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2011年5月2日月曜日

10年前のプレゼン -5 「プロと恋人」


■Buenos 10年前のプレゼン -5 「プロと恋人」
 「Digital Punk 21 in東京大学 2001年1月 MITメディアラボ客員教授 中村伊知哉」の問題提起21点、No.10とNo.11。

10. プロよりしろうと
・ プロと恋人、ケータイとCD/マンガ

 これは21のプレゼンでいちばん力を入れたスライドです。
 デジタル化の最大の意義は、高速大容量性でも高精細でも効率化でもなく、誰もが情報を生産・発信できるようになる「情報民主化」だと考えていました。そしてそれはアメリカより日本がかなり先行している。女子高生がケータイでメールし、男の子たちが2ちゃんねるで悪さをしでかしている。
 この年の年末にTIME誌パーソンオブザイヤーのネット投票で2ちゃんねらーの大量投票により、田代まさし氏がオサマビンラディン氏を抑え1位を獲得しました。ネットで連結した連中の発信力がエスタブリッシュなメディア・パワーを圧倒する。その波は東洋から。
 アメリカがその意味を理解するのはさらに5年後の2006年末、同誌パーソンオブザイヤーを「YOU」と表記しWeb2.0を持ち上げるまで待たなければなりませんでした。テクノラティが、ブログで使用されている言語を世界総計すると日本語37%、英語33%という衝撃的なデータを公表したのは2007年春のことです。

 このころ、コンテンツ業界は既に苦しんでいました。CDが売れず、マンガが売れない。パッケージメディアが収縮する。その一方で、若者のこづかいはケータイへと流れる。コンテンツ業界から通信業界への怨嗟が聞かれました。
 でも待ってよ。筋違いじゃない?ぼくはこれは、プロの表現がしろうとに負けてると思ったのです。彼ら彼女たちにとって、ミュージシャンの楽曲より、恋人のささやく声や、友だちの悩みメールのほうがおかねを払う値打ちがあったのです。つまり、キラーコンテンツは、身近な人とのコミュニケーションなのですよ。プロもアマも恋人も友だちも、デジタルではフラットで、若いユーザはいち早くその環境に対応してしまっているのです。
 
 当時やっと成立したコンテンツという概念ですが、もう既に、コンテンツとコミュニケーションとコミュニティの3者関係が交錯していて、新しいスキームに移りそうだなぁと思っていました。でも、うまく説明できませんでした。
 政府は「プロのコンテンツ振興」に力を入れようとしていましたが、ぼくは「全国民の情報生産・発信力の向上」政策に転換すべし!と唱え、だけど聞き入れてはもらえなかったので、子どもの創造力・表現力を向上させるNPO「CANVAS」を自分で立ち上げたり、$100パソコン構想をMITに働きかけたりすることになります。
 今になって思えば、「コンテンツエコノミー」から「ソーシャルエコノミー」へ、ってやつで、コミュニケーションやコミュニティを軸にしてコンテンツを消費するというか、コンテンツを軸にしてコミュニケーションやコミュニティを活性化するというか、まぁそういう十年後のモデルがきちんと見えていれば、今ごろぼくもIPOでフロリダに引退なのでしょうが。


11. タダより有料
・絵の具は高いが絵はタダ
 ・20世紀の産業行政 成長産業にしろ →21世紀の利用行政 タダにしろ

 ここからコンテンツについて。
 ネットワークの整備とコンピュータの普及を背景として、政府はこのころコンテンツ政策に力を入れ始めます。この年、2001年には文化芸術振興基本法、2004年にはコンテンツ産業振興基本法が議員立法で策定されるなど、コンテンツ産業を後押しする施策が講じられていきました。
 ただし、コンテンツ産業は成長が期待されながら、実のところ一貫して日陰者扱いでした。メーカや通信会社にはお金が流れ込むのですが、なかなかコンテンツには回らない。ソフトはハードのしもべ。当時も、コンピュータやOS・アプリケーションソフトといったツールは潤っているのにそれを使って生まれる作品が利益を上げるのは難しいという構図でした。
 その後ぼくは、10年間のコンテンツ産業の市場規模は5.8%成長しかみせていないのに、ツールの市場は22.0%増、コンテンツの量は20.9倍になっているというペーパーを書きましたが、そのバランスを長期的にどうすればよいのか、ここではその問題提起どまりです。

 なお、ぼくは91年には政府でコンテンツ政策の柱を作ろうと動いていたので、コンテンツに注目が集まるのはうれしかったものの、伝統芸能や競争力のないアナログ分野もごっちゃにして「産業政策」に乗せるのは不適当だと考えていました。
 産業の成長はもちろん重要な政策テーマですが、それと文化政策や利用政策とが優先順位のないままに混在することで、目指すべき方向がブレて、施策も混乱するからです。
 ここでは、産業の成長を目指す以上に、コンテンツを利用する側の効用を最大にする道を採れとしています。産業振興偏重ではなく利用重視に切り換える。これは著作権論議や現在のソーシャルビジネスにもつながることだと思います。

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