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2010年12月31日金曜日

デジタル教科書、普及の課題

Kids デジタル教科書、普及の課題
 教育の情報化を全国に進めていくうえでの課題もあります。
 まず、デジタル教科書・教材をうまく活用し指導できない教員への対応です。文部科学省がICT活用指導力について教員に対して調査を行いました。
 教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力、授業中にICTを活用して指導する能力、児童・生徒のICT活用を指導する能力など。ICT活用指導力のある教員は、各項目について概ね6〜7割程度で、地域間の格差も顕著だといいます。2009年度にICT活用指導力に関する研修を受けた教員は全体の19.2%にとどまります。
 これに関し文部科学省「教育の情報化ビジョン(骨子)」は、「教員のICT活用指導力の向上と地域間の格差是正は喫緊の課題。国として地方公共団体との役割分担を踏まえつつ、大学との連携も含めた現職教員への研修に取り組むことが必要である。」とし、国はeラーニング研修やソーシャルネットワークサービス(SNS)による情報交換の機会の提供などの実施、地方公共団体にも研修などの実施を求めています。

 教員のサポート体制も重要な課題。サポート対策として上記ビジョンは、教育の情報化の統括責任者である教育CIOChief Information Officer)を教育委員会に配置、学校には学校CIOを置いて校内の情報化を推進するよう指摘しています。さらに、外部人材であるICT支援員を配置したり、広域的なヘルプデスクを設置したりして、端末・機器のトラブルに対処することを提案しています。
 また、校務の情報化も大切。校務に伴う事務的な作業や雑務の煩雑さが本来の教育に割くべき時間を奪っており、繁忙感を訴える教員が多いといいます。「学校教育の情報化は、本来の教育のデジタル化に割く時間を捻出するためにも、校務の情報化を車の両輪として推進すべき」との意見もあります。

 現場に普及のドライブがかかるためには、現場から「是非とも情報化を」という声がわき上がらなければなりません。熱心な先生は全国におられるが、中にはICTが苦手で、かつ、急激なデジタル対応に漠然とした不安感を持っている先生もいます。
 その大きな理由は、まだ事例やモデルが十分に蓄積されていないということでしょう。あるいは、情報端末やデジタル教科書を使う実体験が不足しているということでしょう。導入してみれば、「もっと使いたい」という声が高まるものなのですが、その好循環を生んでいきたい。
 そのためにも、モデル地域やモデル学校などでの実証実験を広く行い、情報を全国の先生方と共有することが必要です。デジタル教科書教材協議会でも、学校の情報化に熱心に取り組んでおられる全国の先生たちとオープンなコミュニティを作り、実験したりワークショップを開いたりして、情報交換をしていく予定です。

 日本教育工学振興会(JAPET)の「ICTI教育環境整備ハンドブック」には、「環境整備を妨げる悪循環を断ち切ろう」という一文があります。
 「ICT環境整備の格差は、一度ついてしまうと、次第に広がっていく場合が多いようです。ICTを活用することの良さを実感するとICTを活用する機会が増え、一層効果が上がる。そうすると、ICT整備の必要性を多くの人が認めるようになり、予算措置もなされるようになる。それにより、着実にICT整備が進展していきます。
 これに対して、ICT整備が進まない地域では、教員がICTを活用する頻度が低いため、先生方が学力向上や校務の効率化などに対するICTの効果を実感することがほとんどありません。そのような地域では、予算編成時にICT整備の優先順位は低くなるため、十分な予算措置がなされず、ICTの整備はなかなか進みません。そうすると、教員のICTを活用する機会が少ないままで、ICTの効果を実感することはほとんどなく・・・・。」
 これがいま全国に見られる学校情報化の地域格差を生んでいる原因でしょう。環境整備が遅れている地域では、この悪循環を断ち切っていく取り組みを行い、整備が進むサイクルへ転換することが求められます。

 制度の問題もあります。既存の諸制度、特に教科書検定制度や教科書無償給与制度、著作権の問題については、 デジタル教科書教材を普及させるにあたり、処理しなければならない課題となります。
 古い制度を点検することも必要。「教科書の発行に関する臨時措置法」(1948年)では、第2条で教科書の定義が児童または生徒用「図書」と定められているため、デジタル教科書が「図書」かどうかが問われることになります。
 また、同法の第3条では、教科書には、その表紙に「教科書」の文字を、その末尾に著作者の氏名、発行者の氏名住所及び発行の年月日、並びに「印刷者の氏名住所」及び「印刷の年月日」を記載しなければならない。とされています。デジタル教科書は印刷しなくてよい教科書。さあどうしましょう。

2010年12月28日火曜日

デジタル教科書の開発

Kids デジタル教科書の開発
 教育情報化の課題は何でしょうか。進めるためにはどうしたらよいでしょうか。
 大別すると、1)開発、2)普及、3)コスト負担となるでしょう。
 デジタル教科書や情報環境をどのように開発するのか。そして、それを学校や家庭にどのように普及し、利用を定着させていくのか。さらに、それらのコストを誰がどのように負担するのか。

 まず、開発面を考えてみましょう。
 基本的な課題は、子どもたちが使う情報端末も、デジタル教科書や教材も、学校におけるネットワーク環境も、未だ圧倒的に不足しているか、そもそも存在していない、という点です。端末も教材もクラウド環境も、これから創り出し、改良に改良を重ねていかなければなりません。
 しかも、子どもたちがどのような機材を使えばよいのか、そのガイドラインもできていません。
 例えばデジタル教科書教材協議会は、その発足に当たり、今後の議論のたたき台として、以下の目標と条件を公表しました。

「デジタル教科書・教材で実現する3つの目標」
 全ての子どもに与えよう。
        どこに住んでいても世界中の知識に触れる機会を。
        創造力、表現力、コミュニケーション力を育む最高の環境を。
        友人、先生、家族とつながる手段を。
         
「デジタル教科書・教材の機材が備えるべき 10 の条件」
1.  小学一年生が持ち運べるほど軽く、濡らしても、落としても壊れにくい。
2.  タッチパネル。
3.  8ポイントの文字がしっかり読めて、カラー動画と音楽が楽しめる。
4.  無線でインターネットにアクセスできる。
5.  学年別に全ての教科書が納まる。
6.  作文、計算、お絵かき、動画制作、作曲・演奏ができる。
7.  学校でも家庭でも使える。
8.  学校でも家庭でも手に入れやすい価格。
9.  電池が長持ちする。
10. セキュリティ・プライバシー面で安心して使える。

 この10の条件は、あり得べき情報端末の像をイメージしてみたものですが、これらが社会的なコンセンサスを得るかどうかは分かりません。いずれにしろ、こうした議論はまだこれからのこと。実際に学校の情報化が進められ、デジタル教科書が教科書として採択されていくにはこのような要件を整理していく必要があります。

 他にもいろんな検討事項があります。学習用の専用端末を開発するのか、汎用端末を活用するのか。端末は家に持って帰ってもいいのか、学校に据え置きか。ペン入力は必須か。情緒、姿勢、視力などへの影響はどうか。ハード・ソフトのメンテナンスや保証はどうなるか。電子黒板との併用か。コンテンツは端末にインストール・記憶するタイプか、全てクラウド上に置いておくのか。
 これらによって、端末もネットワーク環境もコンテンツも設計が異なってきます。
 教科書関係者にはこれが一番気になることかもしれません -- 「紙の教科書とは共存させるのか」。ぼくは当面、共存させることになり、もし不要なシーンが出てきたら自然に徐々に紙が減るだろうと見ていますが、コスト削減や普及速度アップなどのため、できるだけ早くデジタルに置き換えるべきという意見もあります。

 そして、これら開発されたものを実際の現場に導入し、使ってみて検証することが重要です。既に各地の学校で情報端末を用いた授業が進められていますが、デジタル教科書教材協議会でも実証実験の場をプロデュースしていきたいと考えています。
 同時に、国の施策も講じられています。200912月に総務省が「2020 年までにフューチャースクールの全国展開を完了する」という施策を発表しました。全児童・全学級担任に11台のタブレットPC、全普通教室にインタラクティブ・ホワイト・ボード(以下、IWB)を配備します。校舎内外で通信できる無線LAN環境を構築するとともに、学校ポータルサイトや無線小型端末等を活用して学校と家庭との間の連携を図るというものです。
  そして、クラウド・コンピューティング技術を活用した協働教育プラットフォームを構築、効率的にネットワークを運用する。児童の個人情報等の重要情報を扱うことを想定し、不正アクセス、情報漏洩、コンピューターウィルス等の情報セキュリティ課題について対策を講じる。フィルタリング対策も講じる。また、実証期間中は各実証フィールドでの実証のサポートを専任とする支援員を配置、支援員同士で情報を共有する。 という計画だす。

  2010 8 月、「フューチャースクール推進事業」の実証校として、以下の十校が発表され、実験がスタートしました。
 ○『東日本地域におけるICTを利活用した協働教育の推進に関する調査研究』
 石狩市立紅南小学校(北海道)
  寒河江市立高松小学校(山形県)
  葛飾区立本田小学校(東京都)
  長野市立塩崎小学校(長野県)
  内灘町立大根布小学校(石川県)
○『西日本地域におけるICTを利活用した協働教育の推進に関する調査研究』
  大府市立東山小学校(愛知県)
  箕面市立萱野小学校(大阪府)
  広島市立藤の木小学校(広島県)
  東みよし町立足代小学校(徳島県)
  佐賀市立西与賀小学校(佐賀県)

 本事業は今秋の事業仕分けでいったん「廃止」判定を下されたのですが、立法府からの異議や政府内の再調整もあり、結局来年度も継続ということで決着しそうです。文部科学省も来年度に向け教育情報化予算を拡充する予定。文部科学省「学校教育の情報化に関する懇談会」での論議も続いており、政府がブレずに腰を据えて教育情報化を推進するよう働きかけたいところです。

2010年12月25日土曜日

特別支援と校務支援のための情報化

Kids 特別支援と校務支援のための情報化
 ICTを使った教育や学習が最も効果を発揮するのが「特別支援教育」です。
 障がいのある児童生徒にとってデジタル技術は非常に有益。
 たとえば画面を読み取れない子どもたちには、音声で読み上げたり、点字ディスプレイで触覚に置き換えたりする。聴覚障がいの児童には発音発語の訓練ツールとして用いる。
 運動障がいのある児童のために、口でコントロールするマウスなど多様な形態の入力デバイスを開発し、読んだり書いたりできるようにする。
 病気療養児には、ベッドサイドのパソコンをネットでつなぎ、友だちや先生とつながる。授業にも参加できる。
 発達障がいの子どもたちの中には、視覚情報と聴覚情報を統合することが難しく、一度に複数の情報を与えると混乱する場合があります。電子黒板は、視覚情報と聴覚情報を統合しやすいため、一つ一つステップを追って話をすすめれば、こうした子どもたちが混乱しない授業を進めやすいといいます。
 こうした児童たちに対してICT環境を整えていくことは急務。優先順位を高めていきたいところです。
 また、こうした機能は健常者が学習するうえでも有用なことが多いです。
 ユニバーサルデザインとしての情報端末、デジタル教科書を整えていくことが求められます。

 学校の情報化を考える上で忘れてはいけないのが、「校務の情報化」。
 先生たちの学校の事務を情報化でいかに効率化するか、という点です。
 ただでさえ忙しく、負担の重さが問題となっている現場の先生たち。コンピュータやネットが導入されることによって、その仕事が増えるようでは本末転倒。
 企業にしろ、役所にしろ、日々の作業が円滑になり、無駄な業務が減って生産性が上がるがゆえに情報化は進展します。学校も同じです。
 文書等を電子化することで校務にかかる時間や手間を削減する。
 これで節約した時間や労力を授業の準備や生徒と接する時間へ向ける。
 ネットで教材の共有や指導法の情報交換ができるようになり、授業の質が上がります。
 保護者や地域ともコミュニケーションが容易となり、学校との結びつきが強まります。
 こうした効果に期待がかかります。

 実際、情報化を進めている学校に対し文部科学省が調査したところ、
「資料の電子化で手書きの資料作成が少なくなった」
「転記ミスなどが減少し正確な資料が作成できる」
「本来ならば時間をかけたくない作業時間が減少し、本質的な仕事への時間が増加する」
「効率化により児童・生徒に直接関わる時間が増える」
といった点について、ほとんどが効果があったと感じているそうです。

2010年12月23日木曜日

北海道のサイネージ座組

■Net 北海道のサイネージ座組


 ローカルなデジタルサイネージには国も注目しています。
 北海道総合通信局は、200910月、サイネージを使って北海道の観光情報を提供する調査を開始しました。
 人通りの多い札幌駅の西口コンコースにサイネージ端末を放送、道内の観光地情報や物産情報などをアピールして、デジタルサイネージの使い勝手を検証する実験を行うものです。
 まずは雪まつりが開かれる20102月にスタートしました。
 「デジタルサイネージに関する技術開発は既に実用レベル。だけど最先端の広告媒体として、まだ限られた先進企業の関心でしかないのが現状です。大企業やIT企業だけでなく、個人や八百屋さんのような商店層の認知度を高めることを成果としたいですね。技術よりも、使い勝手のよさとか、経済性を重視しています。」(北海道総合通信局大久保明局長)。
 デジタルサイネージの現状を的確にとらえた行政です。
 高度な技術は追わぬとしながら、端末はタッチパネルで、フェリカのタッチで発券する機能もあります。
 日本サイネージの最低ラインということでしょうか。

「参加企業がケータイで情報を入れて表示できるような手軽なものにしたい」(大久保局長)といいます。これも日本モデルです。
 画面は3分割。
 真ん中で観光映像を見せて、上部にはニュースや行政の文字テロップ。
 下は静止画タッチパネルだ。
 北海道は画面分割がお好きなようです。
 「北海道には中国やオーストラリアなどから大勢の観光客が見えます。今回の企業実験はひとあず日本語のみですが、今後は多言語対応が必要です。でも、コンテンツを提供する企業に負担をかけるのはムリ。幸いデジタルサイネージは複雑な文章ではなく、単語ベースなので機械翻訳をバックヤードにつけておけば対応できるようになるでしょう。」(大久保局長)

 総合通信局はこの実験を産学官の検討会を組んで進めています。
 驚いたのはその次のメンバーです。
 経済学部の教授が座長を務め、通信会社やソリューション企業のほか、テレビ局、新聞社、CATV団体といったマスコミ連合や、映像・コンテンツ関連団体というメディア系がそろい踏み。
 商工会議所や観光振興機構などユーザ企業団体やJRなどロケーション関係者の顔も見えます。
 さらに、北海道庁や札幌市、国交省など、タテヨコの行政庁もメンバーとなっています。
「みなさん元々サイネージで何かやりたいと思っていたようでしてね」(大久保局長)。
 そうは言っても東京の中央官庁でもこの座組は至難ですよ。
 地方だからこそ、タテ系ヨコ系を軽やかにつむぐプロジェクト編成が可能なのかもしれません。
 北海道の観光を盛り上げるという目的と熱意が呉越同舟を前向きなエネルギーに転化しているのでしょう。
 北海道タテヨコモデルを是非とも成功させて全国展開してもらいたいものです。

2010年12月21日火曜日

すすきの無料案内所

■Pop すすきの無料案内所


 札幌が世界に誇る地下街に出かけましょう。
 待ち合わせスポット、ポールスクエアには「HILOSHI」というロゴの入った黄色い筐体の大きなビジョン。
 HILOSHIくんという黄色いキャラクターが登場したかと思うと、J:COMCMや家庭内暴力防止の札幌市キャンペーン、天気予報など。
 そこを起点とする地下タウンPOLE TOWNにも数々のディスプレイ。
 「LIZ LISA」ではキュートなファッショングッズのオリジナル・プロモーション映像。
 さっぽろ地下街POINT CLUB「入会キャンペーン」ではケータイを使ったクーポン作成。
 地下にもサイネージが広がっています。

 垂直して通る地下タウンAUROLA TOWNでは、総務省「ユビキタス特区」の実証実験が行われていました。
 地下だけで見られるケータイ向けのワンセグ放送実験です。
 地上で見られるNHKや民放のワンセグ6チャンネルは地下では見られないのですが、ここではそれが届きます。
 それに加え、オリジナルの7チャンネルが見られるというものです。
 AUROLA TOWNのイベントをライブ中継するチャンネル、エリア情報、札幌市立大学チャンネル、中国人観光客向けの中国語チャンネルもあります。
 このプロジェクトには私も2年ほど関わり、サービスメニューや技術可能性などを煮詰めてきました。
 2チャンネルのエリアガイドでは、映像を見て検索をかけることができます。
「例えば韓国食道サジャガーデンを選びます。するとクーポン情報も出て、10%オフになります。」(説明員の木下可奈さん)。
 では3チャンネルの「ラブφサミット」というのは?
 「オリジナルのアニメを見て、その続きに選択肢が現れます。どこへ行く?じゃ小鳥の広場、と選びます。実際にそこに足を運ぶとパスワードを教えてもらえます。それをケータイ画面に入力すると、次のコーナーに進めるというものです」(木下さん)。
 なかなか作り込んでますね。
 コーエーの作るアニメのコアなファン層が、わざわざこれをやりに来たりしているそうです。
 これはケータイでけではありません。USBをパソコンにくっつけて、この電波を受ける仕組みも用意しているので、店頭のサイネージビジネスとして広がる可能性があるんですね。
 
 さて、札幌には、日本型サイネージの極めつけがありました。
 風俗デジタルサイネージ。
 札幌すすきの無料案内所。
 その入口、女の子の顔写真の上には2面のディスプレイ。
 お店の場所や女の子を紹介してくれています。
 オモテにある画面だから、あまり派手なことはできないけれど、動画の演出に対するニーズは高いはずです。
 家庭用ビデオ機もCD-ROMDVDもネットも、原動力はエロでありました。
 デジタルサイネージもまた然り、となりましょうか。

2010年12月18日土曜日

高野山とアイデンティティー

■ Buenos 高野山とアイデンティティー
 住職と共に経を唱える。空腹にひんやりした空気が清々しい。
 標高800m100以上の寺院が密集する宗教都市、高野山。
 そのコミュニティに53ある宿坊の一つ、「赤松院」での朝のお勤め。
 大ぶりの黒アリが板の間を悠然と歩いています。大きいねぇおまえ。
 30年ぶりの高野山。
 前回は、アコーディオンを奪いに来ました。「ボ・ガンボス」を結成する前、「絶倫天狗」や「DOCTOR」というバンドを率いていたDr.Kyonのアコーディオンに憧れて、ぼくらのバンドでも使いたい。「けいおん!」で全国ブランドになった楽器店「十字屋」でアコーディオンを見たら、高くて手が出ない。バンドネオンはもっと高い。ぼくはバンドネオンは打楽器と思っていますがその話はまたこんど。んで、アコーディオン、どこかに捨てられてないか?
 「高野山には傷痍軍人がいて、アコーディオン弾いてるらしいで」「もう歳やから安う譲ってくれるんちゃうか」「そのじいさん連れて来たらええんちゃう」「ケンカして取ったったらええねんゼッタイ勝つど」
 とりあえず仲間で行ってみました。あわよくばパンクの乱闘に乗じアコーディオン持って下山できるかもしれない。
 阪急から御堂筋線、南海に乗り換え、ケーブルカーに乗って山頂まで来ました。いたいた。傷痍軍人。幟を立て、白衣で何やら請うている数名。太平洋戦争、お疲れさまでしたありがとうございました。
 いたいた。サングラスの男がアコーディオンを弾いている。ところが、どうみても、我々とそう歳が変わらない!しかもガタイはうんとデカく筋骨隆々、草食系パンクがかないっこないぞアイツ。いったいどの戦争に行っていたというのか。時は湾岸戦争の起きる10年前。ベトナムでも若すぎるど。フォークランドの傭兵か?
 あかんあかん。

 スゴスゴ下山して30年。自分も歳を刻みました。そろそろもう一度、自分のIDを確かめてみてはいかがか。
 三木露風作詞・山田耕筰作曲「赤とんぼ」。詞のイントネーションとメロディを完全一致させる山田耕筰スタイルに学ぶことは多い。だが、「十五でねえやは嫁に行き」という前近代性が引っかかって小学校ではもう教えないのだそうです。
 「村のかじや」。「しばしも休まず槌打つ響、飛び散る火玉に走る湯玉、鞴の風さえ息をもつがず仕事に精出す村のかじや」その歌詞は先生が意味を教えることができない。フイゴって何?1985年の文部省の教科書検定ではすべての教科書から消滅したのだそうです。Popなんですがねえ。
 わかりやすいという理由で、おおブレネリやフニクリフニクラやトムピリピに席巻されてしまうのでしょうか。自分が寄って立つ知識や同世代が共有する記憶は薄らいでいくのでしょう。自分のアイデンティティを自ら上塗りしておかないと、気がつけば空洞化していそうです。
 アイデンティティ。
 小さいころ、ばあさんがたくさん持っていた仏教マンガを盗み読んでいました。商業誌ではお目にかかれない大雑把な筆致なのだが、おどろおどろしく、お釈迦様の功徳が並べられているにもかかわらず、ほとけさまの世界ってなんて怖いんだろうと思っていました。子どもを盗んで最後たしかみんなでザクロを食うマンガなどガタガタブルブルガタガタブルブルして読んでいました。
 そんなマンガ、まだ売ってるかもしれない。歩いて探してみました。
 あったよ。「地獄と極楽」「お大師さま」「かんのんさま」「石童丸」。
 興奮して全部買ってきました。子ども盗んだマンガを描いたのは「地獄と極楽」の絵師と同じだね。おおこわ。この絵だ。だけどその絵師は資料によれば昭和35年に逝去。となるとぼくの生まれる1年前にはお亡くなりになり、作品はできていたわけです。短くとも50年の歴史を持っているマンガなのです。子どもを盗むマンガ、どこかに残ってないかなあ。
 おどろおどろしいのは弘法大師を信仰する真言密教の聖地の面目躍如でしょうか。泉鏡花が「高野聖」で描いた魑魅魍魎の一帯は今も金剛峯寺のあたりに気を集結させているかもしれません。
 ところが、金剛峯寺の境内では奈良の「まんとくん」ちょい似のキャラ「こうやくん」がぼくらを迎えてくれました。かわいいね。5年後に控える高野山開創1200年に向けて、平成の高野聖として誕生したんだそうです。高野山の広告塔として、日本全国を行脚するとか。
 和歌山から奈良の側に回って巷を行けば、せんとくん・まんとくんの戦いはどうやらせんとくんの勝利に決した模様ですが、それに比べれば山頂の聖地のほうがゆるやかに空気が流れているのかもしれません。

 奥に進んでみましょう。
 世界遺産「奥の院」に向かう参道には、皇室、公家、大名など20万基の墓があるとされ、織田信長、明智光秀、曾我兄弟、赤穂四十七士、法然、親鸞、初代市川團十郎、鶴田浩二などの墓碑や供養塔があります。
 うっそうとした参道を抜け、今も空海上人が瞑想しているとされる御廟にさしかかろうとしたところ、高野山のおじさんが言いました。「ドコモのひとは電源を切って下さい。」なぜですか。「auとソフトバンクは圏外です。」
 うはは、なんじゃそれは。「ケータイ切れ」でええやんけ。
 いや、違うのか。おじさんが名指しで言いたいのは、こんなところまで電波で覆うなよと。奥の奥の聖地まで文明の名の下で便利にしたりするなよと。目に見えぬ魑魅魍魎が目に見えぬ電波に浸入されているではないか、気がつけばアイデンティティーが薄らいでしまうではないか。なんていう、なんかこう漠然としたことがらの発露なのかもしれません。
 そのときドコモだったぼくは電源を切りました。

2010年12月15日水曜日

記憶の岸辺

■Buenos 記憶の岸辺
「早くクルマに乗れ。」母親に起こされました。夜中だよ。「今から京都行くから。」小学2年生、2月、静岡に住んでいました。京都って、正月おじいちゃんち行ったばっかりじゃん。「京都、住むんだよ。」ええーっ、引っ越しすんの?一家全員ライトバンに乗って、荷物満載。東名を進む中、大塚先生にも、鈴木くんにも岡田さんにも何も話してない、会えないのかなもう、不安で仕方なかったが、眠いので寝ました。

 要するに夜逃げです。家業の洗濯屋が傾き、大人の事情です。
 その少し前、ぼくが交通事故で死にかけて入院していたことも荷担しているはず。そして京都にたどりついてからはすさまじい暮らしが始まります。このあたり笑える話ばかりなのですが、そのまま書くと読者は笑えないはずなので、笑えるように書く力がついたら、書きます。
 その四十数年前に住んでいた生家を訪れてみました。しかし、風景が変わっていて、どの場所が生家なのかわかりません。このおんぼろの床屋か、あっちの立派な床屋か、どっちかだと思うのですが。どっちにしろ洗濯屋が床屋になっているようです。

 


















静岡市立田町小学校。「岸辺に建てる学舎は」校歌の一部、ここだけ覚えている。ある日ふと思い出し、全体の歌詞が知りたい、そう思って検索しました。学校サイトに卒業生ゲスト講演会の報告が掲載されている。明治大学齋藤孝先生とある。あの日本語を声に出す先生だ。在校時期を見ると、ぼくと同学年だ。ふうん、かつて、そこに、一緒に、いたのね。記憶をたどって、紡いでみると、思いがけず何かにつながる歳になったということでしょうか。
 静岡に向かおうと思い立ったのはこれがきっかけ。小学校の向かいの文房具店、正門のたたずまい、木立ち、そうそう、記憶のままだ。広大な校庭。こんなに広かったのか。普通、昔の記憶をたどって現地に赴くと、こんなに狭かったかと思うものだが、ここは逆だ。子どもには広大すぎて、そのイメージが飛んでいるんですね。海、のようなものです。鉄棒、ブランコ、うんてい、ジャングルジム。こうした身近なものはイメージが変わらない。向こうに体育館がある。あったっけ。
 「体育館は新しいんです。」アポなし飛び込み不審者に池田教頭先生が丁寧に相手をしてくださいました。校庭の向こう、フェンスの先には、別のグラウンドがあります。静岡商業高校です。野球部が炎天下、さかんに声をあげています。

 ぼくが2年生のとき、そのグラウンドには1年生エース、新浦寿夫投手がいました。岸辺の学舎の、その川は安倍川。川原には掘っ立て小屋がてんでバラバラにたくさん建っていて、屋根を川原の石で押さえてある、台風が来たら流されてしまう、そんな集落。
 新浦さんはそのあたりに住んでいて、ヒーローでした。甲子園決勝で大阪・興国高校に1-0で敗れた1年生本格左腕。国籍のため国体に出られず、1年生で巨人に入団。まるで巨人の星のストーリーではないですか。学校の図画の時間、甲子園準優勝で市内をパレードした新浦さんの絵を描いたことを覚えています。


 


















その川原。ぼくは放課後よく遊びに行きました。金谷くんや森くんたちとキャッチボールしたり、砂を掘ってケラをつかまえたり、その近所の兄さん姉さんたちにスイカ食わせてもらったりした、あの川原。
 そこは、野球場とゲートボール会場に成り果てていました。あの不安定な家も、お兄さんもお姉さんも誰もおらず、野原でゲートボールに興ずる老人だけがいました。ぽっかりと、風が吹いていました。それを受け止める木々のざわめきも、あのころ漂っていた悲喜こもごも混じり合ったニオイも、一切合切が消し去られていました。

 川の向こう、ぽっかりと森が見える。木枯らしの森って呼んでたんじゃなかったか。あそこにブースカとチャメゴンが撮影に来たことがあったな、ブースカの頭、かぶらせてもらったな。記憶を刻んでおいて、いずれ誰かが紡げるようにしておきましょう。
 近代化の名の下に捨て去られ、忘れられていくものがあります。その後に残るのは、荒涼とした風だけだったりします。集落の記憶も、いずれ風になってしまうのかもしれません。

2010年12月13日月曜日

サイネージの街、札幌

■Pop サイネージの街、札幌


 日本3大がっかりの一つ、時計台のたたずまいは相変わらずですが、札幌の街は急速に華やぎを増しています。
 玄関口、札幌駅1Fコンコースの8本の柱の両面、計16面に薄型のディスプレイが埋め込まれていて、全て連動してCMが流れています。
 その隣には3枚の画面で、アーティスト斉藤幹男氏によるモノクロ・アニメ作品アートが上映されています。
 駅前に出ると、北海道銀行札幌駅前支店ビルの上、パナソニック製LED「よみうりMEGAビジョン」が日本ハムファイターズ交通安全キャンペーンや読売新聞AKB48CMなどを流しています。
 1ブロック隣の交差点でも大型LEDが「パチンコひまわり」札幌駅前タワー店のアニメCM
 三越パルコの向かいにも大型LEDYomiuriメガビジョン4プラ」。
 音声つきで札幌大学、家庭教師ファミリー、ドンキー麻雀倶楽部といったローカルのCMがオンエアされています。
 この街は日本有数の観光地。年間来客数1500万人を誇ります。
 観光情報をいかに街中に提供するか。
 札幌にとっての大テーマです。

 観光スポットの一つ「サッポロビール北海道工場」。
 ビール工場、レストランやゴルフ場など36万㎡の敷地内に設けられ、年間12万人の来客を迎えます。
 台湾や韓国などの外国人ツアー客が4割を超える国際スポットでもあります。
 入口ではリボンシトロンをあしらったサイネージがお出迎え。
 なつかしいモノクロCMや往年の商品の写真を映し出しています。
 「この工場では年間2.4億本のビールを造っています。」
 説明員の鈴木さんが優しく案内してくれます。
 工場見学コースに入ると、8台のディスプレイが個別に動画を放映。
 製造工程では、煮沸釜の隣で「麦を水にひたす、熱風で乾燥する」という様子を見せます。
 ライン工程では、缶にビールをつめる作業や蓋を閉める作業を見せてくれます。
「ここでは1分に900本の缶を作っているんです。」と鈴木さんが深掘りをしてくれます。
 瓶詰め工程、倉庫システムでもサイネージが活躍。
「メンテなどで工場が動いていないときに特に力を発揮しますね。」(鈴木さん)
 試飲室には2台のディスプレイ。
 画面を3分割し、静止画のニュースを数秒単位で送るとともに、地元在住者から寄せられた花の動画、ビール製造工程を解説する映像などを流しています。
 日・英・中・韓4カ国語での歓迎メッセージも伝えています。
 牛乳・ヨーグルトの製造工程を見学できるのは「サッポロさとらんど」ミルク館。
 ここでも画面分割方式による4枚のデジタルサイネージで来訪客に情報を提供しています。
 120秒の動画で行程を説明すると同時に、商品PRを流します。
 設置主体であるサツラク農協のロゴやイベント情報なども文字で映します。
 牛乳へのイメージアップとサツラクのブランド向上を狙っています。

2010年12月11日土曜日

大阪サイネージ

■Pop 大阪サイネージ


 森繁久弥さんが亡くなった翌朝はそぼ降る雨でした。
 のぞみ号で西に進路を取りました。
 織田作之助作、豊田四郎監督、1955年「夫婦善哉」。
 森繁さんの代表作です。
 その舞台、法善寺を訪れました。
 そんな数奇な野郎は他にいないと見え、閑散としています。
 お地蔵さんに水をやり、祈る。
 大阪です。

 法善寺から戎橋筋に抜け、橋のたもとに着くと、グリコの巨大看板の脇、am/pmの上には200インチの屋外ビジョン「トンボリステーション」が設置されています。
 ふだんはTVニュースやCMなどが流れています。
 15秒素材、一日20回で広告料月38万円だそうです。
 このビジョンの周りにはカメラとセンサーが設置されていて、通行人の姿をシステム解析、その人々の顔にアニメやゲームのキャラクターをCGでかぶせる仕組みを導入しています。
 ビジョンの前に集まる人々の顔が馬やアントニオ猪木のキャラクターに変身するのです。
 顔がイノキに変身した自分が「ダーッ!」と叫んでいます。
 実は「アントキの猪木」さんの声らしい。
 気づいた人はたいてい足をとめ、画面に引きつけられます。
 そこでテロップでCMを発信する、という仕組みです。

 そこから千日前に向かいましょう。
 左上、とれとれピチピチかに料理の「かに道楽」が巨大な動くカニ看板を掲げ、その先には巨大カールおじさんの看板の横にサイネージ画面で明治製菓のCMが流れます。
 「づぼらや」の巨大フグ看板が空中にせりだしている反対側には、復帰した「くいだおれ太郎」が太鼓を叩いています。
 圧巻は千日前の串あげ屋「だるま」。
 これも巨大なヒゲおじさんの立体顔看板の下に電子看板「だるまビジョン」。
 こないけったいなサイネージ、世界のどこにもあらしまへんで。
 想像することあっても、ホンマに作ったり動かしたりする町あらしまへんで。
 パリやミラノならまず許可おりしまへんで。
 そのビジョンでは、浪速のロッキー・赤井英和さんが「二度づけ禁止!」と訴えていました。
 大阪です。

 イノキに変身させられたり、ヒゲおやじの看板に画面がしつらえてあったり、二度づけ禁止と他所では理解不能な音声が流れたりする。
 大阪ならではのデジタルサイネージ。
 こうした地域ならではの、日本ならではのコンテンツやシステムがたくさんあるはずです。