■Kids デジタル教科書への不安と日本の遅れ
急速な展開に対する不安もあります。現場の先生が対応できるのか。煩雑な事務を増やすことにならないか。教育効果はあるのか。情報端末のメンテナンスはどうする。教科書会社は事業をやっていけるのか。検定はどうする。コストはどう手当てするのか。議論も、検証も必要だ。
しかし、日本は悠然としてはいられません。日本は遅れているのです。日本の学力低下が叫ばれて久しいですが、そうした中にあって、アメリカやイギリスが教育の情報化に積極的な取組を見せるだけでなく、韓国やシンガポールなどアジア諸国も国を挙げて力を入れており、日本は情報化の面でも後塵を拝する状況です。
「日本の教育現場のICT活用は、フィリピンやタイにも大きく劣る。現場で使われているパソコンの性能面でも、実際の使われ方にしてもだ。」(陰山英男立命館大学教授)
一人一台の目標を政府は2020年に置いていますが、韓国は2013年を目標としています。それらの国では既にパソコンやプロジェクターが各教室に整備されつつあり、授業で20-30%ICTの活用が義務づけられています。情報化が国の将来を左右するという認識が共有されているからです。日本とは危機意識もスピード感もまるで違います。
協議会の小宮山会長は「世界でデジタル教科書の取り組みが進む中で、ピッチを上げないと間に合わない。せめて2015年には全国の小中学生に普及させるべきだ。」との考えを示しています。
もちろん国によって事情は異なります。韓国やシンガポールは政府主導でトップダウンの展開。このため、国が本気で推進すれば浸透は速く、地域や学校間の格差も少ないです。国土が狭い等の事情からインフラも整備しやすいという面もあります。デジタル化の目標年次が早いのもそのためです。
これに対しアメリカやイギリスは現場の自主性が大きい。特に予算等に関する校長の権限が大きいため、国が音頭を取らなくても、情報化の効用が認められれば現場主導でどんどん進みます。一方、逆に地域や学校間の格差が生じやすいという面があります。
授業のスタイルも異なります。日本、韓国、中国などアジア諸国は30〜50人程度の一斉授業が中心で、欧米は個別授業が中心。列強に追いつき追い越せ型のアジア工業社会では、知識を効率よく習得することが求められました。欧米では多様な子どもたちの存在を前提として、先生はサポート役になります。そこに投入されるICTの利用法にも授業スタイルによって差が出てくるでしょう。
日本の先生は教材や授業に対しとても研究熱心で、技としての指導法が追求され、いわば職人としての意識が強いと言われます。その技能では世界トップレベルとの評価もあります。ICTを利用する上でも、技やノウハウが開拓されていくことでしょう。ただ、それが新たな負担となることもあり得ます。
さらに、教科書のスタンスも異なります。先生が主役で、教科書はその補助資料という位置づけです。自学・自習のためには市販の教材やワークブックが必要となります。これに対し海外の教科書は数倍の厚みがあり、子どもが一人で勉強できるように作られています。デジタル教科書をデザインする場合も、こうした違いが反映されることになるでしょう。
事態は容易ではありません。日本はe-Japan戦略など教育情報化の看板が掲げられてきたが、OECD28か国中で教育費がGNP比最低で、ICT予算も減少しているという状況にあります。これを覆し、教育の情報化、デジタル教科書の普及を進めるにはどうすればいいでしょう。
議論より、行動の段階にあります。






おっしゃる通りです。それにしても、この問題に対して、現場の教員と、それに教員養成大学・学部の教員の反応がいまいちですね。
返信削除この問題に対して、私もブログやツイターで発言します。その際は、URL をこのコメント欄でお知らせします。