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2016年5月30日月曜日

世界を破綻させた経済学者たち

■世界を破綻させた経済学者たち

 ジェフ・マドリック著「世界を破綻させた経済学者たち」。
 NYTの経済評論家が経済学を斬ります。
 2008年金融危機と続く大不況の戦犯は「正統派」経済学者たちだと。
 ケインジアンの立場からMフリードマンの自由放任主義をボロカスに叩きます。
 スゴい。

 Aスミス、マーシャル、ワルラス、パレート、リカード、ミル、フリードマン、サミュエルソン、アロー、ルーカスなどの偉人や、ぼくが教科書として学んだフィッシャーやドーンブッシュらが頭ごなしに否定されているのは、禁じられた強い酒を飲んでいる気分であります。

 ニクソン、レーガン、クリントン、ブッシュ、オバマら各政権と、FRBのボルカー、グリーンスパン、バーナンキが、経済学説(特にフリードマン)のせいでどう間違ったかを丁寧に説きます。

 日本も歴代首相・日銀総裁と学説との検証をしてほしく存じます。


 サッチャーの民営化、レーガンの規制緩和も長期的には失敗と断じます。
 ケインジアンには、そこも失敗かぁ。

 だけど、逆に実証的に肯定できるケースとは? 
 ニューディールや1950~60sの軍事ケインズ主義?
 1930sのドイツ?
 だとして、それはそれでいいんでしょうか?


 グローバリゼーションも批判します。
 豊かな国々が発展した環境は、関税廃止、政府不介入、変動相場制とは反対に、高い関税、政府の産業投資、通貨価値の固定だったとする。
 TPP熱の高い今これをどう解すべきでしょうか。

 その上で、シンプルで美しい理論の対極にある、ケースバイケースの汚い経済学が良い、特定の時期の特定の国に適した政策が賢明、と説きます。
 青木昌彦先生のコメントをお聞きしたいものです。


 刺激的なのは、科学としての経済学に対する批判です。
 経済学の実証は真の科学に要求される水準に達していない。
 現実の世界で予測と正反対の結果が生じても逃げ道が用意されている。
 物理学の理論は実験と分析の結果を受けて変更されたりするが、経済学はそうなっていない。
 つまり、科学ではない。経済学者は失敗しても名声に傷がつかない、と説きます。

 解説の松原隆一郎さんも、見えざる手、セイ法則、インフレターゲット等の理論は科学ではないといいます。実験や検証で理論が点検されることはなく「知的無責任」だと。
 経済学者の思想潮流はイデオロギーの「コンセンサス」で、ケインズのいう「美人投票」だと。
 これまた痛烈であります。

 しかし、だとすると、政策立案者は勘や信心で仕事しているんであって、経済学という科学を導入するのではなくて、自らに都合のいいチョウチンを探してきてかざしているということですかね?


 本書に対しては、新古典派からもマネタリストからも合理的期待形成学派からもマル経からも、批判があるでしょう。
 それはそれで読めば説得力がありそう。
 だけど、履歴に経済学部卒などと残る者としては、その不安定さ、なんとかならんかね、と思います。出身地が安定していてくれんと、気持ちがざわつくもんですから。

 でも、こうしてたまに経済の本を手に取るのも乙なもんです。
 ここんとこ安保法制を巡る憲法論で、法学者ってこんなに割れててええんかと思っていたんですが、経済学も似たようなものなのか、と気づいたりしてですね。

 経済学者のみなさまのご健勝を心から祈念致します。

2016年5月26日木曜日

京都国際映画祭2015

■京都国際映画祭2015
京都国際映画祭 第2回が開催されました。
「映画もアートも、その他もぜんぶ」を対象に。
実行委員長は中島貞夫監督。ぼくは実行委員・特別顧問として参加しました。



レッドカーペットは祇園甲部歌舞練場。
津川雅彦さんが舞台で「日本映画は瀕死」と発言すると、ぼくの後ろの席にいた内田裕也さんがバカ野郎殴ってやろうかと激怒してて、ぼくが殴られるんじゃないかと思いました。

 

アート会場として、元・立誠小学校や京都市役所前広場に加え、
京都水族館、総本山 誓願寺、藤井大丸、京都文化博物館など、京都全体を使った催しに。
市役所前にて、テオ・ヤンセン「アニマリス・シアメシス」とブラマヨ。

 




アート部門を見て回りました。木屋町の立誠小学校跡地に展示された河地貢士「Untitled」。金色のうまい棒、1本いただいてきました。

 


アート部門はおかけんたさんがプロデュース。
富田菜摘「ものものいきもの」。

 



海洋堂☓明和電機☓宇治茶「おもちゃ・キッズ」。
これは明和電機さんの楽器です。

 



かつてぼくがリニューアルを手伝った京都文化博物館(旧日本銀行京都支店)では、中島貞夫さんが手がけた作品の美学展。
これ、勝新が座頭市で使った道具ですと。







世界初となる「Vine Award」を開催。
大江能楽堂にて。
Twitter Japanの笹本社長や木村祐一さん月亭八光さんらと。
審査委員長を務めました。

最優秀賞はパーティーパーティーきむきむ「自転車」。
 https://vine.co/v/e0HTd0nb6pP

ぼくは、叡『二度手間』を推しました。
 https://vine.co/v/e0j7PwMvzJ3
 


Vine Awardで木村祐一さん月亭八光さんらに混じって審査員を務め、改めてプロの芸人さんのスゴさを思い知りました。
コメントがキレるんです。
ぼくはコメント機会が多いのでさほど人に劣るとは思わぬものの、プロと同席すると凄みにゾクっとし、大汗をかきます。勉強になります。

例えばコレ。「新体操ボーリング」。
あなたならどうコメントします?
 https://vine.co/v/ed1m6ePp93E

キム兄は、ひとこと、「ファールやん。」

  ・・・うむ、線はみだしてますもんね。


例えばこれ。「あっち向いてホイの必勝法」。
あなたならどうコメントします?
 https://vine.co/v/e2BHK2L3iOW

キム兄は、「負けてるやん。」

・    ・・ううむ、そっちのほう向いてますもんね。



新京極の誓願寺。村上ショージ師匠の墨絵展に又吉直樹展。加藤秀俊「メディアの発生」によれば、「稀代のプレイ・ガール和泉式部」が芸能集団の守護神となり祀られる寺で、かつてここがセンターとなって巫女や商人たちが全国に情報を伝播していったとのこと。初めて奥の院に入ることができました。

今回のコピー「京都は、変や乱が好き♡」。変を起こそう。乱を起こそう。でもまだ2回め。100回続けるには、3回めがポイント。来年に向けて、よろしゅうに!

2016年5月23日月曜日

ザ・セカンド・マシン・エイジ

■ザ・セカンド・マシン・エイジ


  MITスローンのマカフィー+ブリニョルフソンによる「ザ・セカンド・マシン・エイジ」。
 同コンビによる「機械との競争」の続編です。
 人間は機械と共存できるのか、を楽観的に問います。

 前作については2年半前にブログでメモしました。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/05/blog-post_6639.html

 日本語版の序文が示唆に富みます。
 "マルクスもケインズも技術革新が失業を招くと説いたが、近年の経済学者は、技術はコストを下げ需給を増強すると説く。"
 "自動車で馬は消えたが、人間は馬と違って欲望があり、資本を持つことができ、投票権がある。"

 8章「GDPの限界」が重要です。
 コンピュータ、ネット、AIの進化を説く7章までと、9章以降の格差・スキルは読み飛ばしてよかった。ぼくは、ですが。GDPの限界、そのポイントを7点挙げます。

ポイント1
 ネットで音楽は売上が4年で40%下落、経済統計からも消えたが、クオリティは上がり、人はよい音質の音楽を大量に聞くようになった。

ポイント2
 モノ・サービスが生む消費者余剰をどう計測するか。$1で買っていいモノがタダで買えるならGDPが$1減って消費者余剰が増えるが、どちらが指標として重要か。

ポイント3
 値段がゼロだと生産の数値はゼロだが、無価値ではない。ネットで検索や取引などがタダでできることの生活満足度、共有経済による便益もGDPに反映されない。「経済的満足がGDPに反映されるとは言いがたい。」

ポイント4
 GDPに情報産業が占める割合は4%。これは80s後半から変わっていない。「ITが生む価値を反映していない。」

ポイント5
 時間というリソースをどう計測するか。米国人がネットで使う時間は10年で2倍に。時間価値をネットに向けている。2012年、フェイスブックの利用時間はパナマ運河建設に要したマンアワーの10倍。これはGDP統計にカウントされない。

ポイント6
 今後の生産は、知財、組織資本、UGC、人的資本の4つの無形資本財に依存する。しかしGDP統計では無視される。

ポイント7
 そこで、国連開発計画の人間開発指数、OECDのプロジェクトなど新しい指標づくりが模索されている。


 ITによる産業拡大と消費者余剰のどちらを重視するかは、ネットとコンテンツの間にも同様の議論があります。

「音楽業界がなくなっても、音楽が発達すればいい。」
 むかし音楽業界のイベントでぼくはそう発言して、とんでもなく顰蹙を買いました。でも今もそう思います。音楽の産業よりも、音楽の生産や共有や利用が大事。産業は、その役に立つ限り大事。

 音楽に限らず、コンテンツの「業界」や「産業」が必要なのは、クリエイターが食い続けられて、生産と流通を確保するため。コンテンツの発展にとって、産業に代わるシステムがあればそれでもいいわけで。


 だからぼくは10年前、政府がコンテンツ政策の目標を「産業規模の拡大」に据えた時に異議を唱えました。コンテンツの生産量や消費量の拡大に置いたほうがいいと。

 結局、日本のコンテンツ産業規模の規模は縮小していますが、でもコンテンツが廃れているとは思えない。みんなが発信する情報量は何十倍も増えてます。

 コンテンツ量を測る指標として、総務省の情報流通センサスがありました。最近これは使われていないようですが、情報量を測る新しい指標があるといい。


 これも10年前、ポップカルチャーのソフトパワーを研究する「ポップパワープロジェクト」をスタンフォード日本センターで立ち上げた際、スタンフォード側から指標化すべきとの指摘がありました。GNPならぬGNPPを作れと。

 GNPP(Gross National Pop Power)というのは無論、クールジャパン論の元になったDマッグレイのGross National Japan Coolになぞらえたもの。ーーですが指標化はぼくの手に余り、うまく行きませんでした。

 ザ・セカンド・マシン・エイジが示す国連やOECDの新指標づくりに期待します。が、それよりも、ネット時代の新指標を日本が作り出したい。どうです?


 TPPの知財問題もしかり。コンテンツ「業界」の拡充を重視するのか、コンテンツの生産メカニズムや共有メカニズムや消費インセンティブを重視するのか。そのバランスを図ってきた国内制度がTPPで崩れることにどう対応するかの議論をしたい。

 本書の著者は前作で、著作権保護期間を短くすべきと提言しました。MITの経済学者がそう発言することにぼくは注目しましたが、国際政治は逆の方向に進んでいます。

 さてさて、問題は続きます。

2016年5月19日木曜日

自民党クールジャパン特委にて

■自民党クールジャパン特委にて

 自民党クールジャパン戦略推進特命委員会。

 山本一太委員長、三原じゅん子事務局長。山口俊一・知財/IT/クールジャパン担当前大臣、平将明・前副大臣らキーパーソンも参加。
 政府からも知財本部、内閣府、経産省、総務省、文科省、外務省、国交省、農水省、金融庁。
 第一回のゲストとして呼ばれました。テーマは「クールジャパン拠点の整備」。山本委員長が海外展開コンテンツの例としてひとしきり少年ナイフの解説をしてくださって、それからぼくがプレゼン。


 ぼくは以前はスーツだったんですが、和服に変えたのは、政府・知財本部の席で、クールジャパンが議題になった時に、「ファッションの海外展開とか言ったって、委員のみなさんスーツじゃないですか」と言ってしまってブーメランが帰って来たから。それから6年。

 政府・与党は、知財本部でもクールジャパン政策でも力を込め、その熱意は民間にも伝わっています。支援策も充実してきました。
 放送コンテンツの海外展開(BEAJ)やコンテンツ二次利用の著作権処理(aRma)、さらに官民ファンドとしてクールジャパン機構が設立され、コンテンツ、食、ファッションなどの海外展開が後押しされています。ボールは民間に投げられ、これらがビジネスで成功する成果が待たれる状況です。

 成果は現れ始めているのではないか。2011年までの5年間で、映画の海外収入は-10%、放送番組は-28%でしたが、自民党政権に戻り、2015年までの5年間で映画は79%増加、放送も大幅増加に転じています。
 課題はクールジャパン会議でも知財本部でも列挙されています。もう十年以上も議論しているわけで、知恵はもう十分出されました。議論よりアクション、アクションより成果。
 いま最も求められているのは、それらをひっくるめて、官民連携で仕事をするプラットフォーム、具体的にコトを起こしていく場や拠点だと思います。

 世界的にはモデルもあります。たとえばコンテンツのハリウッドとITのシリコンバレーを抱えるカルフォルニア。企業主導で作った強大な地域ですが、参考にするには広すぎる。
 あるいは韓国。韓国政府はコンテンツコリアラボというコンテンツの人材育成と起業支援を行うセンターをソウル市内に作っていて、年間12億円を出して運営。
 ソウルのゴミ捨て場を再開発して、放送局やアーカイブ、ミュージアムなどを集積したデジタルメディアシティを国とソウル市が連携して建設。政府主導のパワフルな場づくりです。

 これに対する拠点を作るとすれば、東京でしょう。オリパラがやってくる2020年をターゲットにして、海外に向けて、産業と文化、技術も教育も集積して融合させる取組が欲しい。
 ぼくが進めている竹芝のCiPもその1つのモデルになると思います。シリコンバレーとハリウッドをギュッとコンパクトにして、だけど日本的な場にしたい。技術だけじゃなく、ポップで、クールで、みんなが参加できるオープンな場です。
 既に首相から国家戦略特区の認定を受けています。21世紀の出島を作りたい。約50の企業・団体が参加しています。政府の支援はまだいただいていないが、まずはやる気のある民間企業や大学が集まって活動を始めたものです。

 もちろん竹芝だけでは足りません。東京には秋葉原や池袋といったポップカルチャーの町があります。品川や羽田でも大規模な再開発が待っています。そういったところでもクールジャパンの機能を持ってもらい、東京をポップの世界の拠点にしましょう。

 他にも熱心な都市はたくさんあります。例えば京都はコンテンツ特区に名乗りを上げて、映画村を再開発して、映像やマンガの研究開発や人材育成を行う構想を進めており、我々とも高速回線で結んで連結特区になろうと相談しています。

 吉本興業が国際映画祭を開催している沖縄でも、コンテンツの制作と人材育成の拠点を作る構想が進んでいます。このようなクールジャパンに熱心な都市をネットワーク化して、連結して、クールジャパン列島として発信力を高めたい。

 箱モノはもういりません。箱はあります。民間が作っています。応援をいただけるのなら、ソフトや中味にお願いします。2020に向けて賑やかになる機運を活かして、日本のポップを盛り上げるよう、政治のリーダーシップをお願いしたく存じます。


議員からのコメントがありました。

平将明議員:民間からのプランでも、補助金頼りではなく、ファンドが出資するくらいのものがほしい。MANGA議連とも連携しよう。国家戦略特区も駆使しよう。羽田空港の跡地に18mの実物大ガンダムに来てもらう案もある。

山本一太委員長:国立漫画喫茶構想というお台場にオタクの拠点を作る取り組みがあったが、白紙になってしまった。ハコを作るのではなく、中身を作ることが重要。地方創生を見据え、地方とも連携したい。


山口俊一顧問:ネットワーク化がよい。徳島ではコスプレイベントに外国人観光客も来るようになった。それらのハブやコアを作る予算や基金も必要ではないか。

山本一太委員長:人材育成。ロングテール戦略も重要だが、ど真ん中からエベレストを登っていくような人材も必要だ。世界に出てトップを目指す人材が欲しい。個人的に映画に思い入れが強く、映画産業を応援する PT を行っている。

伊藤信太郎議員:新しいものが生まれるには色々な人が集まり、違うエネルギーが必要。それは補助金頼みじゃいけない。技術 x アートのカオスが必要だ。

平将明議員:海外の映画に関して、税制優遇や補助金支援がどの程度あるのか。
(中村コメント:カナダ等では税制による優遇がある。またフランスでは映画への補助金がある。国によってやり方はさまざまだが、日本より手厚いものが多い。)

伊藤信太郎議員:文化は保守や伝統から抜け出すこと。生きるとは反発。
(おお!)

2016年5月16日月曜日

群像の時代

■群像の時代


 志村一隆さん著「群像の時代」。
 スマートテレビ後の世界はどうなる。
 日米のテレビをずっと見てきた志村さんが、ソーシャルとスマホで、いよいよテレビ分野も、デバイスも表現も編集もビジネスモデルも、根底から変わる時期が来たことを示します。


◯産業革命で馬車が鉄道に変わったが、どちらも行き先があって担ぎ手がいて駅がある。
 自動車は時刻表も行き先も自由だ。
 スマートテレビまでは馬車から鉄道への変化。
 今回は鉄道から自動車への変化だという。
 
→なるほど、映像のモータリゼーションであると。

 でも自動車が普及しても鉄道は残りました。
 ネットが普及してもテレビは残るのでしょうか、志村さん。

 鉄道は安価で大量に輸送するメリットを活かしています。
 テレビも一斉に安価に送るというメリットを強化するしかないでしょうか。

 放送が低コストの一斉同報を強みにするとしても、音声や映像に限らなくてもいいですよね。
 ビッグデータをIPで送り続ける役割、あっていいと思いますが。


◯志村さんは言います。
 誰もが写真家になり、映像をアップする状況となった。
 表現分野のオープン・イノベーションが確実に起きる。

→初音ミクはその嚆矢なのでしょう。日本から広がる可能性もあるのでは。


◯「JAPAN IN A DAY」は、スマホ映像を含むみんなの8000本の映像をフジテレビが90分に編集し公開した作品。
 プロが切り取った情報はなく、編集はプロが行う。
 個々の一人称目線を集合させたものが公共空間であり、メディアの役割はそうした記憶の編集だという。

→昨年、民放連のシンポで、志村さんはネット時代に放送局の競争力は「ない」と言い切り、ネット民のクリエイティブを取り入れて本業の放送力をアップしろと言いました。
 ネットの力を番組向上に取り込むという本業回帰。
 その意味が本書で少しわかりました。


◯タイムワーナーはAOLやケーブルを分離。
 NBCはコムキャストに売却。
 ニューズは新聞を分離。
 メディアは捨て、アナログは切る。
 だがこれは成長戦略ではない。
 一方、ディズニーが作るキャラクターを軸にしたゲームキットは新コンテンツ戦略だ、と分析。

→アメリカは激流が続いていますね。
 ソーシャルとスマホは日本のテレビも変えますかね。
 そろそろIoTやAIがテレビをどう変えるか、気になっているんですが、今度そのあたり教えてください、志村さん。

2016年5月12日木曜日

IoT教育って?

■IoT教育って?


 総務省情報通信審議会のWGに呼ばれ、「IoT教育」というネタでのプレゼンを求められました。以下、概要。
 


 先日、「2045年の教室」というテーマで子どもワークショップを開きました。子どもたちにとって一人1台タブレットは当たり前、1人1台ロボットになる。AIで勉強を教えてくれるが、もう知識は脳にダウンロードするから不要だと。知識よりコミュニケーションが大切になる。IoT、AI、ロボットは当然。というのが彼らの未来です。

 教育の情報化は、PC+CDで教材を使っていたデジタル教育から、タブレット+クラウドでデジタル教科書のスマート教育へと移行し、さらに、ウェアラブル端末、ビッグデータ、SNSへと広がりをみせます。

 それが今度はロボット、IoT、AIの、いわば「IoT教育」へとコマを進めようというのですが、日本はまだスマート教育にも至っていません。日本の教育情報化がOECDの中でも最低レベルであることは周知のとおりです。

 このところビッグデータの教育利用が盛んになってきました。学習履歴データを分析して、教材を開発したり、一人ひとりの指導を充実させたり、あるいは学校のマネジメントに活かしたりしています。

 リクルート「学校サプリ」は、30万人のデータを活用して最適学習を提案。学研は学習塾10万人の履歴を分析しています。eboardというNPOは学習ログを活用する生徒・指導者向けサイトを提供。コードタクトのSchool Tactというアプリは、児童生徒の相互関係を可視化するアプリを提供。京セラは、大学に向けて、ビッグデータ分析による教育改善に加え、大学の広報や経営戦略に活かす総合サービスを提供。

 ポイントは、これらは学校主導ではなく民間企業主導であることです。教育情報化の専門家や重鎮には、教育ビッグデータ利用は不要という人が結構いて困りもんだったんですが、企業主導でかまいません。

 IoTは、その概念がまだ定まらないうえ、教育とかけ合わせると余計にイメージがハッキリしません。今のところ、デジタル技術でロボットやガジェットを作って身の回りの問題を解決するとか、学校に埋め込まれたセンサーの情報を使って学ぶとか、そういう感じです。

 ソニーのMESHは、ブロック状の電子タグとiPadのアプリで、タグの中にあるLEDライトやセンサーを作動させて、工作したり、身の回りを楽しくしたりするIoTツール。ロボット(MEEBO)が画像認識センサーで子どもの顔を認識して、保護者と共有する事例。リアルグローブ社はロボットで教室空間のデータを収集し活用する構想を進めています。米AltSchoolは、カメラやヒートセンサーで教室空間の映像などのデータを収集して空間設計しています。

 これらに共通するのは、プログラミング教育の重要性。全てのモノがデジタルになっていくので、その原理は、よみかきプログラミングと言うべき基礎的な素養となります。いわゆるSTEM教育、理科学教育が注目されていて、それをIT専門家やIT産業人材を育てる文脈で語られることがありますが、そうではなく、全ての人が身につける基礎教養と捉えるべきです。

 子ども向けプログラミングで世界的に最も利用されているのがScratchという言語。MITメディアラボが10年前に作ったもので、日本でもこれを使った教室や塾がブームのようになっています。これを古くから日本で展開しているのがCANVAS。14年前に総務省の支援も受けて立ち上げたNPOです。

 PEGというプロジェクト名で、ラズベリーパイという簡易PCと組み合わせて学校などで年間2.5万人の子どもにワークショップを展開しています。ただ、この活動を支援しているのはGoogleやSalceforce.com、マイクロソフトといったアメリカ企業であることに留意すべきです。

 

 日本がやるべきことは2つ。
1)スマート教育のインフラ整備と、2)IoT教育の先端開拓。
前者はキャッチアップであり、後者は世界をリードする取組です。

 1)スマートのインフラ整備のミッションは3つあります。a)タブレットの1人1台化と、b)クラウドの普及と、c)デジタル教科書の正規化。a)1人1台は自治体がお金をつける仕事。b)クラウドの普及は、セキュリティのために学校をつながせないでいる条例などのルールを改めること。これは政府がガイドラインを作って促す。c)デジタル教科書の正規化は学校教育法など数本の法律を改正するもので、国会の仕事。DiTTでも法案の文案を策定しています。

 さらに民間でも動かせる施策があります。例えばa)中古PCの流通市場を作ること。b)教材クラウド配信機構を作ること。c)デジタル教材は著作権がネックになるので、映像や音楽で進められているような著作権集中処理機構を作ること。こうしたことは総務省PMOでも議論していることであり、実現に向いたい。

 

最大のネックはお金です。
この際、電波利用料を使えばどうでしょうか。いずれも電波の有効利用に資するものです。地デジ整備終了で浮く部分を、デジタル教育という、次世代の電波利用者に還元していくのは悪くない。と思ってパブコメも出しました。

 もう一つ、2)IoT教育の先端開発。世界一のIoT環境、これは今なら作れます。「未来の教室」テストベッドを作るのはどうでしょうか。IoT、AI、ウェアラブル、ドローン、ロボットを集中して開発・実証できる産官学連携のオープンラボ+ショウケース。

 私は港区・竹芝にデジタル集積特区を作るプロジェクトを進めています。研究機関やビジネス活動を集めて2020年に街開き。既に総理から国家戦略特区の認定を受けていて、具体的な特区構想を練っています。電波特区や技適特区。技適マークのついていない開発中の機材が使えるとか。

 著作権者不明の孤児著作物を蓄積して利用できる映像アーカイブ特区、デジタル教材特区。ロボット特区やドローン特区もやりたい。NICTのような国の研究機関が来てくれて実現してくれればなぁと夢想する次第です。  

2016年5月9日月曜日

1985 猛虎がひとつになった年

■1985 猛虎がひとつになった年


 鷲田康さん「1985 猛虎がひとつになった年」。
 あの年をまるごと追体験できて、そうだったのかという発見もあり、じんわり熱くなります。
 30年前のできごとは、虎ファンの生きるよすがでありますが、他のかたがたにも参考になるのでありましょうか。そんなこと知らんわ。虎ファンは閉じてますんで。
 好著です。

 1985。
 物心ついてから20年優勝はなく、その後も18年優勝はなく、そして唯一の日本一となった年として輝くのであります。

 虎ファンとは。
 巨人に全勝すれば他試合は全敗でもよい。
 ダブルプレーとろうものなら「すごいなぁぼくらにはできひんなぁ」とホメる。
 でも甲子園で負けると(当時は持込みOKだった)ビンを投げる。
 そんな鬱屈した思いを、生涯に一度、昇華した年であります。

 巨人はシュッとしたはりました。
 こっちは掛布、岡田、佐野、平田ゆうて松竹新喜劇ばりにへちゃむくれな兄ちゃんたちです。
 1985は、対東京だけでなく、イケてへんみんなの絶叫みたいなもんやったと思います。

 1985。
 ぼくは通信自由化、NTT民営化の激動の中で泥まみれ。生涯で一番忙しかった。
 仕事のピークと虎のピークとが重なったのは、当時はなかなか試合が見られないから残念でしたが、今は、この上ない山場をいただいたと感謝しております。

 それでも、バックスクリーン3連発もリーグ優勝も日本一も、手を休めてテレビで見ました。
 もっとサボって抜けだして後楽園、5/20の巨人戦、5-0で負けていたのを佐野の代打逆転満塁本塁打と真弓の2ランでひっくり返した左翼スタンドで、「今年はイケるで」と叫んだのが私的な思い出であります。
 
 夏、一日ばかり帰省して、新大阪から戻るホーム。虎の集団が死のロードに出発するところでした。役所の同期、大阪出身の木越くんと、バンザーイバンザーイと見送りつつ、自分たちも同じひかり号に乗り込み、車内で気を送り続けたのも私的な思い出であります。

 そういえば。17年前、「マックユーザーは阪神ファンと同じだということに気がついた。」という文章をマックパワーに書いていたことを思い出しました。
 今や誰もがiPhoneユーザで巨人ファンのような顔をしているが、以前はマック使いは日陰者だったのであります。

 読み返してみましたが、バカな文章であります。
 http://www.ichiya.org/jpn/column/macpower/22.html

2016年5月5日木曜日

知財次世代論議、大詰め

■知財次世代論議、大詰め

 知財本部次世代委員会@霞が関。
 1)越境侵害、2)著作権制度、3)AI創作物の議論大詰め。
 ぼくがメモした意見を紹介します。

1)    越境ネット侵害への対応。事務局案:正規版展開の促進、悪質リーチサイトの法制対応、ブロッキング継続検討、悪質サイト広告の実態調査、プラットフォーマー対応策の検討。

福井委員:悪質リーチサイト対策は、非親告罪化に対する政府方針を参考に前進してよい。オンライン広告対策も積極的に講じてよい。プラットフォーマーと業界との意見交換を政府が手助けしてやってもよい。

瀬尾委員:悪質サイトを潰して正規版に誘導するリーチサイトを打ち出すなど、違法対策と正規流通の一体運用が大事。利用の阻止より利用の促進。

柳川委員:当初YouTubeには権利侵害に対するネガティブな反応が多かったが、利用ビジネスが広がりポジティブ対応となった。そういう方向性を持つべき。

上野委員:ブロッキングは欧州でも重要テーマとなってきている。電気通信事業法上の通信秘密の保護との関係が問題となる。

瀬尾委員:画像検索システムなど膨大な情報の中から侵害情報を検証できるインフラが必要となる。

続いて2)デジタル・ネット時代の著作権制度。事務局提案:1)多様な政策手段の組み合わせ、2)柔軟性を確保した権利制限の新規定を導入するか、3)登録、集中管理、裁定などを拡充するか

瀬尾委員:拡大集中許諾、裁定制度拡張といった孤児著作物対応を権利者団体側から打ち出す予定。柔軟な権利制限規定はあってよい。

赤松委員:絶版マンガの海賊版に広告をつけて公開する実験を進めていて、マンガ家の支持を得ている。こういうアプローチもあるのでは。
→そうです。制度論だけでなく、こうしたアクションに対する支援という政策もあります。

赤松委員:ある亡くなったマンガ家の作品が海賊版しか存在せず、裁定制度もうまく働かないため、広告をつけて公開し、収益を寄付することを考えているのだが。
→座長として、政府の会議でOKを出すことははばかられるが、「尊敬します」と答えておきました。

福井委員:日本の制限規定は充実している。しかし、条文を専門家が読んでも理解不能で、限界。新ビジネス、新創作を阻んでいる。

喜連川委員:検索エンジンに類する大きなビジネスを失うことはない、ということを示すことが大事。失った分を取り返すことも必要。制度面で失敗しても、リカバーする速さがあれば国力に結びつく。そのメカニズムが重要。

3)AI創作物。事務局整理: AI創作物を現行著作権で保護することには慎重対応。AIに人格を与えること、プラットフォームへの対応、人間の創作活動への影響を要検討。

水越委員:海外展開を前提に、海外の制度を精査すべき。

喜連川委員:当面コンテンツを対象としているが、AIが産業全体にどういうインパクトを及ぼすかの観点から政策を考えるべき。

議論はここで時間切れ。これから報告作成に向かうのだが、まだすんなりまとまりそうにないなぁ・・・。

2016年5月2日月曜日

財務省と政治

■財務省と政治
  清水真人さん著「財務省と政治」。
 松井孝治さんのブログで知り、新書だからと軽い気持ちで読み始めました。怖ろしい本でした。立ち止まり立ち止まり、読み終えるのに1か月かかってしまいました。

「55年体制の爛熟期から安倍政権まで、大蔵・財務省と政治の綱引きを追い、それを平成の統治構造改革の潮流にも位置づけて実像を描く仕組み」(まえがき)。

 55年体制、細川政権、金融危機、接待問題、財金分離、小泉政治・竹中平蔵、リーマンショック、民主党政権、311、アベノミクス。常に政治の真ん中に大蔵・財務省がいた。驚異的な取材、資料、分析の厚さと緻密さ。濃い史実の連続です。

 ぼくの官僚時代の記憶と交差する3点。
1) 94年のガットウルグアイラウンド合意を受けた国内農業対策、農家保護に6兆円。農水族に敗北した失政。当時パリから政府を眺めていて、政治の行き詰まりを感じました。

2) 95年、中島義雄・田谷廣明主計エースの不祥事。猛烈な官僚バッシングがその後の財金分離、省庁再編へとつながりました。大蔵官僚を接待した経験のあるぼくは、収賄でなく贈賄での身の危険を感じました。

3) 97年、22省庁を半減した橋本行革。ぼくは郵政解体のダメージを最小限に抑えることに奔走し、それで役所を辞めましたが、政府全体としてはそれよりも財金分離と官邸強化という大仕事で成果を上げました。通産vs大蔵で通産の勝利、と見てもよいかと。

 その後の小泉劇場「5年5か月間、財政規律にこだわりながら、増税の封印は解かなかった変人宰相」。言い得て妙です。

 そこに登場する竹中平蔵さんを追う精密な目もスゴい。小泉政権当初、対財務省で経済財政諮問会議とタッグを組もうとしたのに経産省にソデにされ、その後経産省は小泉改革の脇役に回った、とあります。そうだったのか。こんど岸さんに聞いてみよっと。

 一方、竹中大臣ー武藤財務次官が秘密協議を数十回行って官邸を支えたという記述も。これも知りませんでした。

 鳩山民主党政権になると、政治主導=官邸排除が鮮明になりました。が、財務以外の閣僚も財務官僚を秘書官や補佐スタッフとして身近に置いて、実質は財務省頼みだった。そう、裏側では全部を仕切って平然としている、これが財務省の凄味です。

 3.11の復旧・復興では、主計局中心に霞が関をとりまとめ、迅速な危機対応がなされた。これは当時ぼくも経産・総務官僚からよく聞きました。民主党政権では寝っ転がっていたが、国難に際してガバっと起き上がり、司令塔になったと。

 安倍政権では、首相の秘書官室に3人の経産官僚が配備され、反財務色を強くした。2014年末の法人税下げ、党税調会長更迭、消費税軽減を巡る官邸の圧勝には、それが反映されています。

 これからどうなるのか。稲田朋美政調会長と甘利明経済財政大臣との論争を経て、稲田さんらが新たに財政起立派=財務省寄りの系譜に名を連ねるのかどうか、という記述。そろそろ安倍政権第2ラウンドでしょうか。

「政権交代を内包しつつ首相主導への流れを強める「平成デモクラシー」が、政官関係を政治優位に傾かせる不可逆的な構造変化をもたらし、「最強官庁」財務省をも押し込んでいる」と締める。それが続くのかどうか。大蔵-財務省のDNAは、次を展望していると思います。

 うん、と思ったのは、主税局長が「税制改革のプログラムを紙に書くだけなら、すぐにでも書 けます。しかし、書いたものを現実の政治の中で実行できなければ、何の意味もないのではないですか」と大臣に言うシーン。このリアリティが大蔵・財務省。

 なんやかんや言って、結局ぼくは、この世界がスキなんだな、と読み終えて気が付きました。