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2013年4月29日月曜日

アップル、グーグル、アマゾン創業者の伝記を出しました

■アップル、グーグル、アマゾン創業者の伝記を出しました



アップルをつくったスティーブ・ジョブス。
 

テレーズ・シェイ著、
スタジオアラフ訳、
中村伊知哉監修。

 





グーグルをつくった3人の男。
 


コロナ・ブジェジナ著、
スタジオアラフ訳、
中村伊知哉監修。

 





アマゾンをつくったジェフ・ベゾス。
 


ジェニファー・ランドー著、
スタジオアラフ訳、
中村伊知哉監修。

 

岩崎書店、時代をきりひらくIT企業と創設者たちシリーズ。
彼らがどう歩んできたか。平易につづられています。
中高生に読んでもらいたいシリーズです。

 

縁あって、2000年代のITを彩ったこの3社の監修を担当したんですが、並べてみると共通項がありますよね。
いずれもハード+ソフトの統合ビジネスを推し進めています。
アップルはパソコンからiTunesへとプラットフォームビジネスに進みました。
グーグルは検索やYouTubeというバーチャルビジネスから、モトローラモビリティを買収、アンドロイド市場に参入しています。
アマゾンはオンライン通販からキンドルへ。
世界に覇を唱えています。

 



この3社のようなベンチャー企業や創業者が日本でどうして現れないのか、という質問を受けることもあります。
ちょっと待って下さい。日本にもそんな企業がありますよ。
例えば任天堂。ファミコンというハードと、強力なゲームソフトと、世界中の流通網によって、市場を制しました。
ソニーもそう。ウォークマンと音楽ソフト、プレステとゲームソフト。
アップル、グーグル、アマゾンは、この両社の1980年代モデルをITでなぞっていると見ればいいんじゃないですかね。

 



モデルは変遷しています。
ハードとソフトの関係は、1990年代、ウィンテルできっちり分断・分業しました。
いったん壊したモデルをアップル、グーグル、アマゾンは再生しているということでしょう。



80s、90s、2000sと来ました。
じゃあ2010年代はどういうモデルでしょう。
もちろんぼくが見通せるわけはありませんが、従来のようなハードとソフトという分類法はもう陳腐化していて役に立ちませんね。
ユーザはソーシャルで結びつき、流通はクラウドに移ります。ハードウェアも、マルチスクリーンからMakersの世界、ハードを自宅で生産する時代に入りそうです。
そもそも覇を唱える企業という概念が失せ、ハード・ソフトともにダウンサイジング、大衆化が加速するかもしれません。
そのような革新がうねりとなる未来を期待していますが、それは日本から現れてほしい。
今度は日本の創業者の伝記を扱ってみたいものであります。

2013年4月25日木曜日

18年ぶりにミュンヘンに来ました。

■18年ぶりにミュンヘンに来ました。


ミュンヘンサッポロミルウォーキー、本場の味、サッポロビール。71年のサッポロ冬季五輪、72年のミュンヘン五輪、そのころよく見かけたCM。
ミルウォーキーてのはどこか知らないが、とりあえずビールはこの3つの町で作ってるっぽいと思った小学生は、しかし、サッポロの冬は浅間山荘の寒々しい映像とダブり、72年には日本人によるテルアビブ空港乱射事件もあり、ミュンヘン五輪は平泳ぎ田口の金メダルが泳法違反かどうかよりも17人が死亡したテロが記憶に刻み込まれ、三国同盟なんて単語を学校で習い始めた二つの国が、同じころにオリンピックを開きながら、戦争の後のゴタゴタから抜け出せずに怖ろしい事件を引き起こしているという印象を持っていました。

18年ぶりにミュンヘンに来ました。ナチの本拠地であり、第二次世界大戦を誘引した対独宥和政策「ミュンヘン会議」の会場であります。大量の血を流す舞台装置であります。前回の訪問は、95年の元日、ぼくがパリで暮らしているころ。クルマで東欧を旅行した帰り道、朝にオーストリアを発って、昼どきにたどり着いて休憩、またブッ飛ばして、休みもせず夜半にパリに着きました。合計で1500キロぐらいあるかな。30代前半というのは、やたらな体力と気力があったもんです。今はもうできません。
市街に入って白ソーセージでも食おうかと思ったが、マルクを持ち合わせていなかったので、市庁舎の壁についていた自動両替機に1万円札を差し込んだところ、機械に紙幣が消えたのに、ウンともスンとも言わず何も出てこない。このヤローって叫んで両替機をドツいても、周りに誰もおらず、よしミュンヘン市に1万円貸しや、と涙をまつげにためてトホホに去ってから18年。誰にどうマルクを返してもらっていいかわからないままです。

しっとりと落ち着いたこの町は、ドイツ・ルネサンスの中心です。レーベンブロイを擁し、飲んで歌って食う町です。豊かな文化の代表は、バイエルン・ミュンヘン。別件バウアー、ルンメニゲ、ケルト・ミュラー、オリバー・カーンであります。一方、ベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ3位の大都市であり、BMW(自動車)、シーメンス(電機)、アリアンス(保険)が本社を置く近代産業都市です。建物も、伝統建築とガラス張りのモダンな様式が溶け合っています。地方都市のうるわしいモデルです。
今回の訪問はデジタルえほんとデジタルサイネージの業務だったのですが、町を歩くと、伝統とモダンの融和がことさらに胸に迫りました。両者が実に心地よいバランスで共存している。ちょっと点検してみましょう。


国際青少年図書館。
ドイツの民話集、

グリム童話に登場するような中世の邸です。
世界えほん博物館と呼び直したい、

素敵な絵本のディスプレイです。
 





紙の表現に対する愛情にあふれた部屋の窓からは、
静かでしっとりとした池を漂う
白鳥と鴨の群れが見えます。







 



子ども博物館。
建築、金属加工、木工、造形、

さまざまなもの作りを体験できます。
 





 

 
欧州、特にドイツには
こういう無料の施設が充実しています。
いつもワークショップが開かれていて。
日本にも欲しいですね。







おもちゃ博物館。
旧市庁舎の脇にある、おとぎのくに。
古今のおもちゃたち。
どれも欲しい!
 







むかしの教室のミニチュアがありました。
デジタル教育のコミュニティで、

教育だけが150年前と
スタイルも手法も変わっていないではないか、
とよく議論するのですが、
まさにその証拠と言っていいモデルです。

 

ドイツ博物館。
メッサーシュミットに代表される軍事技術や、自動車、家電、通信などドイツの近代技術を誇ること以上に、それを生み出してきた人々の仕事、例えばライト兄弟の発明に至るオットー・リリエンタールの挑戦であるとか、飛行船ツェッペリンや気球の歴史など、木や紙や水や火や金属を愛し、手を動かし、汗をかく黙々とした職人国家ドイツの気合いを受け取りました。

 

 

これらに対し、
モダンなミュンヘン。
それを代表するのはBMW本社に隣接する
BMW博物館です。







ミュンヘン五輪のころ、タミヤのプラモデルでBMW製のサイドカーを何台も組み立てたものですが
(写真はニュルンベルクのおもちゃ博物館でみかけた模型です)、







それら歴史的なデザインを一挙におがめるのは、
BMWファンならずとも、
工業デザインに興味がある人には垂涎。






 

 

いいなぁ、このフォルム。
そうだ、仕事しごと。
デジタルサイネージもチェックしなければ。
 


モダンピナコテーク入口のマルチ画面。



 







中央駅切符売り場のタッチパネル、日本語です。 http://t.co/slGvTfi2  
中央駅ホームも多画面展開です。
欧州の駅はこの表示法がスタンダードになりました。






駅構内もマルチスクリーン。
3年前にフランクフルトでサイネージを探し回ったのと打って変わり、
あちこちから画面が飛び込んできます。






 
でもやはり圧巻はBMW。








バイクはマルチ画面で案内。
 











ロールスロイスは大画面映像で
高級感を表現。








ミニは十数台のディスプレイと
LEDでポップに表現。








 
ニュルンベルクにも足を伸ばしました。
 

第二次大戦で9割がた破壊され、
再建された町。
ミュンヘン的ドイツを断罪した

ニュルンベルク裁判が開かれた町です。

 





おもちゃの町でもあります。 
おもちゃ博物館には、
持って帰りたいオブジェがあふれています。
マインツやハイデルベルクに似た

気高さが、屋外にも、屋内にも漂います。

つらい時期を耐え、再建した後の、やさしいまなざし。
 


 

 

おもちゃ博物館では
フラフープ人形のパフォーマンスを見せる
サイネージ。
 




最後に、ミュンヘンのKroneサーカス。 
宙を舞い、巨球を操り、怪力を見せ、音楽が奏でられ、象や虎が演技する。
平和で、愉快で、きらびやかな、祝祭。
しかし、道化がのぞかせる陰、猛獣使いに漂う闇は、欧州大陸が負ってきた悲しみを映し出す鏡でもあります。
 


この複雑な町。またいつか。

2013年4月22日月曜日

先生はパラパラマンガをほめろ。

■先生はパラパラマンガをほめろ。

 「アニメ・マンガ人材養成産官学連携コンソーシアム」の統括委員長を務めています。文科省のおしごとです。アニメとマンガは大切で、人材育成は大事だが、民間に任せる、という文科省のナイスな事業。がんばります。先日、ちばてつや先生、モンキーパンチ先生らを招いてシンポジウムを開催しました。
 ごあいさつ申し上げました。平凡ですが、貼り付けます。
 
 
 本日はどうもありがとうございます。
 私は本を良く読む子でした。でもマンガしか読みませんでした。体の何割かはマンガでできています。NHK、日本の100冊という100人が1冊ずつ選ぶ番組で、私だけがマンガを選び、番組をみた大学関係者からいいのか?と責められましたが、「日本はマンガの国である」と応えました。
 テレビッ子でした。アニメばかり見ていました。体の何割かはアニメでできています。カラオケは昔のアニソンばかりで、一緒に行く学生がきょとんとしています。
 昔はマンガやアニメばかり見ていると、いいかげんにしておけと諭されたものです。政府から見れば規制の対象でした。
 ところが今や、マンガやアニメは、国の宝です。私は政府知財本部のコンテンツ調査会長を務めていますが、マンガやアニメをはじめとするポップカルチャーをいかに発展させるかに8つの省庁が知恵を出し合っています。
 先日、ドイツのフランクフルト大学を訪れたところ、日本学科が教授2名なのに学生が500人も入ってきて、アニメ好きであふれて困っていました。北京大学の博士課程の人たちに、反日感情うずまく中、授業をしに行ったら、難しい話はいいから日本のマンガとアニメのことを教えろとせがまれました。
 ではこれを一体どう発展させればいいのか。知財本部その他の会合でも、ポップカルチャーを将来にわたって発展させるには、人材育成が最重要課題だということは揺るがないポイント。しかし、具体的にどうすればいいのか。
 東大法学部を出た政府の官僚が何十人集まって何年かかって考えてもわかりっこありません。これは、マンガやアニメを創っているかたがた、それを教えているかたがた、それをビジネスにしているかたがたに知恵を頂き、その手法を共有して、広げていくしかありません。
 世界的にデジタル技術が普及する中で、マンガやアニメという表現も急速にグローバル化します。人材を育て、海外からも人材を引き入れ、日本のこの豊かな表現を世界に発信していきたいと思います。
 また、マンガやアニメの土台は、幅広い国民の力。誰もがキャラクターを作れて、誰もが授業中にパラパラマンガを描ける、1億人の表現力にあります。若年層からそうした力を育むことも大事だと思います。私は10年前から子どもがデジタル技術を使ってアニメなどの作品を創るワークショップを、これまで20万人に対して実施してきました。3月にはそうしたワークショップを集めたイベント「ワークショップコレクション」を慶應大学で開催。世界最大の子ども創作イベントです。
 実は、子どもも含めて創作する、表現するという活動は日本は世界をリードしているんですが、それを教育カリキュラムにうまく結びつけられていません。
 とても大きな力を日本は持っています。それを人材育成の手法にうまく紡ぎ出したい。
 お集まりのみなさまのご指導をお願いする次第です。


 

 司会したパネルでは、アニメ・マンガの展望を専門家のみなさまに伺いました。
 結構悲観的なのかと思いきや、意見をまとめると、「デジタル化で分業が進み」「国際化も進む」が「クオリティの高さは維持され」「マンガ家を目指す学生たちは元気があり」「未来は明るい」という反応でした。

  でも、「そうした日本の力、持ち物を日本自らがきちんと評価できていない」という指摘もありました。そこですよね、問題は。
 「子どものころにラクガキをほめられた子がマンガ家になってるよね。」という声も。

 そうだ、文科省への提言は「パラパラマンガを先生はホメよ。」ですな。
 ぼくは「図画工作の授業倍増、子ども全員がデジタルでアニメを作れるようにしろ。」と吠えて文科省に叱られていますが、やはり何度でも言おう。と思いました。

2013年4月18日木曜日

ポップカルチャー政策は必要なのか?

■ポップカルチャー政策は必要なのか?

●クールジャパンは海外発
 コンテンツが一つの政策ジャンルになって20年近く。ここにきて政府は一段と高いギアに入れ、クールジャパンやポップカルチャーを前面に打ち出しました。
 でも、ポップカルチャー政策を話題にすると、中味も聞かず、「そんなの国のやることかよ!」という声が必ず飛び交います。マンガ、アニメ、ゲームの海外人気が認知されたとはいえ、未だサブカル扱いで、政策の俎上に乗せようとすると冷たい視線を浴びます。
 クールジャパンは10年前にダグラス・マッグレイ氏が記した論文「Japan’s Gross National Cool」がキッカケですし、ソフトパワーを提唱したジョゼフ・ナイ ハーバード大教授が日本はポップカルチャーの力を活かすべきと提言するなど、この流れは日本が自己評価して進めたというより、海外からの発見が先行したもの。国内的には及び腰。
 なかなか話がかみあわない。ぼくも政策に関与して20年ほど、じれったさを感じてきました。今回、ポップカルチャー政策の議論に参加してみると、やはりあちこちからタマが飛び、あちこち被弾して今にも倒れそうですが、改めて、整理してみます。

●ポップカルチャー政策の根拠
 ポップカルチャー政策はなぜ必要か。
 まずは経済政策として。アニメにしろ音楽にしろ、人気コンテンツはビジネスになります。それだけなら放っておけばいい。ターゲティングポリシーはとうに卒業したはず。
 ただ、それによって得られた日本に対する好感度や憧れといった波及効果、経済学でいう外部効果はビジネス上はカウントされない。コンテンツ生産量は社会経済的にあり得べき量より過小となる。これを政策的に高める。
 したがって、経済政策的には、コンテンツ産業自体の売り上げを伸ばすというより、コンテンツを触媒として、家電や食品や観光などを含む産業全体が伸びることが狙いとなります。
(これまでもコンテンツ産業の拡大が政策目標にされたことがありましたが、ぼくは反対でした。産業の数値を目標にするならGDPの拡大でしょう。)

 もう一つは、文化外交として。ナイ教授のいうソフトパワー、つまり文化の魅力で他国を引きつける国際関係論です。先ごろ日中関係が揺れていた最中に北京大学の博士課程の学生たち数十名にメディア政策について講義をしてきたのですが、その際、連中からは日本ポップカルチャーの動向に質問が集中しました。スキなのですよ。ナルトやワンピースは、戦争を抑止するほどの力を持っていないとしても、ケンカを止める対話のキッカケぐらいにはなるでしょう。
 なお、この評価指標がまだできていないのが課題。かつてスタンフォード日本センターで、GDPP(ポップパワー指数)を開発するプロジェクトを企画したものの、スポンサーが見つからず、うまく立ち上がりませんでした。

●ポップを生み続けるメカニズムが政策のコア
 これを支援する政策に対しては、マンガ・アニメ・ゲームはオカミと闘いながら民間だけで成長してきた、ヘタに手を出すな、との強い意見があります。民間だけで成長してきたのは、そのとおりです。
 しかもそれら文化は昨今とつぜん立ち現れたものではなくて、1000年以上の時間の中で、庶民文化として、みんなが創造力を発揮することでできあがってきたもの。社会構造やインフラを含む「総合力」が生み、育てたものです。
 ネットやケータイでも日本はかなりポップで多様なジャンルを築いていますが、それも同様。これからも新しいメディア技術が登場するたびに、その総合力を活かしてポップな文化を生んでくれることを期待したい。
 そこには手を打つべき問題もあると思うんです。
 まず、そんな現状ポジションを日本は活かせていないのではないか。経済的にはコンテンツは成長産業どころか縮小傾向にあり、アニメの制作現場の悲惨さは笑えないギャグネタです。政治的にも活用できていない。海外の若い世代にとって日本はソニーやトヨタよりもピカチュウやドラえもんですが、そのソフトパワーを外交に活かせてはいません。
 そして、現状のポジションがキープできるかどうかもおぼつかない。ポップカルチャーは定義上、流行文化であり、うつろうのが本質。今日のポップが明日のポップである保障はなく、別のポップや外国のポップに置き換えられることを覚悟せねばなりません。では、日本が永続的にポップを生み、育て続けるメカニズムはあるのか。あるとは言えません。政策が第一に考えるべきは、そのメカニズムとなる土壌を豊かにすることだと思います。
(これは今回の短期型のポップカルチャー分科会ではなく、より中長期に関する知財計画の中で考えるべきテーマです。)

●参加型の政策を
 コンテンツ政策への風当たりは、特に「予算」に向けられることが多い。「血税を使うな」と。業界に補助金を与えることで、間違ったところにカネが流れ、ダメやヤツを温存してしまう、といった批判です。ぼくも産業保護には反対で、業界対策の予算にはナーバスです。
 支援措置として発動するなら、アナウンス(旗振り)、規制緩和(電波開放や著作権特区)、減税。それで民間の自主的行動にインセンティブを与えることではないかと。
 でも、インフラ整備(デジタル環境)や人材育成(教育)にはカネかけていい。道路予算(今は減りましたが、少し前まで10兆円ほどありました)の1割を文化と教育に回せれば、たちどころに変わります。地方高速道の車線を増やすより、知財の生産力を高める政策に重点投資してもバチは当たりますまい。
 20年前、IT政策の予算が強化され始めたころ、「道路より通信網」の主張は、ある程度通じました。日本をブロードバンド大国にした一要因です。でも、コンテンツ政策はそうならないんですよね。ポップカルチャー政策を強化しようと言うと、ポップ好きの人たちからバーカと言われる。それじゃ強化されませんよね。
 それは、予算にしろ規制緩和にしろ、どこにどう政策資源を配分するかの「目利き」が国民やファンから信頼されていないせいもあるんでしょう。コンテンツのよしあしを政治家や官僚が判断できっこないだろう。ごもっとも。審議会のような権威の集まりというのも白眼視されがち。「みんな」が作り上げるポップカルチャーは、「みんな」が考えるのがいいんですよね。ネット選挙なのか何なのか、その手段はぼくにはわかりませんけど、参加型の政策が求められているんだと思います。
 さもなくば、王様や大統領が独裁で決める。
 
 20年前、政府にコンテンツ政策を打ち立てようと企てた「メディア・ソフト研究会」に招いた三枝成彰委員が発言したことを今も覚えています。「こういう政策は、本気で100年やり続けるか、何もやらないか、どちらかだ。」
 ポップカルチャー?政府は何もするな。
 そういう声、よく聞きます。常に傾聴しております。
 でもぼくは、「政府は本気で100年やり続けろ。」と言いたい。
 みなさん、どっちですか。

2013年4月15日月曜日

教育情報化の推進策

■教育情報化の推進策

 2013年3月25日。報道によれば、自民党教育再生実行本部が教育改革の提言案を議論し、その柱として「すべての小中高校でタブレット型の情報端末を2015年に一人一台整備する」ことを盛り込んだといいます。
 ぼくたちデジタル教科書・教材協議会(DiTT)は、これまで政府目標の2020年を5年前倒しして、全ての子どもがデジタル環境で勉強できるようにすることを提言してきました。与党提言が歩調を合わせてきました。
 これに先立ち、自民党に意見を提出していました。DiTTとしての提言はこれまで2回、政府目標の前倒しや法制度改正などを提出していたんですが、自民党への政権交代後、改めてとりまとめる時間がなかったので、事務局の「私案」として提出したものです。
 2012年6月の知財計画で法改正検討を政府は約束したものの、未だ動きはなく、民間としてもプレッシャーを与えたい状況下、これからも政府・与党の政策はめまぐるしく動いていくと予想されますが、現時点でのぼくらの(私案としての)要求事項を記しておきます。
 DiTTとしての正式な提言は別途とりまとめたいと思います。
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 教育情報化の推進は、教育を改善する決め手であるばかりでなく、成長戦略にも寄与するものである。
 しかし、韓国が本年から来年にかけて小中学生のデジタル教科書を整備するというスピードに加え、教育情報化の標準化に乗り出し、ODAで中央アジアやアフリカなどへの進出も見せるという状況の中、日本政府の取組は弱く、遅い。
 一部の地方自治体が2014-15年の域内整備に乗り出すなど、ここに来て高まっている気運を活かし、力を入れるべきである。

・教育情報化タスクフォースの設置 (1)
 文科、総務、経産、厚労、内閣府など関連する省庁横断のタスクフォースを総理大臣直轄として置き、目標の設定、計画の推進、課題の解決に当たる。そのための一元的な推進機関をタスクフォース直下に置く。

・デジタル教科書正規化のための法改正 (3)
 デジタル教科書を正規化するための3法(学校教育法、教科書発行法、著作権法)の改正に向けた検討を開始し、2013年度に結論を得て、必要な措置を講ずる。

・教育情報化計画の前倒し  (5)
  民主党政権が立てた「教育情報化ビジョン」の目標年度2020年を5年前倒しし、2015年に全ての子どもがデジタル教育を受けられるようにする。

・デジタル教育システム標準化 (10)
 情報端末、クラウドネットワーク、デジタル教材のシステム標準化を図り、10地域のモデル自治体で検証を行う。2015年には標準スペックを決定する。

・推進拠点校の全国配置 (50)
 2014年に、推進拠点校を全国47都道府県を含む50か所に配置し、施策を重点投下する。

・スーパーデジタル教員の教材開発支援 (100)
 教育情報化の実践で成果を上げている全国の教員100名を「スーパーデジタル教員」に指定し、世界で共有できるデジタル教材の開発を委託する。

・デジタル創造教育の拡充 (1000000)
 ICTによる創造力・表現力を育成するワークショップに年間100万人が参加できるよう支援する。
(参考:2013年3月のワークショップコレクションには10万人が参加)

・その他
・ソーシャルメディアを活用したデジタル授業の開発
・ICT教科の設定:小中学校に教科「情報」を設けること
・ICTを活用できる教員の育成:教員養成課程にICT活用の講座を設けること

2013年4月12日金曜日

知財ビジョン、その審議状況

■知財ビジョン、その審議状況
 現在、知財本部で「知財ビジョン」を策定しています。

 知財本部設立から10年。これまでの知財政策を検証しつつ、今後10年の新政策を考えるものです。
 ぼくは座長なので、とりまとめに勢力を注ぎ、個人的な意見は最小限にとどめていますが、その最小限のコメントとして表明しているものを記しておきます。
(こうした政策論は、まとまってから結果報告することが常態ですが、知財戦略に関しては、そのプレゼンスを高めるための情報発信が必要とされていること、知財本部での議論はオープンになっていることから、途中の状況としてお示しするものです。)

 まず、今後十年の知財政策を語るメッセージとして、日本にとっての知財の位置づけと、その政策の位置づけを語りたい。
 資源も安価な労働力もない日本が、グローバルで連結した世界で自ら望む位置を占めるには、知財の生産と活用以外に道はないということ。知財の政策が全政策の中で最重要であるということをにじませたいところです。
 知財戦略は国防、教育と並ぶ国政の柱だと思いますし、産業政策の面でも、農政はおろか、工業・商業の政策よりも重要になっています。政府として名指しで他の政策領域を示すのは難しいとは思いますが、なんとかそういう迫力を示したいところです。
 
(追記:逆に、TPP交渉などを通じ、農家・農業を守るために知財を差し出すような、つまり過去を守るために未来を売るような事態は避けなければいけない。現時点で知財ビジョンを策定する意味があるのは、これからの食い扶持としての知財を、他の政策領域に比べて高く掲げる国家意志を示すことにあると考えます。
 なお、ここで、農政も遺伝子情報や農作物データなど知財のかたまりであることに留意すべきです。農政における知財戦略と、農家・農業を守ることは別物です。それはコンテンツ産業についても同じ。コンテンツ政策における知財戦略と、コンテンツ業界を守ることは別。仮にコンテンツ業界が打撃を受けても、コンテンツの生産・流通・消費を高めるために制度を変えることだって戦略的にはあり得ますから。政策=業界対策という図式から卒業することがまずは求められるわけです。)

 現在、政府が示した素案を元に議論が展開されています。
 それがなかなか刺激的なものになっています。民主党政権から自民党に転換し、同時にメディアの激動を背景にして、コンテンツ政策も新ステージに大きく舵を切りそうです。
 コンテンツ政策の柱は、「デジタル・ネットワーク化」と「ソフトパワー」の2本。基盤整備と海外展開です。これはこれまでの路線の踏襲。
 舵を切りそうなのは前者の政策。
 デジタル・ネットワーク化対策の素案では、2点について重要な政策展開のメッセージが示されています。

1)生態系変化:ユーザが作成するコンテンツ、公共・教育、ビッグデータ。
 これがトップ項目に据えられていることです。
 知財本部設立以来10年、コンテンツ政策は、エンタテイメントのビジネスを中心に考えられてきましたが、これからの10年は、国民全体の問題として捉えるというスタンスが明確になっているということ。
 施策としても、「二次創作を含むコンテンツの創造と利用の促進」が掲げられています。
 コンテンツ産業の拡大から、コンテンツ自体の創造・利用へという広がりが重要という視線です。
 ぼくは90年代初めにコンテンツ政策に携わるようになってから、この点をことさら強調してきたのですが、20年たってやっとそれが政府本丸にたどりついたという気がしています。
 日本の強みは、子どもも大人も映像や音楽を生み出す創造力。これを政策として拾い上げたい。
  
2)プライオリティの向上:資源配分の重点化と政策資源の充実。
 これも施策としてはシンプルに一つですが、まさに強調したいことです。
 コンテンツ政策、知財戦略が日本の政策に占める位置づけを高めることが重要。農業社会、工業社会から情報社会に移行というのは小学生でも話しますが、では政策の優先順位はというと、その逆だったりします。資源も安価な労働力もない日本は知恵で喰うしかなく、その政策が最重要だ、と言い切りたい。

 二つ目の柱である「ソフトパワー」について、取り組むべき施策として「総合的な推進体制」とあります。内閣官房・知財本部の立場としては、省庁再編を臭わす文言はぎりぎりアウトというところでしょう。でも、ぼくは知財政策ないしコンテンツ政策の観点からの省庁再編を考えるタイミングと見ています。
 政府からのお叱りを覚悟で、日本は「文化省」を作るのがよいと常々申し上げているところです。コンテンツ、ITなどの政策を司る強力な大臣を置く。それが最も国の姿勢を示すことになると思います。
 韓国は新政権でIT政策や科学技術を統括する「未来創造科学省」を置くことにしました。国民を何で食べさせるかが端的に表れます。見習う部分がありますよ。

 さて、知財ビジョンは今月(2013年4月)内にとりまとめたいというのが政府の意向。それまでの間、民間委員や関係省庁との間で攻防が繰り広げられ、前進と後退のラインを行き来しますが、命を取られる政策ではないんで、被弾を恐れず突撃ラッパを鳴らし続けたいと思います。進むべき前線を間違っていたらご指摘いただくとともに、死んだら誰か骨ひろってちょ。

2013年4月10日水曜日

ポップパワー策、追記メモ

■ポップパワー策、追記メモ

 一昨日のブログ「日本のポップパワー発信10策」は、ツッコミをあおるためのものでした。
 いろんな方面から早速コメントをいただき感謝申し上げます。
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/04/10.html
 
 やまもといちろうさんからも、批判・コメントをいただいています。
●「規模の経済」が働かないコンテンツ産業に変な振興策を持ち込むのはやめて欲しい: やまもといちろうBLOG」
 http://bit.ly/14ZqMgf
 ツイッターでコメントを返したのですが、簡単な追記を含め、まとめておきます。

 指摘されている「予算」はぼくも最もナーバスな点です。補助金行政はできるだけ避けたい。役人だったころからの持論です。また、上から手をさしのべるのではなく、これも指摘どおり、民間の自然発生的な動きを支援すべきと考えます。このため手法としては、民間にインセンティブを付与するための「減税」と「規制緩和」がいい。全国で実施することに霞ヶ関(特に財務省)の抵抗があるなら「特区」で。

 ただし、日本の文化予算は他国に比べかなり低い。文化予算/政府予算は、日本が0.13%に対し、フランスや韓国は1%近くあります。「ハコからソフトへ」を促していいと思います。道路に100兆円使うなら、その1%を回すだけで発信機能は格段に向上します。文化政策のプライオリティーを全政策のどのくらいに位置づけるか、を考える機会かと。

 もう一つの指摘、「誰が」推進するのかも大事なポイント。ポップカルチャー支援はいいけど政や官が仕切るとロクなことがない、というのはそのとおり。では案件をどう発掘・採用するか。ぼくは有識者委託よりネット投票を取り入れたいと思いました。

 他方、「知的財産権管理徹底、二次利用・情報発信のための著作権関連の法律整備、発信すべきもののレーティング組織」というやまもとさんの提言は大事な論点。今回の 検討会は早期に取り組むアイディアレベルに留まりそうですが、知財本部などでこういう本質的な論点を取り上げていってもらいたい。

 このほか、ツイートやブログへのコメントも多数いただいています。もちろん、賛成ばかりでなく否定も多い。それはもとより承知しています。その批判には、おおざっぱに言って2種類あります。
・政官が主導するのはムリ。補助金は利権と化す。
 つまり、官や業界に対する、ユーザやファンの反発です。
・そんなことより労働環境改善するとか、足下を考えろ。
 つまり、業界内部からの声。タダで協力させるよりカネ回せ、ってことかな。

 この分野の政策には、何を打ち出しても必ず反発があります。インフラ政策や教育情報化と違い、進めろ一辺倒では立ち行かない。政策論としては超難問です。
 政官ともにポップカルチャー支援したいが知恵がないという状況なので、民の知恵をぶつけるチャンスと思います。政府が音頭を取り、ヘンな利権が群がり、クリエイターやファンは罵倒するというパタンを打破する知恵を期待します。

 なお、ポップカルチャー政策なんて霞ヶ関や永田町にできるワケねーだろバーカ。という声が響いておりますが、ヒトコトだけ言いたい。それでも何とかしようと、断られようとも、村上隆さんやきゃりーぱみゅぱみゅさんに頭を下げて協力を請い汗をかく官僚は、エラいと思います。