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2025年4月7日月曜日

学長くんガチョーン. 中山淳雄さん

■学長くんガチョーン. 中山淳雄さん


わが師匠。中山さんの本、「ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか」 「オタク経済圏創世記」「推しエコノミー」「エンタメビジネス全史」「クリエイターワンダーランド」、すべて勝手書評を書いてきました。コンテンツ産業のこと、ぜんぶ知ってる戦略家。しばらくこのかたの時代が続きます。

 

◆いま一番力を入れていること

3,4社ほど一つのキャラクターをどうやって中国へ持っていくか、アーティストをASEANに持って行ってどう育てるにはどうすればいいか、実企業と手づかみで色んな国に法人を作るなどのお手伝いに一番力を入れている。それが自分の本流。

事業自体を進めながら、2,3割俯瞰して形にしてみんなに伝えていくのはサイドジョブ。

 

◆推しエコノミー

2017頃から推しが強くなってきた。経済圏やビジネスにモチベートしていろんな企業がどう投資をしているのか、という観点からみてきた。

ブシロードでバンドリ!(BanG Dream!)を海外に持っていったり、新日本プロレスをアメリカに持っていく、カードゲームの世界大会をやっていたりしており、ユーザーとの接点が多かった。日本、アメリカ、アジアで起こっていることをうまく形にしたい中で「推しエコノミー」というのが今の現象を一番切り取りやすかった。


◆推しエコノミーは日本の特徴?

日本は均質性が高く、同質性の中で差別化をしているので共有材はとても大事。

みんなでまとまりを作るために、異色のなにかを持ち上げたり、共有したりする。日本は特別強い。

欧米ではみんなが動くというのはなく、それぞれが動く。あまり群にならない。

 

◆産業界における日本の政策の問題

日本の官僚動き方や政治家との距離のとり方は、戦後、敗戦国であるためアメリカからの産業と癒着するなという攻めもあり、そういう分岐点で分化して、そのままになってしまった。アメリカや中国の方が癒着してるよね、ということも多い。

ここ5,60年の話だとおもうが、かっちり分けてきたが故にソフト系のコンテンツの中では

産官学の連携が取りづらい。

ゴシップで官僚や政治家はだめだ!と退けた結果がこれ。脱戦後なので再構築し、抜けられるといい。

 

◆学生時代

東大の学部・院では上野千鶴子研究室がメモリアル。学問の楽しさを教えてもらった。それまではバックパッカー系の人間だったが、価値観はみんなでなんとなく決めてきたが、

転換をしてみたら、マイノリティはすごく弾かれていた。自身はマジョリティだったので、マイノリティから見るとこんなに違うんだなと気がついた。

 

大学の前半は25カ国くらい自転車で旅し、後半は社会学をがっつり勉強し、すごい論文を書いて、すごい読書をして、一端の研究者になろうとおもっていた思い出が強い。

 

◆勉強したことが活きている

大学で勉強したことが15年くらい働いてから活きている。ビジネスをしていく中で社会学的な考え方で分析してみよう、まとめてみよう、本を出してみよう、教えてみようというのがもともと自分の中で5-10%位だったが、いま主業みたいになっている。

勉強したことが長期的に役立っている。大学の恩恵をフルに受けている。

 

発言するためのパッケージを得られた。

世になにか出すのはものすごく怖かった。

大学の学部では歴史研究をしていた。ナチスドイツの記憶について、戦後の西ドイツではどうおもわれていたか。もぐりではいっていた上野千鶴子研究室で、それを論文にしたら面白いと言われて書いた。上野千鶴子さんは世に問うことをわりと持ち上げてくれる。

戦争責任研究という雑誌に載った。書いて出して物申していいんだという経験をした。

その後にものすごくインパクトを及ぼした。

 

◆キミたちへのメッセージ

なにか意見を出して世の中に問う。

本が名刺。本のおかげで色んな人に興味を持ってもらいコンタクトが来る。なにか自分なりの意見を持って、ちゃんと発言する、誰かの見える形にすることが思わぬ収穫になる。

出した後の波及効果は、大学時代は1-2、社会人になって10-20、ここ2,3年では1000くらいのイメージ。

それは大学時代にやったことがかなり効いてくる。バカにせず、勉強は大事であることを認識する。

2025年3月24日月曜日

クールジャパン:乳製品

■クールジャパン:乳製品




NHKクールジャパン「乳製品」の巻。


日本人が牛乳を飲むようになったのは明治以降で、

特に戦後、学校給食で牛乳が飲まれるようになって、

冷蔵庫も普及して保存もしやすくなって定着した。歴史が浅い。

ところが近年、日本のチーズやヨーグルトが国際コンテストで入賞するなど、

世界的にも日本の乳製品が認められている。急速に進化している。

 

「牛乳・ヨーグルト」

ぼくらの子供のころ、牛乳もヨーグルトもそんなにおいしくなかった。

冷蔵技術や殺菌技術が発達して、70年代以降、

乳脂肪分の高い牛乳が飲めるようになった。

ヨーグルトも甘い味付きじゃない、ブルガリア的な、

プレーンな製品が出回るようになった。

今や各地方が個性を出した乳製品を作って、流通させている。

技術と創意工夫が組み合わさって、急速においしく進化して、豊かになった。

 

「訪問販売」

ぼくはむかし役所勤めをしていたが、そのセキュリティの高い職場に、

乳製品の訪問販売だけは毎日来ていた。

みんなの健康志向もあったのか、それだけの信頼感を得ていた。

他には真似のできない販売システム。

定期的に職場や家を回る仕組みは、住民の見守りサービスでもあるので、

高齢化社会には再び見直されることになるかもしれない。

 

「チーズ鱈」

ナチュラルチーズとプロセスチーズって、違う食べ物。

日本では保存性の高いプロセスチーズが普及したんだが、

常温で保存できて、クセが少ないという特性を活かして、

海外にはない発展をみせてきた。

魚とチーズを組み合わせる、というのも考えてみれば革命的だし、

それを張り合わせるテクノロジーも日本らしい。

おかきと組み合わせたり、味をつけたり、工夫も広がっている。

まだまだ進化していくのでは。

2025年3月17日月曜日

学長くんガチョーン. 竹宮惠子さん

■学長くんガチョーン. 竹宮惠子さん



レジェンド。少女マンガのさきがけ、BLの始祖。つまり、世界の偉人。にして、元 京都精華大学学長。学長の先輩です。素敵すぎる。教えを請いたい。

 

◆幼少期から漫画家志望?

漫画の絵を描くのが好きだった。中学生になって、プロへの道を意識するようになった。学校から帰ると毎日漫画を描いていた。

 

◆漫画家デビューは反対された?

母が水野英子先生の「星のたてごと」のファンだった。自分が読み終わるのを母が待っていたくらい。小さい時から中原淳一さんの絵をマネたような絵も描いていた。強い反対はなかったが、食べていけるのかは心配された。

 

◆プロになってからの困難・苦しみ

困難は内向き。私自身が満足できない・いいものが描けないという悩みがあった。締切が守れないなども。

25,6歳くらいまでは満足なものが描けなかった。食べるために仕事は続けていたが、結果に満足できない。ファンレターをたくさんいただくのはいいが、私自身が話しをちゃんとコントロールできていないということが不満だった。

 

編集さんはわりと好きなようにさせてくれた。締切が守れないことだけ大変だった。

 

友人の増山さんらとみんなで同居するような形で大泉サロンというところにいた。増山さんがストーリーに関するアドバイスなど編集者がわりのようなことをしてくれた。一番目の読者として。

 

◆教授への道

漫画界でずっとやってきたことに、自分で満足できる結論を引き出すことができるようになっていた。逆に教えることに興味が湧いた。

 

世界で初めてストーリー漫画の学科を作るということもあり、初めてプロの漫画家として協力していくことを精華大学が任せてくれる状態だった。自分の自由度がある程度あった。楽しかった。

 

◆学長へ

自由選挙。今は立候補だが、そのときは投票。

 

学長になることは周りから心配されていた。役割を振られたので、その役割をどうすべきかということを最初から考えながら積み上げていった。

年齢的要因で4年だけと決まっていたので、それが一番良かった。有限だったことがやってみようというきっかけでもあった。

4年でできることは少ない。

 

◆日本の漫画の課題

漫画というのはアナログな作業でできている。

 

生み出すときはなにかを参考にするわけでもない。一人の人のオリジナリティだけで積み上げられている。なにもルールはない。新しければその方がいい。決まりきったストーリーテリングは問題にしていない。

その自由度を守っていかなければいけない。

 

しかし、自由な発想というのが最近意外と出てこない。それがさみしい。もっと出てきてほしい。その後の漫画界が全然変わってしまうような。

そんなものが出てきてほしい。

 

◆教育が役立つ面

学生たちはスタートラインが昔と全く同じ。漫画界はそんなに知りようがない世界。自身が目指した頃と変わらない発想で漫画界に入ろうとする。

教育という形があれば、このぐらいのことをしていないとなかなかハードルは超えられないよということは教えられる。そういう意味ではちょっと先に進んでから社会に出ていくことができる。

それはすべての教育の分野で同じことが言える。いろんなことを聞かされてから社会に出ていく。自分で考えるのはなかなか難しい。そういうことで教育は役に立つ。

精華大学もリベラルアーツが強み。

 

◆キミたちへのメッセージ

若いから、きっと社会の一端もまだまだ覗けていない。高校生まで来ていたら、大人になることを意識しましょう。どんな風に大人になっていくのか。ずるい大人は意識しないで。もっと正しく立派な大人を自分の理想に掲げて欲しい。

2025年3月10日月曜日

学長くんガチョーン. ピーター・バラカンさん

■学長くんガチョーン. ピーター・バラカンさん



ピーターさんにご登場いただけるとは名誉なことでございます。濃い音楽をぼくたちに教えくれたおにいさん。今もピーターさん推しのライブやフェスを仕掛ける。カッコよさ、あやかりたい。

 

◆肩書

よく音楽評論家と言われるが、自分で名乗ったことはない。音楽評論家というのはなんでも聴いて、なんでも客観的に人に紹介する立場の仕事。

自分は趣味人。興味のない音楽は一切聴かない。人に紹介するのは好きな音楽だけ。

趣味人の立場で音楽を電波に乗せて人に紹介している。

 

肩書はいらないときは使わない。どうしても必要なときはブロードキャスター。放送屋。

 

◆なぜ日本へ?

就職のため日本へ。

ロンドン大学の日本語学科を出た。日本に来たいから選んだわけではない。大学でなにかを学ばなければいけないので、語学が得意だったから、なにか語学をやろうとおもった。消去法で日本語。いい加減な動機。

 

ロンドンのレコード店で働いていて、飽きた頃に、たまたま日本の音楽出版社が求人広告をイギリスで出していて、応募した結果来ることになった。それから来年(2024)年で50年。

 

◆日本の音楽

50年近く経っても、典型的な外国人かもしれない。日本人があまり見向きもしない音楽を好きだったりする。ここ数年一番好きなバンドは民謡クルセイダーズ。各地の民謡をサルサ・レゲエといったトロピカルな編曲をする。最近ヨーロッパのフェスティバル等でモテている。国内ではほとんど誰も知らない。どういうわけか、好むものが日本ではあまり注目されない。それはメディアが取り上げてないからだとおもう。

 

◆日本のポピュラー音楽

語れるほど聴いていない。J-POPの時代になって、演奏力は前の時代より上がった。どうしても歌で好きな人が少ない。これは時代と育った場所の関係が大きいと思う。60年代が青春時代。ロック・ソウル・ブルースといった情熱的な音楽を若いときに聴いてきた。日本あまりそういう歌い方をする人がいない。力を入れないことが好まれる事が多い。

 

日本の歌手の中で、小坂忠がダントツで好きだった。彼はリズム&ブルースというかソウルの歌手のような歌い方。

力の抜けた感じでもすごく洒落た歌い方をするとおもうのは久保田麻琴。

 

◆音楽の聴き方

いま積極的に洋楽を聴いている日本人はおそらく50代以上。日本のラジオが90年代からほとんどJ-POPしかかけなくなった。電波で触れないものはみんな知らない。

インターネットはあるので、聴こうと思えばなんでもすぐに聞くことができる。しかし聴こうとおもう意識がなければ、いつまで経ってもわからないまま。

 

昔は紙媒体が主流。必要以上にジャンル分けされたり、文章で書くと頭でっかちになりがちなところがある。レコード店で探す際にわかりやすいように、音楽のジャンル分けをした。

海外へ行くとレコード店はほぼない。ジャンル分けする必要がない。Amazonで探してピンポイントで買う。ある意味健全。わたしはこのジャンルしか聴かない!という人はもうあんまりいないかもしれない。

その反面、好奇心が湧いてこない。なにか外からの刺激がない限り。

 

◆未来の音楽

配信が主流になってから、CDが売れていた時代に比べミュージシャンの収入が減った。ものすごく売れればお金は入るが、格差がものすごく開いている。

そういう状況では、ミュージシャンはライブをやっていくしかない。音楽の形が変わって言っても、最終的にはミュージシャンはお客さんを前に演奏することが一番。これから先もそれは変わらない。

複数の人と大きい音で同じ音楽を共有する体験は楽しい。一人で聴くより満足感がある。

 

つい先日(2023年6月14日)ポール・マッカートニーがビートルズの最後の曲をAIで作ったと発表した。どんなもんかなあ。期待していいかどうかわからない。ポールはそんないい加減なものは出さないとおもうが。

(参考:https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2306/14/news097.html)

 

◆学生時代

学校そのものより、学校で仲良くなった友達とみんな音楽をやっていた。60年代のロンドンはビートルズやストーンズなどポピュラー音楽の黄金時代。土日はみんなで集まってギターを鳴らした。それが楽しかった。ファッションにしても映画にしてもそれが生きがい。

 

勉強はできたが、熱心ではなかった。落第はせず。やる気になればできたが、やっぱり楽しいことをやったほうが嬉しかった時代。

 

◆キミたちへのメッセージ

若いときは、大人としての責任のないので、音楽・映画など文化にたくさん触れるといい。大人(社会人)になって仕事をしだすと、暇も少なくなるし、いろんなことにお金を使わないといけない。若いうちは無責任でいいから、いっぱいたのしいことをやるといい。それがあとですごく足しになる。教養というのはそういうもの。

2025年3月6日木曜日

もう一度、喰いてえ。

■もう一度、喰いてえ。



人生下り坂とあちこちチャリでB級食ってたひとがいなくなった。今のうち食いたいものを食っておかなければと焦る。だが思うにこの歳で食いたいものとはかつて食ったウマいものもう一度、しかない。もう一度、を挙げてみる。町と舌の記憶。日本とパリで食ったものは除く。すべてB級郷土料理with地酒であることが自慢である。てゆーかA級のものは覚えていない。


バルビゾン、仔牛の腎臓。ベルサイユ、ツナのバゲットサンド。シャルトル、田舎サラダ。ラカブ、鴨の肝臓。ブラントーム、鴨肉ソテー。ロカマドール、焼きシェーブル。ソーテルヌ、フォアグラ定食。グルノーブル、ダチョウのカルパッチョ。アヌシー、仔牛の頭。ボーヌ、マスタードのチキン。リヨン、カエル鍋。ランス、シャンパン定食。ストラスブール、ジャンボノーとスペッツェル。オンフルール、タルタルステーキとカルバドス。ラヴァル、リ・ド・ヴォー。ヴィトル、クセの強い羊。カンカール、生カキ。ヴァンヌ、ガレット コンプレ。トゥルヴィル、ガレット ジャンボンウフ。モンサンミッシェル、ふわふわのオムレツ。ラ・ロシェル、あんこうのグリル。アイノア、エイのクリーム煮。マルセイユ、ブイヤベース。ニース、サラダニソワーズ。カンヌ、開店日に飛び込んだ町中華の焼きそば。モンテカルロ、ソーセージのオレキエッテ。コルシカ、カッチカチのパテ。

 




ジェノバ、トロフィエ ジェノベーゼ。サンタ・マルゲリータ・リグレ、バジルのラザニア。コモ、クリームのニョッキ。ミラノ、イチゴとフローズンヨーグルト。ベネチア、脂っこいゆでウナギ。リド、ペンネ アラビアータ。パルマ、パルマハム。ボローニャ、ラグー アラ ボロネーゼ。ポジターノ、シャラティエッリ ディマーレ。サンキリコ、アヒルラグーのピチ。モンテプルチャーノ、猪ラグーのピチ。アッシジ、クリームのストランゴッチ。オルヴィエート、アーティチョークのタリアテッレ。アルベロベッロ、サラミのオレキエッテ。ピサ、牛ラグーのパッパルデッレ。フィレンツェ、Tボーン肉ポルチーニ焼き。ローマ、トマトとモッツァレラ。ナポリ、ピザマルゲリータ。カプリ、カジキマグロ炭火焼。パレルモ、イワシのブカティーニ。サンマリノ、ポルチーニのタリアテッレ。

 




リスボン、イワシ炭火焼。ポルト、トリパス。コインブラ、仔山羊のシャンファーナ。バルセロナ、パンコントマテ。ビルバオ、マグロのタルタル。マドリード、サラミのピンチョス。インバネス、鹿焼き。カーディフ、大学寮のサケ水煮。グラスゴー、ハギス。マンチェスター、ビーフパイ。コッツウォルズ、キドニーパイ。ダブリン、煮豆とギネス。ブリュッセル、ワッフルと赤ビール。アムステルダム、にしんサンド。ルクセンブルク、イカ墨スパゲティ。フランクフルト、焼き豚足と酸っぱいシードル。ニュルンベルク、焼きソーセージ。ミュンヘン、市庁舎のゆで白ソーセージ。ドレスデン、ウサギ煮込み。

 




ヴィリニュス、ビーツの酸っぱいスープ。リガ、ツェペリナイ団子。スーズダリ、ピロシキとハチミツ酒。ウラジオストク、腎臓スープ。ベルン、チーズフォンデュ。インスブルック、キノコサラダ。ウィーン、ザッハトルテ。ザルツブルク、肉屋のハム。ストックホルム、トナカイ煮。オスロ、サケクリームソース。コペンハーゲン、サーモンの黒パンオープンサンド。プラハ、焼きハム。マリエンバード、鱒のソテー。ブダペスト、市場のグヤーシュ。ワルシャワ、ピエロギ。ヴァレッタ、ウサギのソテー。サントリーニ、タコ炭火焼。ラルナカ、ムサカ。ドブロブニク、平たいカキ。

 




ドバイ、チキンカツカレーオムライスとラクダ肉。イスタンブール、シシケバブ。バンコク、豚焼きビーフン。バリ、ウズラ素揚げ。ハノイ、ナマズ汁。シンガポール、麻辣鶏そば。イスカンダル、激辛焼き鶏。クアラルンプール、福建麺。マニラ、鶏の足煮込み。ソウル、豚の皮焼き。釜山、海鮮鍋。平昌、豆腐鍋。上海、カニ小籠包。昆明、焼き昆虫。大連、街で一番辛い火鍋。香港、朝粥。マカオ、いかラーメン。台北、臭豆腐。高雄、マンゴーかき氷。コルカタ、野菜カレー。カトマンズ、豆カレー。コロンボ、マトンカレー。シドニー、甘いスペアリブ。モントリオール、中華街のラーメン。メキシコシティー、チョコレートチキン。ハバナ、エビトマト煮。ブエノスブエノス、アサード。マラケシュ、野菜クスクス。

 

 

で、もっと強烈な記憶は、まずかったもの。上位3つ。アメリカとイギリスと中国。

・ハーバード大学博物館のパーティーで出されたクランベリースパゲティ。

・ロンドン、コヴェント・ガーデンのパブのブラックプディング。

・北京、場末の地下街で出された素性の知れない川魚の水煮。

改めて書きます。