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2025年2月3日月曜日

学長くんガチョーン. 藤井浩人さん

■学長くんガチョーン. 藤井浩人さん


最高裁で有罪となった市長。ぼくは藤井さんが有罪となったとき、会ったこともないけれど、この人は本物だと思ったので、慶応の研究員にお誘いしました。iUを作ってからは超客員教授をお願いしました。その後、市長に返り咲き。iU生が世話になっております。

 

◆逮捕

28歳で美濃加茂市長に。市長になってちょうど1年目、逮捕された。冤罪と主張し戦ったが、一審無罪。罪が確定するまでは政治家をすることができるので、戦いながら市長を続けた。しかし二審有罪、最高裁棄却で有罪となってしまったので市長をやめた。

裁判の結果執行猶予3年。この間は選挙に出られない。

昨年(2022年)もう一度選挙に出て、美濃加茂市長に。

 

◆いま力を入れていること

5.7万人の街。ひとりひとりが主体性を持って生きることができる街にしたい。

政治家になろうと思う少し前まではなんとなく学校へ行って、なんとなく勉強して、なんとなく生きていた。友人をみていてもそういう人がまだまだ多い。

しかし、この素晴らしい国に生まれた以上はチャンスがたくさんある。自分たちで自分たちの街をよくしよう、自分の人生を自分の力でよくしよう、自分の力で周りの人をハッピーにしよう、と自分自身に自信を持って市民ひとりがひとり本気になったら街が変わる、この国が変わるというのが壮大な夢。

 

その中でやっていること。岐阜県美濃加茂市、田舎だからこその強み、自然・農業・歴史などを突き詰めて、美濃加茂に生まれた、美濃加茂にいる人しかできないことを徹底的に経験できる街にしようということに力を入れている。

 

◆これからの野望

教育に関心があって政治家になった。

しかし、市長はあまり教育へ介入できない。特に田舎の市長。岐阜県の場合、県の教育委員会へみなが就職し、そこから先生を各街に出す。県が強い。

その点を考えると、市長だけではできないことを県や国で考えてみたいという野望がある。

 

その前に美濃加茂市でやることも市長としていっぱいある。

 

◆学校

家から通える国立大学しかお金の問題で行かせられないとのことで、やむをえず工業大学を選択した。それでもいいやとおもいながら行ったことを振り返ると、もっと学生のうちに自分の人生をこうしたい、こうあるべき、こんなことにチャレンジしたいということを考える機会がもっと学校であるといい。

 

学校は社会に出る練習の場だとおもっている。

 

田舎の中ではやることがなくて勉強した。負けず嫌いだった。500点中480点を取って認めてもらいたい。部活ではキャプテン。生徒会長もつとめた。とれるものは結構とっていた。

振り返り、誰の顔見てお前頑張ってんの?と20年以上前の自分に言いたい。目の前の学校の先生や両親が喜んでくれることばかりに一生懸命になっていたのではないか。

 

いま地元の学校で生徒会のみなさんと話すのは、目の前の大人の評価など気にせずにいまできることを最大限活かしたらどうなのということで、自分たちで校則は作り替えていいんだよと伝えている。

大人になってからこの国のルールを自分たちが変えている・守っているという自覚がない。それを学校のうちから経験して、おかしいなっておもったら生徒みんなで考えて、相談して、提案してという社会に出る練習を集団でも個人でもできる。勉強したい人は勉強すればいい。部活スポーツをしたい人はすればいい。そういったチャレンジをどんどんできる場にしていきたい。

学校という場所だけでなく、学校は環境。そういうことをサポートできる大人たちがいる、地域がある。それが学びの場。

という話を美濃加茂市の校長先生の前でするが、うなずいてくれる先生は1,2名。

 

◆キミたちへのメッセージ

政治家になろうとおもったきっかけは、いまの世の中・社会を変えたい。いまのしゃかいがだめなんじゃないかとおもっていたが、いざ市長を10年やると、捨てたもんじゃないと。理解してくれる方や、自分の人生を投げ売って世の中のために、自分の夢のために行動する方がたくさんいる。

学生のみなさんには自分の環境がいい悪いというより、ネットがあればいい大人をたくさん発見することができる。みなさんにとって、まずはこの大人を目標にしてみよう、まずこいつには打ち勝ってやろうといういいお手本を見つけて、早く追い抜いて、みなさんのおもった通りの社会を築いていってほしい。

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