■Buenos 10年前のプレゼン -6 「ボクシングとプロゴルフ」
「Digital Punk 21 in東京大学 2001年1月 MITメディアラボ客員教授 中村伊知哉」の問題提起21点、No.12とNo.13。
12. クリエイターよりオーディエンス
・プロの育成より利用者の訓練
・ ペヤング、カメックス、シーマン、通天閣
プロよりしろうとという観点から、人材育成策についても、政府が進めるプロの育成ばかりでなく、オーディエンス、利用者のリテラシー向上を進めるべきとの議論です。
高度なクリエイターやプロデューサの育成は今も重要課題であり、産業政策として推し進めるべきもの。しかし、日本の本当の強み、ポップカルチャーの原動力は、一億人の審美眼であり、誰でもピカソ力。だれもがマンガを描けてだれもがたて笛を吹ける図画工作音楽力、創造力、表現力にあり、これを長期的に維持・向上させることが戦略。
これは渡米してメディアラボで子どもとデジタルに関する研究所を作るプロジェクトを始めた基本的視点なので、当時は繰り返し話していました。
ペヤングについて。役所で省庁再編を担当していたころ。ペヤングがどういう意味か気になって仕方なくなり、ネットで調べたのですが、当時はまだペヤングは検索に引っかからず。すると部下の係長がすぐさま調べ、「ペヤングはペア・ヤングの略で、若者がペアで食べる想定で開発された まるか食品のブランド」との回答を得ました。彼がペヤングの発売元、まるか食品株式会社にPHSで電話をしたところ、受付嬢がよどみなく答えたというもの。
驚きました。中央省庁の名をかたる怪しい昼休みの電話にたちどころに応対できるコミュニケーション力。欧米では昼休みは電話に出ないか、厄介な質問はどこかに回されて切れてしまうかということが茶飯事で。この、庶民の力量がきっと日本を支えています。電話できちんと用事が済むのでネットの普及が遅れた、という面も否めないのですが。
なお、この電話をかけた係長は2009年の衆議院選挙で民主党から当選、情報通信議員連盟を旗揚げし、その事務局長に就任しています。
カメックス、シーマン、通天閣。
これも何かのネタだったはずですが、すみません、何だったか思い出せません。
13. 支援より抑圧
・米の産業覇権、仏の文化保護、中国欧州米国を追うモデルの日本
・ボクシングとプロゴルフ
・ Qちゃん
引き続きコンテンツ政策。
国は、どっちなのか。そろそろハッキリしようよ。という問題提起。
かつてぼくがパリでスパイのようなことをしていた93-95年時、ガット・ウルグアイラウンドで、アメリカがヨーロッパの映画の市場開放を求め、フランスと激突しました。アメリカは映画を「産業」とみて攻め立てたのですが、フランスは映画を「文化」だとして防戦に出たわけです。これに対し日本政府の対応方針を東京に打電したところ、「担当省庁なし」という答えが返ってきてずっこけました。コンテンツ政策に望む基本的な思想がないんですよね。
日本はずっと外国を追ってきました。遣隋使や遣唐使をよこし、南蛮文化を取り入れ、鎖国を経てまたも欧州の先進国に学んで維新を断行、戦後はアメリカを追い、そしてバブル後の失われた十年では、追うべきモデルを失って立ちすくんでいる。そう見えました。コンテンツ政策のような国の形を問う領域では、そういう軸の在りかが露骨に表れます。
コンテンツ産業を育てると言っても、どういうものを相手にするのかも考えがバラバラ。ボクシングのように、身を削り、鬼気迫る鍛錬の中で、チャンピオンになった者だけがフェラーリに乗るがあとはバイト暮らし、の世界を作り上げるのか。あるいは、試合では全くみかけないんだけどサラリーマン相手にレッスンすればそこそこみんな機嫌良く食えるプロゴルフの世界を作り上げるのか(ゴルフの世界は当時とすっかり状況が変わったようですが)。
パンクの生き残りとして、業界支援策の中から決してパンクは産まれなかったことはわかります。階級があり、抑圧があり、不満があるからこそ産まれる文化を政策として扱えるのか。ポップカルチャーと政策との折り合いの悪さをどう手なずけるのか。当時から今なお問い続けるぼくのテーマです。
さて、Qちゃん。この講演の前年、シドニー五輪。NBCは録画中継ばかりだったので、ボストンでは女子マラソンの生中継を見られません。そこで日本の知人に電話をかけ、テレビの前に受話器を置いてもらって実況を聞きました。国際電話でテレビ音声を聞くと、とぎれとぎれに聞こえました。
するとどうでしょう。異様に興奮したのです。大事なことを、とぎれとぎれに聞くと、とても興奮する。ことを学びました。1936年ベルリン五輪の前畑がんばれ中継は、多くの日本人が鉱石ラジオでとぎれとぎれで聞いたといいます。興奮したことでしょう。
ラジオ、テレビ、ネット、モバイル、ファイバー、衛星。技術は進んでも、コンテンツと人の関わりやリアリティーの部分は何も変わっていない。コンテンツ政策は、このあたりから始める必要がある。という一節。
このときには、NBCの囲い込みビジネスモデルの失敗、96年アトランタ五輪から進歩していないテレビとデジタル化の関係なども話しましたが、十年たってもテレビと五輪の関係は基本的には変わっていませんね。「五輪のリアルタイムネット中継を実現する政策を述べよ」は毎年ぼくが学生に出す宿題のままです。
ところでこの4年後、アテネ五輪で野口みずきさんが金メダルを取った際、高橋尚子さんは、「コロラドで合宿中だったので、日本に電話かけて国際電話で中継を聞いた」とコメントしました。ぼくと全く同じことをなさってるじゃないですか。ずいぶん興奮されたことでしょう。







シャカシャカハッピーターンでしょ
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