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2010年7月9日金曜日

化粧した北京-1

■Buenos 化粧した北京-1
 父だろうか。肩車をされている。
 日の丸の小旗を振っている。
 目の前を、聖火ランナーが左から右に走っていった。
 家に戻ると、飼い猫が死んでいた。
 これがぼくの最初の記憶。
 1964年、昭和39年、東京五輪の少し前。3歳でした。

 鳥越俊太郎さんに、この話をしたら、最初の記憶が東京五輪だなんて出来すぎてる、と笑われました。
 でも本当。聖火と死から人生が始まったんです。
 2008年、北京五輪に向けて聖火が長野を走りました。
 沿道の人々が振っていたのは、日の丸の小旗。
 ではなくて、大きな中国の赤い旗と、チベットの旗でした。
 44年たっても、アジアは落ち着きません。
 今回の聖火リレーが最初の記憶になる子が大人になったころ、少しは落ち着いているでしょうか。

 天安門広場に立ってみました。
 360度 見渡してみました。
 戦車の前に若者が立ちはだかったのは、1989年、平成元年のことだった。
 もう20年になります。
 あのとき、ここからのテレビ中継を見ながら、イカ天も見ていた記憶があります。
 日本はバブルで、のんきでした。
 今も相変わらずかもしれません。
 中国は、若者が命を賭け、その命は軽かった。
 今はどうでしょう。
 チベットと北京の対立をみていると、相変わらずかもしれない、と思います。
     (つづく)

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