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2026年1月26日月曜日

東京ゲームショウ2025

■東京ゲームショウ2025



もう来ないぞ。

もうこんなおっさんの来るイベントじゃない。

と言いつつ毎年来ている東京ゲームショウ。

もうおっさんではなく、おじいさんになったぼくを迎えるクールな看板。

ざしきわらしさん作。



過去最大の1136社が参加。

初の1000社超えだそうです。めでたし。

昨年の3252コマから4083コマに増加。

なので通路が狭くなっています by SEGA杉野COO

ビジネスデイ初日なのに人いきれ、低酸素。

 



海外からは最多の615社。国内521社を上回ります。

中韓勢が日本企業より豪勢なしつらえとプレゼンを見せます。

眉をひそめるむきもあるけど、いや世界最大だった米国E3が昨年終了して、プラットフォームの場をトーキョーが提供できるなら、勢いある国々にようこそお使いいただきたい。

 


世界のゲーム市場は5%成長だが国内は停滞中。

出展タイトルも人気シリーズものが多い。

過去のIP力が高いとも言えるけど、クリエイティブが保守的になっているのかも。

 


その点、今回の日本ゲーム大賞がアトラスの新作「メタファー・ファンタジオ」に輝いたのは業界の意思を示したということかもしれぬ。

親会社・セガは快調で、「ソニック」や「龍が如く」など映像化、グッズ化を通じて、内海CEOが「トランスメディア戦略」と称する総合IP戦略を進めます。

ソニック映画の世界興収は600億円だそうです。ナニげにスゴくね

 


「サイレントヒルf」の映画化を進めるコナミも遊戯王やボンバーマン、有力IPは多い。

そして今回、日本eスポーツ連合から日本eスポーツ協会に改名したJeSUの会長は早川英樹コナミデジタル社長が務めています。

来年の愛知・名古屋アジア大会正式競技に向けた準備も余念がありません。

 


eスポーツのコーナーは大規模ではないが、それは各企業のブースにeが溶け込んでいるからでもある。

数年前のTGSeスポーツとVRがメインテーマだったが、また重点が移っています。

ところでCESAによれば、ゲーム開発時、映像制作やストーリー生成などにAIを利用する企業は51%。過半数に至りました。そろそろAIがメインテーマになりそう。



プレステの次世代機に注目せよ。

マイクロソフトの携帯機 ROG Xbox Allyも展示。

でもそれより会場内ではNintendo Swith2のロゴが目立ちます。

任天堂は出展していないけど。

高級ゲームPCや周辺機器・家具の展示もあり、ハードウェアの存在感もなかなかです。

ハードソフトの相互作用で成長する、これを40年続けている業界です。

 


毎年ぼくの最重点みどころは、学校。ゲーム分野の人材育成です。

初回からブースを出す日本電子では今年も、学生たちがプロ来場者の厳しい指摘に対し汗をかきかき説明していました。

これぞプロジェクト教育。うらやましい。

弟分のiUも来年はこの現場に参入したい(と、これも毎年つぶやいている)。

 


ハぁジジイには疲れるわィ。

けれど元気もらいました。

セガ杉野COOが「高いよ」というソニックをくれたので、機嫌よく帰ります。

 

もう来ないぞ。東京ゲームショウ メモ

2024

https://ichiyanakamura.blogspot.com/2024/11/2024.html

2022

http://ichiyanakamura.blogspot.com/2022/10/2022.html

2019

http://ichiyanakamura.blogspot.com/2019/11/2019.html

2018

http://ichiyanakamura.blogspot.com/2018/12/2018.html

2017

http://ichiyanakamura.blogspot.com/2018/04/2017_26.html

2016

http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2017/02/2016.html

2026年1月19日月曜日

反芻、「傷だらけの天使」

■反芻、「傷だらけの天使」

NHKが「傷だらけの天使」の特集をしていた。

民放がNHKの番組を特集することはあるまい。

この国のテレビ文化におけるNHKの突出ぶりがよくわかった。

 

74年のオンエア、ぼくは中2病真っ只中。ショーケンは「前略おふくろ様」の前年、弾ける役。水谷豊さんはバンパイヤから間を開けての出世作。オサム(ショーケン)、アキラ(水谷豊)、アヤベ(岸田今日子)、タツミ(岸田森)の敵味方の組み合わせは、ぼくの世渡りにもずいぶん作用した。

 

特集、驚くことが多かった。

プロデューサとして工藤英博さんが登場している。

工藤さんだ!成人番組倫理委員会の評議員会で長年ご一緒しているが、こんなに偉いかただと存じ上げず失礼をしていた。

 

カメラマンとして木村大作さんが登場している。

京都国際映画祭で第1回牧野省三賞を受賞された際、「みなさん、あいさつが長い!」という激しいスピーチをなさった強面だが、監督をされた「散り椿」では富司純子さんの着物姿を美しく柔らかく撮られた。世話になった。

 

木村さんが撮った、ショーケンの魅力を最高に引き出したオープニング曲は大野克夫さんの作品。四条堀川の呉服屋のぼん。演奏は井上堯之バンド。テンプターズではなく、スパイダースのご両人である。

 

監督には深作欣二、神代辰巳、工藤栄一さんらの名が連なる。

プロデューサの工藤さんが「カネがないので監督だけ贅沢した」という。いやはや贅沢である。

神代辰巳さんが傷だらけの天使と同じ年にショーケン主演で撮った「青春の蹉跌」はぼくの青春にも影を落としたが、何といっても入学式のあと西部講堂で開かれた歓迎映画会で観た「四畳半襖の裏張り」の印象が強烈だ。いま新人歓迎でポルノを上映する大学はあるだろうか。

 

そして傷だらけの天使、伝説の最終回。工藤栄一監督。京都東映「十三人の刺客」は時代劇の金字塔である。2010年に三池崇史さんがリメイクしている。

脚本は市川森一さん。ぼくが出演した唯一の映画「日本のいちばん長い夏」で役者としてご一緒した。アマプラとU-NEXTで見られる。世話になった。

https://www.amazon.co.jp/-/en/%E5%80%89%E5%86%85%E5%9D%87/dp/B00ZZ4CR6G

 

半世紀前の、京都関係者が多い円熟のテレビ文化を反芻しました。

2026年1月12日月曜日

田河水泡さんを描く「穿つ泡」

田河水泡さんを描く「穿つ泡」


村田裕子さん作・演出「穿つ泡」@下北沢 楽園。

田河水泡さんを描く芝居。観てきました。

村田さんを後押しする西村真里子さんに、「のらくろ」の著作権をもつ講談社を紹介したところ、1年ほどたって「実現する」との報。

ちょいとでも役に立てたなら光栄です。


西村真里子さんと「協力」に並べていただいてます。

https://pltra.com/

 

村田さんのきっかけはNHK朝ドラ「マー姉ちゃん」を観たことだという。でも長谷川町子さんより、いまの朝ドラ、やなせたかしさんのほうが、絵画、落語、漫画と活躍したマルチな点で田河水泡さんに通じる。

 

小学6年、学校の脇にあった寺は放課後の居場所になっていた。そこには戦前の単行本「のらくろ」が全巻そろっていて、ぼく以外に読む者もおらず、二等兵から曹長、大尉へと出世するさまを繰り返し読んだ。だが田河水泡さんのことは妻が小林秀雄の妹ぐらいの認識しかなかった。

 

前衛画家集団MAVOの一員だったということを初めて知った。ぼくが大学に入りパンク気取りで組んだ最初のバンド名がMAVOだった。「京大軽音ニューウェイブ黄金時代」というCDに2曲、収録されている。西部講堂で荒れる客を前にぼくが縦笛吹いたヤバい演奏だ。

https://inundow.stores.jp/items/67c30b7cb363bc25b5e986c0

 

絵が描けて、話が面白いから、キミは漫画を描き給え、という編集者の声かけで田河水泡さんは漫画を描き始めたという。油絵が描けて、話が面白いから、漫画を描くとええよとぼくが声をかけて、ほしよりこさんは描き始めた。最初に描いた「今日の猫村さん」が今も続く大ヒットとなった。田河さんに声をかけた人も、そこまで大作家になるとは思わなかったろう。

 

「穿つ泡」、満席でした。実現おめでとうございます。

2026年1月5日月曜日

165km/hを打ちに水戸へ

■165km/hを打ちに水戸へ



令和ロマンのケムリさんが大谷翔平の165km/hの球をキャッチするYouTubeをみて、ヒャー、打ちたい!

https://www.youtube.com/watch?v=_sSO4L55mPY

水戸まで来た。

人生最高速度は高校のころ北白川のバッティングセンター135km/hで、ほとんど当たらんかった。

バッセンも20年ぶり。

165km/hを体験するのも冥土の土産じゃ。

客はだれもおらず、羽織ハカマにヘルメット、コイン1枚、入れてみた。

ズドン。

こらアカン。

でも20年ぶりにバット振ってみた。

ズドン見えない、ズドン当たらん、ズドンかすらん。

プチッ、あ、かすった。プチ、あ、ファウル。バチコン、あっ、打った!

21球中3球当たって、最後ヒットした。

お、これから不惜身命すればオータニも打てるぞ!

もう思い残すこたぁあるまい、と、水戸をあとにしました。

 






いや折角ここまで来たのだ。

梅には遅くあじさいには早い偕楽園の好文亭で、大河で斉昭公を演じたのは金子信雄とか伊武雅刀とか竹中直人とかヤバい役者が多かったよなと感慨にフケったり、高校のとき山川の日本史に「安政の大地震で圧死」と記されていた藤田東湖先生の墓や尊王攘夷のかどで500人が無念にも殺された水戸藩士の墓に参ったり、磯崎新さんが造った水戸芸術館のランドマーク塔を見上げたり、近代美術館では気合の入ったARTS & CRAFTS AND DESIGN展よりも初めて観た当地出身の水彩画家・小堀進さんの作品に感動したりして、水戸を浴びたのでありました。