■Buenos 京大西部講堂 -2
そのあたりには音にいかれた連中がゴロゴロしていました。
いつも寝転がってラッパをふいている人がいました。
うんと先輩のはずだが、寝転がってラッパばかりふいて、あのひとどうなるんだろう。
ある日みかけなくなったので、どうなったことやらと案じていると、急にテレビでみかけるようになりました。
「近藤等則」という名前であることを知りました。
いまや大御所。
2年上に、Dr.Kyonがいました。
2年下に、どんとが入ってきました。
彼らはその後、「ボ・ガンボス」というバンドを組みました。
どんとは2000年に死んだけど、Dr.Kyonは今も佐野元春からケツメイシ、元ちとせ、松たか子といった、ジャンルを越えたプロデューサー兼マルチミュージシャンとして活躍しています。
2005年に発売されたボ・ガンボスのトリビュートアルバムには、東京スカパラダイスオーケストラ、渡辺美里、甲本ヒロト、トータス松本、奥田民生、UAらが参加していて、彼らがいかに今のミュージシャンに尊敬されているかがうかがえます。
ぼくは「少年ナイフ」というバンドを手がけていました。
亀の子タワシ亀マーク。おうおう大きなバカ貝。チョコバー食べたいヨ。ロケットに乗って冥王星に行きたい。
そんな脳天気な曲を作って弾いて唄っていました。
いずれ女三人、かしまし娘のように角座の舞台でトリでも取れればと思っていました。
その後、マイクロソフトの世界CMでローリング・ストーンズの後釜を務めたり、ニルバーニャと世界ツアーに出かけたりするようになるなど、夢にも描きませんでした。
今も少年ナイフは全米ツアーに出かけたりしています。
(つづく)






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