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2011年2月25日金曜日

アキハバラ献血サイネージ実験

■Pop アキハバラ献血サイネージ実験



 デジタルサイネージコンソーシアムの会員たちが行った自主実験の例を紹介しておきましょう。
 JR秋葉原駅構内。4面のタテ型ディスプレイで萌えキャラが「献血へのご協力」を呼びかけています。
 画面の前に立つと、映し出された自分が初音ミクに変身するシステムが通行客の足を止めています。
 誘導されて向かった献血ルーム「akibaF」は、初音ミクのフィギュアが並ぶ明るい空間。中央に3台置かれたホログラフィー表示器では、初音ミクが手を振って踊っています。フルカラー動画のホログラフィーが当たり前のように見られるのです。さすがアキハバラ。
 20091217日~19日、デジタルサイネージコンソーシアムが行ったデジタルサイネージの効果検証実験です。
 駅構内や秋葉原UDXビルのオフィス入り口、周辺店舗などに各社の機材を設置、初音ミクなどを使ったコンテンツを放映。
 顔認証の画像処理を用いた効果測定技術を応用して、通過人数と視認者の測定を実施しました。
 献血ルーム「akibaF」や「アキバ献血ルーム」へのデジタルサイネージによる誘導効果の検証を行いました。
 JR秋葉原駅では12台、秋葉原UDXには2台のディスプレイを設置。
 ビル壁面にある大型ビジョン(UDXビジョン)でも放映しました。
 周辺店舗
でも「Touch!vision12台で放映。
 いずれも広告効果測定システムを入れています。
 コンテンツ制作は4社が担当。akiba:Fオリジナルのナースタイプの初音ミクや、献血に関するQ&Aの「教えてけんけつちゃん」など秋葉原と親和性の高いキャラクターを使ったものも制作しました。
 今回の実験には慶應義塾大学メディアデザイン研究科(KMD)も協力。学生たちも効果測定に参加しました。
「初音ミクはロケーションにとても合ってますね。ポップと電子技術の先端を行く秋葉原にふさわしいサイネージ。大勢のかたが参加してくれて、ハード・コンテンツ・ロケーションの三要素が揃ったサイネージは集客力があると感じました。」(修士1年の近藤千紘さん)
「日本に五台しかないというデンマーク製3Dホログラム装置はすごいです。献血に来られて、そこのアンケートで初音ミクデジタルサイネージを知って、わざわざ駅へ見に行くって人もいました。逆誘導ですかね!?」(留学生のマ・カニさん)
「たぶん世界中にこんな献血施設はありません。大きなディスプレイではPRのショットアニメ、パソコンで献血情報、自販機サイネージでは献血後の注意事項など、さまざまな画面を使い分けているのもさすが。」(留学生のハン・ソクジュさん)
 企業のプロフェッショナルたちが現場に出て、各国から集った学生たちも混じり、新しいメディア、新しいサービス、新しい産業を興していきます。
 熱気を感じる実験でした。
 こうした熱気が続いていけば、日本のデジタルサイネージは導火線にしっかり着火し、大きな爆発期を迎えることになるでしょう。

2011年2月21日月曜日

ハイデルベルクで、大学のこと。


Buenos ハイデルベルクで、大学のこと。

 ドイツで最も温かい地方とは名ばかり、渓谷の上に切り立つハイデルベルク城を望むネッカー川にかかる橋「アルテ・ブリュッケ」にたたずめば、冬場は凍えてしまいます。 

 ここにあるハイデルベルク大学(ループレヒト=カールス大学)は、ドイツ最古の大学。
 1386年、ループレヒト1世が創世した、と刻まれています。


 旧聖堂は椅子と椅子の間が窮屈な、厳かで光の乏しい空間。世界最古の大学と言われるイタリア・ボローニャ大学の講堂に通じるたたずまい。背筋が伸びます。
 
 でも、ルールに逆らって暴れる輩もいたんですね。
 むかしの学生牢が残されていました。
 治外法権の大学自治を体現し、違反したヤツを閉じ込めておいた。
 その連中が壁の全てのスペースに落書きをし、反抗と学生の矜持とを歴史に刻んでいます。


 しかし、学外=社会のルールに処分を委ねず、身内に止め置いて飲み食いさせて落とし前をつけさせるなんて、なんて温かい処置でしょう。
 ネッカー川に放り出して世間の者どもに処置させれば安上がりなのに。
 大学自治というのは、そういうコストをかけるということなのでしょうね。
 
 こうして時に大学のことが頭によぎると、自分と大学との距離感を確認することになります。
 学生運動が終焉していたとはいえ、「四畳半神話体系」の舞台となった大学の時計台には「竹本処分粉砕」との落書きが往時をとどめ、少ないながらもヘルメットとマスクはうろついていて、自分は西部講堂という第一勧銀7千万円強奪犯が逃げ込んでもわからなかったという実に治外法権の場所で過ごしていたため、フツーの感覚とは違います。
 それがいま教壇に立つという恐れ多いことをしているので、しばしば距離感を確かめてみるのです。

 もともとぼくは、学生に「教える」気は全くありません。
 大学院の説明会などでも念を押すように繰り返し申し上げています。
 ぼくの役割は、知識を伝えることではない。その能力もない。
 だいいち大学院というところは教師が教える場所ではなく、学生が学ぶ場所。

 デジタル教科書の論議でも申し上げているとおり、もはや先生の知識をコピーするのではなく、学生がつながって学ぶ時代。放送のプッシュ型の教育を壊し、ネットのインタラクティブ型の学習に進みましょう。

 ぼくにできるのは、こうやって学べばよいというヒントを与えること、そのための場と他では得られない機会を提供することです。
 それはぼくのところでプロジェクトを共にすればわかってもらえます。

 第一、先生などと高みに置かれるのは名折れ。
 MITやスタンフォードの時代にも、ぼくは先生ではありませんといちいち断っていました。
 ぼくは政策屋であり、プロジェクト屋なのです。下支えが役割。
 さすがに今は授業を受け持っていますので、学生にいちいち断るのが面倒すぎるから拒否していないだけです。本当はイヤです。
 
 なんとなれば正直、ぼくは大学のころ、授業というものに出たことがないのです。
 体育だけは点呼があり必修だったので出かけましたが、いつも同級生の藤井君の下宿、それこそ「四畳半神話体系」の場面近くのあんな下宿でしたが、そこからパジャマ姿で出向き、ハイと言ったら学食に入るといった案配でした。
 それでも卒業できる大学だと知っていたから入学したわけであります。
 だからして、授業がどうとか成績がどうとかぼくが学生に求める資格もないのです。

 ただ、勉強はしました。
 自分で勉強しました。
 公務員試験に受かるために、まっとうな社会人になるために、最低限のことを学習しました。
 そして幸福なことに、大学を出てから存分に学びました。
 就職して最初の1年で、大学5年(通った)分をはるかに上回る学習をさせられました。
 大学には、そのためのキッカケを与えてもらったと感謝しています。
 
 じゃあなぜオマエはいま大学にいるのか、と。
 教育をするつもりも研究をするつもりもないくせに。
 それは、日本の大学に大きな伸びしろがありつつ、それを活かしていないからです。
 この場をプラットフォームとしてプロデュースできれば、とても大きな恩恵が社会にもたらされるから。

 役所を飛び出して参加したMITやスタンフォードが果たしていたのは、そのプラットフォーム機能でした。
 産業界や資本家や法曹・会計関係者などが大学という場を使い、官庁も関わり、新しいサービス、ビジネス、文化、ライフスタイルを生み出す。

 Yahoo!Googleもスタンフォードの学生が生み、MicrosoftFacebookもハーバードの学生が生み、eInk$100パソコンもMITメディアラボが生みました。

 日本はどうだ。ウォークマン、ファミコン、ポケモン、ナルト、ニコ動、初音ミク。
 世界に飛び出す優れた商品やサービスはたくさんあります。
 だけど、大学が増殖炉になったケースがあるでしょうか。日本の大学は、これらの役に立ったことがあるでしょうか。

 できないのか? そんなことはないでしょう。
 やってみましょう。
 日本の文化に憧れて、日本を目指す海外の若者がいる今がチャンス。下支えを、してみたい。

 教えることはしませんが、いっしょに場作りをしたいひとがいれば、来て下さい。

2011年2月18日金曜日

サイネージ、対応ポイント

■Net サイネージ、対応ポイント


 デジタルサイネージの発展に向け対応すべきポイントは4つ挙げられます。

1) ネットワークの整備
 配信システムの技術的な標準についてはコンソーシアムも積極的。国際規格も狙う構えです。  
 同時に、より柔軟な電波利用を可能とするよう、制度を改正したりするなど、国全体による対策が求められます。

2) 広告メディアの基盤形成
 広告の指標を作り、効果を明確にすること。
 広告主の理解を得てサイネージの利用を広げていくために最も緊急の課題です。
 実験の拡充、業界内での情報の共有が必要となります。

3) 利用の拡大
 教育・医療・行政といった公的な活動でデジタルサイネージを使うこと。
 多くの人に正確にその場で情報を伝達するのには最適。
 広告を届ける以上に、公的な分野で威力を発揮します。

4) 人材の育成
 総合プロデューサーやコンテンツクリエイターを育てること。
 場や機会を与えていくことのほか、大学等でのカリキュラムも整える必要があります。
 ユーザ側への普及啓発も重要です。

 重要なことは、ハード・ソフトにわたる異業種の企業や政府・自治体、大学などが横断的に問題を共有して、全体として対応することです。
 コンソーシアムでは会員主体で毎日のようにテーマごとの会合が開かれ、活発に活動が進められています。本来ならライバルの企業同士が新しい産業の開拓に向けて手を組んでいます。
 20106月には、デジタルサイネージ業界の単独本格展示会、2回目となる「デジタルサイネージジャパン2010」が幕張で開催されました。コンソーシアムの理事陣が運営に当たっています。
 この不況期にあって3日でのべ13万人が来場、予想を上回る賑わいをみせました。
 会場では「デジタルサイネージ・アワード」も実施しました。
 コンテンツ、技術、景観の部門を設けてそれぞれ3点の優れたサイネージを表彰しました。
 広告メディアとしての特性をアピールし、利用の拡大を図ることに加え、若いクリエイターが活躍する場を与えるものです。
 2011年には第2回アワードを実施することとしており、学生などにも広くチャンスを与えたいと考えています。

2011年2月14日月曜日

ポケモンの伝播力


Pop ポケモンの伝播力
 フランクフルト大学での日本ポップカルチャー論議。
 ライプチヒ大学の女性教授がドイツ語でプレゼンしています。アズマヒロキ、ムラカミタカシ、モリカワカイチロウ、オカダトシオ、オオツカエイジ、モウリヨシタカ、聞いたコトアルナマエがたくさん出てきますが、何を言ってるのかわかりません。オタク、ドウブツカ、カイカイキキ、というのは聞き取れましたが、あとはわかりません。
 会場のドイツ人学生が英語で「アキハバラにはスーツカンパニーが進出しました、これはオタクを追い出そうとしているのです」と急に発言しました。え、そうなの?どゆこと? ほかにも、そうなの?どゆこと?というコメントがバシバシ。
 女性教授は静かに答えます。静かなかたです。ぼくの隣にいた研究者が「彼女は東ドイツ出身でね、だからなんだよね」といいます。口調も、たたずまいも、東独出身者は違うんだ、といいます。冷戦が未だ影を落としています。「国際会議でもガンとして英語を使わないのはまだ西側へのわだかまりがあるんだよ」。
 しかしまぁみんな熱心というか日本がスキ過ぎるというか、熱いです。ぼくにも矢継ぎ早に質問が来たのでメモしておきますね。

Q オタクが文化を先導しているのか?
A ポップカルチャーはポピュラー文化であり、ポピュラリティ(人気)やポピュレーション(人口)に依拠する。日本のポップカルチャーは長い歴史の大衆文化に立脚しており、また、大人と子どもの関係や宗教との距離など特殊な社会構造に依存している。オタクは深いファンでありポップのエンジンではあるが全てではない。例えば先週、日本のテレビ番組で最高の視聴率を稼いだのはサザエさん。24%だった。1/4の家庭が日曜夕刻団らんにこれを共有している。それをサザエさんは40年続けている。これが日本ポップの基盤。オタクだけを追っていてもわからないものがある。

Q 日本のポップカルチャーの展望は?
A 持続可能性は不明であり、業界は自ら危機的状況と認識している。国際的な競争下で産業の状況は厳しい。また、ポップカルチャーは定義上、コンテンポラリーな文化であり、変化することが必定。例えばSNS、ニコ動、ケータイ、スマートフォンなどデジタル技術は文化を変容させる。新文化、新表現スタイルが刻々と生まれている。その変化にこそ注目しておくべき。

シブヤ、シンジュク、ロッポンギからアキハバラ、ナカノ?
A そのあたりの観測は重要。だが、さらにキョートを推薦する。京都は1200年の歴史を持つ古い都であり、伝統文化と古風な生活様式を残す。一方、京都は常にアバンギャルドであり続けた。任天堂を生み、日本パンクムーブメントを生み、マンガミュージアムを作った。足を踏み入れれば、ハイエンドなポップカルチャーがしばしば長い歴史の社会構造から生まれてくることを感じるはず。

政府の支援は是か非か?
政府はクールジャパンのムーブメントに後乗りしたいのだが、そううまくは行かない。韓国スタイルで産業を直接支援したがったのだが、競争力のある産業界からはこのアプローチは望まれない。できあがった古典芸術を支援するのと異なり、権威に反発し勃興するポップカルチャーは政府の支援とは相性が悪い。階級や抑圧から産まれるものもある。このため日本政府は最近、直接的+短期的な産業支援からインフラ整備策に体重を移している。例えばブロードバンドの整備、コンテンツ教育の拡充、外交対応の強化といった間接的+長期的支援策だ。

生産側に目を向ける研究も大事では?
然り。評論や研究者の書き物を研究することも大事だが、クリエイターやプロデューサの生の考えを聞くほうが研究は活きる。ポケモンのことを考えるならまず田尻さんや石原さんのことを知るべきだし、スーパーマリオの研究ならまず宮本さんの考えを知るべき。彼らがなぜそういうデザインをし、どう試行錯誤し、なぜそういう成功を収めたのか。間接的な論評を1000冊読んでもわからないことがある。

カブキはポップか?
A ポップですよー。でも、ポップカルチャー、大衆流行文化とは何か。どう定義すべきか。まだ答えがない。カブキにもポップなものはあり、アニメにもポップでないものもある。新旧やジャンルによって分けられるものではなく、オレがコレはポップだと思えばポップ。カワイイやオイシイと同じく主観。

Q ポケモンは日本のライフスタイルを伝播するのに役立ったのでは?
A 98年、アメリカに住んでいたころ、小学2年生の息子におむすびを弁当として持たせたところ、黒い悪魔の食い物とバカにされた。ポケモンが始まり、サトシがブラックなライスボールを食うシーンがオンエアされた翌朝、家の前に何名もの同級生が、あれを食わせてくれと待ち構えていた。日本語のポケモンカードを持参し、カタカナを教えろとせがむ。カタカナがクールなのだという。うれしい。ピカチュウのピやリザードンのリなどを教えてあげていた。ポケモンチームにしろ日本政府にしろ予期した以上の伝播力を発揮したのだろう。

2011年2月10日木曜日

フランクフルトのクールジャパン熱


Pop フランクフルトのクールジャパン熱
 豚の足を焼いたもの、とメニューにあるので注目してみました。11ユーロ。豚足にしてはいい値ですね、赤坂の沖縄料理屋でもテビチ煮はせいぜい600円ぐらいですぜ。と思いきや、運ばれてきたのは豚の片足を丸ごと焼いた代物。いやいやいや。食えませんぜそんなには。ゴロゴロとジャガイモもついている。
 肉食だなぁドイツ。フランクフルトの安酒場にて。
 フランクフルトはボストンに似ています。金融機関が摩天楼を立ち並べ、歴史的建造物が対抗し、太い川が流れ、冬は人が住むと思えぬほど寒い。じゃぁ川向こうのゲーテ大学、いわゆるフランクフルト大学は、さしずめMITかハーバードですか。
 そこで「Cultural Power Japan」という学会イベントが開催され、お招きにあずかりました。各国から123名の参加。ぼくの役割は「Japanese Pop Culture in the Digital Age」と題する基調講演。ま、いつもの話ですが、簡単にメモしておきます。

1 状況
 日本のポップカルチャーは90年代までのマンガ・アニメ・ゲーム=テレビ周辺のアナログ+バーチャルコンテンツから、デジタルコンテンツ+リアルビジネスにシフトしている。
 世界的に拡がりつつも国際競争力を失いつつあり、デジタルネット+グローバル化+リアル連携で生産・流通構造を大きく変化させる途上にある。

2 特徴
1) 日本のポップカルチャーはサブカルチャーではなくメインカルチャー。
階級社会が階層的に生む西洋文化と異なり、大衆の審美眼と表現力に立脚する。
2) 大人と子どもの文化に境界がなく、子どもへの親のコントロールが弱い。
子どもの需要が商品に直接反映される。
3) 異文化や宗教への耐性が強く、性・暴力表現も放置され、それが強みであり、軋轢の元。

3 政策
1) 産業政策として、海外市場の拡大とリアルビジネス(ファッション、食、観光など)との連携を深め、フロンティアを確保する。
2) ネット、モバイル、デジタルサイネージなどデジタル技術、新メディアを開発するハードなインフラ整備アプローチを採る。
3) プロフェッショナルと初等中等レベルの双方のコンテンツ教育を拡充するソフトなインフラ整備アプローチを採る。

4 示唆
1) 全ての文化は、分散、グローバル化、デジタル化する。
全ての文化はデジタル技術で産業化され、国際化され、活性化される。
2) クールジャパンは日本が自らプロデュースしたものではなく、海外から認識が流入した。
自らの文化を評価し、戦略に換えないといけない。
自らの文化・持ち物を知り、愛するところから始まる。

 プレゼン後、「それよか飲も飲も」というホストの女性教授2名と別の安酒場に直行。
 今度はべろんと蒸した草履のような牛の胸肉が2枚出てきました。地ビール、リースリング、名物リンゴワイン、カルバドスにミスペールという大きなキンカンを漬けたもの、など次々にやりつつ聞いた話。

 ワグナー先生「日本学科は教員は2名しかいないのに、クールジャパン熱とかいうやつで、去年は100人、今年は200人も学生が入ってきちゃって。大変よ。卒業するころまでには50人まで絞るんだけど、その50人をどの企業が引き取ってくれるかねぇ。」
 そんなことになってるんですか。
 ゲプハルト先生「わたしゃ昔、京都の相国寺に住んでたんだけどね(それって「雁の寺」じゃないですか先生!というツッコミを無視して)、そのころ活躍していた三船敏郎とか中村篤郎なんて役者は顔が出来ていたわね。いまどうよ。マツジュン? ハッ。どうすんのよ、ニッポンは、顔を。」
 厳しいですね先生。

2011年2月6日日曜日

笹かまぼこ君のころ


■Buenos 笹かまぼこ君のころ

 仙台駅から団体バスに乗り込みます。年配の地元ガイドさんと、東京からついてきた添乗員が旗を掲げてゾロゾロ歩き出します。その先には中尊寺金色堂。日本史で習ったけどモノクロの教科書じゃわからなかった絢爛ですね。芭蕉「夏草や兵どもが夢の跡」を眼下に望みます。
 バスで角館。武家屋敷をゾロゾロ見物。明暦二年に入った佐竹氏が公家・高倉家出身であり、三条家からも正室を迎えたことなどからみちのくの小京都と称されるらしいが、ここ全然京都ちゃうやん。「たそがれ清兵衛」のロケに使われた下級武士の家。たそがれ清兵衛ってどんな映画だっけ。あれ、見てなかったっけ。まあええわ。
 田沢湖って日本一深いのね。な〜んにもなくて、荒涼としてて、いいなココ。畔にぽつねんと立つ「辰子像」、金ピカ。これってな〜んにもなさにさらにマイナス点つける侘びしさに満ちてます。
 雫石でゾロゾロ泊まれと。このあたりで全日空機と自衛隊の戦闘機が衝突したんですね。もう40年前のことですね。小岩井農場って広いんですね。小と岩と井って誰でしたっけ。
 十和田湖の国立公園の記念切手、持ってました。郵便局に勤めていた叔母にもらいました。青色の15円の切手、そう、こんな風景でした。ヒメマスがいる。北海道じゃチップって呼んでました。あ、ここのヒメマス、支笏湖から連れてきたんですか。じゃあお前チップだ。炭火焼き食います。ワンカップの燗もいただきます。
 そこからゾロゾロ分け入る奥入瀬、幻想的な和の光景です。キラリ、きらり、輝く清流と木漏れ陽、上に伸びゆく健やかな樹木と、地を這うシダ・コケ類。ほほう、さすがこういう素敵な場所には西洋人もけっこう来ていますな。

 こんなゾロゾロ旅は、おじいさんたちや、おばあさんたちや、おじいさんとおばあさんたちがほとんどで、ぼくなんかがいると、最近は若い人もこういうのに参加して感心、なんて風に見られ、なんだか楽ちんで心地よいのでありますが、かといってそこはここまでこの国でれっきとした社会生活を送ってきた集団でありますから、ゾロゾロ中に足腰くじけて足を引っ張る人も、ボケて徘徊したり叫んだりする人もなく、まことにつつがなく、波乱がない。
 波乱がないと、記すべき案件もなく、今回はブログのネタにはならんなと帰り支度。仙台駅が近づきました。するとフト年配ガイドと若添乗員が、笹かまぼこ屋に寄ると言いだし、とりあえずツアーが最後に売り上げ期待薄の店に連れて行って紹介料をバックさせる定石に抗うのも、おじいさんおばあさんがハイハイ言ってる中で大人らしくなく、ワンカップでべろんべろんという事情もあり機嫌良く一緒にゾロゾロと。
 笹かまぼこ。そういえばご無沙汰であります。しげしげと眺むるにオヤ笹かまぼこ君、プレーンだけでなくバリュエーションが豊富に進化してなさる。サーモン。ずんだ。チーズ。牛タン。サラミ。わさび。銀杏。しいたけ。ほう。
 そうこうするうち、この旅で初めてぼくは、スイッチが入ってしまいました。笹かまぼこ君。そうだ、むかし、世話になりましたなぁ。笹かまぼこ君を通じてこもごも記憶が蘇ってきたのです。
 
 かけだしのころ。霞ヶ関の新人暮らし。暮らしと言ってもほとんと家に帰らず泊まり込みが常態でした。役所の応接セットとか、床に布団敷いたりして寝ていました。晩は川志満ののびたソバやケルンの弁当などを頼んだりするのですが、夜中ハラが減ります。課の中にある食い物はたいていカワキモノ。そんな言葉、社会人になって初めて知りました。三大カワキモノとは、スルメ、柿ピー、ポテチ。スルメのスルが博徒にとって縁起が悪いのでアタリメと呼ぶ、なんて小ネタも社会人になって、てゆーか東京に来て教えてもらいました。
 だけど、そんなのバクバク食ってビールばかり飲んでると、気持ちわるくなります。てゆーか飲むのはビールばかりでしたね、ビンの。日本酒もあったけど、月桂冠とか菊正宗とか白鶴とか全国普及版ばかりで、味を分けるのは二級とか一級とか特級(ほとんど飲んだことがない)という身分制で。久保田だの浦霞だの八海山だの、銘柄ものはありませんでした。ましてや晴耕雨読だのなかむらだのやきいも黒瀬だの、いま毎日世話になっている焼酎なんて先端の世界は、霞ヶ関という田舎は無縁。洋酒はぼくの机の引き出しにホワイトか角、景気がよければダルマ。
 で、そのカワキモノの気持ちわるさを抑えるには、「ヌレモノ」が要ります。ヌレてるもの。とりあえず濡れていればいいですね。当時ぼくの三大ヌレモノが、魚肉ソーセージ(太いヤツ)、桃屋のザーサイ、そして笹かまぼこ。ずいぶん笹かまぼこ君には救われました。仙台方面に出張する人は、みやげは笹かまぼこ縛り。萩の月、ではいけないのです。それは昼間、課にやってくる経団連や記者クラブの人のお茶うけに出されてしまうからです。笹かまぼこ君は夜中のぼくらの味方。幾晩もそれで食いつなぎました。

 カワキモノ、ヌレモノ、ノミモノを確保し、調達するのは新人のぼくの仕事でした。一応いわゆるキャリア官僚ってやつでしたが、通信自由化、日米交渉、郵政・通産戦争のすさまじい戦場でしたから、おい新人おまえ庶務、と命ぜられ、ふつう役所だとベテランが引き受ける課の飲み食い差配とか、来客へのお茶出しとか、そーゆーのをぼくは一手に引き受けていました。カワキモノヌレモノノミモノを買う「課費」を先輩方から集めたり、どこかからもらったビール券で酒屋に払ったり(今これやってるとつかまります)。
 毎日毎日、職場で飲んでました。廊下に面した会議卓で。ぼくだけじゃない、係長も補佐も課長もみんな議論し、その場で企画を作り、自分の机に戻って至急作業して。当時、セキュリティも甘く出入りは自由で、廊下に面してるんだから業界の人や記者や、政治家の秘書や、誰かわからないけどよく来る人や、そういうのがタムロしていて、新人は酌をし、業界の人や記者たちからイジられ、突き上げられ、いつもタバコでもうもうで、たまに公式見解を求められ、課長らからおまえテキトーに答弁しとけと放り出され、ヘタなことしゃべって記事になって翌日こっぴどく怒鳴られ、そんな雑然とした日々。そうやって鍛えられました。
 業界の人や記者や政治家や誰か分からない人や、そんなもうもうとした中であれこれやってるって、twitterっぽいですね。当時はリアルなtwitter行政をやっていたってことでしょうか。でもそんな昭和の光景は消えました。霞ヶ関の不祥事が相次ぎ、公務員倫理法とかが出来て、官民癒着への眼は厳しく、用事やアポのない人はビルに入ることもできなくなり、タバコは片隅においやられ、今や役所で飲んだりすることは皆無だそうです。
 よかったよかった。おかげでキレイになりました。オープンになりました。スマートになりました。で、政策はどうなったのだろう。それで政策がスマートになったとは思えません。当時の、もうもうとした、ギラギラしたパワーもまた消え失せたようです。霞ヶ関が草食系になったってことでしょうか。
  閉塞しています。その分、立法府がシャキっとし、司法が毅然とこなし、マスメディアが言論をリードするようになり、企業が世界経済を引っ張るようになった。それなら結構。でも、逆じゃないですか?霞ヶ関、行政府を叩いて、そのバネで他のセクターが元気になるハズじゃなかったの?霞ヶ関が大きな穴ボコに落ち込んで、他のセクターもつられてズルズルと沼にはまっているように見えます。
 笹かまぼこ君、笹かまぼこ君が自力で進化する間、霞ヶ関での用事は減っていったかもしれないど、どう思う? また彼らにパワーつけてやってくれないかねぇ。

2011年2月2日水曜日

著作権3判決、国はアテにならない。


■Net 著作権3判決、国はアテにならない。

 このところ立て続けに3件、著作権に関する判決がなされました。

○私的録画補償金訴訟、東芝の協力義務に法的強制力なし、東京地裁
「(社)私的録画補償金管理協会(SARVH)が、東芝に対して、デジタル放送専用録画機器に関する私的録画補償金の支払いを求めた訴訟で、東京地裁は12月27日、機器は補償金対象と認めたが、メーカーの協力義務は法的強制力を伴わないとして、SARVHの請求を棄却する判決を下した。」

○「まねきTV」は著作権侵害と初判断 最高裁、テレビ局敗訴判決を破棄
「日本のテレビ番組をインターネット経由で海外でも視聴可能にしたサービスは著作権法違反だとして、NHKと在京民放5社が、サービスを運営する「永野商店」に対して、事業差し止めなどを求めた訴訟の上告審判決が(1月)18日、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)であった。同小法廷は、このサービスが著作権侵害にあたるとの初判断を示し、テレビ局側敗訴の12審判決を破棄、審理を知財高裁に差し戻した。」

○最高裁、「ロクラク」訴訟でも審理差し戻し
「最高裁判所は(1月)20日、日本デジタル家電のHDDレコーダー「ロクラクII」のレンタルサービスに対して、NHKと民放テレビ局9社が放送番組の複製権侵害にあたるとしてサービスの差し止めと損害賠償の支払いなどを求めていた訴訟の上告審判決で、テレビ局側の訴えを認めなかった知財高裁の二審判決を破棄し、審理を知財高裁に差し戻した。


 この3つの判決に思うのは、「国がアテにならない」ということです。少し前までは、「政府はアテにならない」と言っていたのですが、もはや行政も立法も司法も、三権ともに頼りにできないという状況。
 著作権という制度論でせめぎあうのではなく、司法の場で判断を積み上げていくのはいい方向ではあるのですが、結果としてハードとソフトの業界全体やユーザが豊かになる道が展望できない結果となっています。ハードとソフトを組み合わせた新しいサービスを創り出したり、ユーザを豊かにしたりする方向に進むべきなのですが、日本は膠着状態にあります。

1)録音録画補償金問題
 これは私はハード(機器システム)からソフト(コンテンツ)への所得移転問題だと思っていまして、その仕組みをネット時代に合わせるため議論が重ねられてきたものの5年も膠着、ダビング10を導入する際にもコンテンツ側に手当てすると政府での論議がありながら手当がなされていない状況で訴訟となったわけです。
 権利者 vs メーカという業界どうしの対決なのですが、以前なら、こんな話は政府部内で調整がなされていました。政府が産業の調整力や問題解決力を失っているということです。しかも、今回の判決は、機器が制度の対象ではあるけど、メーカが協力する義務はない、だから制度が動かないという、そもそも制度に欠陥があることが露呈したわけで、立法も機能不全であったということです。
 この問題は、著作権制度で解決しようとしているところに無理があるのであって、両業界が共同のプロジェクトを作ったり、政府が研究開発の予算をつけたりするなど、別のアプローチで産業政策的に解決を図るほうがよほど効率的です。審議会の場で5年もかけてロビイングのコストを費やしたりするより生産的ですし、補償金の総額は今や数十億円に減少、政府が予算で手当するとしても大した規模ではありません。
 これに比べれば、携帯電話などから取られている電波利用料は年間6〜700億円規模に達しており、それを活用するとか、論議の始まった電波オークションの収入をコンテンツにも回すといった知恵だって、簡単に沸いてくる。だけどそういう選択肢を意識的に避け、著作権制度という袋小路の中で、行政も業界も学界も時間つぶしをしていて、もっと言うなら、この状況は、ある種そうした閉ざされたコミュニティの生命維持装置のように映る面もあります。

2) まねきTVとロクラク
 いずれも知財高裁での判決を最高裁が破棄したものです。内容の是非の前に、こうもたやすく専門の裁判所の意志が覆されるというのでは、いったい何のための知財高裁かという疑問が立ち上ります。慎重・公正な判断を目的とする三審制が現状ではかえって司法システムを不安定にしているように見えます。行政の場で制度論の綱引きを繰り返すのではなく、司法の判断で決着を図っていく方向に進めたい矢先、司法が不安定ではシステム全体が動かなくなります。
 内容についても疑問があります。判決では、誰でも契約ができるなら公衆向けサービスという判断がなされていますが、だとすると、池田信夫さんが指摘するように、「不特定多数の加入できる通信はすべて公衆送信」となりかねません。
 クラウドのサービスはみな自動公衆送信に当たり、コンテンツを活用・伝送するサービスは権利者のOKが必要となります。例えばぼくが他人のコンテンツ(記事など)を自分向けにクラウド上に蓄積・保存することはできなくなります。こうした司法判断が広がるなら、新しいサービスを開発する機運が削がれるでしょう。
 それでも、そうした判断によって守られる社会的メリットが大きいなら意味はあります。でも、今回の場合、いったい誰が得をしているのでしょう。ユーザではありません。キー局も権利者も、自分たちの区域外への配信を止めているだけですから、ネットビジネスの拡大チャンスを潰すことはあっても、利益を守っているとは思えません。あるとすれば、キー局のサービスが地元ユーザに得られてしまうローカル放送局ですね。
 それを守る経済社会メリットが問題になりますが、仮に守るメリットがあるとするならば、これもその解決策として著作権制度という使い勝手の悪い仕組みを使うのではなくて、地方局に対する不況対策などの産業政策を発動すればよいのです。

 行政も立法も司法も、三権ともに頼りにできないという状況。困りました。でも、だとすれば、民間で問題を解決するしかない。問題は、民間の姿勢です。民間が機能不全の国を頼る限り、事態は進展せず、日本全体が沈没します。
 ユーザの望む利用を止めることに司法コストや行政ロビイングのコストをかけるのではなく、ユーザが喜ぶサービスを生むことにコストをかけましょうよ。