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2011年9月11日日曜日

911の少し後に。

■911の少し後に。

 2001年9月11日。ボストンからニューヨークに向かう旅客機が起こした事件。その朝、ボストンからニューヨークに自動車で向かったぼくが遭遇したことを、少し後に投稿した文章を改めてここに転載します。記憶をとどめておくために。十年たって、何か変わったのでしょうか。


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  ニューヨークを訪れている。eコマースに関する会議だ。商取引に関するミーティングがビジネスの中心地たるニューヨーク を会場とするのは合理的である。ラボのeMarketというeコマース関連コンソーシアムには金融関係者が多く、ニューヨークで出張会議を開くこともあ る。
IT は西海岸シリコンバレーを中心に開発されてきたが、その軸は東に移動している。技術を開発する段階から、それを利用するステージに移行したためだ。ITは 普及につれて、テクノロジーからアプリケーションやコンテンツに話題が移る。ビジネスや金融やアートの集積地にITのパワーが移行するのは、ITが進化し ていることを示す。浸透し、利用されることで、新たな技術に対する要求が起こり、そのサイクルが次の進化を促す。
そのニューヨークは、夢想だにしない災厄に見舞われた。2001年9月11日。その日の早朝も私はクルマでニューヨークに向かっていた。マンハッタンに入る橋で、ここから先には進めないと告げられ事件を知った。30分はやければ、テロの現場あたりにいたことになる。
それからカーラジオで状況を聞きながらボストンに戻り、テレビで画面を見た。覚悟をして見たのだが、それでも衝撃は大きかった。アメリカは時間帯からしてリアルタイムに映像を見た人はそう多くない。日本の方がリアルタイム性が高く、ショックが強かったかもしれない。
当初、テレビは衝突やビル崩壊の模様を繰り返した。大勢の人がビデオカメラを携える時代になり、いくつもの角度からの生々しいアマチュア映像が流される ことになった。戦闘が始まってからは、闇夜の閃光が繰り返し放映された。戦場では、暗視カメラとウェアラブル・コンピュータを装備した兵士が敵地の映像を 衛星経由で指令本部に伝えていた。メディアの技術は、事態に深く加担する。
 

 世界貿易センター崩壊の数日後、メディアラボで全員集会が開かれた。身の回りの人たちは、惨禍に巻き込まれた知人が多いこともあり、衝撃は大きい。押し黙る。泣く。こぶしを握りしめる。天を仰ぐ。祈る。歌う。抱きあう。
この事態をどうとらえるべきか。テロの防止や世界平和、あるいは多元社会の構築に対しデジタル技術が果たす役割は何か。身近なコミュニティをケアすることや、情報を共有することの大切さは不変か。
デジタルは、バーチャルなコミュニティを形成していくこと、その上で人々が価値を共有していくことを可能とする。それがデジタルのコアだが、同時にそれ は大学が果たすべきプラットフォーム機能でもある。多元的なコミュニティの形成と価値の共有に向けて、大学はいかに作用すべきか。そのようなことが話し合 われ、私もともに考えた。
アメリカを象徴するインターネットは、資本主義を強化し、民主主義を進展させる。それらは、近代の進化主義を延長するものでもある。ネットは価値観や美 意識を刺激することによって、近代を超克する力を持つはずなのだが、その近代なるものはテロ一発で揺らぐほど脆いものでもある。
メディアは世界をつなぐ。ネットは地球を小さくする。「この十年、世界はどんどん狭くなってきた。針の先ほどにまで小さくなった。ところが、9月11日から、また世界はとても広いと認識されるようになった。」(ネグロポンテ)  

 地上には色んな人がいる。色んな暮らしがある。色んな考えがある。そのあたりまえのことを、また見つめ直さなければならない。デジタルは人々を連結する。それは始まりにすぎない。人類が価値を分かち合うようになるまで、道ははるかに遠い。
 

 気を取り直そう。私が9月11日にニューヨークに向かったのは、近代美術館MoMAを訪れるためだった。半年ぶりのはずだった。半年前に訪れたときは、 「明日の職場コンセプトと技術展」が行われていた。ロボカップを主宰する北野宏明さんがロボットのあるオフィスを展示していた。
そこではジョン前田とジョー・パラディソによる共同作品「アトモスフィア」も展示されていた。壁いちめんのスクリーンで時間と情報をナビゲートするシス テムだ。リボンのような形で流れる何層にも複雑に入り組んだコラージュを手元のナビゲーターでダイナミックに眼前に展開して、操ったり引きだしたりする。
そのふくよかなインターフェースは、スカッと抑えた色彩ともあいまって、環境として美しく、ウィンドウやフォルダという普段使っているインターフェースの観念を陳腐にしてくれる。固定観念を美しく打ち崩すこと。そうして未来を再デザインすることが大切だ。
その翌日、ニューヨーク・トイショーが開会した。世界のおもちゃ関係者が集う恒例の大イベントである。その冒頭、マイク・ホーリーが基調講演に立った。私のほかにも数名のメディアラボ関係者が会場に姿を見せていた。
その中でホーリーは、カンボジアに学校を造り、コンピュータを贈る活動を紹介した。こどもたちが学習し、創造力をはぐくむために彼が力を入れているプロ ジェクトだ。併せて、京都のこどもセンターCAMPの構想についてもPRしてくれた。ニューヨークはマスメディアの中心地でもある。大がかりなプロジェク トをPRするには最適の地だ。
世界のこどもたちのクリエイティビティをつなぐことによって未来は再デザインされる。近代文明のメッカ、ニューヨークで講演を聴きながら、そう考えた。そして、その半年後の惨劇によって、そのことを繰り返し考えるようになった。
 

 遠いけれど、道はある。事件のあと、なお傷跡が生々しい現場を幾度もながめながら、これからの遠い道のりに晴れやかな光がさすことを信じる。

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