■学長くんガチョーン. 竹宮惠子さん
レジェンド。少女マンガのさきがけ、BLの始祖。つまり、世界の偉人。にして、元 京都精華大学学長。学長の先輩です。素敵すぎる。教えを請いたい。
◆幼少期から漫画家志望?
漫画の絵を描くのが好きだった。中学生になって、プロへの道を意識するようになった。学校から帰ると毎日漫画を描いていた。
◆漫画家デビューは反対された?
母が水野英子先生の「星のたてごと」のファンだった。自分が読み終わるのを母が待っていたくらい。小さい時から中原淳一さんの絵をマネたような絵も描いていた。強い反対はなかったが、食べていけるのかは心配された。
◆プロになってからの困難・苦しみ
困難は内向き。私自身が満足できない・いいものが描けないという悩みがあった。締切が守れないなども。
25,6歳くらいまでは満足なものが描けなかった。食べるために仕事は続けていたが、結果に満足できない。ファンレターをたくさんいただくのはいいが、私自身が話しをちゃんとコントロールできていないということが不満だった。
編集さんはわりと好きなようにさせてくれた。締切が守れないことだけ大変だった。
友人の増山さんらとみんなで同居するような形で大泉サロンというところにいた。増山さんがストーリーに関するアドバイスなど編集者がわりのようなことをしてくれた。一番目の読者として。
◆教授への道
漫画界でずっとやってきたことに、自分で満足できる結論を引き出すことができるようになっていた。逆に教えることに興味が湧いた。
世界で初めてストーリー漫画の学科を作るということもあり、初めてプロの漫画家として協力していくことを精華大学が任せてくれる状態だった。自分の自由度がある程度あった。楽しかった。
◆学長へ
自由選挙。今は立候補だが、そのときは投票。
学長になることは周りから心配されていた。役割を振られたので、その役割をどうすべきかということを最初から考えながら積み上げていった。
年齢的要因で4年だけと決まっていたので、それが一番良かった。有限だったことがやってみようというきっかけでもあった。
4年でできることは少ない。
◆日本の漫画の課題
漫画というのはアナログな作業でできている。
生み出すときはなにかを参考にするわけでもない。一人の人のオリジナリティだけで積み上げられている。なにもルールはない。新しければその方がいい。決まりきったストーリーテリングは問題にしていない。
その自由度を守っていかなければいけない。
しかし、自由な発想というのが最近意外と出てこない。それがさみしい。もっと出てきてほしい。その後の漫画界が全然変わってしまうような。
そんなものが出てきてほしい。
◆教育が役立つ面
学生たちはスタートラインが昔と全く同じ。漫画界はそんなに知りようがない世界。自身が目指した頃と変わらない発想で漫画界に入ろうとする。
教育という形があれば、このぐらいのことをしていないとなかなかハードルは超えられないよということは教えられる。そういう意味ではちょっと先に進んでから社会に出ていくことができる。
それはすべての教育の分野で同じことが言える。いろんなことを聞かされてから社会に出ていく。自分で考えるのはなかなか難しい。そういうことで教育は役に立つ。
精華大学もリベラルアーツが強み。
◆キミたちへのメッセージ
若いから、きっと社会の一端もまだまだ覗けていない。高校生まで来ていたら、大人になることを意識しましょう。どんな風に大人になっていくのか。ずるい大人は意識しないで。もっと正しく立派な大人を自分の理想に掲げて欲しい。





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