■炎上したって使うぜ AI
以前のツイートがバズってる/炎上してるので自己レス。
AIで「コンテンツの生産量が爆発的に増え、情報のほとんどがAIが生成するものになって人が生むものはごくごく一部になる。」
というツイートなのだが、これを望んでいるわけではなく、技術の帰結としてそうなるということ。
「そのときにビジネスや権利のありかたはどうなるのか」とも発言した。備えろということ。
AI学習はフリー。日本はそういう制度改正をした。だが、生成されたコンテンツの権利は厳しく守る。当然です。この技術・契約が課題です。政策としては「生成物の権利を守る」ことに力を入れるべし。制度を小さくバックラッシュするより、技術や契約を整えて備えたい。
AI利用促進に軸を置くぼくは、生成AI反対派から批判されています。
ぼくは一貫して、コンテンツや創造を支える基盤として、技術の発展・利用を促す立場です。
AIも然り。逆に技術を規制することはコンテンツや創造の停滞を招くと考えます。
これまで辿った道でもあるなぁと微笑ましく思い返しています。
ネット、通信放送融合、デジタル教育、ずっとそう。
ネットが登場したころぼくは「インターネット自由を我等に」という本も書いて、万人がコンテンツを得るだけでなく万人がコンテンツを発信できる意義を強調した。だが新聞はじめ文字メディアは反発した。官僚だったが強いプレッシャーを受けました。それから30年、どうなった?
通信放送融合。つまりテレビのデジタル化・ネット化の旗を振った。そのほうがコンテンツ力を発揮できるから。放送局は反発し、ぼくは民放連を出禁になりました。いまは民放連の座長を務めています。
デジタル教育。PC一人一台にデジタル教科書の旗を振ったのは2011年。紙至上主義の教育界や文科省からポコポコにされました。コロナで急遽、一人一台が達成され、ポコポコにした人たちは今なぜか手柄のように振る舞っています。
他にもいくつも技術とコンテンツを巡る対立があって、その仲立ちをする機会も多いのですが、なぜ対立するかなぁってことが多いです。
例えば地デジのDVDコピー制限や海賊版対策もそうだったのですけど、技術側=ITやメーカとコンテンツがこじれて話が進まない。もじもじしていたら海外のプラットフォーマーがガツンとやってきて市場を根こそぎ持っていく。
かつて、東芝がEMIを持って、松下がユニバーサルを買って、ハードとソフトは両輪の、仲睦まじいはずだったのだが、デジタル時代になってハードやITやメディアと、コンテンツの対立構造がみられる。この点、日本の通信会社もコンテンツの扱いはうまくない。うまくやっているのはソニーと任天堂ぐらいか。
話がズレました。でも「デジタル敗戦の日本がAI敗戦したら後がない」という、これも批判されている発言ですが、そう思うのです。デジタル敗戦はデジタル生産ではなくデジタル利用の負け戦です。AIも利用の勝負です。利用抑制に舵を切れば海外勢が制します。
とはいえ人のことに構っている余裕はない。大学だってAIを使うの禁ずるだの腰が定まらず学校によって方針がバラバラ。
iUは明確です。「利用を推奨する」。7文字の方針を定めました。がんばって使います。





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