭、地域等との連携のもとに進めるべきではないか。 
 このため、社会全体の理解を得るための普及啓発活動に力を入れるべきではないか。
 また、本施策は、教育分野のみならず、医療情報化、行政情報化等の施策と連動させつつ進めるべきではないか。
 このため、IT政策、知財政策、科学技術政策等との連携を強化すべきではないか。

2010年6月26日土曜日

ひろみ -2

Buenos ひろみ -2

 2年半前のこと。ヤマグチヒロミなる男から電話があったと同僚が言う。えっヒロミ? もう30年、音信不通やで。死んだ。と思ってた。どうせろくな人生は歩んどらへん。居所を調べて連絡してきたいうことは、借金の申し込みちゃうか?などと思いつつ、同僚の伝言メモにあったサイトにアクセスしてみました。


 驚きました。「JPホールディングス」という上場企業、保育園経営で最大手の代表、とあります。借金どころか、ぼくの全財産を一年で稼ぐ人物やないか。人望も厚いっぽいぞ。チョー成功者やんけ。どないなってんねん。
 早速、飲みました。「お前が役人になって、今や教授とは」「貴様が教育産業の社長とは」わはは。愉快やね。以来、しばしば会い、ぼくはヒロミの会社にも関わるようになりました。
 もう一名、同級生にミゾハタという名のヤンチャがいました。勉強はよくできたが暴れん坊で、ぼくもその暴れっぷりには一目置いていました。「ミゾハタどないしてるかな」「知らんのか。あいつJリーグの大分トリニータの社長やで」。えーっ、そうなんか。あのJリーグの風雲児トリニータをプロデュースしてるんか。なるほどなぁ、スケールのでかい暴れん坊になってるんやなぁ。(その溝畑宏くんはいま観光庁長官をしています。)

 ろくな思い出のない小学校を訪ねるつもりになったのは、そんなことがあったからです。
 もう大昔となったガキの記憶はとぎれとぎれで、日々薄くなっていきますが、ヒロミと飲むたび、それらがつながって鮮やかな像を形造ります。あったあったそんなこと。ここに来る前にGoogle Earthでチェックしたときも、35年前に埋もれた記憶がほんのり蘇りました。親友であれ、デジタルであれ、そんな具合に記憶を紡いでくれるのは、年をとるほどありがたいことです。
 実はぼくは小学校一年生の頃は静岡にいました。通っていた小学校の校歌が、半分ほどしか出てこない。記憶をたどろうとググってみたら、その田町小学校のトップページに、明治大学齋藤孝教授講演会とあります。声に出して日本語読む先生だ。本校卒業生とあります。あれっ。あの先生ぼくと同い年だから、同級生だ。知らなかったなー。つながってなかったリアルが、デジタルでつながりました。

 つながっていなかったり、とぎれていたりすることが、後になってデジタルでプチプチとくっついて、愉快なストーリーになることがあります。
 そんなことは、若いうちはわかりません。だから、あらかじめ、小さい頃から、組み込んでおけばよい。自分の映像や周りの音を片っ端からデータベースにしておく。タイムカプセルをリアルタイムに造っていく。小さな画面でビデオを作れば70年分で10テラバイト。じゃあ生まれて死ぬまで起きている間70年ずっとビデオを撮り続けてハードディスクに貯めておきましょう。10テラなら10万円ぐらいでハードディスクは買えます。国民全員が一生のストレージ空間を持って、記憶をつむぐ。記憶を交換する。
 想像もしない愉快なストーリーがたくさん生まれると思いません?

2010年6月25日金曜日

ひろみ -1

Buenos ひろみ  -1

 仰げば比叡山。
 35年ぶりか。母校を訪れたんは。
 校庭も、鉄棒も、登り棒も、プールも、変わってへんが、こんな小さかったか。
 講堂前の築山にある銅像は、こんな大きかったか。


 銅像、「小林正直君」と彫られてます。大正時代に講堂を寄贈したらしいです。
 そのひとが自分のじいさんのじいさんに当たるということをむかしオカンが言うとったが、そんな資産家と、貧しい自分ちとはリアリティーが感じられないので、またまた−、オカン見栄はってどないすんねん、と思っていました。
 しかし最近どうやらそれは本当で、じいさんの代に戦後のゴタゴタがあって、ぼくら子孫が割り食ってたということを知りました。
 そうとは知らず、小学生時代、いろいろ銅像にイタズラしてすみませんでしたアレはぼくでした。

 その京都市立修学院小学校界隈は、「けいおん!」の舞台となり、上洛したオタクで賑わっています。
 はじめてアニメを見たとき、とてもとても懐かしい感じがしたのは、とてもとても懐かしい風景だったからです。

 小学校の2年下に、前原誠司というひとがいました。ぼくらが作った鉄道クラブに入ってきました。そのひとは、中学も高校も大学もずっと同じ2年下で、高校ではぼくらが作った野球部に入ってきました。大学でてから政治家になったらしいっす。でもぼくはまだ一度も話をしたことがありません。
 そのうんと下に、チュートリアルの二人がいます。彼らが出た幼稚園の今の園長は、ぼくの同級生です。

 ぼくはそんな立派なひとたちと違い、下の方でブラブラしていました。
 特段、勉強ができるわけでもなく、運動に秀でているわけでもなく、お金もなく、時間ばかりもてあまして、京大の紛争で学生や機動隊が火だるまになるのを観に行ったり、吉本新喜劇のギャグを全て真似できるようになったり、自転車に銀玉鉄砲をくくりつけて戦争ごっこをしたりしていました。
 よそのクルマに泥ぬりつけてるところをつかまって呼び出しくらったり、歯医者の邸宅に集団で花火を投げ入れて警察を呼ばれたり、空手道場の後輩の家に遠くから石投げたら普段ノーコンなのに見事命中して窓ごと家の中にガシャーンと落ちてけが人が出たり、ほかにも書けないことだったり。
 いつもヤマグチヒロミという親友とつるんでの所業であるから、学校からも目を付けられていて、何かまずいタレコミがあると、またあいつらかい、の二人でした。そのたび先生も、ニコニコしながらグーでボコボコ殴りました。今なら大変な悪党と暴力教師かもしれませんが、まだ社会の許容度が高くて、適当なガキの爆発も教師の暴力もぎりぎりセーフでした。
(つづく)

2010年6月23日水曜日

デジタル教科書協議会設立準備


Net デジタル教科書協議会設立準備

 DiTT(デジタル教科書協議会)の設立準備会を527日、慶應義塾大学三田キャンパスで開催しました。
 正式な設立総会は727日を予定していまして、それに向けた説明会です。既に入会された企業が理事12社、一般会員18社、計30社。検討中の企業、政府関係者、マスコミなど計160名のかたがたにお集まりいただきました。
 これは会場の都合で上限打ち切りでして、それでも立ち見ムンムンの状態での説明会となりました。
 発起人を代表し、前東大総長の小宮山宏先生、マイクロソフト樋口泰行社長、ソフトバンク嶋社長室長とぼくがプレゼン。
 ぼくから申し上げたのは以下のようなことです。

学校の情報化、教育の情報化は必要性が叫ばれて久しいが、日本は遅れが解消できていない。PC1台当たりの生徒数は7.3人。アメリカ3.8人、韓国5.7人と開きがある。LANの普及率も低い。

・だが、文部科学省は学校教育情報化懇談会を開催して本腰を入れ、総務省は原口ビジョンが2015年にデジタル教科書を全小中学生に配布すると宣言。知財本部の計画でもIT本部のプランにもデジタル教科書が明記され、政府は一斉に重要性を表明。教育政策だけでなく成長戦略としても注目されている。

その産学連携の受け皿としてぼくらが発起人となって協議会を準備。政府とも連携して進める。現場の先生、研究者、親などともオープンにつながるコミュニティとする。プラットフォームをぼくらは準備するが、主役はあくまで参加するみなさんだ。

・全ての小中学生がデジタル教科書・教材を持つ環境を整備することを目標とする。小中学生の教科書、というあえて高い目標を掲げて活動するが、無論そこに絞るものではない。高校、大学、塾、家庭などの学習環境も考えるし、教科書コンテンツだけでなく、端末機、クラウド環境、トータルな教育環境も考える。

活動内容としては、推奨スペックの拳闘、実証研究、普及啓発、政策提言などを行う。このため、未来モデル委員会、普及啓発委員会を立ち上げ直ちに活動をスタートさせるが、会員から提案があればWGの形成などをどんどん進める。

・幹事=理事は、事業計画や予算の策定など重要事項を決定する。会員は委員会・勉強会の参加、情報交流や自社活動のPRなどをこのプラットフォームを使って行うことができる。

・既にhttp://ditt.jpで情報発信を始めた。発信に力を入れる

 当時の模様は下記のように報じられています。
「すべての小中学生にデジタル教科書を 産学協議会設立へ」

「デジタル教科書:すべての児童・生徒に導入目指す 協議会発足へ」

「「電子教科書」普及で連携 ソフトバンクやマイクロソフト 協議会設立 政策提言へ」

「“デジタル教科書協議会が始動、MSやソフトバンクも」

「「デジタル教科書教材協議会」が727日の設立に向けて準備会を開催」

2010年6月21日月曜日

コミュニケーション教育推進会議


Net コミュニケーション教育推進会議
 という名の新しい会議が文部科学省に設けられました。鈴木副大臣主導のもと、平田オリザさん、鷲田阪大総長らをメンバーとするもので、ぼくも参加しました。文科省の会議はこれで4つ目でして、何やらデジタルと教育・文化との接近を感じています。
 526日の初会合で申し上げたこと。

学校教育情報化懇談会で議論していることだが、全ての子どもにデジタル教科書・教材を持たせる運動を進めている。デジタル機材が学力を向上させるだけでなく、創造力・表現力・コミュニケーション力を高めることに注目している。コンピュータはもはや計算機ではなくAVマシンだからだ。

・このためのコミュニティ、デジタル教科書教材協議会を産学官連携で設立する。727日に正式発足の運び。

しかし、ケータイやネットが青少年にとって危険だ、規制すべきだ、という議論もある。されば、もっと使って安全な社会を作るべく学ぼう。ということでぼくが呼びかけ人となって2年前に「安心ネットづくり促進協議会」を発足させた。鷲田委員に代表を務めていただいている。情報リテラシー教育を充実させようという運動だ。

・問題は、デジタルを使って何をするか、ということ。このため8年前に「CANVAS」というNPOを設立、創作・コミュニケーション活動を進めている。ワークショップを展開している。

全ての子どもがアニメを創り作曲できるようにすること。これがぼくの目標。映像、音楽、電子新聞、何でもよい。作ろう。もちろんお絵かきやダンスなど、アナログの創作活動も多く、推奨している。作ろう。

CANVASはこれまで、国内20地域、618種類のワークショップを計1240回提供してきた。

この2月に慶應義塾大学で開いたワークショップコレクションには80のワークショップが集い、3.5万人の親子が参加した。ニーズは高いが供給が不足している。

・しかも、大赤字。このほど決定した知財計画2010では、年間創作ワークショップの参加者が2020年には35万人という目標を設定している。ワークショップコレクションを10倍増するという目標だ。是非実現してもらいたいものだ。

2010年6月19日土曜日

知財計画2010

■Pop 知財計画2010

 5/21、総理出席の知財戦略本部会合にて、知的財産推進計画2010が決定致しました。ぼくが会長を務めたコンテンツ強化専門調査会、そしてもう一方の競争力強化・国際標準化専門調査会ともに度重なる激しい議論を経て、やっと取りまとめに至ったものです。鳩山前内閣でのことではありますが、現政権に引き継がれています。
 本部当日、総理はじめ閣僚たちにコンテンツに関しぼくがコメントしたのは以下のとおりです。

コンテンツ強化専門調査会では、本年2月から7回に亘って活発な議論を行いました。また、インターネット上の著作権侵害コンテンツ対策についても、別途WGで検討を行ってとりまとめた次第。これまでの議論を通じた専門調査会としての基本的考え方を5点紹介したい。

1)波及効果に注目
単なる技術力や価格競争力だけでは世界で勝てなくなっている中、世界から高い好感度を得ている日本のコンテンツは経済成長を後押しするカギ。ハリウッド映画で攻めて土壌を作り、コカコーラを売るということ。今回は、コンテンツ産業の成長のみならず、波及効果やソフトパワーとして注目しました。

2)ピンチとチャンス
いまコンテンツは、デジタル化・ネットワーク化の「大波」に晒されており重大な岐路にあります。これはピンチであるとともに構造変化の大きなチャンス。チャンスを活かす、という考え方をとりました。

3)「攻め」と「守り」の両面作戦
「攻め」の施策として海外展開を促進しながら、守り、「基盤固め」として人材育成やネットワーク化を推進する「両面作戦」で施策を整理しました。

4)制度論より民間の活性化
これまでは、法制度論を重視して、利害関係者間の対立が先鋭化して身動きがとれない場面も。今回、民間主導の取組をより重視し、それを支援する施策を盛り込んでいます。しかも、財政出動をできるだけ避け、外交や電波開放、規制緩和といった施策を重視しています。

5)ハード・ソフト一体
 コンテンツの政策ではあるが、その観点から、通信放送法制度やネットワーク整備などIT政策の領域にも踏み込みました。

 あとは実行。計画の着実な実施をお願いします。

2010年6月17日木曜日

ロンドンの思い出 -3









Buenos  ロンドンの思い出 -3

 81年のロンドンでは、モヒカンどもに追いかけられました。
 ぼくは「花の子ルンルン」のピンクのビニールカバンを持っていました。
 それが欲しいと言って追いかけられました。

(ピョコタン先生に描いてもらった絵です!)

 そりゃ欲しいだろうよ。パンクなカバンだから。
 ぼくがおまえのビス付き革ジャンが欲しいように、花の子ルンルンは欲しい に決まってる。
 でもあげません。だから逃げた。逃げた逃げた。逃げて地下鉄に逃げ込んだ。
 すると、別のモヒカンどもに、タバコくれと囲まれてしまいました。
 日本のタバコはうまいから欲しいといって囲まれました。

 時は流れた。
 今回、1ポンドが150円。
 タバコ1箱が1000円を超えてしまいます。
 学生のころよりお金はあるが、それでもタバコは買えません。
 おちぶれたものです。
 のたうち回る没落の日本。
 格差社会だといいます。
 まねごとじゃないパンクが生まれるでしょうか。


 あ、突然思い出した。
 そのころ、イギリスの南の海岸あたりをうろついていたとき、
 あるレストランで隣に座ったじいさんが、金色のコインをいじっていた。
 キレイですね、と声をかけたら、「これ一枚で馬が買える」と。
 へぇおカネ持ちなんですね、「あぁワシはダイムラーも持っておる。」
 へぇいい車のってるんだなぁ。
「車で送ってあげよう」というので乗せてもらったら、
 それが大型のロールスロイス。
 ダイムラーちゃうやん。
 うやうやしい帽子付きの運転手がブッ飛ばして送ってくれました。
「俺の空」みたい。
 ロールスロイスってメチャ速いんだ!
 ハンドルの上部にギアチェンジレバーがあったことを覚えてます。
 以来30年近く、ロールスロイスって乗ってないなぁ。
 で、いま思うのは、あのじいさんは、
 ダイムラーの車主じゃなくて、
 ダイムラーの社主だったのかな。

  (少年タケシ それでもポップか! 改訂)

2010年6月16日水曜日

ロンドンの思い出 -2











Buenos ロンドンの思い出 -2

 その夏イギリスは、ロイヤル・ウェディングで、国民は熱狂していました。
失業にいらだつ若者どもが暴動を起こす一方、社会は王室の慶事に温かい視線を注いでいました。
今回のロンドンに熱狂はありません。だが、その花嫁が死んで10年あまり、息子とその彼女の仲がどうなるか、が話題をさらっています。

時は流れた。
英国王室は2007年末、You TubeThe Royal Channelを開設した。
ちょうど50年前のクリスマスにエリザベス女王がテレビに出演なさり、今日 の国民はテレビジョンで私に会うことができる、という国民向けに発したメッセージをYou Tubeにそのままアップしています。パンクなことをなさる。

テレビはネットに、アナログはデジタルになりました。
むかしモンティパイソンに、ナカムラという西洋人がアントニオーニ詐称の 罪で捕まる不思議なシーンがありました。
いや、ロッセリーニ詐称だったか、もう記憶があいまいです。
とにかく、ナカムラは、どうでもいいパンクなキャラでした。
今回ぼくがナカムラを名乗ったところ、何度も、シュンスケ!と返されました。
ナカムラは、国際的になっていました。

だが、日本が国際化したわけではありません。
81年のロンドンでは、Walkmanを持ち歩いていました。
日本製品はものすごく便利だと思っていました。
時は流れた。
今は同じ曲を同じ場所でiPodシャッフルで聞いています。ものすごく便利です。
ソニーはアップルに、アナログはデジタルになりました。
(つづく)

2010年6月15日火曜日

ロンドンの思い出 -1



■Buenos ロンドンの思い出 -1


 コベントガーデン。ピカデリーサーカス。テムズ河畔。
 道ばたで繰り広げられる人形劇と弾き語り。花売り。
 暗くて遠い目をしたインド人の母子。声をたてて隣を駆け抜ける白人の子どもたち。
 Towers of Londonの衛視は無言で儀式を重ねる。
 もう30年近く前、はじめてここに来たときと変わりはありません。

 1981年。少年ナイフ結成直前の夏。京大西部講堂でロックステディというイベントが開かれました。
 新入生のどんとがいた。後に彼とボ・ガンボスでギターを弾くキョンに当日 司会を押しつけられ、羽織ハカマで務めました。
(このイラストは、どんと筆。ぼくはいちばん右下のタキシード。)

 81年の西部講堂といえば、ポリスの伝説ライブの翌年、その前の年には XTCがライブをしています。
 司会を務めたその足で、空港に向かいました。
 ロンドンに来ました。
 はじめてでした。どうしても来たかったんです。
 パンクの臭いをかぎたかったんです。英国病にのたうち回る没落のイギリスを見たかったんです。
 ラフトレードのEPを買いあさった、PILのバッジを買った、タータンチェックの赤いスーツと青いバックスキンのブーツを買った。
 身分が固定された抑圧社会で、不景気が重なって、パンクが生まれました。日本はパンクのまねごとしかできない。
 ともだちにたくさんそんな葉書を書きました。
  日本はまだバブルも迎えていませんでした。
 (つづく)





2010年6月13日日曜日

ネット生中継ブーム?

■Net  ネット生中継ブーム?

 518日、NHKおはよう日本で、ネット生中継の特集がありました。Ustreamやニコニコ生放送など。その展望と課題についてインタビューを受けたのですが、オンエアされたのは一瞬だったので、されなかったことをメモしておきます。

■広がってきましたね?
 ネットとカメラがあればタダでできる環境が揃ったからですね。誰もがテレビ局になれるようになりました。中学生が実況中継したりしてます。

エンタテイメント分野が有望?
 例えば音楽。U2YouTube1000万人ライブをやったりしてます。
 浜崎あゆみさんはUstreamでアルバムのプロモーションをしています。
 それからスポーツ。韓国の野球チームのLG Twinsは動画サービスサイトのAfreecaと連動して公式ホームページでLGファンのための「偏頗放送」を行っています。

■プロの利用ですね?
 アマチュアも使ってますよ。
 ヒマラヤ登山の中継。
 東京マラソンの中継。

■他に使い道は?
 ビジネスシーンでは、商品やサービスをPRして、ユーザの反応をダイレクトにつかむツールに使われています。
 PR会社のビルコムは、マーケティング支援サービスとして「UstreamPR」を提供しています。

■新しい使い方は?
 パブリック分野での利用が広がっています。原口総務大臣が政策をUstreamで発信したり、文部科学省も使ったりしています。産業構造審議会もニコ生中継しましたね。
 教育現場でも使われるでしょう。授業をUst配信して在宅の学生とtwitterすれば教室も要らないので、ぼくも早くそうしたいなぁと思っています。

■問題点は?
 誰でも発信できるので、盗撮とかプライバシー、肖像権や著作権等々の侵害が問題になり得ます。気軽にできる分「やってはいけない場所」を忘れがちになりますんで。

となると規制が?
すぐそうならないようにしたいですね。もちろん問題が起きたとき、ルールや規制で対処するアプローチも短期的にはあります。しかし、まずい中継がはじまったらウォーニングするといった監視技術を高めるような「技術」アプローチが中期的には重要。そして長期的に最も大事なのは「教育」。情報リテラシー教育を充実させること。そのためには教育現場でどんどん使うことです。社会全体で使いながら学んでいく、ということでしょう。