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2024年9月26日木曜日

3位はたいしたことだと思うんですが。

■3位はたいしたことだと思うんですが。


閉会前日、獲れる日が来るとは思えなかった、やり投げ、近代五種、飛び込みでメダルを獲得した。歴史的な日だった。

フェンシング、馬術、ヨット。今回は欧州が本場の「戦う」種目で輝きをみせた。

これで日本は主要種目だいたいメダル獲ったんじゃないか。

 

マラソン、中距離走、三段跳び、棒高跳び、ハンマー投げ、重量挙げ、ボクシング、レスリング、柔道。バレー、バスケット、サッカー、野球、アーチェリー、射撃、卓球、ゴルフ。

短距離走もリレーはあるし、高跳びもメダルに肉薄してるし。ハンドボールや水球やホッケーや自転車ロードはまだだが、日本には無理、ってことはなさそうだ。全方位、だいじょうぶ。

 

メダルランク、米中に次いで3位。

もはや五輪はメダルを競う大会ではなく、国家や民族の違いを乗り越え、地球の連帯を確認する機会である。

ということを東京とパリのスケボー女子は示した。

 


しかしぼくのような20世紀少年は、まだ五輪を国旗と国家を背負う民族の祭典とみる血がたぎる。

メダルは近代国家の経済と政治と文化と根性が凝集した象徴であり、その数が国力を示す4年に一度の機会ではないかと。

そこでの3位は、たいしたことである。数は米中の半分ぐらいだが、たいしたことである。

 


東京はホームの下駄だったが、パリは敵地での実力。

国際競争力38位、高齢化率2位、人口12位、おちぶれて背中丸まってしょんぼりしてる日本だけど、実は、若い世代は、強くて、美しくて、未来に希望をもたせてくれる。

でも21世紀少年少女のみなさんは、こんなジジイの国家観を捻り潰して、楽しく柔らかい五輪を作っていってください。

ありがとう。

2024年9月19日木曜日

でもパリだから、そんなもんだ。

 

でもパリだから、そんなもんだ。


オリンピックは祝祭である。

首都を疾走するロードレース、ムーラン・ルージュからサクレクールに上り、オペラからルーブルへと抜け、セーヌを横切る。各国の旗とコスプレが道端で熱狂している。

競歩もマラソンも、主役は選手でも観客でもない、パリである。東京でもできたろうに、残念だった。

会場に入りさえすれば、競技を応援する人よりも、コーラを飲んだくれて大騒ぎするおっさん、記念写真にいそしむ家族、草むらで寝そべるカップルが、このフェスを謳歌する。応援するために、よりも、高揚するために、世界から来ている。

毎夜、あちこちが縁日。

無観客の東京は、残念だった。

 


フランスの面目躍如である。

会場が開いたのは、試合開始と同時だ。観客の待ち行列は数百メートルに及ぶ。

でもパリだから、そんなもんだ。

そしてぼちぼちきちんとチェックするから、みんなが入るのに何時間かかるだろう。ぼくは1時間で音を上げたけど、最後に入る客はもう競技が終わってるんじゃないかな。

でもパリだから、そんなもんだ。

 


選手村は冷房も効かずメシが駄目だと文句が出る。

でもパリだから、そんなもんだ。

東京は、すばらしかった。きちんとしていた。メシもよかった。だそうだ。

でも東京だから、そんなもんだ。

できれば、残念だった東京は、リアルタイムでホメてもらいたかったもんだ。

 


アンヴァリッド、エッフェル、グランパレ、コンコルド、シャンドマルス、ローランギャロス、デファンス。

市内の会場を徘徊した。試合は観ていない。会場から聞こえる声援が、欧州の選手よりもイランやレバノンやヨルダンや台湾やカザフスタンへのほうが盛大で、あぁパリにいる。

路上での自転車やマラソンには遭遇した。カフェで新聞を広げていて、やおら前を駆け抜ける選手に立ち上がり声をかけて、またカフェに座る、あぁパリにいる。

 


なにせ競技は映像で観るほうがやさしい。

フランスのテレビは国営の2chがフランスに偏った中継ばかりしている。(けれどオメガやゲランなど国営でも入るCMが美しくてスキ。)

ロンドン大会で全競技をネット配信するようになり4回め、NHKもTVerもなんとか向上し、頼りにしたい。ただ、VPNを仕込んで日本につなぎ、太い線も確保しないと期待値に届かない。日本にいるようなわけにはいかない。(けれど日本の芸能人ばかり現れるクスリやかつらのTVerのCMがねっとりしている。)

LAでは どうなっているかなぁ。

2024年9月12日木曜日

五輪の開かれているパリから。

■五輪の開かれているパリから。

 


見せつけられた。開会式。

工事中のノートルダム、カルメンとLGBTQ、モナリザ盗難、リュミエールとサン=テグジュペリ、パリコレ。首を持った赤く美しい女性が歌う。幽閉館コンシェルジェリーの窓辺に大勢。この美学と諧謔、歴史の消化、それを世界に見せる自信。

レディー・ガガとカンカン、アヤ・ナカムラと鼓笛隊、そして圧巻のセリーヌ・ディオン。外国人たちにフランス語を歌わせている。パリは世界の中心だから。



気球の聖火越しに映る一直線のシャンゼリゼとエッフェル塔の遠景は、この街が高さも照明も心を一つに作られている、都市の意思を表す。ブラボー。

3年前の東京は、まるで百年前のことのように思える。あの開会式の映像を、もういちど歯を食いしばって見てみようかな。

いやしびれた。真似できない。

 


大雨の開会式からあと、パリはほぼ晴天。

東京が38度のところこちら19度。半分だ。

封鎖された都市、管理された交通、その中で世界の祭りは、運行されるのか。

されている。

街はパンクすると聞いていたが、バカンスでパリっ子はおらず、街なかは人影がまばらで、イヌの散歩、ジョギングが優雅にみられ、あちこち通行止めがあって運転者も少ないおかげか、タクシーもUberもバスもクルマはすいすい。

1年・2年前の夏、ニッチモサッチモだった混雑はなく、快適であります。

 


メトロも正常で、駅は五輪仕様、もちろんいつものバカンスより多民族。

欧州各国もアフリカも南米もアラブもアジアも、自分ちの衣装や旗で彩って、ことさらに、ここにいるよをアピールする。

羽織袴で歩いていると、いつものパリより頻繁に声がかかり、一緒に写真をせがまれる。世界から田舎者が集まっている。

東京でも、これをやりたかった。

 

ベレー帽にキカン銃の男女グループがところどころ配備されているけど、誰何されることはなく、ボンジュール、ぼくを守ってくれている。

首相官邸のあたり羽織袴で歩いていると、「どちらへ?」と必ず誰何されるのとはおおちがい。

 



東京、メキシコシティ、ミュンヘン、モントリオール、モスクワ、LA、ソウル、バルセロナ、シドニー、アテネ、北京、ロンドン、東京。

生まれてからの開催地、アトランタとリオ以外ぜんぶ行った。スタジアムも訪れた。

だけど五輪を現地で見たのは初めてだ。

東京でかなわなかった痛恨を、パリで晴らしているのです。

(一応 東京は関係者だったのですが機会を逃しまして。

今回は競技ではなく会場・イベントの調査です。)