Twitter

2013年8月5日月曜日

ニューヨーク・キッズ出張報告

■ニューヨーク・キッズ出張報告

 3年ぶりのNYC。前回はサイネージの調査。今回はデジタルキッズのアップデイトです。
 4つの子ども博物館、子ども科学イベント、ブックフェアを巡ったフォト報告。



 

1 Chilren's Museum of the Arts
ここが主目的。
こういう創作系子ども博物館を日本にも作りたい。

 





 
ワークショップ、遊び、探検の空間。
世界にあって、日本にないもの。
 


 






お絵かき、ねんどワークショップに参加しました。

 







描く、こねる、作る、壊す、ほぼ自由。
こりゃ楽しい。これは、必要だなぁ。

 







みんなでタイコをたたく。大事なこと。

 








サンフランシスコのZOUMもそうだけど、デジタル創作環境もちゃんとあります。

 







クールジャパンは子どもの創造力に支えられているんだが、それを育むこういう施設がないんだよなぁ。



 
















2 Children's Museum of Manhattan

さわって、遊んで、学ぶ。
ボストンやシカゴの子ども博物館よりコンパクトでスマート。

 






胃の仕組みを多画面サイネージで体験。

 











サイネージ・トイレ。



 

















3 NY hall of science
Queensにある子ども博物館。
CANVASを設立する前に、参考にするため一度訪れたことがあります。

 






デザインゾーン:マルチスクリーンで科学を学ぼう。

 







デジタルは音モノが多く、充実しています。

 








10年前に来た時の方がデジタルものが多かった気がします。
実験期だったのかな。



 











4 Brooklyn children's museum
この子ども博物館は超アナログ。

 








こちらは自然体験コーナーが充実しています。

 







キッズのプレイコーナーがすばらしいしつらえ。

 











おやくそく、お絵かきワークショップ。

 











帰らないよねぇ、ぼくなら。

 











体験できる国はアフリカ、カリブ、メキシコ、中国、イタリアってとこがこの地区らしい。ボストンの子ども博物館は東京の銀座線を展示していたのと対称的。



 










5 World Science Forum
マンハッタンで分散して開催されている科学系のさまざまなイベント。
これは屋外のテント実験教室。

 






数学、天文、化学、生物、考古学、電気、物理。

 







大学、植物園、自然史博などいろんなセクターが出展。

 







ニューヨーク大学ビジネススクール前にて。
慶應がホストするワークショップコレクションのようなものです。


 












6 Book Fair America
書物の壮大な展示会。
デジタルえほん社として参加しました。

 







デジタルコーナーは、コンテンツではなくソリューションやアプリ開発の展示。

 







SAMSUNGのブースがいちばん大きかった・・・・

 







児童書コーナーは(悪い意味で)アメリカぽい画一的な展示。
ビジネス規模は大きいのだろうが、正直、ワクワクしない。

 





内容、しつらえ、行き交う参加者の風情、どれもボローニャやフランクフルトのほうがステキでした。


 












7 おまけ
MOMAにて。
デジタルえほんの同僚、季里さんのゲーム「ビブリボン」が展示されているのです!

 






MOMAのサイネージはSAMSUNG製でありました。

 







街のサイネージもこつこつと見回りました。
特記事項なし。

2013年8月1日木曜日

パンク! ウェザーニュース

■パンク!  ウェザーニュース

 ウェザーニュース。お天気放送局です。
 いや、放送局じゃないですね。メディア企業と呼ばなければ。日本型のメディア融合モデルであり、スマートテレビの観点からも注目される世界的なスタイルだと思います。なぜか。ポイントは3つあります。
 1) まず、マルチスクリーン、マルチネットワークであること。代表サービスのSOLiVE24は、衛星での放送と、地上波局との提携による放映に加え、PC向けブロードバンド配信、ケータイ向け配信のマルチ展開。テレビ、PC、ケータイ、スマホ、タブレットのマルチ端末に向け、衛星、地上波、有線・無線の通信網で伝達しています。
 2) 次に、ソーシャルメディアであること。全国の視聴者=ユーザがPCやモバイル端末でセンターに情報をアップしてきます。台風の到来時には6万件もの情報がリアルタイムで届けられる。これは海外ではできません。老若男女がネットに接続したモバイルを持ち歩き、写真や動画を撮って親指ひとつでメッセージを紡ぐ、その訓練を10年以上も続けている日本のユーザ力が発揮されているのです。海外でもスマホが普及しているとはいえ、市民全体のリテラシーが追いつくのはまだ時間がかかるでしょう。さらに、日本人は無類の天気好きという事情もあり、なかなかに濃いコミュニティができあがっています。
 このユーザ力は騒動も起こします。全国に散らばった人というセンサーが利いているので、気象庁に張り合う情報が発信される。予告や警報が打ててしまうわけです。だから気象庁から「やりすぎんなよ」と業務改善命令が発せられたりする。そして、そういうお触れが額に入れられ役員室に飾ってある!勲章なのですな。パンクであります。
 3) さらに、人だけでなく、気象を関知するセンサーをあちこちに埋め込み、ビッグデータにも進出しつつあります。そして、それらトータルなモデルで世界展開を狙っています。

 放送法には、放送局は番組審議機関を置けという規定があります。ぼくはウェザーニュースの番組審議会に参加しています。他にも2社の審議会に参加していて、それらはおごそかに、厳しく、番組や局の在り方を審議しているのですが、パンクなウェザーニュースは違います。審議会そのものを番組にして、ニコ生でも配信するというのです。ニコニコ動画のニワンゴの杉本社長はウェザーニュースの出身で、審議会にも参加しているのですが、なるほど、そういうノリなのです。オープンで、ユーザからの突っ込みが段幕で流れるので、審議会の委員側が審査されてるってかんじ。ソーシャルすぎるやろー。
 さて、昨年の審議会では、最後に委員たちはフリップにひとことメッセージを書かされました。ぼくは「PUNK」と寄せました。モデルをひっくり返して世に問う局であってほしい。で、今年の審議会では、いよいよPUNKが「PUNKER」になってきてる、と感じました。こちらもポイントが3つ。
 1) 進化していること。NOTTVでのオンエアやケーブルでの展開、さらにアプリ展開を進めるなど、マルチに深みがかかっています。今やユーザの8割はスマホ使いで、ソーシャル対応にも磨きがかかっているので、炎上も起きているそうです。ウェザー炎上。そして、文字・写真ベースだったユーザからの情報には、動画レポートも加わったそうです。さらに、3Dボーカロイドも開発・投入。どん欲であります。
 2) 番組評価のソーシャル化。天気予報は、けっこう外れます。だから番組への批判もあるわけです。それに正面から立ち向かおうってことで、当たったかダメだったかの評価を番組でアンケートを採るという怖ろしい取組を始めています。ニコ生の番組の最後にユーザから面白かったかどうかのアンケートを採りますが、あれを番組でやってるのです。ダメ出しが過半となることもあり、そんな日にゃあ、キャスターが「やっちまったなぁ」とつぶやく、クールポコ状態です。
 3) ビジネスモデルのソーシャル化。スポンサード企画のビジネスモデルを議論する番組もありました。ウェザーニュースは企業に対するB2Bビジネスとノン・スポンサード番組の組み合わせですが、そこに広告モデルや課金モデルをどう組み込むか、といったことを番組にして議論している。それって、経営の根幹じゃないですか。取締役会の機能じゃないですか。それをユーザ入れて番組でやってるって、どうよ。
 ネット連動で炎上起きてるとか、番組の評価を番組内で聞くとか、局の経営戦略を番組で問うとか、そんな放送局ありますか?おもろいなぁ。
 
 おもしろおかしく見えて、マルチスクリーン、マルチネットワーク、ソーシャルという、メディアの構造変化をきちんと押さえています。さらに、ビッグデータと国際展開というトレンドに向き合っています。
 今年、番組の最後に寄せたメッセージには、こう書きました。
「PUNKEST」。

2013年7月29日月曜日

メディアとヒトのおつきあい、ふたたび。

■メディアとヒトのおつきあい、ふたたび。 前回(15年たって、ウェアラブル。)の続きです。
 ウェアラブルでユビキタスになる。90年代後半にはそう見られていました。
 メディアが人に近づき、友だちになる。コンピュータは環境に埋め込まれ、姿を消していく。
 ここにあるのは、99年5月にニューメディア誌に掲載したコラムです。「メディアとヒトのおつきあい」の巻から抜粋します。

-------------------------------------
 技術の進歩は、じゃあどっちに行こうとしているのか。たとえば私の所属するメディアラボは、何を目指そうとしているのか。SFではなく、現実の開発動向に即して、少し強引に読み取る練習をしてみましょう。


 まず一つは、メディアがヒトに近づくという方向です。

 ウェアラブルという呼び名のとおり、コンピュータは服やメガネや手袋や靴に変身して、物理的に私と一体化します。紙のようなコンピュータも開発されています。より正確には、コンピュータの機能を持つインクなんですが、つまり、ぺらぺらで、端末機というイメージはなくなろうとしているんです。

 そして、映像から五感・体感へ、テリトリーを広げます。見聞きするだけでなく、握ったり、抱いたり、蹴ったりするものになります。触覚を通信するデバイスも開発されています。いずれニオイをかいだりナメたりすることもさせてくれるでしょう。

 さらにメディアは私の意思や感情を理解します。キーボードや言葉でこちらから指令するだけでなく、コンピュータが私の視線、表情、身振りを知覚し、体温や心拍を感じとるような技術も実用段階に来ています。ボストンマラソンで、チップを飲んだランナーが、おなかから体温の変化を発信するなんてこともやって ます。肉体のコンピュータ化!神経のビット化!

 考えるコンピュータは、対話する相手になります。私の行動、表現、感情の履歴をとっておいて、私以上に私のことを知っているヤツになります。私の記憶は、ネットワークを漂っているのです。これまで、私が指示するデキの悪い部下か、私に知識を与える教師かのどちらかだったコンピュータは、やっと友達になろうと努めているのです。友達なら、デキが悪くても、許す。だって友達じゃないか。

 そして、エージェントと呼ばれるソフトが情報の海を泳ぎ、私が喜びそうなニュースやウワサや知恵を編集して、ささやいてくれます。微笑んだり、なぐさめたりしてくれるかもしれない。せいぜい思考の道具だったメディアは、いよいよ情念を分かち合うためのものになろうとします。情念の交換。これがそもそも言葉やメディアを人類が産んだ動機だったわけです。

 もう一つは、メディアが自立するという方向です。

 服や靴だけではありません。家電、家具、カベ、クルマ、道路、そう、全てのモノ、全ての環境にコンピュータが埋め込まれていきます。私の身の回りにある モノはみなメディアです。いや、私じしんも肉体メディアなのでした。割礼みたいな儀式でチップを局部に埋めるのかな。ああ、またヘンなこと言っちゃった、 カット!カット!

 ヒトとモノは、ビットで理解し、共生します。これは、私とモノどもという二項対立を飛び超えて、モノとモノ、環境と環境がコミュニケートし、理解し合うという状況でもあります。事故の情報がクルマや道路から次々に連絡され、交通がいちばんスムーズになるように信号が自分をコントロールします。人形が他の人形にプログラムを伝えてダンスを仕込み、人形たちのコミュニティでポップな踊りが流行ったりします。

 テレビにカラー番組が出てきたころ、新聞のテレビ欄にもテレビ画面にもカラーという表示がありましたけど、ぜんぶがカラー番組になったら、もうカラー番組とは呼ばず、ただの番組になりました。同じく、あらゆる物体がメディアを備えるのなら、それはもうわざわざメディアとは呼びません。つまり、メディア技術の開発は、メディアと呼ばれるものををなくそうとする方向に進んでいるわけです。メディアをなくせ。

 こうして技術は、善悪を問うヒマもなく、わき目もふらずに完成を目指します。でも、同時に、メディアにとって大切なことは、美です。高速、知的、安価という技術に加え、エレガント、エロチック、カッコよさ、というのも条件になってきます。ウェアラブルにしろ何にしろ、技術が受け入れられていくには、そこが決め手になります。
-------------------------------------
 

 どうですか。これも前回と同様、来てませんよね。
 日本では99年にimodeが出現、ケータイが耳と口のための電話機から、目と指のためのメディアに進化しました。世界はスマホの普及でやっとこれからという状況です。でも端末はなくならず、小型化はしたものの、存在感は増すばかり。そしてクラウドネットワークがぼくの履歴を記憶して、いろんなことを推薦するようになりました。でもそれは、友だちとしてではなく、商人としてです。友だちはリアルな友だちのまんま、その後登場したソーシャルメディアでつながって、むかしの友だちを改めて発見したりして、結局、メディアの向こう側でヒトの存在感が増しています。
 メディアが埋め込まれるのはようやく見えてきましたかね。センサーからデータが立ちのぼり、自販機やレジからもビッグなデータが集まってくる。マシン・トゥ・マシンが現実のものとなってきました。それが社会にどう作用するのか、その空想はまだできていません。15年前にすぐ来ると空想していたものがまだ来てはいないとはいうものの、次に何が来るか、空想し直したってバチは当たりますまい。またやってみようと思います。

2013年7月28日日曜日

15年たって、ウェアラブル。

■15年たって、ウェアラブル。



 この写真はグーグルグラスではありません。15年前、ぼくがMIT MediaLabにいたころ。24時間ウェアラブル・コンピュータを着用している研究員が何人もいました。インタフェースはメガネで、コンピュータへのインプットは手のひらのテンキー。こうしたウェアラブルやユビキタスは、デジタルに「いつも」オンになるもので、「いつでも」オンになれる「モバイル」とは一線を画すものです。
 だけど、人が慣れるのには時間がかかります。この研究員も、ネットでアクセスされると肩に装着した超小型サーバが温まってくるのが一番の快感というヘンな人だったのです。いくらMediaLabでも、ヘンなひと扱いだったのです。全ての人がそうなるには時間がかかります。
 だけど、ここに来てようやくグーグルグラスが注目されるのをみると、えっ、まだだったの?という感じ。確かに、まだですよね。15年たってるのに。
 ここにぼくが99年4月に書いた文章があります。ニューメディア誌に連載していたコラムです。「ウェアラブルをブームにする気?」の巻から抜粋します。

-------------------------------------
 コンピュータの埋め込みってことで言えば、クルマだけじゃなくて、エアコンも、洗濯機も、掃除機も、冷蔵庫も、炊飯器も、身の回りにある製品は今どんどんコンピュータ化されています。これからは、家具、じゅうたん、カベ、道路、そして町ぜんたいにチップが埋め込まれていきます。さらにそれらがネットワー クでつながれ、通信端末となっていくのです。


 しかもコンピュータは、人の意思や気持ちを理解する方向に進化します。だから、人とクルマ、人と冷蔵庫、人と家、という関係の広がりは、人が指令する相手が広がっていくだけでなく、机が私にその日のスケジュールを語りかけ、クルマが私にとっておきの場所を教えてくれるようになります。さらに、モノ同士がコミュニケートをしはじめて、朝、照明器具がソファに電球が切れそうだとつぶやき、そのビットを靴が蓄積し、帰り道、スーパーを歩いていると、私のピアス はあの電球を買えと私にささやくのです。ナント暮らしやすくなることでしょうか。

 そして、その現実の姿として登場したのが「ウェアラブル・コンピュータ」です。ウェアラブルというのは文字どおり、身につけることができるということで、服、帽子、靴、メガネ、アクセサリ、といったものをコンピュータにしましょうという動きです。ずいぶん小型になったモバイルコンピュータをさらに分解して、ディスプレイや入力装置を衣服や肉体にくっつけてしまうという感じですね。

 これは私のいるMITメディアラボあたりが中心になって、2年ほど前からにぎやかなテーマになってきたんですが、日本でも98年、日本IBMや東芝などが試作品を発表したり、新聞社がシンポジウムを開催したりして、実用化段階に突入ということでやおら注目を集めるようになりました。サイバーパンク上陸というわけです。
 ウェアラブル・コンピュータを身につけた人を観察してみましょう。メガネ型のディスプレイやヘッドホンが表示装置になっています。かつてバーチャル・リアリティで話題になったゴーグル型のヘッドマウント・ディスプレイをつけている人もいます。入力装置には、音声入力、手のひらにあるボタン式装置、衣服に縫い込んだキーパッド、といったものがあります。

 視線を感じとって情報をコンピュータに入力するメガネなんてものもあります。視覚というのは、脳にインプットするだけじゃなくて、目からアウトプットする機能もあったんですね。表情やジェスチャーをデジタル信号に変換して相手に伝えるという方法も研究されています。さらに、体温や心拍を服が感知して、ビットとしてインプットする方式もあります。
 つまり、ウェアラブル・コンピュータは、人の意思や表現や肉体をコンピュータがどう認識するかという機能に重点を置いているんです。単純に携帯PCを分解したものとは性格が違うんです。人をコンピュータに近づけるというより、コンピュータを人に溶け込ませようとしてるんですね。そうですね、道具なんだから、当然の姿勢ですね。

 使い方も、普通のパソコンとは違います。パソコンは、使う時、さあ使うぞとエリをただして正面に座り、スイッチをオンして、OSがぐもぐもと立ち上がるのをかしこまってお待ちするわけです。が、ウェアラブルのスイッチはいつもオン。歩きながら、作業しながら、考えながら、その時々の活動や思考を補助するという使い方だからです。パソコンを使う時はそれが活動の全てであり、「ながら族」になるのはむつかしい。だけどウェアラブルは、「ながら」のために生ま れてきたわけですね。

 当面は特殊用途のためのものになるでしょう。工場や倉庫での作業だとか、高齢者の健康管理だとか。ただアプリケーションはいくらでも広がります。技術的には。難しいのは、コンピュータがこっちに溶け込んでくるという大変な事態に、人はいつごろ慣れるのかということでしょう。メディアラボにはもう何年も身 につけているというサイバーパンクな兄ちゃんがいますけど、みんながそれをヘンなヤツと思わなくなるまでにはかなり学習期間が要ります。

-------------------------------------
 

 偉そうにレポートしておりますが、どうですか、全く今の状況のまんまで、進歩していませんよね。このころ、やっとブロードバンド、といってもADSLが解禁となり、iModeが登場したころですよ。アメリカにはまだモバイル・ネットは来ていません。デスクトップからようやくラップトップに転換されはじめたころ。ぼくがMITにVAIOを持って行ったらスゲーって人だかりができた、ニッポン最後のいい時代。
 それから、モバイルが「いつでも」デジタルを実現しました。デバイスは小型化し、スマホが現れました。ブロードバンドが普及して、クラウドが現れ、オンラインで全ての仕事がこなせるようになって、アトム→ビットが完成しました。
 15年たって、今度やっとビット→アトムが始まります。人がビットをまとうウェアラブルと、環境がビットを装着するユビキタスです。しかし、慣れる、つまりそんなぼくらがぼくらの姿をヘンだと思わなくなるのはまだこれから。まだ時間がかかりますよね。
 カッコいいウェアラブル。15年たっても、それがポイントです。

2013年7月25日木曜日

ええじゃないか運動を起こせませんかね


■ええじゃないか運動を起こせませんかね

 またかよ。どこかの重役が頭を下げています。何かの謝罪会見です。見飽きたね、このシーン。むかし重役といえば、吉田茂や社長シリーズの森繁みたいにえっらそうに反り返っているものでした。近頃は消費者に見せる頭頂部の申し訳なさが出世の条件のようであります。

 A航空の副社長も、B省の局長も、ハイヤーをやめて電車通勤しているそうです。エコで庶民的で、何よりです。でも、それがぼくらのお望みだったのか?重役が軽役に落ち込み、行動が大衆レベルまで下がり、運転手さんは職を失い、代わりに生まれたものは謝罪コンサルであります。


 「連想ゲームの男性キャプテンが出すヒントはわかりにくい。」「野球中継の解説者が、ど真ん中と言った。真ん真ん中と言うべきだ。」新聞の投書欄で、高齢者の苦言を読むたびに、自分も引退してヒマになったら、葉書に万年筆でそんなことをしたためるのだなぁと思っておりました。連想ゲームを心して視聴せねばと思っておりました。

 気がつけばネット時代。日テレ土屋敏男さんが、テレビが面白くなくなった理由の一つに、クレームの増加を挙げていました。切手代はらって葉書にペンでしたためてポストに持ち込まなくても、ケータイでピッ。それらに誠実に対応せねば、炎上したり、ガバナンスが問われたり、コンプラ委員会が動いたり。いきおい、制作が収縮してしまうのであります。


 参院選の最中、EXILEが出演した番組をNHKがオンエア中止する事態が起こりました。メンバーが候補者と並んで立つ様子が候補者ブログやフェイスブックに表示されていたので、 “選挙期間中は政治的公平性に疑念を持たれないよう配慮し”、そのような措置を取ったというてんまつです。

 ぼくもある候補者のサイトに登場していたため、選挙期間中の番組オンエアが延期されたり、録画した部分がカットされたりしました。プチEXILEとして、関係者にご迷惑をおかけしたことで謝罪しなければなりますまい。

 でも、そうなると、ネットにはいろんな有識者やタレントが政治家とからんだ映像がたっぷり残っているので、これから選挙のたびにオンエアできない事態が続出します。今回、自分が当事者だったので申せませんが、無関係だったら、「そんなのいいんじゃないの」、と言います。


 これはコンテンツだけのことではありません。全ての領域で、こうした収縮が続いています。それは明確なクレームを待つことなく、クレーム来るんでねえの、やめとけ、という重く垂れ込めた「空気」が支配しているのであります。

 やべえな。「まずいことが起きると、じゃやめとこ、締めてしまおう、となる安全志向。超自粛モードです。そして自縄自縛で動きが取れなくなる。そんな情勢が続いています。」ということを、2年前にブログに記しました。震災後の自粛ムードは去ったかに見えて、その病がまだ続いているのであります。
 「一億総びびり症」


 ぼくが手がける教育情報化にしても、学校にネットをつなぐとプライバシーが流出するおそれがある、ということで、多くの学校が外部に接続できません。ましてソーシャルメディアを使っている小学校はほぼゼロ。韓国がソーシャルメディアで学校と先生と家庭をつないで開かれた学校を達成しているのとは深々とため息が漏れる差がございます。

 次のチャンスと目されるビッグデータ。その中核である個人情報について、日本では公開に慎重な人が多いんです。日米英韓など6カ国で行われた「第三者への実名公開を許容できるか」というアンケート調査の結果、日本は「許容できない」と答えた人が57.3%に達し、最高だったといいます。縮こまってます。

 ネット選挙運動も医薬品ネット販売もマイナンバーも、自民党政権の一押しで、やっとこさ導入に至りましたが、これだけ遅きに失したのは、こんなことが起きちゃうかもしれない、という起きてもいないことへの心配でありました。

 コトを前に動かす、こうした政治の動きが出てきたことは慶賀に堪えません。ただ、社会全体を覆うびびり感はまだ重い。気がします。ホントはこういうことは、データで申し上げないといけないのですが、うまく数字が示せません。これを追認したり、あるいは逆だと示すようなデータがあればお教えいただきたい。
 

 申し上げたいことは現状分析ではありません。今どうすべきかであります。長い間の不況や停滞にソーシャルメディアが染み渡り、ネガティブなベクトルをみんなが共有している、のが現状でしょう。それを打開するには、ポジティブなベクトルを、ことさらに、打ち出していくのがいいんじゃないでしょうか。

 「それはダメだ。なぜなら、まずいことが起きるかもしれないからだ。」というネガティブに対し、「やったらいいじゃないか」というポジティブ情報をかぶせていく努力であります。幸いなことにというか、あらかじめ分かっていてそうだったのか、ソーシャルメディアには「いいね!」や「イイネ!」という意思表示の機能が組み込まれています。それをもっと声高に、使い込みたいところです。

 幕末、京の都、慶事の前触れとばかりに「ええじゃないか」と大衆が踊り巡った、そんな根拠のない元気が欲しいところです。景気の期待感をあおるアベノミクスは、それを狙ったものかもしれませんが、経済だけでなく、社会の空気を換えるやみくもな仕組みが欲しいと言いますか。「いいね!」を積み上げて、空気にしていって、社会としての「ええじゃないか」に持ち込めないものか。


 NHKのEXILE中止は、苦渋の決断だったはずです。だからといって、そこに理解を示すより、やったら「ええじゃないか」と現場や経営を後押しする明示が必要なのではないでしょうか。

 武雄市の図書館がCCCを指定管理者にしました。千葉市長が印鑑証明という「前時代的な」手段を見直すと明言しました。いずれに対しても強い懸念を表明する方々がいます。普通の首長であれば、その空気に潰されていたでしょう。

 でもぼくは今、こういう打開、こういうパンクを「ええじゃないか」と支持したい。やらないことでの現状維持より、危険をにらみつつ「やる」ことへの踏み込みに対して、リスク承知でいいね!いいね!を意思表示する。そんな心持ちを広げることはできないでしょうか。


 間もなく京都五山送り火です。2年前には被災地の薪を燃やすかどうかで、すったもんだがありました。結局、批判に押し込まれて、被災松の使用は中止となりました。ずいぶん小さな国になってしまったものだと思ったものでした。

 今年も送り火を眺めに戻ります。今年の空気はどうでしょう。
「ええじゃないか」川原で一人、踊ってきますかね。
 

2013年7月23日火曜日

政権にやってほしいのは3つだけなんです。

■政権にやってほしいのは3つだけなんです。
 選挙から一晩明けた昨日、参議院議員会館に行ってみたんです。がらーんとしてました。しーんとしてました。でも、2つあるエレベーターホールの1つはもう「引越専用」の札がかかっていて、さあみんな引越だぞ仕様になっていました。落選したひとは3日以内に出て行かないといけないんですと。民主党議員の多いフロアはしばらく賑やかになりまっせ、とのこと。運送業者のみなさま、おめでとうございます。
 昨日書いたとおり、V9時代のセリーグ状態となった政界ですけど、既に1強5弱を打破するため、野党は団結して二大政党を再興すべきという論調をみかけます。はあ?団結?何をもってでしょうか。他の野党は左だったり右だったりで共通項がありません。対アベノミクスにしろ憲法にしろ政策は一致しません。
 「与党になる」ことを共通項にするならば、右も左も飲み込んで「与党である」ことを共通項として組織を作った自民党と同じであって、であれば「自民党に合流する」ことが正解となりましょう。
 だから、野党団結で二大政党という大失敗した夢をもう一度より、一度夢と消えた「大連立」を目指す方が野党として戦略的ではあるまいか。こういう時期でなければ達成できない政策を進めるために。野党の中でも政策志向、改革志向の議員はとっとと与党に合流したいんじゃないですかね。ま、与党側が要らないかもしれませんが。
 といいますか、長々とすみませんが、そんなことはどーでもいい。政局はどーでもいい。野党がどうなろうがどーでもいい。ぼくは政策屋なので、政策をどうするのか、それだけが気がかりであります。

 この政権にぼくが期待するのは一つだけ。「空気を換えて」ということです。失った20年を民主党政権も引きずりました。自民が奪還してからもねじれ下でへっぴり腰でした。でもここから本気で政策展開ができます。この際、長く続く縮み志向から脱出させてほしい。ぜひ「一億総びびり症」の治療をお願いしたい。これも昨日書いたように、今の日本は1930年代初頭の不穏な空気も流れます。それを断ち切りたい。
 具体的には3つです。1)成長戦略、2)外交、3)情報化。これだけやってくれれば、ずいぶん変わります。次の総選挙は衆参同時かもしれません。それまでの3年間、この3つだけやっていただければと存じます。

 まず、成長戦略。空気を換える第一は経済。その徹底。既にメニューはあります。アベノミクスの名の下にいろいろと掲げられています。問題は、ホントにそれをやるのかどうか。踏み込んで実行するには摩擦も起こります。でも、それを断行すること。
 「医療」「農業」「教育」。かつて通信規制など経済規制を緩めた際、安全の名の下に社会規制という岩盤を作りました。それが日本を膠着させています。それら分野の岩盤規制を打ち砕く。大変です。パワーを集中していただきたい。
 「税制」。法人税の低さでもって企業を誘致できるほどの環境を整えてもらいたい。「ソフトパワーの発揮」。対外イベントを行うだけなら簡単です。でもインフラや制度を整備するのは大変です。本腰を入れていただきたい。
 今のところ成長戦略の多くは政策ではなく「アイディア」に過ぎません。政策は実行されて初めて政策となります。これまでは参院選の対策のためにメニューを並べて看板を掲げていればOKでした。いよいよ頭と口よりも、それを実行する足腰が問われます。

 二つ目は、外交。日本は国内のねじれを解消したけれど、対外的なねじれは放置しています。中国も韓国も、自民圧勝に身構えているでしょう。同時に、これから3年はこの体制であることが確定しましたから、それなりに落ちついた戦略も考えているはず。当方もどっしりした対応を願います。
 選挙前に、防衛省は背広組からなる運用企画局を廃止し、制服組からなる統合幕僚監部に自衛隊運用を一元化する方針を固めたという報道がありました。海上保安庁の新長官に初めて現場出身者を充てる人事を固めたという話もありました。いずれも小さなニュースですが、政権内部では大きな舵が切られているようにも見えます。ぼくも内部固めはそれでいいと思いますが、対外的にはどう出るのか。
 マルチでは、TPP交渉が本格化します。政府は「国益を守る」としか言わないけれど、もう個別具体的に決断していく段階となります。どうするのか。かつての自民党政権であれば、産業、提供者の利益を守れば世間も納得していました。でも今や、提供者よりも利用者の利益を重視しなければいけなくなっています。その際、国益という言葉に何を込めるのか。
 外交は、政権にしかできない。お願いします。

 三つめは、情報化。やりゃあいいことはハッキリしているので、これこそとっととやりましょう。安倍総理は「世界最高水準のIT利活用社会を」と宣言しました。それを実現してください。
 教育の情報化。2020年という民主党政権の目標はとっとと外し、あと3年で「全ての学校でのデジタル教育」を達成してください。できますとも。ネット選挙運動の不思議な制約はとっとと外してください。そしてネットで投票できるようにしましょう。できますとも。いくつかの地方選挙で特区的に試せばよろしい。
 オープンデータ。世界ランク19位を3年で1位にしましょう。できますとも。クラウドビジネスを縛っている著作権法。変えましょう。この検討は3年ぐらいかかるかもしれない。じゃあスグ手がけましょう。そして、勢いで「文化省」作ってください。

 これだけに集中していただけるとうれしいです。逆に、いらんことはせんでもらいたい。憲法、やらんでいい。集団的自衛権の処理だとか沖縄の基地移転だとか、差し迫った課題には対応してもらいたいですが、憲法は空気を換えてからでいいと思います。あるいは、クールジャパンと口では言いつつ、児童ポルノ法改正で締め付けるような政策ねじれ。やらんでいいことです。大勝して、正体を現したい欲望はあるでしょうが、まずは20年どんよりしてしまった空気を換えることに専念していただきたいと存じます。

2013年7月22日月曜日

「脱ねじれ選挙」の後の脱力感


■「脱ねじれ選挙」の後の脱力感




○安全運転vs分散

 脱ねじれ選挙。ねじれを解消するために行われた、ワン・イシューの選挙でした。

 そこには特段の政策も政局もありませんでした。安倍政権の信任を確認する行為でした。だから、静かに、低調に、過ぎて行きました。

 強いて政策の争点を挙げるなら「アベノミクス」の是非。金融、財政、成長と三本くりだした矢に胸を張る与党に対し、野党は踏み込みが足りずに終わりました。民主党は円安に伴う値上げを叩きましたが、それは副作用批判であり、メインの政策対立ではありません。みんなの党や維新は規制改革の不足を突きましたが、それは「もっとやれ」という指摘です。共産党のように増税含め反対一辺倒ほどわかりやすくなかった。

 自民党は安全運転の横綱相撲に徹したということです。あえて投票率を上げずに浮動票を殺したようにも見えました。アベノミクス一枚看板を掲げる一方、憲法問題は途中から引っ込め、原発やTPPも争点からぼかした。野党が一枚岩でそちらを突けば盛り上がったかもしれませんが、軽く突っ張ったり脇にいなしたりと、右に左に分散したままでした。

 


○安倍政権はここから本番

 政局面では、1強5弱というV9時代のセリーグみたいなありさまが両院で定着。2009年の政権交代で夢見た二大政党時代は昨年の総選挙で泡と消え、今回、少なくとも3年はそれが固定されます。2016年は同時選挙かもしれませんが、それまでに野党はどう建て直すのか。

 例えば民主党は子ども手当、農家補償など大きい政府の分配政策で失敗した後の軸が見えません。支持層である都市市民=非正社員と、労働組合=既得権者の内部ねじれをどう扱うのか。他の野党は1強に対し共闘・対抗するのか、連携するのか。あるいは潔く解党するのか。

 その間、いよいよ自民党は素顔を現します。2009年の政権交代後できなかった政策、ねじれ下では進まなかった政策が動き出します。安倍政権はここから本番です。

 では、医療、農業、保育などの規制改革を進めるでしょうか。今回の選挙戦向けポーズで幕引きでしょうか。憲法改正を持ち出すでしょうか。原発はぐいぐい行くんでしょうか。クールジャパンは続けるんでしょうか。児童ポルノ法は改正するんでしょうか。




○見えなくなる参議院問題

 ねじれが解消されると、「強すぎる参議院」問題もしぼみますね。衆議院と同じ動きをすることで、参議院の機能が埋没することも想定されます。

 参議院の選挙制度に関し、東洋大学松原聡教授が「小選挙区と、中選挙区が混在するのはおかしい。1人区の当選者と、5人区の5番目の当選者は、同等なのだろうか。」とツイートしています。1人区をいくつかまとめて中選挙区とするか、中選挙区を分けて小選挙区にしないと不公平というわけです。

 ぼくも選挙制度を改めてしかるべきと考えます。ただ、参議院を小選挙区にすると衆議院との差がより縮まるので、全国区+中選挙区(ブロック制)がよいのではと思うのですが、そういう議論が起きにくくなるということでしょうね。




○不穏な空気、ふたたび

 池田信夫さんがブログで「日本の現状は、1930年代のドイツと似ている。経済が疲弊する中で、無力な与党と分裂する野党が政争を繰り返し、何も決まらない現状に民衆がうんざりしている状況は、ヒトラーが登場する前のワイマール体制と似ている。」と書いています。


 これになぞらえて言うなら、ぼくは今の日本は、1931年末の日本に似ていると思います。満州事変で日中が対立し、民政党(緊縮財政・金融引締・円高)から政友会(積極財政・国債日銀引受・円安)に政権交代。ま、そうなるとそろそろテロ(5.15事件)が起きて軍事路線を突き進むことになる。不穏な空気というわけですが。




○盛り上がらなかったネット選挙運動

 さて、今回のもう一つのトピックは、ネット選挙運動でした。

 盛り上がりませんでしたね。昨年の総選挙での党首ニコ生は140万人が視聴したのに対し、今回は9万人、1/15にすぎません。

 ぼくは協力したんです。総務省のネット選挙運動動画コンテストの審査員を務め、ネット使ってね、と旗を振ってみました。社団法人成長戦略研究会ではネット選挙運動アプリのコンテストも開催してみました。

 でも、さほどネットが活躍した形跡はない。選挙自体が盛り上がらないため、ネットで投票率上げろったってどだい限界がありましたが、制度自体もわかりにくくて、メールはダメなのにLINEがいいのはヘンなんて「とくダネ!」で菊川怜さんに突っ込まれるありさま。炎上を警戒して、政治側もへっぴり腰でした。

 警察庁の7月20日の発表によれば、ネットを使った選挙違反の警告は23件で、多くがメール禁止違反であり、心配されたなりすましや改ざんはなかったといいます。ネット業者に対する削除依頼も報告されていません。盛り上がったのは東京ですずかんと山本太郎さんの支持者がやりあった局地戦ぐらいじゃないでしょうか。

 順調に運動が行われたというより、期待されたほどは使われなかったということでしょう。

 


○ネット選挙の宿題

 本格利用は3年後の総選挙。今回、さほど問題が起こらなかったことを幸いに、メール利用その他ややこしい制約を解いてもらいたい。これは宿題です。

 だから、今回は練習ととらえればいいのでしょう。練習はしました。「あべぴょん」は結構ぴょんぴょんするのが難しかったし、共産党がゆるキャラ路線で来たのも刺激的でした。候補者の9割がSNSを使ってはみました。党首の色もほの見えました。安倍さんはフェイスブック、橋下さんはツイッターを駆使し、海江田さんは「私は毛筆をこよなく愛します」と言います。

 民間側に宿題も残りました。

 EXILEのメンバーが立候補者と並んだ写真がネットに掲載されていることで、NHKが出演番組を延期しました。実はぼくも、立候補者のネット番組に出演した映像が残っていて、出演した番組が放送延期となったり、出演した箇所がカットされたりしました。

 政治的公平性への配慮ということですが、今回はまだ事例が少ないものの、総選挙となると大変ですよ。著名人が政府に協力して写った写真や動画が山ほどネットに残っていて、その大臣や高官がわんさか立候補しますから、期間中、番組カットばかりになりますよ。

 というのは一例で、政治・選挙とネットとの距離感を社会がまだ測りかねているということでしょう。もっと接近させなければ。

 なお、Yahoo!が選挙前にビッグデータ予測したところでは、自民67、公明9,民主20-21、維新8-10、みんな4-7、共産7。ニコニコ動画のネット世論調査では自64、公11、民16、維7、み8、共8。結果は、自65、公11、民17、維8、み8、共8。おお、案外、ネットは役に立つじゃないですか。政治とネットの距離を縮めること、これまた宿題です。