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2020年3月30日月曜日

スマートシティはこう作る -- 竹芝CiPの挑戦

■スマートシティはこう作る -- 竹芝CiPの挑戦
テクノロジーのショーケース「City & Tech」シンポジウム。慶應義塾大学で開催しました。
Tech Pop特区をつくるCiP。ロボット、テレイグジスタンス、ドローン、4K8K、5G、AI、モビリティ。テクノロジーを街でまるごと実装するCity & Techのスーパーシティ構想を進めています。
その状況報告会。

東京大学川原圭博さん、東洋大学生貝直人さん、東京都米津雅史さん、ソフトバンク関治さん、理化学研究所中川裕志さん、データ流通推進協議会落合孝文さん、東急不動産田中敦典さん、タニコー安倉一徳さん。CiPから石戸奈々子さんとぼく。

ぼくらが構築中の竹芝CiP。その核となる40Fのビル「東京ポートシティ竹芝」を建設中の東急不動産・田中さんは、夏フェスでの大型パブリックビューイング、芝離宮夜会での街中デジタルアート、さらには小笠原との遠隔操作ロボットやスマートモビリティ活用などを進めてきました。

今後さらに、ビルに入居するソフトバンクと共同でスマートシティを開発するほか、MaaS社会実証モデルの構築、浜松町駅からの歩行者デッキへのデジタルサイネージ展開などを企画しています。進めてください!

東京大学川原教授は、空気でふくらませるホイポイカプセル的な乗り物「Poimo」を紹介。やわらかく安全で持ち運べます。
さらに無給充電の仕組みを街にしきつめ、パーソナルモビリティをシェアするサービスも提案。
ぜひ実装しましょう!!

夏フェスで運搬ロボットを提供したタニコー安倉さんは「営業許可の規制で苦労した」といいます。
川原教授も「poimoは原付に該当し、特別な許可が必要」とのこと。
田中さんは、規制の中でどこまで突破できるか「とりあえずやってみるが大事」。ですね。
  
「新技術を全て実装する街にしたい。お声がけしたら、やろうという人が集まった。世界にもここまで集まっている街はない。やって叱られたらぼくが謝る。一つ一つ実態を示していけば窓は開く。使う方が安心だと思ってもらうまでやり続けよう。」
ぼくはそうコメント致しました。

話はデータ流通基盤・情報銀行に移ります。
東洋大学生貝准教授は「グーグルによるトロントのアイディアと竹芝の状況は似ている」と指摘します。
社会全体のデータをどのように収集してスマートシティを設計するか、EUのデータポータビリティを参照しつつ問題提起しました。

生貝さんが提案するのは、互恵主義を念頭においた「竹芝CiP情報銀行」。
参加事業者は取得した個人情報を本人の求めに応じて情報銀行にデジタル提供可能とする。
情報銀行に集約された個人データは、本人と参加事業者が一定要件でAPIで利用できる。そういう仕組み。

想定できるデータは、
① 店舗でのキャッシュレス決済履歴及びそのサービス利用内容
② ゆりかもめやバス、シェアサイクル、船舶等交通機関の利用履歴
③ GPSやWifi(ビル内等)から取得する移動履歴等
具体性を帯びてきました。

竹芝に本拠を移すソフトバンクの関さんは、街の様々なデータを活用すると宣言。
スマートシティの実現に向けて企業や自治体と「共創」で推進していく。
竹芝でもエリアのデータ収集・解析・活用を行い、竹芝エリアに集うパートナーにプラットフォームを提供するとのことです。

東京のスーパーシティのキーパーソン、東京都の米津さん「生活全般にわたり、最先端技術を実装し、技術開発・供給側の目線ではなく住民目線で未来社会を前倒し実現する『まるごと未来都市』は、世界でも未だ実現していない。日本にも必要な技術は揃っているが、実践する場がない。」

都としても、移動、物流、医療、教育、エネルギー、防犯などの領域を広くカバーし、2030年頃に実現される未来社会での生活を加速実現する方針だそうです。
「TOKYO .AI特区」の指定や「TOKYO Data Highway」(5G)の整備などを進めることとしています。力強い。

ただ、スマートシティを論じながら、スマートシティって何なのか、それもいまいちハッキリしません。「本格的にデータを活用してサービスを提供する、というのはまだ各国が競っている。」(生貝さん)「自動運転はヘルシンキと上海。」(理研中川さん)。コレは、というモデルはまだないんですね。

「スマートシティはデータが本体で、その上に物理的なものが乗る。」(生貝さん)
そういうイメージのほうがわかりやすい。要はデータ駆動都市のことであると。どんなデータを活用するかがポイントですね。
「活用するためのルールを定める必要がある。利便性を先に示さなければならない。」(米津さん)

どの分野のデータから取り掛かる? 
「どこを歩いているのか、や混雑状況など個人に紐付かない範囲で全体の問題を解決するところから。」(生貝さん)
「エリアによって様々なデータやプレイヤーが集まる。それぞれがデータを使うことに対して同意を得つつ、うまく連携していければ。」(落合さん)

「データを閉じ込めることはできない。データは増えていく。が、死んだらデータは増えなくなる。死後のデータはどうするか。活用するのか?そのまま死滅するのか?」(中川さん)
そんな問題提起もありました。
いの一番に実装しようと思いつつ、難しいテーマを引っ張っていくことになります。乞うご期待。



2020年3月23日月曜日

バルセロナで文化大臣とポップ・テックの調印式を開きました

■バルセロナで文化大臣とポップ・テックの調印式を開きました

スペインカタルーニャ州バルセロナ。
日本のマンガを中心に据えたイベント、マンガバルセロナ。
25年の歴史を持ち、5万人が集います。
その場で「オタクサミット」を開催しました。
カタルーニャ州ヴィーヴァス文化大臣にもお越しいただきました。

CiPが設立した「世界オタク研究所」と「国際オタクイベント協会」IOEAとのタッグ。
世界オタク研究所は、オタク研究の第一人者をネットワーク化し、2020年に完成する竹芝CiPに研究拠点を設置するものです。
5大陸のさまざまな研究者やファンが喜ぶ研究機関に育てていく構想で、オタクサミットもその活動の一環。


参考1「世界オタク研究所、スタート!」

参考2「オタク国際シンポを開いてみた。」

サミット登壇者は、MIT イアン・コンドリー教授、ボローニャ大学 パオラ・スクロラベツァ教授、北京大学 古市雅子准教授、そしてぼく。
米欧中の一線級の研究者と、日本の活動家、ということになります。
オタクとは何か。その課題と展望は。

コンドリーさんは、同人コミュニティの力や過激なオタク表現を下敷きに、創造と協働について語ります。
スクロラベツァさんは、アニメ、小説、映画など世界に日本の文化がいかに波及しているかを説きます。
欧米から日本を視る目の鋭さに驚きます。

古市さんは北京大学生え抜きの学者で、とても稀な日本人正教員。
「動漫=アニメは中国の重要戦略に位置づけられていて、政策で後押しされている。」
「しかしオタクがどう位置づけられるかも国の姿勢次第であり、展望は不明。」
他国にはない、中国ならではの文化ポジションですね。

中国ではオタクのイメージは悪くないの?
古市さん「オタク文化は中国では大学が入口。外国に接する方法をもつ賢い大学生から広がったものであり、彼らは振る舞い方も知っている。だからオタクにマイナスイメージはない。」
なるほど、文化の伝搬法も音なるんですね。

コンドリーさんもスクロラベツァさんも、国内でのオタクのイメージは好転してきたといいます。
さらに、かつてはニッチな領域だったが、メインストリームになってきたとも。
サブカルチャーではなくメインカルチャーだ、ということですね。
ぼくは日本ではもともとサブカルではなくメインだったと考えます。
サブカルという呼び方、きらい。

彼らが強調したのは「オタクは壁を乗り越える」という点です。
オタクはグローバルに広がる。
国境や体制や宗教を超えていく。
保護主義、右傾化といったトレンドに対し、オタクが何をできるか。
政府やケイダンレンじゃなくオタクだからできることは何か。
その融和力をどう活かせばいいか。

オタクのソフトパワーを戦略的に活かせるかどうか。
ぼくにはわかりません。
が、世界中のオタク研究者の総本山、世界オタク研究所はそんなテーマも扱いたい。
来年夏、ポップ&テック特区CiPに看板を掲げます。

CiPはシリコンバレーとハリウッドを合体する、けれど、ポップで、おもしろくて、クリエイターもユーザーもゲーマーもオタクもYouTuberもコスプレーヤーもみんなが集う、日本にしかできない街にしたい。
そして、バルセロナと同様、海があります。
海も活かしたポップをデザインしたいです。

実はバルセロナはスマートシティで世界トップを走る都市でもあります。
テック&ポップなのです。
これまでの訪問では、サイネージはじめデジタル映像の展開に「やるやないか」と驚いていたのですが、今それ以上に、町中に設置されたセンサーやモニターでデータが回されているのですって。

参考3「前略ガウディ様、サイネージはお好き?」

参考4「前略メッシ様、サイネージはお好き?」
http://ichiyanakamura.blogspot.com/2012/02/blog-post_16.html

参考5「バルセロナ、今回は科学館。」
スマートシティのテクノロジーを開発しているIaaC:Institute for advanced architecture of CataloniaのFab Labを訪れました。


とはいえ和服のオッサンによる休日のアポ無し凸で、驚くアジア留学生をつかまえてあれやこれや聞きました。
小さなセンサーを開発し、街に埋め込んでいるとのこと。

バスにセンサーがつけられ、運行情報がバス停のサイネージで表示される。
金沢市のバスがずいぶん早く実装していたものですね。
サイネージは街の見える化ですが、データ駆動のスマート化はしかけがウラに埋め込まれ、見えずに静かに街を便利で豊かにする。
もっともっと見えなくなっていく。見えない化。

ゴミ箱の上部にもセンサーが埋め込まれ、ゴミ処理車両にデータが届けられる。
まさにゴミ箱を扱うおじさんに、この上部の黒い突起にセンサーが入っているのか?と聞いた。
ゴミ箱を引っ張り上げて車に乗せる取っ手だと言う。
いやセンサーが入っているはずだ。いや違う。
押し問答したが真相は不明。

そんなバルセロナのあるカタルーニャ州とCiP協議会がデジタル文化と技術革新の融合を進めるべく協定を結びました。
カタルーニャ州ヴィーヴァス文化大臣とぼくとで調印式を執り行いました。
スマートシティポップカルチャーで、世界の東西の都市が組んで強みを発揮する戦略を進めます。


参考6:ヴィーヴァス文化大臣とぼくの調印式ツイート。

参考7:現地の報道。
「La Conselleria de Cultura y un 'hub' japonés colaboran en promover la innovación digital」


ポップカルチャーは技術と一体です。
デジタル技術、スマート技術が文化を変化させました。
そして次の大波が来ています。
AI、IoT、ブロックチェーンといった一連の技術がポップとどうからみあうのか。
都市と文化はどう関わるのか。
このあたり、連携してまいりたい。
(タコがおいしい)


世界オタク研究所は世界中の研究者の砂場になりたい。
自由に遊んで、勝手に山を作って、掘り下げられる。
同時に研究資金やビジネスのおカネが回る工夫もしたい。
(いわしとエビと漬けのタルタルとブッラータ)


独立運動でキナ臭いカタルーニャ州。
ポップとテックで身を立てようとしています。
楽しく一緒にやりましょう。
(いちじくもきのこも絶品)

2020年3月19日木曜日

さようなら、廣瀬禎彦さん

■さようなら、廣瀬禎彦さん

 廣瀬禎彦さんが亡くなりました。享年76
 IBMの事業部長としてPCを作り、アスキーの専務としてゲームを作り、セガの副社長としてドリームキャストを作り、@NetHome(現J:COM)の社長としてネット事業を作り、コロムビアレコードの立て直しを進めた、とんでもない人でした。

 19979月、政府・行革会議は郵政省を解体する中間報告を発表。郵政省の担当であるぼくは反抗する運動を展開し、12月、結果として総務省に滑り込むことで決着。結果オーライだがぼくは辞表を書かねばなぁ。ぼくは事務次官に上り詰めるつもりだったんだがなぁ。どう生きようかなぁ。
 悶々としていたその頃、アスキー西和彦社長と廣瀬専務から会おうと連絡。ホテルオークラのロビーでした。初対面の廣瀬さんがいきなり「民間に出なさいよ。アスキーのゲーム部門の責任者やりなさいよ。」と言う。当時その部門はダビスタやらmoonやらツクールやら、数百億円の売上がある大ビジネスで、すぐにはピンと来なかったものの、民間に拾ってくれる人がいるのか、と実に安心しました。
 ロビーの向こうにオノ・ヨーコさんがいて、おお、生で初めて見る、すると廣瀬さんが「オノ・ヨーコさんはぼくの家庭教師だったんだ」という。何か複雑なジョークだと思い、民間じゃこういうのも笑わないといけないのかと表情に困りました。後に聞いたところ、廣瀬さんが永田町小学校(!)に通っていたころ本当に英語を教えてもらっていたそうで。廣瀬さん、先生より先に逝ってはいけません。

 98年に入り、ぼくが役所を出る決心をしたころ、西さん廣瀬さんは別のオファーを持ってきました。「セガ/CSKの大川功会長と話せ。」言われるがまま西麻布で大川さんとサシ飲み。(たぶん)めっちゃ高いワインをガブ飲みしました。
 大川さん「私財35億円をMITに寄付してメディアと子どもの研究所を作るさかい、担当する客員教授にならへんか。」それはぼくの仕事です。リアリティあります。行きます。と答えました。「何やら大川さんに気に入られたみたいです」と廣瀬さんに報告すると、「大川さんの前でそんなにガブガブ飲むヤツはいないからだ。」大笑いされました。
 民間に出ることになったぼくは、ビジネスのこと、アメリカのこと、さまざまなことを教わります。大学で学ばなかったぼくは役所ですさまじく勉強をさせられましたが、民間に出てアメリカに出て、改めてすさまじい勉強を強いられました。廣瀬さんが師匠でした。

 ぼくの渡米と同時にセガの副社長に就いた廣瀬さんはドリームキャストに邁進します。セガの顧問にしてもらってそのチームにぼくも加わり、開発・販売の現場を見ました。そして廣瀬さんの差配に舌を巻きました。チップ、OS、通信(ドリキャスは世界初の通信機能付きゲーム機)、ゲームソフト、映像、音楽、デザイン、生産ライン、販路、その他全てに精通していないと統括できない。限られたスケジュールで仕上げるには、毎日瞬時に判断していかないといけない。くらいつくのがやっとでした。
 でもいつも軽やかなんですよね。羽田の副社長室でダベっていたら、水口哲也さんが入ってきて、構想中のゲームを長身の身振り手振りでクネクネ説明する。「銃をこう打ったら星人がチューチューってこうなる。」廣瀬さんがキャラ設定だとか反応スピードだとか開発コストだとかニコニコと矢継ぎ早に聞く。水口さんがタタっと答える。素人のぼくは、へぇゲームってそんな感じでできるのかー、と聞き入っていました。名作、Space Channel 5がスタートする瞬間でした。
 当時、セガアメリカはシリコンバレーの静かな湖畔にありました。廣瀬さんはアメリカのゲーム制作のリーダーたちに英語で罵声を浴びせていました。生産管理の観点から現場を締めていました。一方で、ドリキャス発売が見えてきて、ソフトに比重が移るのを見越して、会社の移転を画策しました。クリエイターはシリコンバレーじゃダメだ。田舎じゃダメだ。メシとクラブがなきゃ。文化がなきゃ。都会じゃなきゃ。そう言って、セガアメリカをサンフランシスコの倉庫街に移しました。技術者は不満だったかもしれませんが、クリエイターは大喜び。
 テクノロジーとコンテンツ、デジタルとアナログ、その双方をガッツリ押さえている、当時では稀有な存在でした。

 MITの契約を終え、ぼくがスタンフォード日本センターの所長に就いたころ、廣瀬さんはセガを出て、@NetHomeというプロバイダーの社長をしていました。その仕事にぼくはほぼタッチしていないのですが、一つ大きな仕事をなさいました。ほしよりこさん著「きょうの猫村さん」です。
 西麻布の怪しいマンションで音楽制作者連盟の飲み会を毎月開く、という最高の仕事を副業として請け負っていたぼくは、一緒に仕事をしていたほしさんを廣瀬さんに会わせたのです。絵が抜群で言葉も豊かなほしさん、マンガ描くといいのにねーという話になり、「@NetHomeで一日一コマ連載すれば?」と廣瀬さん。そこから、猫村さんが始まります。17年続いています。廣瀬さんの軽口と、それを実行するマネジメントがなければ、あの名作は生まれていませんし、大家ほしよりこもデビューしていません。
 子どもとメディアの研究所を作っていたMITから戻り、日本で子どもの創造力・表現力のNPO CANVASを立ち上げる際には、記念すべき第一回ワークショップを岡山市で廣瀬さんが開いてくれました。葉っぱやテープなど好きな素材を使って自分だけの写真を撮ろう、というもの。ご自身がファシリテーターを務めました。その後CANVASは成長し、世界最大級の子ども創作イベント「ワークショップコレクション」を開催し、プログラミング教育の必修化にも大きく貢献しています。廣瀬さんにはずっと理事を務めていただきました。

 スタンフォードの契約も切れる。2006年。どうしようかなぁ。どうしたらいいですかね廣瀬さん?「メディアに出て、来る仕事を全部引き受けろ。仕事があふれてから考えろ。」六本木の飲み屋でスパッと言われました。
 ぼくはホリプロと文化人タレント契約を結び、クイズ番組やら奥様番組やらに出つつ、慶應大学にも拾ってもらい、片っ端から引き受けて、あなた何者?と聞かれるほど訳のわからないヤツになりました。つけていた格好が崩れたと言いますか、被っていたメッキが剥がれたと言いますか、まぁ素になった、んだと思います。要するに廣瀬さんは、「カッコつけてんじゃねーよ、動け。」とおっしゃっていたわけです。
 それがあって、今日に至る。
 役所勤め。MIT・スタンフォード・慶應。そしてまもなくiUというベンチャー大学を開学し、ぼくは人生 三毛作めにさしかかります。今度はスタートアップだけに、じっくりとご指南をいただきたい。iU構想の最初から廣瀬さんには客員教授をお願いしていました。じっくり伺う暇もなく、旅立たれてしまいました。76歳。若すぎる。残念です。
 今のぼくの歳のころ廣瀬さんは、東京で中古のポルシェに乗り、ニューヨークのクラブで朝まで踊り、サンフランシスコの朝にエッグベネディクトを食べていました。その姿を思い出しつつ、次の仕事に向かいます。
 合掌。

2020年3月16日月曜日

上海メディアシティに腰を抜かしました

■上海メディアシティに腰を抜かしました

槌音が響く。
ドカンドカン。
若い竹林のように、ビルの群れが天空に伸びていく。
にょきにょき。
1964年東京かここは。
いいえ2020年 上海です。

市中を歩くと、食事も、ファッションも、モールも、洗練度は東京をとうに抜いたと感じさせます。
上から下は差分が読めるけど、下から上はどれくらい開いたか見えなくなる。
すぐに背中が遠くなりそう。
だけど、それだけ発展しても、まだ伸びる上海。

そういえばちょうど1年前には、アリババ「独身の日」の上海での前夜祭に参加して、一日で楽天の売上を見せるデジタルの勢いにヒックリ返っていたのでした。
「上海「独身の日」にみる勢い」

ビル群を見上げてヒックリ返っていたら、CMGが来年オープンするビルの最上階に通され、街を見下ろして、今度は腰を抜かしました。
ここは上海市徐家区「国際メディア港」。
100万㎡のメディアシティを建築中。
そのうち1/4の26万㎡をCMGが作っているんだそうです。

CMG。チャイナ・メディア・グループ。
国営放送CCTVやラジオCRIなどが2018年に合体した中国最大のメディアコングロマリットです。
北京から見えた代表に、吉本興業のかたがたとお目にかかり、メディアシティ構想をちょいとばかり教えてもらいました。
ナイショじゃないと思われることだけメモしておきます。

「CMG26万㎡に8つのビルを置きます。
 2棟はテクノロジー施設に、2棟は5つ星ホテルに、そして巨大な映画館を作ります。
 1FとB1はまるごと商業施設にします。」
え?、26万㎡つまり500m四方の地下街を作るんですか?
「はい、もうすぐできます。」
うへー

「そこの高層ビルにはファーウェイが入ります。
 うしろのビルは、シャオミーです。
 テンセント、アリババも入居します。
 世界最大のメディア基地にします。」
・・日本で言えば、NHKとキー局5つに、ソニーやら楽天やらが集まるイメージ。北京政府が集める、んだろうなぁ・・。

「インフラの整備からコンテンツの充実に向かいます。
 ネットとテレビの融合を進めます。
 4K8K、VR、5Gに力を入れます。
 AI実験室も作ります。
 eスポーツ都市も建設します。
 アニメ・マンガにも力を入れます。」
・・全部じゃないですか。ぼくらポップ・テック特区CiPがやりたいことを、数十倍規模で進める構想。

「街中のプロジェクションマッピング・アートを実施してみました。
 26㎡空間まるごと動画ショーです。
 アート空間を作りたい。
 永遠に終わらないメディア祭会場にしたい。」
・・うらやましい。日本では屋外表示規制や権利者調整などで実行不可能です。
「でも私たちはまだまだです。日本の協力がほしい。」
・・この怖ろしい謙虚さはなんだ・・。

「多言語のコンテンツ制作センターも作ります。
 上海・北京・海南島の映画祭をCMGは主催していて、その連携も進めたい。
 上海交通大学など産学連携も進めます。
 青少年交流を活性化させたいです。
 何かできることはありますか。」
・・竜宮城に来て鯛や平目の舞い踊りを観ている気分です。帰国したらぼくはおじいさんになっています。
 
「徐家区は上海の文化の中心です。
 文化産業を発展させます。
 深センにも同規模のメディアシティを開発しますが。」
・・えっ、もっと作るの? また目が覚めました。

「先日、フランスのマクロンさんもお越しになったので、ここで同じ説明したんですよ。」
・・中国と独特の距離感を持つフランスは国家元首が足を運び、見た。日本政府はこの構想を知っている人さえいないんじゃないかな?

80年代、シマゲジことNHK島会長がNTTとの連携もにらみ国際映像戦略を掲げた頃は、日本もアズNo1とかノーと言えるとか多少の自信もあり、だから国内調整にうつつも抜かせて、冷戦終結のチャンスもあれど何も進まず、バブルがパーで、平成30年は平和に沈み、香港台湾シンガポールからBRICs、そして中国が勃興しての令和です。

上海のメディア巨人SMG(上海メディアグループ)の高会長「78年に小平さんが訪日して改革開放、それから40年。中国は松下らの技術を学んで発展した。当時の技術者は実にオープンで、とても尊敬されていた。感謝している。」
・・そのように感謝されていることを、日本人の多くは認識していません。

高会長「私が大学を卒業した1988年ごろ。中曽根政権の3000人青少年交流プロブラムに参加して、京都・大阪でホームステイした。感謝している。当時の当時の家族を訪ねたい。」
・・政府もよい仕事をしていた。が、その世代が中国の中核に育っていることを政府は拾っていないのでは。よろしゅおます。吉本興業が拾いましょ。

今回の訪中、表向きの正式行事は「吉本新喜劇 上海公演」。
コテコテの大阪を、字幕表示で演じます。
吉本興業大崎会長は新喜劇を漫才の複合体と説明していました。
コミュニケーションで笑わせる、ただただ笑わせる、その表現の中国進出です。

中国の要人に対し大崎会長が話していました。
二人のしゃべくりで笑わせる手法は日本の漫才と中国の「相声」しかない。
かけあいコミュニケーションはスタンダップのピン芸をはるかにしのぐ可能性のある表現。
それを共同で発展させればおもろいんちゃう。
・・ゼッタイおもろい思います。

すんのかい。すんのかい。せーへんのかい。
毛細血管がいっぱいつまったとこ わーきー!
字幕表示なしでやりきりました。
中国人客が7割を占める会場、大爆笑大歓声。
乳首ドリルが日中の架け橋や!
涙が出ました。

すち子さんがビキビキビッキーズばりに飴ちゃんを投げると熱狂でした。
コミュニケーション、成り立つやん。
ぼくも背伸びして1個ゲットしたったで!
でもぼくは、本番前の廊下で、座長の酒井藍ちゃんに、岡本社長が「納税してる?」と声かけたんが、破壊的におもしろかったです。

2020年3月12日木曜日

中山淳雄著「オタク経済圏創世記」

■中山淳雄著「オタク経済圏創世記」

 「オタク」という用語が定着して久しい。当初は影のあるネガティブな印象が濃かったが、ポップカルチャーを支えるファン層へとプラスのイメージに反転した。それはオタク領域がニッチなサブ文化からマスの主流文化へと成長し、趣味の領域がビジネスや産業を形成するパワーへと転換したことをも意味する。
 本書はDeNA、バンダイナムコなどを経てブシロード執行役員を務める筆者が、マンガ、アニメ、ゲームから音楽、そしてプロレスに至るまで、オタク文化の生産と消費がいかに拡大し、変化し、グローバル化してきたかを、豊富な事例やデータをもとに解き明かす。
 そしてその成功戦略がオタク産業にとどまらず、製造業など他の産業にも応用できる共通の原理を持つことを示唆する。コンテンツ産業は十数兆円市場だが、GDP500兆円に広がる希望を抱かせる。

2.5次元展開
 オタク産業の成功例として強調されるのが「2.5次元」展開だ。2次元=バーチャルのアニメやゲームなどのコンテンツやキャラクターと、3次元=現実のタレントによるライブ興行など複数のメディアを同時多発的に巻き込む戦略だ。
ポケモン、ドラゴンボール、新日本プロレス。本書が事例として挙げ、米国で市場を築いたオタク文化商品はいずれも、デジタルによるコンテンツとライブとを組み合わせ、グローバル展開を進めたものだ。
 コンテンツ産業は波動的に成長してきた。60年代からの日本アニメの産業化、80年代からのゲームの世界的寡占、90年代のアニメイベント展開、2000年代のマンガ・アニメの海賊版浸透、2010年代の動画配信ビジネス。
そこに2010年代におけるソーシャル化が加わった。つまり「イベントとSNSを通じてコミュニティ化された友人同士が動画配信でトレンドを共有、キャラ商品のeコマース展開などで共有する時代」となることで、人気が拡大・定着したという見方だ。

○産業成長の背景
 オタク産業は複合的な要因で成長してきた、と本書は見る。
 まずコスト構造。マンガは米国に比べ1/10の価格のものを3倍のスピードで提供する圧倒的な価格優位性・生産体制を有した。高品質な工業製品を安価に提供する日本的な生産装置がコンテンツにも適用された。
 ただ、家電などの産業とは異なり、国家や財閥とも対極にあるベンチャーから立ち上がったニッチな産業であった点が重要だ。
 そこに高度で大量の人材が投入された。「2000年以前、起業家精神の高い人材のほとんどが小説家、漫画家、映画・アニメ監督、ゲームクリエイターになった。」マンガ雑誌やTVアニメ、コンソールゲームがその受け皿だった。
 連携もポイントだ。ディズニーやタイム・ワーナーなどのメディア巨人による資本力でのコンテンツ制作と異なり、資本関係にない企業群が現場重視のボトムアップで歩調を合わせ作品を創っていく。
 そして自由。アニメは海外にみられる表現の制約がなかった。「アングラ文化として自由に発展させてきた」。
 消費構造も重要だ。大人と子供の文化的な線引きも緩く、大量の雑誌が流通し、「大人向けアニメという発明品」が誕生して、大人から子供まで消費する。
 こうした特殊な生産・消費構造が日本をオタク産業の本場にしたとする筆者の横断的な視点に同意する。

95年以降のビジネス変化
 本書は、コンテンツ業界は95年を境に失墜したと見る。国内は衰退傾向となった。95年は可処分所得のピーク、つまり日本経済じたいが山場を迎えた時期であり、収縮に向かうのは必然だったかもしれない。
 ただ、同時に、95年はPCやネットなどデジタル化の本格離陸の年であり、コンテンツのグローバル展開の始まりでもある。以後、マンガ、アニメ、ゲームはデジタル+海外で盛況を迎える。
 2010年以降、スマホが主要デバイスとなり、「1日7-9時間の情報消費習慣の半分以上をスマホが奪った。」モバイルのコンテンツではゲームがマンガ、動画、音楽をはるかにしのぎ、全体の消費の7割を占める。TVゲームの海外市場が縮小する一方、オンラインゲームが2000億円に成長し、アニメは7年で3倍の500億円に達するという。ネットと海賊版で海外のオタクも育った。フランスのジャパンエキスポ、アメリカのアニメエキスポには数十万人が参加する。
 本丸は権利ビジネスだ。テレビ・映画放映の1次流通の後の2次利用で稼ぐ。VHSや音楽CD、玩具や食品でのキャラクター展開である。アニメ制作者の売上は2444億円、その後の権利ビジネスは2.1兆円。1ケタ数字が違うという。そしてポケモンは20年間で累計10兆円の売上だという。1コンテンツが巨大な産業を生み出す。しかも「ほぼすべてのキャラクターが米国と日本から生まれている」意味を、日本はより戦略的に捉える必要があろう。

○ライブ+ソーシャル
「アナと雪の女王」は1500万人のユーザ数で収益が50億円なのに対し、「ラブライブ!」は3-400万人で440億円。ユーザ数が1/5なのに売上が10倍近いという。筆者は「オタクを部屋の外に出した。ライブに行くアクティブなオタクを創り上げた。」と評する。しかもオタクはロイヤリティが高く、一般客の3倍の金額を使うという。
 2010-15年に音楽ライブ市場は突如3倍に膨らんだという。「音楽ほどパッケージからネット+ロケーションへの変動を体現している業界はない。」ソーシャルメディアやシェアリングサービスによるコミュニティ機能があいまって効果を上げているようだ。ユーザコミュニティを形成し、コンテンツをアップデートし続ける双方向モデルにビジネスモデルを転換している。これはコンテンツのメーカーから「サービス事業者への変化」と筆者は見る。「ポケモンGO」の成功もこれに連なる。「2次元世界と3次元世界に道筋をつけた」重要事例だ。
 さらに本書が強調するのが「新日本プロレス」の成功だ。「テレビからの脱落がグローバル化につながった」とみる。「日本ではテレビとの距離が近いコンテンツほど、海外や配信といった新しい動きへのキャッチアップが遅れ、パッケージビジネスと同様に1995年から凋落が始まっている。」実に示唆に富む。今年始まる5Gでこの傾向は加速するだろうか。
 
○日本企業の勝ちパターンとは
 結論として本書は、日本企業の旧態依然とした協調路線はあながち間違っていない、連携コンソーシアムにより作品製の高いキャラ・物語を創り、グローバルな市場を形成するところに勝ちパターンがあるのではないか、と説く。
――覇権がテレビを中心としたトップダウンのものから、ネットとコミュニティを中心としたボトムアップのものに移転している。2次元(アニメ・ゲーム)と3次元(タレント)を組み合わせ、ライブコンテンツのサービス事業として展開することが大事だ。ライブコンテンツメーカーという事業構造が日本のキャラクター経済圏の主体になる。
――北米がメディア・コンツェルンとして巨大な組織を作るのとは逆に、複数のコミュニティが文化コンソーシアムとして共生するゆるいモジュラー型の連合体で、古い企業の資産を最大限に活かす取組が日本企業の道。
――ハードウェアなどの装置産業もソフトウェアの文化産業とコンソーシアムを組んで異文化に仕掛けることが必要ではないか。
 これが著者の主張だ。アメリカのビジネススクールでは聞かれない、けれど歴史とデータと現場感に裏付けされた傾聴に値する見方だと思う。
 マンガ、アニメ、ゲームそしてプロレスはいずれも米国から輸入したものが日本で特殊な進化を遂げ、海外に輸出されるようになったものだ。クールジャパンとは、海外産のものを日本が進化させ輸出産業になったものをいう。
 コンビニ、制服ファッション、ラーメン。コンテンツ以外にもさまざまな事例がある。プロレスがクールジャパンになったように、他にもまだまだ発掘できるネタはあろう。本書は多くの産業に共通するヒントを与える。

2020年3月9日月曜日

消費者庁のデジタル論議、始まる。

■消費者庁のデジタル論議、始まる。

消費者のデジタル化への対応に関する検討会。
消費者庁とは、青少年の安心ネット利用対策、ゲームのガチャやeスポーツ規制などで接点がありましたが、会議への参加は初めて。
座長代理を務めます。

このタイミングでデジタルと消費者の関わりを考えることは有意義。20年前からのデジタル化、10年前からのスマート化を経て、Society5.0へと次の大きな波が来ている。
デジタル化・スマート化の消費者にとっての課題と、AI/IoT/データ時代の消費者にとっての課題。性格が違うので、分けて議論します。

ぼくのコメントを紹介しておきます。
まずプラットフォーマーのサービス利用問題。
これはリテラシー教育、利用者による学習の問題が基本です。
国民全員がデジタルの利用者になる。生活全てがデジタルに依存する。そのための技術も、制度も大事なのだが、結局、消費者が自分を守るための知識・知恵が最重要。

デジタル教科書も制度化され、全ての子どもがデジタルを使って学ぶようになります。
政府も青少年の安全ネット対策を講じています。
ただ、若い世代ほどデジタルの知識は豊富。問題は大人側。この対策は薄い。
NHKが振り込め詐欺対策の番組を繰り返し放映しているが、そのようにわかりやすく手厚い情報提供が必要。

同時に必要なのは、不必要にデメリットや怖さを強調しないこと。
日本は学校のIT化がOECD最低で、今回ようやく経済対策の補正予算で一人一台PCが整備される方向だが、これまで20年進まなかった最大の原因は、デジタル化に対するばくぜんとした不安感。

シェアエコの普及が遅れているのも「不安」が前に立つから。
日本ほど安全な国はないのに、日本ほど不安を感じている国もない。
その空気が日本の進路を阻んでいる面が大きい。
デジタルやスマートは、一害あっても百利ある。
まず消費者が百利を享受できるように啓発しつつ、一害を避ける、という方向が大切。


AI/IoT/データに関しては、教育以前の、ルール化が重要な段階。
これまでのデジタルは人と人のコミュニケーション。
これからは、機械と機械がコミュニケーションして、自動で分析・処理されていく。
これは、これまで人類が直面したことのない世界が到来することを意味していて、まだ世界のどこにも正解がない。

問題は、AIは見えないということ。
裏側でAIが人を評価して、企業の人事採用、金融の与信、犯罪の予測に使われて、排除・差別される。ユーザのデータが選挙にも利用される。
民主主義や国民主権に関わる事態が想定され、憲法学者たちも問題にし始めた。

だが、技術的必然として、社会に入り込んでいく。
AIを使いこなす、その覚悟と知識と知恵が大事。
昨日も内閣府・知財本部で、データやAIの利用に対し、利用者も事業者も「不安」を抱えているということが議論された。安心して使えるようにするルール化と社会実装が必要。

まず、個人のデータは自分のものというルールを明確にすることと、それを実装するまっとうなサービスが現れてくること。
これらも内閣官房IT戦略室、知財本部、経産省、総務省らが束になって議論している。
消費者行政も入り込んで、取り組んでいただきたい。

政府は事業者向けAI利活用ガイドラインを用意しているが、消費者向けガイドラインを作ることが必要。
しかも、想定外のAIやサービスが登場してくるので、どしどし改訂して啓発していく覚悟もまた必要でしょう。

ぼくのコメントは以上。
政府のAI利活用のガイドラインは「研究者からみてユルい」という委員の発言がありました。
研究者が調査計画を立てる際、いかに安全を確保し、説明責任を果たすか、その対策・措置を強く求められる。のに対し、企業・事業者は留意・配慮・努力で済むと。
確かに~。新鮮です。

ところでこの会議。グラフィックレコード(グラレコ)が試験導入されました。
委員たちのコメントはこのように即興ビジュアル化されていきます。
議事録も報告書もこれでいいんじゃね?というできばえでした。
試験と言わず、他省庁も含め、本格導入してください。

(むかし若い女性の同僚がある経済会議の議事録を絵だけで作り、事後にその絵を見ながら2時間正確に再現しました。とてつもない能力だと腰を抜かしました。その後その人は「きょうの猫村さん」でマンガ家デビューし、超売れっ子になって現在に至ります。誰でもできる芸当ではないことを申し添えます。)