■Buenos 続 京都産業大学へ行ってきたよ
当時、京都の企業が画期的な機械を作りました。
ニンテンドーのファミリーコンピュータといいます。
通っていた高校の近くに本社があって、花札やトランプやラブテスターなんかを作っていた会社で、大学に落ちたら入れてもらおうと思っていました。
でも大学を出るころには大学を出ても入れてもらえない世界企業になっていました。
愉快なことです。
その機械は、映像を見るだけのものから楽しむものに変えました。
世界の茶の間を変えました。
そのころから、テレビと電話以外のメディアが続々と生まれていきました。
80年代のニューメデジア、90年代のマルチメディア、そしてネットとケータイ。
さて、その次は何でしょう。
それを作るチャンスは、学生諸君の手にあります。
以来ぼくがやっていることは、役所にいるときも、パリでスパイをしているときも、MITにいるときも、スタンフォードでも、慶應でも25年間ずーっと同じ。
法令を作ったり、予算プロジェクトを仕掛けたり、省庁再編に携わったり。政府を飛び出してからも、研究所を作ったり、子どものNPOを作ったり、サイネージのコンソーシアムを仕組んだり、電波の実験プロジェクトを立ち上げたり、デジタル教科書の団体を呼びかけたり。
既存のものを引っくり返して、新しいステージを作る。という作業の繰り返し。
そりゃあ一勝九敗かもしれませんが。
たまに勝てればいいや。
とりあえずいてもうたれ。
と思ってやってきました。
でも、もう終わってますよ。
オッサンがあらがうのもむなしく、デジタルはティーンズの手に落ちました。
完全にデジタルはユーザが主導する世界に成熟しました。
みなさんが主役なのです。
ですから、主役は主役らしく、走って、走って、パンクに引っくり返して、新しいステージを作ってください。
てな話。






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